過去の黒
嫌な予感というのはかなりの確率で当たる。よくそう言われるけど俺は思わない。結局予感なんてものは人が作り出す予言みたいなものだ。1999年のノストラダムスの大予言とかよく言われていたが、あれも何も起こらずガセに終わっている。だから、俺は今日の今まで『悪い予感』は信じてなかった。そう、あんなことが起こる前までは。その予感はすぐに当たることになるのだ。
帝は、今まで通り登校した。何も変わらない変調もない日常に退屈していたのかと言われるとそうでもない。ただそれが心地よい。そう思っていた。いつもの風景、道、友達、先生、学校。それを眺めて学校という檻に足を踏み入れた。
教室ではいつもの光景が目に映る。女子たちの笑い声、男子たちの悪ふざけ、男女の会話、そして帝の席に群がる悪友たち。いつもの通り席に着き話に加わる。そう、今までの通りだったはずだった・・・。
担任が教室に入って点呼をとる。珍しくそのまま授業に入らない。何かの連絡だと帝は外を見降ろす。体育の授業なのか生徒たちが体操服で移動している。
「え~、急だが転校生を紹介する。入りなさい」
「はい」
女の子の声がする。転校生はどうやら女子らしい。とくに興味はなかったが一応顔を見てみようと前を向く前に智貴の顔を見る。その瞳は輝いていた。実にわかりやすい。だが、その輝きが曇りに変わるのに時間はかからなかった。
扉が開く。女の子は一歩前へ、全体像があらわになる。教室は歓喜の声が。しかし、帝は目を丸くした。智貴も驚愕の表情を隠しきれず、冷や汗を流している。明日華ですらその表情を隠してはいない。
「おい・・・・うそ、だろ・・・・なんであいつがここに・・・」
「な、なんで・・・」
「まじかよ」
その少女はまるで外国の人形みたいに顔が整っていて、髪の毛はウェーブがかかっている金髪。その瞳は蒼に染まっていた。クラスメイトになるにはものすごいことなのだろうが、帝たちには焦りでしかない。亮はわけがわかっていなかったが、3人の表情が変わるのがすぐに分かった。
「急だが、ご家庭の事情により転校してきた天条院奏君だ」
「天条院奏です。よろしくお願いしますわ」
驚愕の3人をよそに天条院奏では笑顔で挨拶を交わす。クラスメイトの男子は頬を赤らめ、女子は騒ぎ出す。やはり4人はなんの反応もしなかった。
「え~天条院の席は・・・・おお、御前の後ろが空いているな」
『『『!!!』』』
3人は一斉に後ろを向く。確かに帝の席の後ろは空席だった。帝は窓側で端っこ。無論席が開く候補だ。天条院奏ではそのままゆっくりと席に向かう。ふと、帝と智貴の間で止まった。ちょうど帝の斜め前、智貴の斜め後ろに当たる。
「お久しぶりね。帝、智貴」
「・・・ああ」
「なんでお前がここに」
クスリ、と頬笑み席に着く。その表情は変わることはない。ただ、帝、智貴、明日華を見るときに表情が曇ることはあった。動揺を隠しきれない3人に対し、亮はただ黙ったままひそかに見守った。
午前の授業が終わり、クラス一斉に天条院に群がる。それを見計らったように帝と智貴は席を立ち、亮のもとに寄った。亮の隣には明日華もいた。
「どういうことか説明してもらおうか」
「そう、だな。亮には話しておかないとなただここじゃ話しにくいから屋上行こうぜ」
4人は各自弁当を持って屋上へと足を運んだ。
この時期の屋上は涼しく、空気も澄んでいてとても過ごしやすかった。弁当に箸をつつきながら過去について帝は話し始めた。
帝の過去の話。
武術の名家に生まれた帝。だが、帝は規則、規則と縛られるこの家が嫌いだった。そして、父親と殴り合いのケンカの後、家を飛び出した。無論幼い帝に行く末などない。親戚の家ですら帝にとっては苦痛でしかなかったのだ。だから、強くあろうとした。ただ、ひたすらに孤独を選んだ。家の者は探さなかったのだ。しばらくは持ち出した金額で何とか暮らしていけた。しかし、そう何日も持つわけもなく、金は底をつき、途方に暮れていた。そんな時に孤児院の院長に拾われたのだ。
