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夢想の創造 〜幻想世界に生きる〜  作者: 龍の使い
第二章 鋼の内、瞑想から幻想へ
67/73

時針が動く時 毀損の銑鉄 上

 

 一夜明け、日の光が地平線に顔を出し始めた時から刻と剣翁が朝早くから《札幌》へと再び歩き始め、またその姿を地平線の彼方へと隠そうとしていた頃


 所変わって剣翁の家


『やべぇ。どうしようこれ』


 現在一人留守中の〈コシンプ〉は目の前の部屋の前でそう言葉を溢した。


 彼女の目の前に広がっているのは棚が倒れ、ぐちゃぐちゃとものが散乱した部屋。


 始まりはほんの些細な事だった。


 朝にちょっと外に出てぶらぶらと歩き回る以外家の中ででずっと一人で過ごしていたためか、暇を持て余していた〈コシンプ〉は、ふと二人が出かける前、剣翁が必要だろうと棚の奥にしまってあった地図を取り出し持っていったことを思い出した。


 他に何が入っているんだろうと好奇心に任せて棚の中を漁っていたのだが、夢中になりすぎたのか棚の上の奥の方を覗き込もうと身を乗り出した所、棚がバランスを崩して前に倒れ込んでしまう。


 〈コシンプ〉は咄嗟に幻装をしたため無傷であったのだが、棚の中に入っていたものは見事にぶちまけられていた。


『やっべ!』


 棚の中のものが散乱している部屋を見て慌てる〈コシンプ〉。


 やらかした事にアワアワしていた彼女だが、その時はもう夜も遅かったことから一旦放置―後回しにしたともいう―して取り敢えず寝て翌日、片付けようとした。


 結果、悪化した。


『どどどどどうしよぅー』


 〈コシンプ〉は生活能力が壊滅的だった。


 生活の家事全般を剣翁を任せていた……と言うか〈コシンプ〉に任せると悪化するため剣翁にするなと言われていた。


 さらに言うと、簡単に四肢を再生できる寓話獣フィクートにとって本来食事取る必要もなく汚れなども落とすことができるため食事も風呂も必要ない。


 普段は剣翁によって取らされているのだが、彼がいない今食事も風呂も取っていないのだ。


 そんな〈コシンプ〉が片付けなど出来るはずもなく。


『ジジイが帰ってきたら絶対に怒られる。懐かしいものとかも置いてあるって言ってた気がするし、もしバレたら…またあの地獄の千本組み手が』


 かつて剣翁による地獄の特訓、というかただ遠回しに殺しにかかっているだろうと〈コシンプ〉は思っているが、今度は仕返しの意をたっぷりのせた状態で開催されるかもしれない事に部屋の前で頭の抱えていた。


 今度は死ぬかもしれないと。


 そんな時


『…ん?なんだ?』


 家へと向かってくる寓話獣…それも悪意や殺意を隠す事なく…ゆっくりと近づいて来ていることに〈コシンプ〉は気づく。


 ガタガタと震えていた先ほどとは異なり、スッと目を細めながら、その気配のする方へと向かっていく。


 するとそこには肌面積が多い浴衣を着崩したような服装をした女性が立っていた。


 〈コシンプ〉は彼女から感じる存在力から相手が寓話獣だと理解し、意識を戦闘へと完全に切り替える。


『あらぁ。出てきたのはあなただけなの?私は剣翁ってジジイの方に用があるのよ。さっさと出しなさい。それともあいつらが言っていた事と違って本当は弱くて家の中で震えているのかしらぁ。それならとぉーーっても滑稽な事なんだけど』


 〈コシンプ〉を見て放った〈パウチカムイ〉の言葉に彼女はピタリと動かなくなってしまう。


 そんな〈コシンプ〉を見た〈パウチカムイ〉は蔑んだ目で彼女を見下し始めた。


『突然現れたご主人様に驚いているのかしら?それとも絶対的強者である私に怯えているの?でもね、早く私の命令に聞いてくれないとあなたに何するか分からないわよ』


 さらに言葉を重ねる〈パウチカムイ〉


 そんな彼女を相手にして〈コシンプ〉は


(え?何こいつ。どっかで頭でもうったのか?)


