占導の憑き女神
「あ?」
〈コシンプ〉は一瞬自分の状況が分からなかった。
何故奴に当たらない
何故身体が動かない
何故手足が見えない
何故感触がない
いや
当たらないのではない
自分には今手足がついていないのだ
『グッ!』
腹に衝撃が走る。
〈コシンプ〉に気づいた〈パウチカムイ〉が彼女を蹴ったのだ。
手足を失ったとこで軽くなったその体はまるで蹴鞠のようにバウンドしながら飛んでいき、木々の向こうへとその姿を消していった。
『アハハハハ!!突然姿が消えた時はビックリしたけど……お前の存在力じゃあ私を傷つける事はできないみたいね。もしかして幻獣だったのかしら』
〈パウチカムイ〉は突然消えた〈コシンプ〉が気がついたら自分の背後で、しかも手足のない状態になっていたことから、先ほど彼女が消えたのは何かしらの代償ありきのもので、それを使ったところで自分との存在力の差が大きすぎて傷つけるどころか自壊してしまったのだと自分の中で結論付けた。
『周りの連中がジジイのそばにいるから気をつけろって言ってたけど……あなた、もしかして愛玩動物か何かだった?誰も襲ってこないから自分も強くなったと勘違いしちゃた系?ざーんねーんでしたー。お前は雑魚なんだよバーカ』
相手が自分にとって敵ではないから甚振るつもりなのかニヤニヤと笑いながらゆっくりと〈コシンプ〉の元へと歩いていく。
そして、〈パウチカムイ〉が〈コシンプ〉の姿を確認するとそこには手足がしっかりとついている彼女の姿があった。
『……………は?』
その姿に〈パウチカムイ〉は固まる。
彼女にとってもう〈コシンプ〉との戦いは終わったものだと思っていた。
なのに〈コシンプ〉は五体満足な状態で立っており、自分に視線を向ける事なく考え方をしていた。
対して〈コシンプ〉
長らく四肢を失うほどの怪我をした事がなかったためか、少し思考が停止してしまったが彼女にとって手足を生やす事に関しては造作もないこと。
蹴られてその勢いを失う頃にはもう四肢の再生は終わっていた。
彼女にとって攻撃をくらいはしたが〈パウチカムイ〉に関しては問題視していない。
問題があるとすれば〈パウチカムイ〉に蹴りかかろうとした時に起きた四肢の消失に関してだ。
(敵の前で呆けるなんてまだまだだな…………それよりいつ攻撃された?何の抵抗もなく綺麗に切断された。他の敵の気配もなかった。私が感知できないほど巧妙に隠れてやがるのか?)
『そう……手足の再生くらいは出来るのね…… でも幻獣だと一、二回が限界でしょ。しょうもない痩せ我慢なんてやめてさっさとジジイを呼びなさい!』
(あの謎の攻撃の主はどうせすぐに誰か分かんから放置だ。他の〈カムイ〉のこともある。こいつに時間を割いている暇はない………仕方ない)
他の〈カムイ〉のことを考えるとこれ以上ここで時間を潰すわけにはいかないし、先ほどの攻撃のことを考えれば下手に手を抜く事はできない。
だからこそ〈コシンプ〉は、現時点で自分が切れる手札を使う事にした。
『悪夢復古〈占導の憑き女神〉』
寓話獣
それは今の人間達にとってはかつての生活を崩壊させた原因であり、死んだ後には跡形も残さず塵と化すことから宵と並んで何もかもが理解不能な生命体と呼んでいいのかも分かっていない、ただ明確な実体を持った生物の総称。
だが、人間には知られていないが寓話獣の中にもいくつかの分類がある
その一番下に分類されるのが幻獣
