怪物の静かな目覚め
三水が夢幻の杜と招き猫へとビルを落とした時、みんなの混乱に乗じて凛はその場から離れようとしていた。
そして、それを知った刻は凛を追いかけた。
刻が追ってきていることを知った凛はそれを振り払おうとし、刻はそれを追いかけていく。
烈火やヒカリたちの知らないところそのような追いかけっこが行われていた。
そして外界北部、時狂いのあった場所に着いた頃、諦めたのか凛が止まって後ろを振り返った。
「いつまで付いてくる気?」
「やっと追いついた」
刻が凛に追いつく
息を切らしていない凛に対して刻は少し息を整えていた。
「なんで私について来れるの」
凛はただ逃げていただけではなく夢幻によって気配を希薄させ、獣並みの脚力とスタミナで動いていた。
刻はそんな凛を見失うことなく撒くために迂回して移動していた凛と違って最短距離で彼女を追いかけていた。
「…?普通に追いかけてただけだけど。痕跡と気配から考えてここに来るかなって予想しただけだよ」
「あなたの普通は普通じゃない」
凛は自ら潜伏や奇襲を誰よりも得意としている自負があり、今回も痕跡も気配も残穢すら残していないと思っていたのに、普通に追いついたと言われたらことに若干イラッとした気分を切り替える。
「なんで着いてきたの。雷華たちの方はいいの?」
「なんか凛には親近感みたいなものを感じてね。それにあの敵が出てきた時、君の表情が強張っていたのが気になってさ」
「私も刻に聞きたいことがある。いや、できた」
凛は急に真面目な顔つきになると刻へと問いただす。
その際彼女から漏れた覇気に刻は無意識に背筋を伸ばした。
「今の刻の言葉で確信した。あなた、私と同じ幻珠の愛し子でしょ?」
「幻珠の愛し子?」
刻は凛の言った言葉を理解できなかった。
幻珠の愛し子という言葉を聞いたことがないからだ
凛は刻がそれに関する記憶を失っているのではないかと思い、思い出すきっかけになればとそれについて説明した。
「想子に愛された存在。低い想力の消費で高い存在力の夢幻が形成し、感応性がとてつもなく高い。そして、他の人にはない特殊な特性。間違いなくあなたは想子に愛された存在『幻珠の愛し子』。そして、幻珠の愛し子は不幸をばら撒く不吉の存在」
凛は刻が夢幻を形成する時ロスがほとんどないく、想力を枯渇させたのを見たことがないこと
彼女を追いかけるときにわずかな痕跡の見つけ、追いついたことや、訓練中遠距離への攻撃を寸分狂わず当てていたことなど桁外れな空間認識能力を持っていたこと
さらに、自分も感じていた刻に対する親近感
これらの事象が刻が自分と同じ幻珠の愛し子だという結論に至った。
「私に親近感を感じていたって言ってたわね。私も同じことを思っていた。それは間違いなく私と同類だから」
凛は刻たちと接することを避けていた。
自分の夢幻の特異性がばれて目立つことで連鎖的に烈火達、そして白夜の夢へと自分の情報が行かないようにするため。
そして、不幸を呼び寄せないようにするため。
対して刻は凛が言っていたとある言葉が引っかかった。
自分が幻珠の愛し子かどうかなんて分からない。
何故なら自分は記憶喪失なのだから
もし自分が幻珠の愛し子なら、記憶を失う前の自分がそうなら、この幻珠の愛し子という自分の存在が呼び寄せた不幸が記憶を失い、自分という人格を生み出したのではないか
そんなことは考えていた
もっと情報はないのか
そう思っ刻は凛に問いかける。
「なんで凛はそんなこと知っている?夢幻の時みたいにその幻珠の愛し子の情報が頭に刻まれているのか」
「…あいつらが言っていたのを聞いただけ」
そう答えた時の凛の表情は激しい怒りと憎悪が確証のないほどありありと現れていた。
刻は凛の予期せぬその雰囲気に少し押されてしまい何も言い出せなくなる。
「早くここから離れないと。白夜の夢が来る。それに、幻珠の愛し子が二人いると何が起こるか分からない」
「えー。ちょっとは遊ぼうよ。せっかく再会したんだからさ」
「っ!」
何者かが凛に向かって蹴りを放った。
それは常人では絶対に不可能であろう速度で放たれたそれを、凛は即座に反応し、ジャンプすることで躱し、一瞬で腕を獣化させてその人物へと攻撃した。
相手はその攻撃を躱し、凛は追撃として蹴りを放つが、それも相手も蹴りで応対した。
凛はその蹴りの勢いを利用してその場から離れる。
「久しぶりだな。狐月凛」
「ミーミル!」
凛は先ほど攻撃してきた相手-ミーミルに対して怒りの表情を浮かべながら睨んでいた。
対するミーミルは少し軽い雰囲気を纏っており、両足が馬の脚のように変化していた。
「ここに居るなんて聞いてない」
「ん?誰かから情報をもらったのかな?それも白夜の夢の中に。あとで見つけ次第殺しとこうか」
彼の名前はミーミル
白夜の夢副リーダーにして馬の獣創者
その強さは正真正銘本気を出した凛を相手に手傷を合わせるどころか落日の夜空の介入がなければ倒せていたほどの実力者である。
