男子四月会わざれば刮目せよ
なんかキリのいいところまで書いていたらいつもの倍になったのだが………
目の前に二条の風が通り抜ける。
それを見た刻はその場から一歩下がり、右手に持った刀を真横に振るう。
すると、刻が先ほどまでいた場所に全長1.5メートルほどある黄色がかった白色の獅子のような獣が、そして刻の横から前足の爪で引っ掻こうとした白い犬を彼は刀で受け止めた。
次の瞬間、刻の周囲に4つの拳大の鉄の針が形成、それを回転させ二匹に向かって放つが、二匹とも即座にその場から離れそれを回避すると同時に刻へと追撃を仕掛ける。
刻はそれを想定していたのか焦ることなく二匹の追撃を往なしていく。
だが、一匹が攻撃後に隙ができたとしてももう一匹がそれを埋めるように攻撃を行い、二匹―寓話獣〈狛犬〉の休むことのない連携に刻はそれを対処するのに精一杯で攻撃に移ることができなかった。
〈狛犬〉
神社や寺院の入口の両脇に像として置かれている無角の獅子と有角の狛犬である一対の存在。
〈狛犬〉は元々、魔除けに用いたところから「拒魔犬」と呼ばれるようになったとする伝承があり、その想像、畏怖から生まれた寓話獣〈狛犬〉の獅子の方は体に当たる夢幻を乱す力を、狛犬の方は夢幻の高い耐性のある体を持っており、刻はその特性によって奴らに思うようにダメージを与えられない状態であった。
刻は何度か回避が間に合わず攻撃を喰らってしまうが幻装によってダメージはなかったが、衝撃を無くすことはできない。
「くっ!」
刻が体勢を崩したのを察した〈狛犬〉は止めとばかりに刻に襲いかかる。
直前
『『キャンッ!?』』
背後からの衝撃に二匹は体勢を崩してしまう。
奴らに襲いかかったのは先ほど避けた鉄の針だ。
二匹は避けた後それらに意識を向けることはなかった。
今までの戦闘で刻は放った夢幻を放った後操作することがなかったため〈狛犬〉はそれらを意識の外に外してしまっていた。
それこそが刻の作戦だと知らず。
刻は〈狛犬〉の攻撃を対処しながら避けられた4つの鉄の針―《螺鉄針》をバレることなく、かつ絶好の機会に攻撃できるように常に操作していた。
元々は刻が攻撃に意識を向けさせた上で《螺鉄針》で攻撃しようとしたがうまく行かず、〈狛犬〉が止めとばかりに攻撃しようとした隙をついた形となってしまったが、結果として〈狛犬〉の二匹が同時に怯ませるということには成功した。
体勢を立て直した刻は手に持っている刀を幻纏で存在力を上げ〈狛犬〉の二匹に向かって振り抜く……が
「なっ!」
狛犬の体が予想以上に硬く、存在力を引き上げた刻の刀でもほとんど傷をつけることができなかった。
さらに、予想よりも早くに体勢を立て直したもう獅子が先ほどの仕返しとばかりに刻へと勢いよく噛みつこうとしてくる。
それらは刻がとどめを刺そうと刀の存在力を高めたのと同様に〈狛犬〉自身の体の存在力を引き上げ獅子は《螺鉄針》の攻撃を緩和させ、狛犬は刻の斬りつけを防御したのだ。
予想外のことに一瞬動きが止まってしまった刻であったが、すぐに立て直して刀から手を離して後ろに体を倒しながら両手にダガーを形成し、噛みついてくる獅子の口内と首元にそれらを突き立てる。
《ガウッ!》
首元に突き立てたダガーは致命傷になる傷をつけることはできなかったが、口内に突き立てた方は奥深くまで刃が刺さり、〈狛犬〉は一瞬ビクッとした後だらんと脱力する。
《ガアア!》
相方が死んだことを察した狛犬は怒りながら刻へと爪で攻撃を仕掛けるが、それを見た刻は死んだ獅子を投げつける。
幾ら死んだと言っても相棒を傷つけることはできなかったのか狛犬は攻撃を中断してそれをサッと避け、刻へと視線を向けるとそこには巨大な斧を振り下ろしている刻の姿があった。
流石にそれを受け切ることはできないと察しながらも避けることの出来ない〈狛犬〉はそのまま斧によって両断され、その命の灯火を消滅させた。
〜〜〜〜〜
「ふぅーーー」
〈狛犬〉との戦いを終わらせた刻は無意識に止めていた息を深く吐き出していた。
パチパチパチ
刻が拍手の鳴る方に目を向けるとそこには剣翁とコシンプの二人がいた。
二人は少し離れたところで刻の戦いを見ていたのだ。
「師匠」
「よくやった。武器の持ち替えもスムーズにいっていたし、ここらで一番強い〈狛犬〉を倒したのならもう十分じゃな…合格じゃ。準備が出来次第『札幌』へと向かうかの」
その言葉に少し緊張した面持ちであった刻はホッと胸を撫で下ろす。
