白面金毛九尾の狐
新宿を出て数時間、日本の首都の中心として多くの超高層ビルが立ち並んでいた建物群
そこも今やここ何十年も人がおらず管理されなくなり荒廃していた。
そんな周りが超高層ビルに囲まれたこの地でポツンと開いた場所
他の建物と比べても一昔前古いレトロな見た目をし、高さも低い赤レンガの建物
東京駅
かつてはそう呼ばれていたその建物、その前にある巨大な広場
その中央
何もないはずのその空間にまるでガラスが破れたかのような巨大なヒビが走っており、その真ん中には向こう側が見えないほど黒く染まっていた。
これこそが次元門
かつては異世界への扉なんて言われ、空想侵略時寓話獣が出現した厄災の門。
その一つである東京駅にある次元門は縦横10メートルあり、当時世界一大きな次元門と呼ばれていた。
そんな次元門は空想侵略以後、約30年間人の立ち入って来ることもなく、寓話獣が出てくることも、近付いてくることもなく不気味なほど静寂であった。
そんな次元門へと1人の男が近づいてきた。
「これが日本にある世界一大きな次元門か」
中肉中背の体格の男は次元門を見ながら感慨深げに眺めた。
その男は寓話獣が人の営みが消えた闊歩するこの危険地帯の中において武器も持たず、何気なく出かけているようなラフな格好をしている。
彼はとある目的のためにこの次元門へと来ていた。
『ここに来る人間は初めてだのう』
その声に男は焦って後ろを振り返る
するとそこには一匹の狐がいた。
シルエットはどこにでもいる普通の狐と同じであったが、その大きさは成人男性の平均よりもやや大きい男とほぼ同じところに狐の顔があるほどであり、この生物が寓話獣であることは明白だった。
その男は狐に意識を残しながらも周りを見渡す。
目視だけでなく風の夢幻も使い広範囲を探索したが誰もいない。
人間の気配はどこにもない
さっきの声は誰なのか
男はそんなことを考えていた。
『何をしておる。おぬしが探しているのは妾じゃろ?』
またもや声が聞こえる。
そこで初めて男はこの声の主が誰なのか理解する。
そう、先ほどから男の目の前にいる狐であった。
「寓話獣が……喋った?」
そのことを理解した男は目を見張った。
喋る寓話獣なんて見たことも聞いたこともないからだ。
『なんじゃ。言葉を発する寓話獣は初めて見たのか?…それとも分身体だからか?』
男は体を強張らせる
驚きの表情は一瞬で消え去り、その寓話獣を射殺さんほどに睨みつけていた。
「なぜ俺が分身体だと分かった」
『分身体であってたようだのう』
「なに?」
男は一瞬惚けた後苦渋の表情を浮かべる。
彼の心情を表すのならやらかした、早とちりし過ぎたと言った感じだろう。
まさか自分が分身体であることを指摘されるとは思っても見なかった男は誤魔化すという選択肢が咄嗟に出てこなかったのだ。
「お前、俺を嵌めたな?」
『いいや。なんとなくそんな気はしていただけじゃ。確証がなかったから鎌をかけてみれば面白いくらい引っかがったのう』
手玉に取られた男はその怒りからか先ほど以上の殺気を狐へと向けると共に身体の存在力を引き上げる。
だが、それを向けられた狐は変わらず飄々とした態度のままであった。
『まあまあ、妾もずっとここにいて暇を持て余しているんじゃ。少しは話し相手になっておくれ。白夜の夢のリーダー』
「っ!!」
『カッカッ。どこまで知っているって顔だのう。言ったじゃろう暇を持て余していると。妾はその暇つぶしに新宿に散歩に出かけてるからのう。ここ最近はおぬしの観察が趣味じゃったんじゃ。知っておるぞ。わざわざ遠くから寓話獣を運んできて都市を襲わせたことも、先の襲撃で都市を破壊せぬよう調整していたことも』
何もかも知られていることに男-白夜の夢のリーダー、ユグドラの分身体は気づかなかった己の無力さと共に狐から距離を取りつつ相手へと警戒を最大まで高めた。
