腐った君
彼女の口に茹でただけのうどんをスプーンで運ぶ。
うどんはスプーンですくえる程度に細切れにしている。
水平移動させたスプーンを半開きの口元で傾ける。
「はぁ、おいしい」
「そう?よかった」
彼女の白濁した眼球が、こちら向けられる。
うどんを機械的に繰り返し食べさせながら、僕はにっこりと弛緩していく。半玉程度を消費したところで「もういい」と言われたので、口元をティッシュで拭いてやる。
3週間ほど前、同棲している彼女は額から血を流しながら帰宅した。「きみ、血が……」と僕は狼狽しながら声をしぼりだした。「え?さっき、ぶつかった時かしら?」と彼女は玄関にある姿見を覗き込む。やだぁ、とか何とかぶつぶつと言いながらサコッシュからテッシュを取り出しせっせと血を拭き取っている。彼女のあまりに平静なトーンに拍子抜けした僕は勝手に安堵した。生え際に垣間見える傷も大したことはなさそうで「ほら、頭の怪我って軽くても結構血がでるからさ」と洗面台に移動しながら話す彼女を見送った。そのあとはいつも通り飯を食い、テレビを見て、交代で風呂に入り、一緒に眠った。何にぶつかったのかは聞きそびれたまま眠りに落ちた。
僕はテーブルにこぼれたうどんを拾い、テーブルにあった彼女の両手を彼女の腿の上に置き直した。その時に彼女の皮膚のいちぶがプチっとちぎれる感覚伝わってきた。
「ねぇ、あたしさ、死んでない?」
心臓がずしりと重くなる。
「なにそれ?じゃあ、会話なんてできないよ」
「だよね」
僕はテーブルの下にもぐり、朽ちた彼女の肉片を拾う。彼女の体はそろそろ限界かもしれない。臭いだってひどいもので、消臭スプレーを絶え間なく吹き付けて換気しても腐臭はひどくなるばかりだ。先日も大家にそれとなく苦言を呈され、冷や汗をかいた。
「ねぇ、君、自分の部屋が欲しいて言ってたよね」
「ええ、でも、結婚とか出産を考えたら今は贅沢でにないよ」
「贅沢しようっていうんじゃないんだ」
僕は肉片をビニールを二重にしてしばり、冷蔵庫に入れた。
肉片以外は棚やトレイも全て外した冷蔵庫。
「ほら、見てごらん。冷蔵庫をきれいにしたんだ」
彼女はぎちぎちと音がしそうな挙動で首をこちらに向ける。
「あら、買物にいかなきゃ」
僕は彼女が崩れないように細心の注意を払い、抱き上げた。
右足がぼとりと落ちる。
支えている背中の肉もずるりと滑る。
慎重に迅速に、冷蔵庫に彼女を押し込めた。
「冷たいわ」
「でも、気持ちいいだろ?」
「悪くないかも」
「また、明日ね」
「ええ、明日」
彼女の脳機能も時間の問題だろう。
彼女がドス黒く液化するまで、面倒を見ようと思う。