「…それより聞いてたよ。君も幻珠の愛し子なんだって?こりゃあついてる!」
「《錬鉄ノ太刀》」
刻は相手が誰か分かっていないが凛の態度から敵と断定。
そして、凛との一連の攻防を認識は出来たものの、もし凛の立場に自分がいた場合、対象できないという結論に至り、ミーミルが凛に意識を向けている隙を狙って形成した剣で斬りかかる。
しかし、ミーミルはその刻の太刀の刃を難なく蹴り上げて回避した。
そのあまりに威力に刻は太刀を手放してしまう。
拡大解釈によって鉄の硬度を引き上げていたにもかかわらず刀は真っ二つに折れてしまっていた。
「ああ?なんだ?それが本気なのか?」
刻の攻撃を凌いだミーミルの顔は驚きと多少の歓喜の表情を浮かべていた。
ミーミルは幻珠の愛し子と聞いて刻を凛と同程度の実力だと認識していた。
リーダーからも幻珠の愛し子のポテンシャルは一般的な夢創者を凌駕すると聞いているし、以前の凛との戦いでは自分が勝っていたが状況次第では負けていた可能性もあるという自覚を持っていた彼は、凛クラスの実力者二人を相手にするのは無理だと判断し、最悪ある程度の実力だけは測ってリーダーに情報を伝えることを第一優先としていた。
しかし、刻の実力が予想以上にないという可能性が出てきたため下手したらここで二人の贄が手に入るのではないかと喜びの表情を浮かべていた。
「夢幻極致〈金色ノ魔馬〉」
「《軟鉄ノ盾》!」
刻は頭に響いた警鐘に従って夢幻で鉄の盾を形成し構えながらその場から下がろうとした。
「安心しろ。大事な贄だ。殺しはしねぇよ」
そこにミーミルが刻へと接近して強烈な蹴りを放った。
刻は拡大解釈によって鉄の粘りを上げ、壊れにくさを優先したためミーミルの蹴りを直接喰らうことはなかった。
だか、先ほど以上な威力の蹴りの衝撃をもろに喰らってしまいそのまま遠くまで吹き飛ばされる。
「ゴホッ」
ミーミルや凛が見えないところまで飛ばされた刻
(痛い。これは肋骨が折れてるな)
肋骨が折れていることを自覚した刻はこれからどうしようか考える。
凛のところに戻ったとしても万全な状態でも敵わなかったのにこの状態であっても無駄であると思った刻はその場から離れる選択をした。
(急いで誰か呼んでこないと)
そんな時
『刻、代われ』
頭の中で声がした
寓話獣〈インヴィジブル〉と出会ったときに聞いた声だ
刻は驚きながらも誰か問おうとしたが間に合わず彼の意識が薄れていく
「痛つつ。骨バキバキに折れてるなこれ」
そして、そこにはもう刻はいなかった。
「ちっ。この状態じゃ力が使いきれないな。……《逆時》」
刻の体についた汚れや服の損傷などがみるみる元に戻っていく
そして刻は怪我なんてなかったかのように軽やかに立ち上がった
『クウ。場所を教えてくれ』
時狂いから約一年の時を経て
「《凍刻》」
静かに怪物は目の覚ました。
〜〜〜〜〜
「《神獣憑依・白虎の相》《神獣武装・純白鉄爪》」
ミーミルが刻を蹴り飛ばした直後、凛は今まで隠していた力を解放する。
これまでと同じ虎柄であるが色が全体的に白くなっており、存在感もこれまでとは比べ物にならないほど大きくなっていた。
「はは!どうやら成長しているようだな」
ミーミルは以前と違い凛の両腕に籠手のようなものが付いていることから、彼女が成長しているとということに気づいた。
だが、それでもまだ自分の方が強いという自負もあった。
「《デススタンプ》!」
「《白爪剛蓮華》!」
ミーミルの蹴りと凛の爪による連撃が炸裂する。
幻珠の愛し子には特殊な特性があると凛は言っていたが、彼女が持っている特性は『四獣化』と言えるようなもの
朱雀・玄武・青龍・白虎の四獣の力を想力をほとんど使うことなく使用することができる
それは四獣という大衆観念によって変身しているからだ
ミーミルのように夢幻極致を会得すると神獣に変身することができるが、それは制限解釈や拡大解釈によってそれに寄せて夢幻として形成しているだけであり、厳密には神獣に変身しているわけではなく想力も消費も激しい
対して凛は四獣限定だが、超能力のように無意識にその力を使うことができるのだ。
そして、他の超能力者と違い、自由に力を変えることができる。
これが凛の特性
だが、いかんせん彼女はこの力を使いこなせていない
この力は周りに超列な気配が漏れてしまう
そのため周りに人はその気配に当てられ恐怖してしまう。
そして、白夜の夢に見つかるリスクが上がってしまうことを恐れた凛は、これまで積極的にこの力を使ってこなかった。
それによって以前、十分自分の力を使いこなせているミーミルに敗れかけるという結果になったのだ。
だが、今回は凛も新しい力を手に入れたためこの前のようにはならないと思っていた。
長い間続くだろうと思われていた凛とミーミルの攻防。
「「っ!!」」
しかし、ある方向から放たれた巨大な、そして異質な存在感は無視できるものでもなく、両者の動きは止まり
世界は凍った
ようやくこの一連の戦いを終わらせにいきます