「そんな気配はなかったぞ」
『おぬし如きに気づかれるほど間抜けではないわ』
それでも飄々とした態度を崩すことないどころかその反応を楽しむようにユグドラの分身体のことを見ていた。
『楽しいものを見せてくれたお礼じゃ。おぬしの質問に答えてやるぞ?今の妾は口が軽いからのう』
その言葉にユグドラの分身体はピクッと反応した。
初めは罠かと疑ったが、どうせ自分は死ぬのだからと狐に対しての質問を考え、投げかけた。
「次元門とはなんだ」
彼は新宿でのとある役割のために捨て駒として作られた存在。
そのため、本体からの知識を全て継承せず彼の中にある知識は常識的なことと新宿での自分の役割の内容だけであり、なんのためにそれを行うのかは分かっていない。
ただ本体の命令だから行っているだけである。
それでも彼は本体が知らないかもしれない情報、そして自分の役割に関する情報を知りたいがために次元門について尋ねた。
『次元門……のう。簡単に言えば妾たちが元々いた世界とこの世界に開いた巨大な穴と言った所かのう。妾のいた世界とこの世界は表裏一体。その間の次元もかなり緩い。この次元門が出てくる前にも極々小さな次元門が度々できてはいたぞ。まあすぐに消滅するが、運悪くそこに何かがあればそれが巻き込まれてこちらの世界に紛れ込む。俗にいう神隠しがそれじゃ』
「なぜ今回の次元門はすぐ閉じない。それに次元門周辺に寓話獣がいないのは何故だ」
『なぜこれほどのものが開いたのか、なぜすぐに閉じないのか妾にも分からん。周辺に寓話獣がいない理由は恐怖してるからじゃよ。次元門の向こうにいる怪物共にな』
「怪物?」
『向こうの世界にいる強大な寓話獣じゃよ。その身に宿す存在力が強大な寓話獣にとって、この穴は小さすぎるゆえこちらの世界には来れない。じゃが、その身から溢れた存在力の残穢はこの世界にも来ている。奴らはそれに恐怖しているのじゃよ』
ユグドラの分身体はそこで質問をやめた。
質問することがなくなったからではない、狐の返答によって自分の役割の訳を知ったからだ。
そしてその結果この世界に与える影響も。
『それにしても、おぬしたちよくここに来れたのう。やつのテリトリーを超えてくる奴がいるとは思ってなかったわ』
「あいつらのことを知っているのか」
その内容に彼も興味を示した。
彼はここに来る時に狐の言ったようにとある寓話獣のテリトリーと言えるような場所に遭遇している。
そこには通常頭部がある場所に逆三角形のマークが浮かんでいた不気味な寓話獣がそこらじゅうにたむろしていた。
ユグドラの分身体含む白夜の夢のメンバーはこのテリトリーを通り抜けようとしたが断念して船で迂回し、落日の夜空もテルのテレポートの超能力で突破したほど厄介な存在であった。
『あやつらとは何度か戦っておる。タフじゃし、殺しても殺しても北の方から際限なくやってくるからうんざりしているわ。おそらく奴ら古い伝承から生まれた妾と違って現代の伝承から生まれた存在。おぬしも気をつけることじゃ。現代の伝承は基本倒された物語がないからのう』
狐の寓話獣はユグドラの分身体から見てもうんざりとした表情を浮かべている。
それほどまでにこの寓話獣も奴らのことを鬱陶しいと思っていた。
『さて、もういいかのう。おぬしももう溜め終わったじゃろ?』
「気づいてたか」
ユグドラの分身体は狐に出会った時から目的のためにとある夢幻を形成するために想力を溜めていた。
この夢幻を形成するためには準備が必要だったために狐の寓話獣と出会ったときは内心焦っていた。
だが、狐の方が会話を提案したためそれに乗り、知りたい情報を得る傍らで想力を溜め込んでいたのだ。
彼は狐に手出しさせないために想力が溜まったあとすぐに夢幻を形成しようとする。
瞬間
彼の下半身が消し飛んだ
彼は一切油断をしていなかったし近づからないように距離を保っていた。
