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暁の空  作者: 駕籠の鳥
9/13

変化と無変の白

 それは衝撃的な出会いだった。雪がいつ降り出してもおかしくはない肌寒いあの日。その季節にはとても似合っている名前を持つ少女を亡くし、その葬儀で出会った響きのいい名前の少女。帝は4年ぶりに天条院奏と再開した。自分たちと同じ年齢とは思えないくらいに喪服を着こなし、金の髪と蒼の瞳はまるで飾のように、一体となって邪魔をしてはいなかった。


「天条院奏です。このたびは姉の雪姉様の葬儀にご参加くださりありがとうございます」


 きちんとした挨拶は本当に同い年なのかと疑うくらい礼儀正しかった。更に、その透き通った声は清廉潔白とした美しさを帯びていた。身なりは“黒”しかし心は“白”。その境界線なき、灰色をした存在だった。

 驚愕を抑えきれない2人に対して、冷静でいられた帝。今ここにあの時からある疑問が消えたのだ。自分が出会った少女は彼女なのだと。死者を弔う場には相応しくない『嬉しさ』という感情が帝には芽生えていたのである。

 3人は応接室へと通され、椅子に座らされた。その正面には奏がいる。


「この度は姉の葬儀に来てくださいまして誠にありがとうございます。心から感謝いたしますわ」


 礼儀正しく一礼。流れるその姿は美しさそのものだ。


「あなたたちをここに読んだのは他でもありません」


 静寂が一帯を包み、3人は身動きが取れずにいた。そして奏から出た一言に身震いした。


「・・・雪・・・いえ、姉さんの罪についてです。私は姉さんの妹としてお詫びを言わなければいけません」


 その瞳はしっかりと3人を見つめ、何が来ても強い視線だけは崩さないという意思の強さを感じ取ることができた。裏を返せば、すべてを背負い、どのような仕打ちにも耐えるという念がこもっていると言ってもいい。帝にとっては懐かしい感覚。しかし、彼女が背負うことによって儚く、それ以上に美しいと感じてしまった。


「罪とかどうでもいいよ」


 その言葉にその場にいるものは言葉をのんだ。智貴も明日華も奏でさえ驚愕の表情を隠すことはできなかった。


「俺が知りたいのは君があの時の奏なのかということ」

「・・・・・ハイ」


 その返答は微かで、まるで霧のように薄く、しっかり聞いていても聞き逃すくらいだった。そうして帝は広間を出た。その瞳は悲しみも、恨みも、喜びも、感情というものがなかった。まるで人形のように。


「あんたたちの罪が何か知らないけど、帝が許すまで私は許さないから」

「・・・・・・・」


 帝を追うように明日華も智貴も広間を出た。

 葬式を終えて、何の未練もなく3人は天条院家を後にした。そうして天条院奏に会うことは一切なかった。



「そうか、それがお前らの俺には話してない過去ってことか。いや、ちがうな。帝が帝であるべき過去と言ったほうがいいのか? まぁ、それは聞かなくてもいいな。理解できる。今の問題は帝と天条院奏の関係ということだな。明日華や智貴は第三者で特には影響もなく、関与は少ない。となると問題はお前だ」


 その鋭い眼光は帝をとらえていた。獲物を狙う鷹のようにその眼力には威厳と脅威二つの強さを秘めていた。帝はその瞳をただ受けていた。その冷たく、何も考えてもなく、感情もないそんな霞な瞳で。


「お前はどうしたい? その時のようなその瞳で何を見る? 何を感じ取る? お前は・・・何を・・・いや、この先は言わなくてもわかるだろ? お前はお前のやりたいようにやればいい。俺も明日華もバカもお前の考えに従うさ」

「亮、なにかとひどくない?」

「どこが?」


 一つの広間に響き渡る笑い声。いくらシリアスになろうと4人にかかれば1分もいらずに笑いに変えてしまう。ある意味才能の一種。だからこそこの集まりには暗さというものは存在しない。クラスに、学園に必要なメンバーと言っても過言ではないのかもしれない。


「さて」


 亮はいつものごとく、眼鏡を上げて、久しぶりに見る笑顔で皆のほうを向いた。


「もうすぐ授業だ。 戻ろうか」


 その笑顔は純粋に帝の心を落ち着かせた、いつもは無愛想で冷たく、誰にでも同じように接している亮がとても温かく、優しく感じた。いや、そうではない。自分が勝手に作っていた壁が過去を話すことによってなくなったのだ。4人の絆が深まった瞬間だった。


 教室に戻った4人に訪れたのは驚愕という鉛玉である。なぜならば教室の一角がものすごく暑苦しいことになっているのだ。男女隔たりなく集まったその塊はまるで人間団子のようだった。


「なんじゃありゃ」

「ああ、あれ? フフフ・・・皆、天条院さんに夢中なのよ。 悪い子よね~やけちゃうわ」

 

