感謝の十色
授業終了の鐘が鳴る。静かだった校内が一斉に騒ぎ出す。屋上はその声も制限されるが、それでも騒がしい声は耳に届く。その声も無意識に聞くとその声は心地良い。あまり寄り付かないこの屋上に珍しい客が足を運ぶ。少し長めの髪の毛を束ね、珍しく眼鏡を外した亮が屋上に来た。
「良い風だな。清々しい」
「・・・めずらしいじゃん」
「俺だって屋上ぐらいいくさ。ただいつもは教室のほうが落ち着くのでね」
帝の隣に立つ。流れていく髪は美しく、美男子というのも頷ける。初めて会った人は女性と勘違いするのではないかと思うほどである。
幾分過ぎたか、いや実際は数十秒ってとこだろう。2人は屋上から見える俯瞰をただ見つめていた。穏やかな街並みの向こうに高層ビル群が立ち並び、発展の違いが見てわかる。
「俺は明日華や智貴より付き合いが短いからな。何も言わないが、あいつらが不安を持つような行動は慎め。・・・・俺は興味ないからな。お前が話していいと思ったら、その時は聞いてやる」
「・・・・ありがとう。でも意外だ」
「何がだ?」
「亮の性格ならもっとキツイのくると思った」
「そのつもりだったがな。明日華の顔や智貴の態度でやめたんだ。誰にだって話したくない過去や経験はある。もちろん俺にもな。そんなのあって普通・・・・当たり前なんだ。ただそれは過去で、縛られるものじゃない。過去は見るだけでいい。振り返ることも見つめる必要もない。重要なのは・・・・その過去を持ってどう変わったかだ。変化がなければその過去に意味や価値なんてものは重さを持たないし、それに縛られれば、過去に意味があったとしても、縛られたそいつが愚か、悲しい存在になる。たとえ、いい過去であったとしても、経験したやつが悪い変化であれば、その過去は腐ったものになり、思い出したくも話したくない過去であっても、本人が成長したならそれは決して悪いものじゃないと思う。お前はかなり良い方向に変化したらしいからな。悔むことも嘆くこともない。むしろ誇っていい。・・・いいか?過去なんてラベルは糧だ。必要なのは今。重要なのは未来ってな」
亮の意外な言葉は帝を驚かせた。亮は確かに博識であるが、人生論を語るとは思いもしなかった。目を丸くする帝と遠くを見据える亮。
「亮・・・お前・・・・キメェ」
「なっ! てめぇ! 人が心配してるってのになんてやろうだ!」
「アハハ!悪ぃわりぃ・・・・・サンキュ亮」
わかればいい、と眼鏡を掛け直す。授業開始のチャイムが鳴る。
「さてと、行くか」
「おう」
少年は戻る。己がいるべき場所、受けるべき義務をこなすために。
過去がどうであれ、そのようなものに空は縛られない。自分たちの過去を見てきている大空はその感情を見せることはない。誰かが死のうと、生き延びようと、産まれようと、誰かが喜びや悲しみを共有したとしても大空は変化しない。時に晴れ渡り、心地よい青を見せ、時に化粧のごとく雲を塗り、灰色で顔を隠し、隠したその瞳から大量の真珠を打ち落とし、時に頬を赤らめ、美しい紅を見せる。
もし、神と呼ばれる絶対的な存在、(ここでは創造主としよう)が空の表情を決めているとしたら、その創造主に時間など縛られるものがなく、やはりそこには過去や未来などなく、ただ今しかないだろう。だからこそ創造主は人外と呼ばれるのだろう。話はそれてしまったが、人が過去に縛られず、未来を決めてしまた時、創造主になるのだろうか。
まぁ、そんなことはない。
教室に戻ると、今までの日常が待っていた。先ほどの小さい事件がうそのようである。
実際人間関係なんてそんなものだ。自分に害がないとか、興味がなければ相手が何をしていようが無関心になり、誰1人として関わろうとしない。帝がどれだけ注目されようとも数分たてば忘れるものである。
席に着く帝。皆からの目線はない。脆弱な空気が帝を包み込む。しかし何ら問題はない。このクラスにはその空気をぶち壊すKYB(Kuuki Yomenai Baka)がいるのだ。
「みっかどー!! 何する!! どうする!! 暴れるかー!!」
天真爛漫、純粋無垢と言えば聞こえがいいが、ただ自分の考えでしか行動せず、かつ何も考えないそんな人物。そう、智貴である。