刻が剣翁に師事してから四ヶ月、刻は自身の実力を確かめるため、『札幌』へと向かえる実力を得たのかの試験として〈狛犬〉と戦っていたのだった。
〜〜〜〜〜
「刻よ。少し戦い方を変えてみてはどうかのう」
剣翁との修行を開始して二月たったある日、いつもの模擬戦を行った後に刻に向かって放たれた言葉だった。
修行を開始した刻はまず初め、剣翁に剣術と透夢幻を、そしてコシンプからは体術を教わっていた。
透夢幻は刻にとっても初めての経験だったからなのか苦戦しながらもかなりの速度でそれらを習得していき、一月経つ時にはすでに頭に透夢幻の情報が刻まれるところまで会得していた。
だが、それ以上に刻の剣術と体術を覚えるスピードは異常だった。
見たものは数回で動きを覚え、一度受けた技に関しては一発でその技を覚えてしまい、たった数日で剣術や体術に関してはもう教えることがないという状況だった。
そして、透夢幻もある程度身につけた後は技術を身につけてもそれを活かす経験が刻にはないということでひたすらにに剣翁かコシンプとの模擬戦を行っていった。
だが、そこからは思うように刻は上達しなかった。
全然全敗。
模擬戦を行う事に刻の戦いが上手くなっていき、負けるには負けるが戦いの時間は伸びてきている……………と言うわけではなくほとんど変わらず、逆に短くなっていることが多くなっていた。
それまでがかなり順調であった為に何週間も変化せず逆に弱くなっていることに刻は焦りを募らせていき、模擬戦前、朝早くから型を何度も繰り返し練習しても、空回ってしまうのかいつもより早く負けることが多く、それもまた刻の焦りを加速していた。
そんなこんなで模擬戦を始めてから一月たった頃、朝の鍛錬を始めようと外に出ようとしていた刻に剣翁が掛けたのが先の言葉だ。
「一月、お主と模擬戦をしたりコシンプとの模擬戦を見たりして分かったが、お主はかなり目がいい。それに透夢幻による察知能力もかなり高い。そのおかげでわしらの攻撃の隙や呼吸を正確に読めている」
刻は透夢幻を頭に情報が刻まれるまでには会得しているが、一度に形成できる透夢幻の量があまり多くない。
その分正確にそれらを操ることができ、特に察知能力がずば抜けて高く、死角からの攻撃もまるで見えているかのように対処出来ていた。
だが、その高すぎる察知能力が刻の足を引っ張っていた。
「正確すぎるが故にほんの些細な変化に反応して対応しようとしてまう。相手が攻撃を早い段階で察知できるのなら良いことだが…フェイントに引っかかりやすいのが弱点じゃの。そしてその対応を剣術の型にはめようと無理な動きをして体勢が崩れてしまう、若しくはどう動けば良いのか分からずにそのまま攻撃を喰らってしまう…といった具合かの」
正確に察知できるからといっても刻にそれを正確に頭の中で処理できる訳ではない…察知しすぎているがために些細なことにも反応してそれに対応しようとするが、その瞬間にも相手は動いている訳であり、次々と対処しなければならないことが積み重なっていき頭がパンクして動けなくなる……要はその対応をスムーズに行えるまでの経験が刻にはなかったのだ。
そして剣翁やコシンプにそこを突かれて負ける…と言うのが最近の刻の負けパターンとなっていた。
「師匠。それは僕も分かっています。だからこそ素振りを頑張っているんですが、どうにも模擬戦ではそれを活かすことができなくて」
刻は自分の敗因を分かっていた。
自分には武器を扱う練度が足りないのではないかと考えたからこそ刻は朝からの自主鍛錬に力を入れていたが、力を入れれば入れるほど負けるまでの時間が短くなっていっていた。
「このまま経験を積ませて行けばいつかその対応もスムーズにできるようになるのかと思っておったが、おそらくお主の剣の才能は凡かそれより少し上程度じゃ。それに最近は行動の一つ一つを型に嵌めようとしているように感じるのう」
その言葉に刻は少し硬直する。
自分には刀を扱う才能はあんまりないのかもしれないということは薄々感じていた。
だからこそ、何度も何度も型を練習し無意識にその動きをできるようにしていたが、それが仇となっていることに刻は気づいていなかった。
確かに型は負担なく強い力を発揮するためのものだが、その型を教えた剣翁たちはもちろん少し戦えば相手にも動きを予測されやすく、動きに制限がかかる弱点がある。
剣翁もまた刻と同じく刀の扱いの練度を上げていけば敗因となっている要因を克服することができると思っていたが一月経っても成長しなかったため、教え方を転換することにした。