 教科書を抱えたいかにも委員長ですと言わんばかりのしっかりとした姿勢に、少しだけ柔らかい言葉使いのThe・委員長さんが現れた。


「委員長、夢中と言ってもあれはどう見ても頭を垂れて、何かを欲している犬に近いと思うだが? まるで自分を良いように見せて、後ろだてを狙っている社交界だな」

「あら、まるで社交界の場がどのようなのか知っている口ぶりですね鵺さん。経験があるのかしら?」

「いや、別に。俺の想像だ」

「そう・・・想像ですか」


 チャイムがなると同時に各々の席に着く。こうも一斉にしかもそろうとテレビで見る北朝鮮の兵隊を想像してしまう。私たちも座りましょう、と委員長はうなずく。亮は委員長の態度が気に入らないようで、溜息をついて渋々と席に着いた。そうなると立っているのは帝と智貴と明日華である。無論、立っているのも変なので席に着く。横を通り過ぎた智貴がつぶやく。


「今後どうするかはお前次第。今の段階では気をつけろと忠告しておくよ」


 余計なお世話と、帝は肩を軽く押す。智貴はきょとんとしていたが、すぐに笑顔になり陽気に席に戻った。帝も席に着く。横目で奏を見たが、あの頃より一層奇麗になっていた。しかし、あの頃と違うのはどこか弱く、儚く、簡単に壊れそうなのに強く自分を見せているそんな雰囲気だった。


「このクラスはとても面白いですわね。これから楽しみですわ」

「・・・そうか、ならよかったよ」


 やはり会話が弾むことなく、先生が荒々しく登場し、5時限目が始まった。


 一日の終わりを告げる鐘がなり、学生にとって自由というなの時間が訪れる。部活動に励む者、勉強に励む者、自宅へと急ピッチで変えるもの様々。多くの学生が入り混じるそんな空間になる放課後。帝を含む4人は教室に残っていた。何もすることなくただ話にふけっているだけなのだが。そのようなことをしても時間は何かをするための思考をさせることすらさせてはくれない。


「帰るか」

「うん」


 結局、帰宅という手段をとるしかないのである。部活をやっていない生徒なんてそんなものだ。勉強のために残る生徒はあまりにも少ない。いや、実際は皆無と言っても過言ではないのではないだろうか。

 いつものようにグランドの横を通り、校門に向かう4人。そこで、夕焼けを背に一生懸命走る生徒がいた。帝たちはその生徒に目を奪われていた。ただひたすらに走るその女子生徒は長い髪を後ろで束ねたいわゆるポニーテールという髪形をしていた。やや赤みのかかったその髪を揺さぶりながら女子生徒は無心に走り続け、帝たちに気づいて足をとめて、帝たちに近づいた。


「おや、ここであうなんで珍しいね」

「お久しぶりですね(はるか)先輩」

「気にしなくてもよかったのに遥姉さん」

「いや、いいんだ」


 彼女の名前は御前遥。1つ上の上級生で、帝の姉に当たる。少し焼けた薄いこげ茶色の肌に、赤みのかかった長髪。おとなしそうなその雰囲気。運動部にはつきものの『活発』とはまた反対の『落ち着いた』が似合う大人な彼女。そして暁学園が誇る陸上部の部長にしてホープ。智貴や明日華とは小学校からの知り合いでもあり、2人にとっても倒れる姉御なのだ。


「県選抜の合宿は終わったんですか?」

「ああ」

「ああって・・・姉さんそれじゃわからないよ」

「いつ帰ってきたんですか?」

「今日の昼だよ」


 欠点として口数がとても少ない。しかし、交友はとても広くコミュニケーションに困ったことはないのである。逆にその口数の少なさがまた彼女の人気でもあった。


「君は・・・鵺亮くんだったかな?」

「やっと覚えてくれましたか。1年かかりましたね。いや、自分もあなたとはあまり接しなかったわけですから仕方ありませんが」


 くすくす、と笑いだす遥。少しふてくされる亮。


「何か? 俺はあなたに笑われるようなことは言ってはないはずですが」

「ククク・・・すまない。いや、早苗の言うとおりの子だなとね」

「む?」


 早苗というのは無論、会長の望月早苗のことである。会長とホープ同じ期待を背負うものどうし、仲がよいのである。実際のところ望月早苗の親友は目の前にいる御前遥というものとても有名な話ではある。


「帰るのか?」

「この時間に鞄持って校門に向かってたらそうなるでしょ。それより戻らなくてもいいの?」

「そう、だな。戻らないといけないな」

「なら俺らは帰りますよ。遥先輩は部活頑張ってください」

「そうするよ。またね、智貴、明日華、鵺君」


 そうして遥は駆け足で部活の輪に向かって行った。少し名残おしいがこれ以上迷惑はかけることなどできない。いつものように自分たちが帰るべき場所へと帰ることにする。その一歩を歩きだし、校門前で帝が思い出したように立ち止った。


「そういや、今日俺食事作らないといけないんだった」


 皆で笑いながら、帰宅のルートからスーパーへの買い物ルートへと変更されるのだった。

 いろいろな問題を抱えつつも日常は何事もなく過ぎていく。だからこそ誰もが同じことを言えるのだ。


―――また明日―――

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