なのに、気がついたら彼の下半身は消えていた。
ユグドラの分身体は驚愕しながらもそれを成したであろう狐の寓話獣へとゆっくり視線を向ける。
そこには先ほどから一切移動していない狐が佇んでいた。
ただ一つ違いがあるとすれば、狐の背中、そこに生えている尻尾が一本から九本になっていることである。
「……九尾っ」
そこで初めて彼は相対していた寓話獣が九尾であることを知る。
ようやく自分が九尾だと知ったユグドラの分身体を見て寓話獣〈九尾〉は楽しげに笑っていた。
『カッカッ。久々に楽しいおもちゃじゃったよ』
その言葉から九尾はユグドラの分身体を最初から最後までおもちゃとしか思ってなかったということである。
寓話獣〈九尾〉は彼の下半身を消し飛ばした後、彼へと興味は薄れていた。
しかしそれが仇となる。
「〈神樹創造〉!」
彼の体の内側から樹木が出てきて、彼を取り込むようにして一瞬で30メートルの高さまで成長する。
彼が発動した夢幻は命と引き換えにして形成されたもの。
彼は元々この夢幻の形成と引き換えに死ぬ予定だった。
彼は分身体であり、自分の命の価値は低い
だからこそ、自身の下半身が消し飛んでも気にせず夢幻を形成することができた。
九尾はそこで初めて彼を警戒するべき者と認識する。
それは彼が夢幻を形成したからである。
より厳密に言えば、彼が樹木を形成した直後、この背後にある次元門が徐々に広がっているから。
次元門、つまり次元に干渉する夢幻
それが、彼を寓話獣〈九尾〉の敵として認定させた。
九尾は大樹の根本、唯一原型が残っているユグドラの分身体の頭部へと視線を向ける。
『おぬし…何者だ』
「咎人だよ…ただのね」
彼は最後に九尾の意表をつけたことに笑みを浮かべ、そう言い残して完全に沈黙した。
『咎人……のう』
彼の最後の言葉
自分は正義ではない
自分は罪人である
それを忘れないように自分自身に言い聞かせているように九尾は聞こえた。
『面倒くさい置き土産を置きよって』
九尾はユグドラの分身体が形成した樹木へと近づいていき、前足でそれに触れた。
その樹木の内部にはあの短時間では到底込めることのできないほどの存在力を持っていた。
『なるほどのう。世界を支える大樹ユグドラシルか。おそらくこいつで次元門に干渉したんじゃな。タイミング的に新宿の争いもこいつを形成するために必要だったのかのう』
九尾は興味を持った人間が行なったことであったため新宿での争いも陰ながら見ていたが、都市を壊さないようにしていたのが気になっていた。
あの時は何故そのようなことをしたのか分からなかったが、おそらくこの夢幻を形成するための条件に必要だったのだろうと考えた。
『ユグドラシルの獣創者か?なら分身体はどうやって形成する。…枝分けの要領か?……考えるだけ無駄かの』
九尾は樹木の向こう、次元門へと視線を向ける。
そこには少しずつであるが未だに拡大し続けている次元門があった。
このままにしておくのは危険すぎる
そう思った九尾はこの樹木を破壊することにした。
『邪魔じゃな………悪夢〈白面金毛九尾の狐〉』
全身が栗色の毛で覆われていた九尾は頭部から腹にかけて白毛に背中から九本の尾にかけて金毛へと変化した。
変わったのは見た目だけではないその内に秘めたる存在力が倍近く膨れ上がっている。
『《虚言霊真輝》』
九尾の九本の尾のうち三本が掻き消え、ユグドラの分身体が形成した樹木は完全に消滅した。
それを確認した九尾は再び栗色の毛へと戻る
『少しは開いてしまったのう』
次元門は先ほどよりも二回りほど大きくなっていた。
それにより、こちらに来ようと気を窺っていた一部の怪物がこちらの世界へと足を踏み入れる。
現実はさらなる幻想に侵食される。
人間も寓話獣も関係なくこの唸りに巻き込まれる
『はてさて、長い間停滞していたこの世界。はたして妾も人間どもも激動の唸りに耐えられるかのう』