 変な人を見る目で彼女を見ていた。


 自分が出て来て、さらに戦闘の気配を漂わせてるのにも関わらず、〈パウチカムイ〉はそれに一切気づくこともなく隙だらけな姿を晒している。


 一瞬罠かと警戒した〈コシンプ〉であったが、存在力から相手が純獣ピュアであると分かるのだが、彼女から漏れ出ている気配のあまりの稚拙さに本当に純獣ピュアなのか疑うレベルで酷いものだった。


(目の前のこいつ以外にも隠れてる奴らがいるが、出てくる気配がない。仲間じゃないのか?それとも捨て駒か……こいつから感じる気配からして恐らく後者だな)


『お前ら〈カムイ〉だろ』


(ジジイがいない時に来るとかタイミング悪すぎるだろ……俺一人で全員相手にするのは骨が折れるな)


 わざわざ「お前()」と言ったにも関わらず気付いてない様子の〈パウチカムイ〉に本気でこいつは馬鹿だなと思いつつも、刻を狙いに近いうちに〈カムイ〉が襲撃してくるだろうと予想していた〈コシンプ〉であったが、刻が出ていった後、それも剣翁が送っている途中と言うあまりにもなタイミングでの襲撃に悪態をつきたい気分だった。


(ん?隠れてた奴らの気配が遠ざかっている。ここにジジイがいない事に気づいたか)


 すると隠れていた〈カムイ〉が一斉にその場から離れていき、とある方向へと向かっていくのを察知する〈コシンプ〉。


 その方向は奇しくも剣翁と刻がある方角だった。


 彼らが出ていった日数を考えると〈カムイ〉のテリトリーを抜けている可能性もあるが、もし〈カムイ〉が追いついてしまった場合、剣翁ならまだしも刻が相手にするのはまだキツイかもしれないし、それを分かっていながら面倒くさい事を理由して放置することはできない。


(さっさと目の前のこいつ殺して追いかけねぇとな。くっそめんどくせぇー。あの部屋のことを考えないといけないってのに………って)


『……あああああーーー!』


 突然〈パウチカムイ〉を指差しながら叫ぶ〈コシンプ〉。


 その突然の大声にビクッとなる〈パウチカムイ〉だが、その後すぐにその顔を青筋を浮かべる。


『ちょっと。私を指差して何のつもり』


 だが、そんな言葉を無視して考え込む〈コシンプ〉にさらに青筋を浮かべるが彼女はその事に気づいてない


(ここでこいつと戦ってその影響であの状況になった事にしよう!)


 〈コシンプ〉が思いついた事は目の前の相手の突然の攻撃で家の一部、特にあの部屋が壊れてしまったと言う事にしようというものだ。


 突然の事で防ぐことができなかったとしょんぼりしていれば大丈夫なはずだと頭の中で皮算用してニシシと笑う〈コシンプ〉。


 その姿を見て自分が笑われていると勘違いした〈パウチカムイ〉は完全に我慢の限界になり、目の前の相手を殺そうと攻撃しようとする。


『殺す!!』


 だが、もうその瞬間には〈コシンプ〉は〈パウチカムイ〉の背後から蹴りかかろうとしていた。


(なんかこいつにボコされるのは嫌だな。こいつ家にぶっ飛ばそう)


 なんて考えながら





 だが


『あ?』


 その瞬間






 〈コシンプ〉の四肢が消え去った。



 〜〜〜〜〜



「っ!!」


「師匠?」


 〈カムイ〉のテリトリーから抜けることができて一安心し、もうそろそろ野宿をする場所に着こうかとしていたその時、剣翁は突然その場を振り返り、彼のその動きを不思議に思った刻は彼に声をかけた。


(〈コシンプ〉が傷ついた)