なじめない孤児院の生活。周りの子供たちは帝の勝手な『強さ』に怖がっていた。現に帝は年の割には腕っ節が強く。力は歴然としていた。そんな時だった。近所の子との交流で鈴木智貴、春野明日華と出会った。威厳とした帝に近所の子供でさえ、避けていたのだが、智貴と明日華は近寄ったのだ。無論、帝は拒絶を示したが、2人はしつこく帝に近寄った。たった数時間の間だったが、帝は2人には心を開きかけていた。そして、皆が帰る頃には帝は2人と話せるようにまでなっていて、孤児院の先生は帝の笑顔をその時初めて見たという。それからというもの、帝はよく孤児院を抜け出しては、智貴と明日華と遊んでいた。生まれて初めて生きていることに感動したのだ。だから孤児院の生活は全く苦にはならなかった。他の孤児院の子供たちとも交流を持ち、やっと年相応になれたのだ。
そして、転機は訪れた。
孤児院を援助している名家に訪れることになったのだ。だが、大勢で行っても迷惑がかかるということで代表が選ばれた。それが帝。このときになって帝は孤児院のリーダー的存在になっていた。しかし帝は気が進まなかった。そうただ『名家』に帝はいい思いしなかったのだ。
帝はその名家に訪れた。いかにも金持ちという威厳のある大豪邸だった。帝は憂鬱な気分で庭を歩いた。そして出会った。髪は金髪で、蒼い瞳の少女に。館の主らしき人が紹介してくれた。
彼女の名前は天条院奏というらしい。奏とは挨拶を交わし、そのまま孤児院へと帰った。
しばらくして、帝はまた天条院家へと出向くこととなった。無論帝は気が進まなかった。しかし、奏と会うのはほんの少しだけ期待していた。今度、天条院で出会ったのは黒髪で漆黒の瞳をした娘だった。その娘は自分は天条院奏と言っていた。違和感はあったものの、幼い帝には大した問題ではなかった。彼女が奏というのなら奏なのだろうと自分に言い聞かせた。孤児院の先生と天条院の人との話を待つため、帝は奏と話をしていた。帝は人と話すことは苦ではないし、人見知りをするわけではなかった。しかし、唯一『名家』の人間だけは信用することができなかった。
奏とは2時間ほど話していた。後々に帝も奏でには打ち解けていた。お互いのこと、名家と言われる家に対する不満など、笑いあい、親身に話し合った。その2時間はものすごく短かった。
帝は天条院に行くのが楽しみでしかたなかった。孤児院の先生に無理言って、明日華と智貴を奏に紹介するほどに。明日華も智貴も奏とはすぐに打ち解けあい、両親の了解が下りると4人は暗くなるまで遊びつくした。
奏を含めた4人は同じ中学に入学した。だが、歳を重ねるにつれて、帝の中にあった疑問という風船は膨らみを増していた。しかし、やはり大したこともないのでそっと胸の中にしまっていた。そうして何気ない日々を過ごしていた。しかし、帝は相も変わらず3人以外には拒絶を露わしていた。いくら人見知りをしないとはいえ、人を信じることに抵抗を持っていたのだ。そして売られたケンカは買っていた。それでも、大きな問題なく中学2年が終わろうとした時、事件は起きた。
それは寒さが身を凍てつくことが実感出来たころだった。下校中、信号を渡った奏が引かれたのである。原因は運転者の信号無視。奏は私立の有名病院に運ばれたが、事故の1週間後奏は息を引き取ったのである。帝は悔んだ。なぜ奏を最後に歩かせたのか、一番近かった自分が助けれなかったのか、そのことをずっと後悔して自分を責めていた。奏は事故の後日意識を取り戻したが、かなり弱っていた。そのおかげで、家族以外面会謝絶となっていたが、息を引き取る2日前本人の意向で3人だけ、面会となり30分ほど話した後、奏と帝だけで話していた。
弱った奏では振り絞るように帝に話した。
「帝、ごめんね。・・・・心配掛けて・・・でもね後悔しなくてもいいよ・・・・わたしね・・幸せ・・だった。・・・・ありがとう・・・・もう、ケンカ、しないでね」
その言葉で帝は今まで押しこらえていた涙をあふれださせた。その言葉で自分に押しかかっていた重圧から救われたのである。そして、震えた声で感謝を伝えた。”ありがとう”と。
もうひとつの事件が起こった。それは奏の葬儀に起こった。
帝たちも奏での葬儀に行くために、天条院の家に向かった。天条院の執事が帝たちの前に現れ、別の会場に連れて行かれた。そして、帝たちは驚愕の事実を知った。そこにいたのは一人の少女。金髪で蒼い瞳の可憐な女の子。帝が天条院の家で出会ったその娘であった。そうして告げられた。
「天条院奏です。このたびは姉の雪姉様の葬儀にご参加くださりありがとうございます」
この一言はとある事実を告げていた。それは今までつきあっていた少女は奏ではなく、雪という存在ということ。そして今目の前にいるのは天条院雪の双子の妹天条院奏、つまり本当の奏ということ。