彼は、KYBと言われるが、決して成績が悪いわけではない。なんか雰囲気とかバカっぽいとか、空気たまに読めない、という口ぐちがクラスに広がったのが原因である。ちなみにその大元は、明日華と帝なのだが。しかし、彼は何と言われようとも自分を変えない屈強な鋼の心を持っている。ただ、頑固なだけなのだが。そんな彼は皆に好かれているのもまた事実。敵を作らないという点においては彼は最強なのかもしれない。
「いや、やめておくよ。今はそんな気分じゃない」
「そっかーまぁいいや」
「もっと違うことじゃないのか?」
「正解!」
机をたたき、顔を帝に近づける。その瞳はきらきらとし、新しい玩具を見つけた子供のよう。歓喜したのか、その場で回りだし、嬉しさを表現していた。このままではただの痛い人であるが、智貴だからこそ認められるのである。
「さすがは帝!! 実は・・・・合コンしようぜ!!」
「合コン? いいぜ、どこでやる」
その場が固まった。智貴も驚愕の顔を隠せないようでヒア汗すら見える。周りの女子たちも、驚きながら帝を見つめる。もちろん本人にはわからないように。男子から聞こえる阿鼻叫喚、女子から聞こえる義疑惑の念。やってしまったと後悔してももう遅い。教室は驚愕と失望の渦が彷徨っていた。
「じょ、冗談だよ! 冗談!!」
「まぁ、そんなとこだと思ったよ」
呆れたようにあたかも確信があったかのように平然としている帝。智貴はあたりを見回している。あたりの女子からは安堵が見えた。男子からは落ち着いた雰囲気が漂っている。こう見ると帝の人気が実感する。帝とは「不謹慎、ふまじめ、ちゃらい」などと負のイメージはなく、「純情、冷静、潔白」などと言った正のイメージが強いらしく、女子はもちろん男子からも人気が高い。
しかし、智貴は思う。
(こいつ・・・元不良だぜ?)
帝の場合はなりたくてなったわけではない。それは智貴も重々承知しているのでいままでつるんできたのである。その事実を知らなければ関わりたくないその様な人物だった帝。しかし、今はそのような面影はなく、いたって普通の学生である。ただほんの少し喧嘩が強く、喧嘩っ早いだけのどこにでもいる学生なのである。
「なぁ、智貴、明日華は?」
「ん? あいつならほれ」
智貴が指さす方向を見ると、明日華は机の上で潰れていた。
「どうしたんだ?」
「さぁね、俺が知るわけないじゃん。お前のほうが知ってんじゃないの?」
「心当たりがないのだが・・・」
「ならお前が気がついてないだけだな。明日華が簡単にああなるかよ」
「明日華だって女の子なんだ。弱くなる時もあるさ。しかし・・・」
「心配なら聞いてこい」
振り向くとそこにはぶっきら棒とした亮がいた。帝と別れてからたった数分でこうなったことは明らかで、聞くことを躊躇われたのだが素直に聞いてみた。
「亮、どうした?」
「ちょっとな・・・。アイツに脅された」
「アイツ?」
「俺のことは放っておけ。それより明日華が心配なのだろう?行ってこいよ」
ほんの少し顔がゆるむ。その笑顔を見ているとなんだか落ち着くのだが、だが実際は落ち着くわけがない。亮と帝が揃うだけで、クラスの女子は一気に盛り上がる。その容姿から亮もクラスの女子からはものすごい人気がある。1年時は学園で行われたプリンス・プリンセスで第2位という評価を得ている。ちなみに昨年の1位は元生徒会長である。
席を立ち、明日華のもとへよる帝。
「明日華、大丈夫か?」
「ん? ああ、大丈夫・・問題ないよ」
「いや、結構ヤバそうなんだが」
「いあね、なんかいやな予感すんのよ」
「いやな予感、ねぇ・・・・」
その嫌な予感はあたるのか。帝も明日華も智貴も亮も予想していないことが起こるのだろうか。対外いやな予感というのはよく当たるものだ。それがどれだけ小さなことでも嫌な予感、予兆というのは信頼や予言なんかよりも当たる確率は高い。それは人間の深層心理に基づいて起こったりもする。何気ないことが、いつもより嫌なことだったりと人間の心によって「予感は当たった」という現実をもたらす。そう、人間というのはそこまで心弱い生き物なのだ。