 剣翁と〈コシンプ〉は繋がっている。


 陣による契約などの夢幻ヴィジョンによる繋がりとはまた異なる、いわゆる主従関係に近い生物としてのつながり。


 それによって剣翁はどこに居ようが〈コシンプ〉の状態を知ることができ、それによって彼は離れた場所からでも〈コシンプ〉が怪我…それも欠損するほどを大怪我を負った事を知る事ができた。


 欠損したとしても彼女は寓話獣であるためすぐに再生することができるのだが、まず〈コシンプ〉に欠損レベルの傷を、それも一瞬でつけたことが剣翁の警戒度を上げることとなる。


(〈カムイ〉か?……いや、純獣ピュア程度じゃあいつにあそこまでの傷を付けられるとは考えにくい。おそらく〈コシンプ〉に傷を与えたのは……)


神獣デェイティ以上の寓話獣フィクート……それもかなり強い」


 となると彼女一人で相手にするのはかなり危険だ。


 だからこそ、()()()()()()()()()()()()()


「……刻。〈コシンプ〉の方で何かあった」


「えっ!?」


「ここで対処する。少し集中する必要があるからすまんが周りを警戒しててくれ」


 そう言って刀の柄に手を添えて腰を落とした、居合の体勢を取る剣翁。


「あ…はい!」


 刻は剣翁の『ここで対処する』と言う言葉を理解できていないが、彼の行動からすぐに動かなければならないと思い、彼の言葉通りあたりを警戒し始める。



 だが、刻が目を離した……その一瞬の隙に



「………師匠?」



 剣翁は刻の目の前から姿を消した。



 〜〜〜〜〜



 剣翁はすぐさま刻と自分が分断された事に気づく。


 荒廃した道路とそれを侵食しようとしている左右の森林という先ほどとは変わらない風景。


 だが隣にいたはずの刻の姿がなくなり、目の前の道路脇には新品のように見える道路標識が、森と同化しようとしている周囲の風景から余りにもかけ離れていた。


 なによりも、あたり一帯に充満するように夢幻ヴィジョンが形成されている事から、ここが先ほどまでいた場所とはまた別の空間である事に剣翁は気づく。


 〈コシンプ〉の気配をより強く感じ取ろうと集中したほんの一瞬の隙を狙って行われたことから、自分を隔離した相手がかなりの力量を持っていると考えた剣翁。


「…で?これはお主の仕業か?…それともそっちの道路標識かの?」


 そう言いながら彼が目線を向ける先は道路標識……ではなく、その隣の虚空であった。


 だがその後すぐ、その場所にゆっくりと男が姿を現す。


 そして、おもむろに拍手をし始めた。


『いやはや……まさかバレているとは。貴方様の力を過小評価していたのかもしれませんね』


 拍手を終えた男はその場でまるで紳士のように軽く一礼をする。


『どうも初めまして。私の名はエディ。彼女に攻撃を加えたのは私の仲間です。ですが安心してください。もう彼女を害する気はございません』


 剣翁は彼の言動に対して柄を持つ手に力を込め、さらに重心を低くする。


「何が目的じゃ」


 相手の男は言っていた。


 〈コシンプ〉を傷つけたのは自分の仲間だと。


 彼女は自分の仲間以上の存在、家族だ。


 どんな理由であれ彼女を傷つけたのならそいつは敵。


 ならば目の前の相手は自分の敵だ。


 もう彼女を害する気はないと言っていたが、そんなの信用ならない


 剣翁が刀を抜こうと鯉口を切っところで


『私と契約しませんか?』


 その手を止めた


「…契約じゃと?」


『ええ。我々は別に貴方達に危害を加えたいわけではありません。彼女に危害を加えたのだって貴方をここに取り込むための一瞬の隙を生み出すために行った事ですから。…ですが、貴方はそんな事を言ったところで我々を信用しない。だから契約しませんか?』


