語る言葉は闇に溶け込む
剣翁とコシンプのやり取りの後、晩御飯の時間ということもあり、続きは明日ということで二人は部屋を出ていき、刻はコシンプが持って来たご飯を食べた。
その後、刻は疲れていたこともあってかすぐに布団に横になり、意識は闇の中は沈んでいった。
そんな刻が寝静まった真夜中の時間、ほとんどの生物が寝静まった時間帯。
眠っていたはずの刻はゆっくりとその上体を起こし、部屋の外へと音を出さないように歩を進めていく。
「どこに行くつもりじゃ?」
そう言いながら刻の背後、月夜の光も届かない闇から出て来たのは剣翁。
刻は自身の背後から聞こえてきた声にびくっと肩を震わせる。
「あ、あのトイレに行きたくて。すみません、起こしてしまったみたいで」
「そんな嘘つかんでも良い。お主、刻じゃないだろ」
「な、なにを言っているんですか?どうみても僕は刻じゃ……」
「あまりわしを舐めるなよ?」
初めは慌てた反応をしていたが、次第にそれも落ち着いていき、さっきまで見せようとしなかったその顔をゆっくりと剣翁へと向けた。
「………へぇ。なんで気づいた?」
そう言いながら全く振り返らなかった刻が剣翁へと振り返るとその眼は白黒が反転しており、その声は先ほどと変わらぬ刻のものであったがその雰囲気はまるで別人のようであり、その気配は先ほどとは比べ物にならないほど強大になっていた。
「気配が全く違うじゃろうが」
「そうか、今度からは気をつけよう」
そんな変化にも剣翁はとくになにも反応を示すことはなく、そのことに刻改めカイは少し不服そうな表情をする。
「刻をあの場にやったのはお主か?」
「そうだ」
「何のために?」
「知り合いからの助言でな…お前に鍛えて貰えば刻は強くなれると……まあ、俺が頼む前にお前から提案してくるとは思ってなかったが」
そう言いながらカイはやれやれと言った感じに軽く肩をすかした。
「だがなぁ、俺としては本当にあんたに刻を師事させるべきなのかまだ決めかねていてな。………だから、試させてくれ」
そう言うとカイの目の前に巨大な陣が展開される。
カイが陣で形成した夢幻は《静時》。
対象の生物の全身の筋肉の動き、心臓の動き、対象のありとあらゆる動きを停止させる夢幻。
カイが陣を展開してから発動されるまで0コンマ5秒。
対象が陣を認識した瞬間には全ての行動が停止される
普通ならそうなるはずである
そんなカイが展開したその夢幻を形成するための陣が……両断された。
カイがそれを認識すると同時に目の前にはいつの間にはその手に刀を持ち、それを振り抜いた状態の剣翁がいた。
次の瞬間、剣翁は刀を切り返しカイに向かって袈裟斬りを仕掛ける。
「……!?」
カイはそれに驚きながらも冷静に自身の足元に新たな陣を展開し
世界が凍る「それは流石に反則じゃろ」ことはなかった
「気が済んだかの?」
そして、気がつくとカイの首元に刀が添えられていた。
「……………は?」
これが、やっとのこと絞りだしたカイの言葉であった。
初めの《静時》の陣が斬られたのはまだいい。
いや、ただの刀で陣を斬ることもおかしいのだが―それよりも問題なのはその次だ。
《静時》と違い、斬られることなく確かに陣は展開され、そして発動した。
問題はなかった。
ちゃんと夢幻は形成されていた。
不発ということはなかった。
なのに
剣翁は発動直後、それを斬った。
当たり前かのようにあっさりと
「…どうやって防いだ」
カイは問いたださずにはいられなかった。
彼が持っている力は間違いなく最強格の力だ。
今回剣翁に向かって夢幻を放ったのも刻を強くさせうる存在なのかを試してやろう、ついでに新しく習得した陣による夢幻の試運転をしようという、自身が上であることが当たり前であるかのような振る舞いをしていた。
それなのに
「ただ斬っただけじゃよ」
「…くくく…あはははは!!ただ斬っただけか!俺の夢幻をか?化け物だなお前!」
カイは笑わずにはいられなかった。
自身が手も足も出ずに負けるなんて思っても見なかったのだから。
剣翁は笑っているカイがもう攻撃する意思がなくなったことで首元に据えた刀を離し、鞘へと収める。
「それで?お主はなぜわしに刻を強くさせるように求める?お主が鍛えればいいのではないのか?」
「戦いに備えるためだ。刻のためにも俺はあんまり表に出ない方がいい。ここ最近頻繁に出てきているから控えないといけねぇ。それに、お前と手合わせして俺はまだまだ弱いことが分かったからな。当分はこの力をもっと使いこなせるように専念する」
そう言いながらカイは剣翁の横を通り過ぎていき、布団の中に横たわった。
「刻のこと頼んだぜ。剣翁の爺さん」
「任せろ。今のお主にも勝てるくらい強くしてやるわ」
その言葉にカイは笑みを浮かべたあと静かに瞼を閉じ、その後寝息が聞こえてきた。
剣翁はそれを見届けたあと、静かに部屋の襖を開けて部屋の外へと出て行く。