知性がなく、伝承の力を全て使えない、耐えられるほどの存在力を持っていない寓話獣の中でも脆弱な存在であり、かつて空想侵略で出現した殆どの寓話獣がこの分類に入る。
寓話獣たちも自身が何故生まれたのか、どのようにして生み出されたのか分かっていない。
だが、全ての寓話獣はこの世界に生まれ落ちた時、ある一つの感情を持っている。
〈人類に畏れられる存在となれ〉
特に幻獣の場合はこの感情に支配されている。
永久不滅のその想いと満たされることのない空腹感に幻獣たちは苛まれ続ける。
満たす手段はたった一つ……人間に畏れを抱かせる事
だからこそ寓話獣……特に幻獣は積極的に人を襲い、殺す。
それを何年、何十年と繰り返していき、人々にその寓話獣に対する畏れが脳裏に刻まれ、空腹感が完全に満たされると幻獣は進化する。
純獣へと
先ほどより少し伸びた背丈により艶の増した長い黒髪。
その黒髪をチラリを見た〈コシンプ〉はその手に紐を形成し、後ろで一つ結びをする。
突然目の前の相手の存在力が増加したのを知覚した〈パウチカムイ〉は無意識に自分の体が震えている事を自覚するが、この結果を断じて認めたくはなかった。
『いやいやいやいや……ありえない!!悪夢復古は純獣に進化しないと会得出来ない!なのに何で幻獣のお前如きが!!』
髪を結びおわり自分の力を確かめるためか手を開いたり閉じたりしていた〈コシンプ〉は〈パウチカムイ〉のわめき声に眉を顰めながらようやくその姿を瞳に映した。
まるで捕食者が被捕食者を捕らえるかのように。
『ピーピーピーピー煩いなぁ。私がいつ自分が幻獣なんて言ったんだよ。自分の妄想をあたかも事実のように言うなよ』
幻獣から純獣へと進化することで起きる変化は四つ
一つ目は存在力の上昇
幻獣では決して変えられない壁を突破する事で、幻獣を凌駕するほどの力を得ることができる。
二つ目は幻獣の時に支配されていた感情の抑制
空腹感がなくなり、〈人類に畏れられる存在となれ〉と言う感情は消えないが、それでもそれに固執する事がないくらいに希薄する。
三つ目は身体の変質
幻獣の時は全く安定していなかった存在力が安定し、その身体がより伝承に近い形に変質していく
四つ目が神からのギフト
純獣となると伝承の力を扱える下地が出来上がるが、いつでもその力を十全に使えるわけではない。
進化する事で使えるようになった伝承の力は《ギフト》として神から贈られる
悪夢復古という名の《ギフト》を
『あんまり長時間この状態にはなれねぇからな……一撃で殺す』
死刑宣告として放たれた〈コシンプ〉の言葉
〈パウチカムイ〉はそんな言葉は聞こえておらず、ただひたすら目の前の光景を否定しようと、決して認めたくない現実から目を逸らそうと頭を掻きむしっていた。
『あり得ないあり得ないあり得ない…』
『そうかよ……ならその幻想を抱いたままくたばれ』
『かぴゅ……』
そんな彼女を見た〈コシンプ〉は冷めた目をしながら彼女の顔面へと拳を放つ。
存在力に大きな差があったのか、確かにその顔面を捉えたその拳はまるで風船を破裂させるかのようにその頭を消滅させた。
頭部の失った〈パウチカムイ〉はゆっくりとその体を地面へと倒し、その後体は徐々に塵となっていった。
その様子を見て、今回は当たった自分の攻撃に対して〈コシンプ〉は考え事をしていた。
(対策してたとはいえ今度は攻撃されなかった。初めのは何だったんだ?)
