そして針は動き始める
刻の振るった鞭が〈コシンプ〉へと迫る。
その先端の速度が音速を超える。
速さとは力だ。
それに刻は鞭の存在力を引き上げているため当たれば幻装をしている〈コシンプ〉でさえ大ダメージは避けられない。
そんな攻撃を〈コシンプ〉はしゃがむ事で回避、そしてそのまま流れるように刻へと突撃する。
だが、何かに気づいた〈コシンプ〉が横に逸れるように回避すると後ろから迫っていた鞭の先端が〈コシンプ〉の横を通り過ぎる。
普通の挙動ではない鞭の動き、その正体は幻纏した鞭を刻が操作したもの。
今となっては幻纏したものをまるで手足のごとく操作できるようになっていた。
〈コシンプ〉は横を通り過ぎた鞭の先端を掴みグイッと引っ張り刻の体勢を崩そうとするが、それを察した刻は鞭を即座に手放す。
いつの間にかその両手にはトンファーが握られていた。
刻が鞭を手放したのを見た〈コシンプ〉もまた鞭を手放す―ことなくそのまま刻に向かって振るった。
以前の模擬戦で刻が手放した武器を幻纏で操ってきたことがあり、消えない鞭を見て手放すことなく、逆に自身の武器として活用したのだ。
刻に当たる直前、突然鞭が霧のように消え去る。
次の瞬間〈コシンプ〉は、刻から遠かった。
直後、〈コシンプ〉が先ほどまでいた場所に大量の鉄の杭が落ちてくる。
〈コシンプ〉が攻めようとする思考の隙をついて刻が上空に形成したのだ。
「っ!やばっ」
だが、その選択が間違っていたことにすぐに気づく刻。
その判断は正解であった。
刻の上空からの杭の雨を回避した〈コシンプ〉は再び刻へと接近し、地面に落ちようとしていた鉄の杭を横っ腹から蹴り付ける。
幻装に加えて突撃による力よって大量の鉄の杭が刻に向かって殺到する。
それらを急いで消した刻は即座に自身の背後に盾を形成。
直後、盾に衝撃が走り、その衝撃によって盾は凹み、刻は後ろへと退いてしまう。
鉄の杭を蹴り付けた直後、それらを隠れ蓑にして刻の背後に回り込んだのを刻はそれを見逃していなかった。
だが、盾で〈コシンプ〉から視線を遮るのは失敗であった。
『まだまだぁ!』
刻から離れた盾を再び殴る〈コシンプ〉。
迫ってくる盾を刻が消滅させる直前、あたり一帯に衝撃と共に砂煙が発生し、刻の視界を遮る。
それに対する刻の対応は自身の周辺をシェルターで覆い、幻装による身体の存在力を上げるというものであった。
鉄のシェルターに籠り、攻撃されたときにカウンターを仕掛けるというものだった。
対して〈コシンプ〉は右足に集中して存在力を引き上げ、さらにその足に炎を纏わせる。
纏っている炎の温度が高いのか炎の色は赤を通り越して青くなっている。
『耐えろよガキィ!!』
「っ!」
そして〈コシンプ〉はシェルター目掛けて強烈な蹴りを放つち、その衝撃、熱にシェルターが耐えられず、赤熱化した鉄の一部が刻へと向かっていく。
盾を形成する暇などなく、幻装だけでは耐えられないと思った刻は腕を顔を前でクロスさせ、さらに全身に氷を纏わせるが、その衝撃に耐えられずシェルターの反対側の壁に叩きつけられてしまう。
「ガハッ」
地面に崩れ落ちた刻に対し、〈コシンプ〉は追撃することはなかった。
『勝負あったな』
〜〜〜〜〜
『いつも言ってるだろー。自分の視線を遮るようなことはやめろって』
あの後、〈コシンプ〉と刻は縁側に座りながらさっきの模擬戦の反省会をしていた。
『手詰まりになったら取り敢えず防御を固める癖、直したほうがいいぞ』
「無意識にしちゃってる所があってなかなか治らないんですよねー」
刻は手詰まりになると完全に守る体勢になる癖がある。
それが一概に悪いとは言わないが、刻の戦い方は相手の動きを見ながら戦法を変えて戦っていくというものであり、守る体勢に入るということは自分から視線を遮っているということとなり、自らがそのメリットを消しているという状況なのだ。
それによって〈コシンプ〉や剣翁との模擬戦で負けることも多く、なんとか直そうとしているが無意識にやっていることなのかうまくいっていない。
「いつも思うんですけど〈コシンプ〉って本当に自然を操るとかの伝承ないんですか?威力おかしいんですけど」
『ああ?何度もいうがそんな伝承なんかねぇ。そもそも〈コシンプ〉なんていうどマイナーなもんにそんな大層な伝承あるわけねぇだろ。私が純獣に成れたのだってジジイのお陰だぞ。最後のアレだって何度も重ねがけして時間制限かけてあれなんだからな』
寓話獣が行う特殊な能力もまた、分類上は夢幻として分けることができ、知能のある寓話獣は伝承にない力を使える場合もある。
だが人間とは違い、寓話獣は伝承と関係の無い力を使う場合、その夢幻の存在力が著しく低くなってしまう。
〈コシンプ〉の場合、そもそも戦いに関する伝承が全く無いため火の夢幻どころか幻装すらも基本的にその存在力は低い。
基本的に〈コシンプ〉のような存在はまず進化することすらできないのだが…
『まあ、私はかなりイレギュラーな存在だろうな』
〈コシンプ〉の場合は技術でそれらを補っていた。
例えば幻装も常時存在力が低い状態で瞬間瞬間に一部の存在力を引き上げながら戦っている。