「武器にこだわりはあるか?」
「……いいえ、特に。ぶっちゃけ初めての夢幻が刀だったから使い込んでたくらいなので」
「なら今からはわしが教えられる範囲で色々な武器の基礎の動きを教えていくとしよう」
「刀以外の武器に持ち替えるかということですか」
「いや、武器を持ち替えながら戦うんじゃ。」
「………そうなると存在力が不安定になるんじゃ」
刻が刀の夢幻を使い続けていたのにはちゃんとした理由がある。
まず一つが夢幻の存在力を安定させる為
夢幻の存在力はとても不安定だ。
だが不安定なままだともしもの時に存在力が低かったらかなり危険なことである。
だからこそ何度も何度も同じものを使い続けていくことで存在力を安定させていく。
これは刻が夢幻の杜にいた頃、烈火に教えてもらっていたことだ。
そしてもう一つの理由が咄嗟に夢幻を形成できるようにすること。
寓話獣や他の夢創者と戦う場合、強者との戦いになればなるほどより一瞬の動きが要求される。
そんな中でチンタラと夢幻を形成する暇なんてない。
だからこそ、自分の武器となる夢幻を磨くようにしており、刻にとって刀がそうであった。
ちなみにいうと夢幻の『技名』や『陣』、『詠唱』をすると存在力が安定するため刻も『技名』を言っていたが、剣翁によると進化した寓話獣はコシンプのように総じて高い知性を獲得しているため、『技名』を言うというのは夢幻の形成に時間がかかるのに加えて、わざわざ今から行う行動を宣言しているようなものでデメリットの方がはるかに高く、止めるように言われていたためもう言わなくなっている。
「やってみないと分からんが、お主の場合は刀とそれ以外で夢幻の存在力と安定性はそんなに変わっていないと思うぞ。ああもちろん良い意味じゃ。それにお主は覚える速度もさることながら、形成速度や正確性もかなり高い。すぐに実用レベルで使いこなせるとわしは思う」
「……………」
「あくまでこれはわしの提案…それを選ぶのは刻…お主じゃ。今のまま続けると言うのならわしは否定せん。それでも強くなれるようにするのがわしの仕事じゃ」
刻は迷った。
今のまま修行を継続するのかそれとも剣翁の提案を飲むのか。
もしそれが刻にとって合っていなかったらその時間が無駄になる、と言うことなはいだろうがかなり遠回りをすることになり、一刻も早く新宿に戻りたい刻にとってはそれは避けたいことだった。
だがこれはたらればの話であり、もちろん逆のこともあり得る。
最終的には戦いの経験が豊富であり、模擬戦では勝てないどころか掠りすらしていない確実に自分よりも実力が上の師匠の提案ということでその提案を飲んだ。
結論から言うと、刻は化けた。
〜〜〜〜〜
「いやぁ〜、にしてもたった二月で物凄く化けたのう。最近じゃあコシンプとも良い勝負している」
剣翁は〈狛犬〉に勝利した刻を見て嬉しそうに髭を撫でながらそう言った。
「武器がコロコロ変わるし動きが変則的すぎて予測しずれぇんだよ。最近じゃあ全く形成不全できねぇし、したとしてもすぐに回復するんだぞ?」
「それでもまだ一度も勝てないんですけどね」
それを隣で聞いていたコシンプは口を尖らせ不貞腐れながら文句を言い、刻は苦笑いしていた。
武器を持ち替えながら戦うと言う戦法は刻にとってドンピシャであった。
動きをすぐに覚えてトレースできる記憶力、相手の動きを詳細に見抜く観察力、そして様々な武器種による対応が出来るようになったことでの相手の動きによる対処の選択肢の増加。
それによって動きのリズムや射程範囲がバラバラながらも止まることなくスムーズに動きまわりながら攻撃を繰り返す刻に相手はどう対処すれば良いのか分からなくなり後手へ後手へと流れていき、刻の攻撃の選択肢に頭の中が雁字搦めになり動けずに負けてしまう。
今まで自分の敗因だった無数の選択肢を叩きつけられることへと動きの停止を今度は刻自身が相手に行うようになったのだ。
そんな刻の戦い方にコシンプはだんだんと苦戦するようになっていった。
コシンプの戦い方は幻装した上で相手の夢幻を形成不全させてからボコボコにすると言ったものであった。
初めの方はそれでコシンプが圧勝していた。
形成途中の夢幻を形成不全させると言っても、形成に時間がかかるならまだしも刻の場合は想像し、それが夢幻として形成させるまでの時間はかなり短く、普通にしようと思ってもかなり難しい。
コシンプが以前刻に対して形成不全を行えたのはコシンプの技量もあるが、刻が夢幻の技名を言ったことでタイミングが合わせやすかったのも理由だ。