初めの攻撃の時は想定していなかったとはいえ四肢を切断されると言う攻撃を喰らった〈コシンプ〉
その対策として今回悪夢復古と言う切り札を切ったのだが、思ったよりもあっさりとけりが付いたため、あの攻撃は一体何だったのか何も分からずじまいとなっていた。
『……と。あいつら追いかけねぇと』
〈パウチカムイ〉が消えた事で〈カムイ〉たちを追いかけようとした時、突然大きな雷鳴が鳴り響いた。
『…あの方向』
その方向は奇しくも〈カムイ〉たちの消えていった方向と同じであった。
『今日は色々あるなぁ……めんどくせぇ』
今日は厄日だなぁ、と考えながらうんざりとした表情をしながら〈コシンプ〉はその場から動き出した。
〜〜〜〜〜
一方その頃
〈キラウシカムイ〉
『どう言う事なんだ!〈カンナカムイ〉!!』
彼の傷はもう治っているのだが、目の前の状況に何もできないでいた。
『オラァァァ!!』
〈レタル・カムイ〉が〈カンナカムイ〉の背後からその爪で引き裂こうとする。
その全身を覆っている白い体毛も今は泥や火傷で見るも無惨な状況になっていた。
〈カンナカムイ〉は背後から迫る〈レタル・カムイ〉の爪を視線を向けることもなく片手で掴み取る。
『クソが!』
掴み取られた手を離すために動かそうとする〈レタル・カムイ〉だが微動だにしない。
バチンッ
『ガッ………』
次の瞬間〈レタル・カムイ〉に電撃が走り、その体を塵へと変えていく。
それを見た〈キラウシカムイ〉は叫ぶ。
『〈レタル・カムイ〉!!』
まただ
〈ホヤウカムイ〉も〈チロンノップカムイ〉も〈ニシヲカムイ〉もみんな………みんな殺された
全員〈カンナカムイ〉の手によってみんな死んだ。
初めの攻撃で〈フリカムイ〉が
続いて一番背後にいた〈アペフチカムイ〉が殺された。
もちろんみんな抵抗した
だが、〈カンナカムイ〉は十体近くの〈カムイ〉相手に涼しい顔で対応、一体ずつその電撃を持って殺していった。
もう残っているのは〈キラウシカムイ〉だけだ。
『どう言うことだと言ったな』
突然目の前に現れた〈カンナカムイ〉に〈キラウシカムイ〉は目を見開く
『元に戻しているだけだ』
『………元に?』
『寓話獣が純獣以上の存在に進化するとき、マイナーかつ類似の伝承を持つ寓話獣は全てその進化した個体の伝承に統合される。つまり、類似の伝承を持つ幻獣はその時点で死ぬ』
〈キラウシカムイ〉は少しずつ動悸の早くなっていくのが自覚できた。
『知られていない伝承の〈カムイ〉の名を冠するお前らは本来、俺が生まれた時点で存在できないんだよ……なのに何でお前らは生きていると思う?人も殺したこともないお前らが』
『やめろ』
悔しいような悲しいような、絶望の滲み出た表情をしながら彼のその言葉はもうこれ以上聞きたくないと言う思いの表れだった。
『お前ら〈カムイ〉は俺が生み出したんだよ。あいつに勝つためにな。時は満ちた。お前らはもう用済みだ』
『あああぁぁぁぁ!!!』
体から雷を放出しながら〈カンナカムイ〉へと殴りかかる〈キラウシカムイ〉。
だが、その拳を〈カンナカムイ〉は片手で簡単に止め、〈キラウシカムイ〉を覆う雷を自身の雷で上書きした。
『………ぁ』
『…しょぼい雷だな』
塵となっていく〈キラウシカムイ〉を見ている彼の瞳には何の感情もなかった。
〈キラウシカムイ〉が完全に塵になったのを確認した〈カンナカムイ〉は移動しようとしたのだが、その動きを止めとある方向を見る。
その数秒後
急速に近づいてきた〈コシンプ〉が〈カンナカムイ〉に向かって蹴りかかり、彼はそれを腕で防御したが、予想以上の威力に顔を顰める。
だがその中に、微かな嬉しみが混じっていたのかその口角を上げていき、それに呼応するように〈コシンプ〉の口角も上がっていった。
『初めましてだな』
『取り敢えずくたばれ』