剣翁は自分の寝室へ戻る道中の縁側でふと立ち止まり、ふと空を見上げた。
ここには草木の生えていない広い庭があり、その上には満月が大きく主張していた。
「戦いに備えるため……のう」
剣翁はおもむろに縁側の縁に座り、今日の出来事を思い出していた。
〜〜〜〜〜
それはその日の朝食を食べている時にコシンプが突然言い出したものだった。
「ああそうだ…おいジジイ」
「なんじゃ」
「今日お前は大きな荷物を見つけると思う」
「……いつもの占いか?」
寓話獣〈コシンプ〉には憑いた男を良い運命へと導くという逸話があり、その関係で憑いた者の運命を占いという形である程度見通すことができ、剣翁も何度かその占いを聞かされてきた。
「そうだが今回はいつもと違う。その荷物を拾うか拾わないで今後の行く末が大きく変わる。気をつけろよ」
「……たとえそれが地獄でも斬ればいいだけじゃろう?」
「ふっ。そうだな。それじゃあ私もちょっと外に出るわ」
そう言うとちょうど朝食を食べ終わったコシンプは立ち上がり家を出て行こうとした。
「おいコシンプ。食べた食器は台所に持って行け」
剣翁の言葉にコシンプは逃げるように家を出て行く。
「おいこら!…はぁーー」
そんな一幕があったその日の朝、剣翁もコシンプの言葉を頭の片隅に留めていたがまさか人間だとは思っても見なかった。
「いやはや、今朝コシンプが大きな荷物を見つけると入っていたが、まさか人間とはのう」
ここまで来れる人間なんて知る限り札幌にはいないはずだし、いたとしてもそれは死体となっていることが多かったため、かなり久々に生きた人間を見た剣翁は、まあ占いどうこうの話はさておき、刻を放置するなんて出来ない剣翁はいつもの日課の寓話獣の討伐を早めに切り上げ、彼を家へと連れていくことにした。
その帰り道、いつもなら襲って来ない弱い寓話獣から盟約を知っているはずの強い寓話獣も等しくなぜか刻目掛けて襲いかかってくるのを不思議に思いながらも全て一刀で屠っていき、ようやく家へと辿り着く。
するとそこには先に帰ってきていたコシンプが玄関前で仁王立ちで待っていた。
「おお、そいつが私が言った大きな荷物か」
どうやら自分の占いの結果が気になったようでそこで待っていたようだ。
コシンプはワクワクとしながら剣翁の抱えている青年、刻をじっと見つめ、そして、その表情を真剣なものへと変化させる。
「これはまた……随分波乱に満ちた人生を歩むなこのガキ。近い将来死ぬぞ」
「どういうことだコシンプ」
「帰り道、やたらと寓話獣の襲撃が多くなかったか?」
「ああ、かなり多かった。盟約を知っているものまで襲ってきたぞ」
「そらそうだろ。こいつを殺せば確実に進化できる……そう言う存在だって私たち寓話獣は本能で察知してるからな。逆によく今まで生きて来れたくらいだ」
この話がきっかけで剣翁はすぐさま札幌へは送らずに刻を鍛えることを決めたのだ。
〜〜〜〜〜
「コシンプが言ってたのはその戦いのことかのう…」
久しく見なかった人、それもまだ幼い青年が近いうちに死ぬと言われてのこのこと別れるなんてことはあまり好ましくなかった。
それに、彼にとっても今まで自分が強くなるために培ってきた技術をそろそろ誰かに継承していきたいと言う思いが芽生え始めていた頃だった。
だからこそ、彼は刻を鍛えることを決めた。
それでもまだ、彼は本当にその選択をしてもよかったのか心の中でかすかに揺らいでいた。
「わしのような狂った生き方をしてほしくない…というのは今の時代的にはそぐわないのかのう」
剣翁の無意識に出たその言葉は夜闇の空へと溶け込んでいく。
「ジジイー」
そんな剣翁の隣から聞こえてくるポヤポヤとした声の方に顔を向けると、そこには案の定コシンプがいた。
ゆるい寝巻き姿に目をしばじはさせながら寝ぼけているその姿はどう見ても小さな子供のようでとても寓話獣には見えなかった。
「どうしたんじゃ」
「一緒に寝よー」
剣翁のその言葉にコシンプは可愛らしくにへらぁと笑いながらそう言った。
それを見て剣翁は苦笑いをする。
日中、剣翁に対して尊大な態度をとる彼女であるが、極稀に夜中に起きて寝ぼけているのか幼女のように甘えてくることがあるのだ。
この姿を見て、かつて剣翁と血生臭い戦いに明け暮れていたなんて思わないだろう。
ちなみにコシンプは寝ぼけている時のこともちゃんと覚えているため、こうなった次の朝には恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にしながら剣翁に襲いかかり、毎回部屋がボロボロになるのだ。
(最終的に彼ら自身が決めることで、自分がどうこう言うことじゃないのかな。それにもし彼らに何かあったらわしがどうにかすればいい。それが教えると言うことだし、それができるくらいにはわしも強いはずじゃ)
朝起きたら発狂して自分は殴られるんだろうなぁと思いながらも彼女の言う通り一緒に寝ようと一緒に寝室に向かっていく。