だが今のなっては刻が武器を変えながら戦う都合上、形成不全のさせる機会は増えたのだが、刻が技名を言わなくなったことや刻がコシンプの隙をついて即座に入れ替えるためタイミングを掴みづらくなっていたのだ。
それに加えてもし刻の夢幻を形成不全させても何故かすぐに回復してしまうため、殆ど隙を作ることすらできなくなっている。
二人の模擬戦の時間は徐々に伸びていき、最近では30分、1時間と時間は伸びてきていたがそれでも最終的にはコシンプが全勝しており、刻はまだ一勝もできていなかった。
剣翁に関しては模擬戦の時間は伸びてきてはいるが明らかに助力を残しながら、刻を試すような立ち回りをしながら戦い、最終的には足払いをされて終わる。
二人から一勝をもぎ取るために頑張っていた時、剣翁から寓話獣との戦いの経験も積んでこいと言うことで外に出て寓話獣と戦い始めたのがちょうど一月前。
そこから様々な寓話獣と戦っていき今日、最終試験ということでいつもよりも奥地へと足を運び、そこにいた〈狛犬〉と戦うこととなり、結果刻が勝利し剣翁からも合格をもらった。
これで刻は近くの都市『札幌』へと行くことができる。
それに対する嬉しさとその場合、師匠である剣翁やコシンプと別れてしまうことへの寂しさが刻に込み上げてきていた。
そんな刻の心情が表情に出ていたのか剣翁は微笑みながら刻の肩をトントンと叩く。
「刻よ。お主は先に帰っておれ。わしは少しこの辺りを散策してから帰る。コシンプはどうするんじゃ?」
「今日はまだガキと軽く戦っただけで戦い足りねぇからジジイについていくわ」
「なら、すまんが刻は一人で帰ってくれ。今のお主の実力ならここら一帯でまず負けることはないじゃろう」
「分かりました」
そう言い残し、刻は先に家へと帰っていった。
刻の姿が見えなくなった後
「のうコシンプ。気づいたか?」
剣翁は笑みを消し、真剣な表情をしながらコシンプに問いかけ、彼女もまたそんな剣翁と同じように真面目な表現をしながら答えた。
「〈狛犬〉は元々好戦的な寓話獣じゃねぇし、特殊な性質は持っていたがあんなに強くなかったはずだ」
剣翁がこの地の王たる《カムイ》との盟約から十数年。
盟約を結んだ《カムイ》はもちろんの事、盟約の存在を知っている純獣は剣翁の住まう場所周辺たるこの地一帯に一切寄り付かなくなった。
盟約を知らず、または知っていながら剣翁を殺すためにこの地に足を踏み入れた純獣も悉く剣翁に殺されていき、いつしかこの場所には強い寓話獣は寄り付かなくなり、それを察した弱い寓話獣が集まっていき、この地は弱者の楽園と化していた。
〈狛犬〉はそんな楽園をその特殊な能力によって守る、守護者的な存在であり、強さも弱くはなかったが進化したコシンプに遠く及ばないほどの実力だった。
二人が知っている〈狛犬〉は決して刻と戦った時のように好戦的な寓話獣ではないし、あんなに強くはなかったし、自身の力をコントロールする技量も備えていなかった。
「刻の影響かの」
奴らがここまで変化したのは刻がここにきてすぐだ。
こいつを殺せば進化できる…そんな存在が近くにいることを刻の姿が見えなくても本能で理解していたのだろう。
かつてコシンプは言っていた……全ての寓話獣は進化することを渇望している……人を襲うのも進化するためだと。
だから〈狛犬〉もあんなにも好戦的になったのだろう。
「好戦的なのはそうだろうが強さに関しては違うと思うぞジジイ」
だがそれをコシンプが否定する。
「最近こっちにくる力の源泉が増えているのか私も少しだが力が上がってきている。おそらくだが次元門に何かあった。当然、《カムイ》も力が上がってるだろうな。それに加えてガキの存在だ。《カムイ》がいつ盟約を破って攻めてくるか分からんぞ」
「《カムイ》か……。最後に戦った《カムイ》は《カンナカムイ》じゃったの。楽しかったのう」
剣翁は懐かしそうに髭を撫でながら目を細める。
「お前がガキを連れて札幌へ行く時気をつけろよ。襲うとしたら多分その時だろうよ」
「お主は一緒に行かんのか?」
「私は大人しく家を守っているよ」
「なんじゃ。わしは守ってくれんのか?」
揶揄うように笑いながらそう問いかける剣翁に対し、コシンプは不敵に笑いながら答えた。
「安心しろ。お前が死ぬ未来なんてありえねぇ」
狛犬の説明の情報元はwikiです
私は基本的に情報を探す時色々なサイトに見回り、最終的にはwikiに辿り着きます