それも存在力を引き上げる時間を1秒未満と制限をかけた上でだ。
それを可能としているのが〈コシンプ〉の圧倒的な技術力であった。
それに加えて〈コシンプ〉はある特殊な方法で基礎的な存在力を引き上げているのだ。
『私はなぁ。技術に関して言えばお前も私や…下手したらジジイに届くと思ってるんだ』
「………へ?」
不意につぶやかれたその言葉に刻は素っ頓狂な声を上げる。
『いろんな武器の扱いを一月たらずで全て覚える記憶力、それを問題なく扱える再現性。それらを戦いの中で組み立てる力はまだまだだが、その二点だけで言えば私やジジイ以上の才能だ』
いつも褒めることなんてない〈コシンプ〉に突然褒められた刻は、どう反応すればいいのか分からずその場でフリーズしてしまっており、それを見た〈コシンプ〉はゲラゲラと笑っていた。
『なんつー顔してんだ。まあ、私はお前のことを褒めたことはねぇけどよ。一応その実力は認めてるんだぜ』
「…そうだったんですか」
『おうよ。夢想も会得してねぇ癖に私と戦えているんだ。自信を持て。お前は強いしこれからもっと強くなる。おそらく私以上にな』
そう言った〈コシンプ〉はその場から立ち上がり家の中へと入っていった。
さっきの言葉は明日、剣翁と共に『札幌』へと向かう刻に向けた激励であった。
〜〜〜〜〜
「なんじゃ。〈コシンプ〉は出迎えに来んのか」
「師匠。彼女とは昨日挨拶を済ませましたから大丈夫です」
「そうか。それじゃあ準備はいいか?」
「はい」
〈コシンプ〉と最後の模擬戦をした次の日
この日、刻は『札幌』とへと出発する。
思えばこの日、刻の人生の針は音を立てて動き出していたのだろう。
だが、その音は決していい音色ではなかった。
固く閉められたものを強引に動かすような、錆びついたものが擦れ合うような、そんな不協和音。
それが刻に何を齎すのか。
それは誰も知らない。
〜〜〜〜〜
『札幌』へと出発して四日
刻達は順調に旅を続けていた。
刻たちは空想侵略以前に使われていたであろう道路の上を歩きながら順調に旅を進めていた。
刻が修行で行っていた場所を通り過ぎてからは強力な寓話獣が出現するようになっていたが、道中に出会った寓話獣は全て刻だけで対処できていた。
今は道中に仕留めた動物の肉を焼いた夕食を食べ終わり食休みしているところであった。
「拍子抜けするくらい順調だのう。てっきり〈カムイ〉が襲ってくると思ってあったが、このまま行けば奴らのテリトリーを抜けれるの」
剣翁は持ってきている地図を刻に見せながらそう呟く。
彼の持っている地図は空想侵略以前のものであり、簡単な日本地図と北海道全体のかなり詳細な情報が書かれているものだ。
今となっては滅多に見ることのないものであり、初めて見た刻は日本の地形を面白そうに眺めていた。
ちなみにこの地図が剣翁が今回の旅のために十数年ぶりに押入れから引っ張り上げたものであったため、色褪せボロボロになりかけていたので剣翁が幻纏で存在力を上げて保護していた。
「いまいるのはこの辺り。明日はここまで行こうかな」
剣翁は地図上の『北見』と書かれている地点からずっと西の方に指を滑らせながらそう言った。
その時、刻はふとこれまで思っていたいたことを剣翁に聞いた。
「師匠。今聞くのもおかしな話ですけど、なんでそんなに〈カムイ〉からの襲撃を警戒しているのですか?」
刻は自身が寓話獣に狙われやすいということを知らない。
剣翁も初めの方は何度か言おうかどうか悩んではいたが、正直言って刻にとっていい話ではなく、己の意思や感情が元となる夢幻に悪影響を及ぼしかけないし、もしもの時は刻の中にいる者がいるのだから今は言わなくていいと思い言わなかった。
だが、いつまでも刻は剣翁と共にいる事はない。
現に刻はいつか自分と離れて彼のいた場所、『新宿』へと戻ろうとしている。
ならば、道中で多くの寓話獣が彼を殺そうと襲いかかってくるだろう。
多くの人との交流が増えればいつかは自分の特異性に気づくだろう。
その中には純獣が…最悪さらに上位の存在が来る場合もある。
中にいる者もあの日以来出てくる気配がない。
刻に危険が迫れば彼が出てくるであろうが、出てこなければどうする?
刻を鍛え始めて数ヶ月、彼はとてつもない才能を剣翁に見せつけた。
それこそ、かつての自分の夢を想起させるように。
だからこそ剣翁は刻の修行に力を入れた。
元々教えるつもりのなかった奥義まで教えて。
今はまだ刻が使えば消耗が激しすぎて使えない代物だが、いつかはモノにしてくれると信じていた。
今までの生活で、壁にぶつかっても一切挫けることなく弱音を吐くことなく努力を続けていた刻を剣翁は信じていた。
どんな困難があろうと、刻は絶対に乗り越えてくれると信じていた。
もし挫けそうになったとしても今は自分がいるし、離れていたとしても自分の力ならどうにか出来る。
だからこそ剣翁は刻に自分の知っていることを話すことにした。
〜〜〜〜〜
剣翁が刻に話しかけたのと同時刻
剣翁の家
ガシャーーン!!
大きな音が外まで響いた。