 そう言うと男―エディは陣の形成、それを剣翁へと見せる。



 エディ側が剣翁側への殺害を禁ずる。


 剣翁側は剣翁と刻、〈コシンプ〉、エディ側はエディとあともう一人が当てはまり、剣翁側の誰かがエディ側に殺害されたことを剣翁が認識した場合この契約に抵触することとし、エディは剣翁に服従する。


 殺害とは肉体的、精神的な死が該当する。


 ただし、期間は一年とし、期間が過ぎればこの契約は消滅する。



 そう言った内容だった。


『如何ですか?この内容なら私と貴方以外に何も影響を及ぼさない』


「…尚更分からん。お主、本当に何が目的なんじゃ」


 剣翁は見た契約内容は明らかに剣翁に有利な内容であったことから尚更目の前の相手の目的が分からなくなる。


『私の目的はただ一つ。愛し子が与えられた使命……これを手助けする事です。今の彼ではとてもですが使命を果たせそうにありません。だから今回は少し彼に対して試練を与えようかと思いまして……そのためにも貴方には手を出さないで欲しいのです』


「…だからわしを刻から引き離したのか」


『貴方は強い…あまりにも強すぎる……それこそ、愛し子の使命すらも果たせてしまうくらいに。ですが、それではダメです。だから貴方様を隔離させていただきました』


 エディは隣にある道路標識へと視線を移す。


『この標識の名は寓話獣〈シンボル〉。自身の展開した領域内に対して標識に記された現象を発生させる夢幻ヴィジョンを使います。幻獣(ファントム)にしては使い勝手が良くてですね。今は隔離領域で貴方と私以外入れないようにしてもらっています。もちろん出ることもできません』


 カツカツと足音を鳴らしながら道路標識の方―寓話獣〈シンボル〉へと近づいていく。


『何故そんなペラペラと喋るのか疑問に思いました?理由は三つあります』


 そしてその周りぐるぐると周りながら話していたエディは三本指を立てた。


『一つ目……私が貴方の敵ではないと説明するためです。私は貴方と敵対するつもりはありません。その領域もあくまで愛し子から隔離するためです。そして二つ目はこの領域の存在力を上げるためです。説明による制限解釈リミテッドですね。…まあどうせ存在力を上げても意味はないのかもしれませんが』


 エディはどこからか出した大きな布をバッと上に放り投げ、自身の体を全て布で覆い隠す。


 そして、パチンッと指を鳴らした直後、布は突然中にあったものの形を失ったかのように床へと落ちていく。


 当然、布の中にいたはずのエディの姿はない。


 だが、剣翁は慌てるそぶりを見せることなく背後へと視線を移す。


 するとそこにはわずかに微笑んでいるでエディが立っていた。


『どうせこの隔離領域も簡単に壊せるでしょ?()()()()()()()()()()


 その言葉をエディが発した瞬間


 空間が軋むように悲鳴を上げはじめた


 剣翁の放った威圧だ。


 なんてことはない。


 己の抱いている感情を透夢幻ステルスヴィジョンとして周囲に放っただけ。





 それだけ





 たったそれだけなのに





「どこでそれを知った」


 エディは心臓が鷲掴みされたかのように錯覚してしまうほど、〈シンボル〉の形成している隔離空間が壊れかねないほど……強烈なものだった。


『なに、情報屋に聞いただけですよ。寓話獣フィクートである私にも教えてくれる親切な情報屋にね』


 だがそれでもエディは冷や汗をかくのを何とか抑え、そのことを顔に出すことなく冷静を装い、自身が夢幻ヴィジョンを形成するために存在力を引き上げた。


 エディの右手と頭の右半分が輪郭を失い、水のように揺蕩いながら膨張していき、最終的にそれは剣翁とエディを覆い被さるように霧を発生させる。


 剣翁はその夢幻ヴィジョンに敵意の感じないことから一旦静観することした。


『貴方なら知る権利があるでしょう。だからこそ教えましょう。今からお見せするものを見てから先の契約を結ぶのかどうかお決めください。神が《幻珠の愛し子》に与えたこの世界ストーリーでの役割ロールを』


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