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暁の空  作者: 駕籠の鳥
6/13

痛感の桃

 春の麗らかな朝も眠気を吹き飛ばすことはない。逆に温かな日差しが眠気を向上させ、睡魔との格闘をさせないよう奮闘していた。それに負けまいと目覚ましが起床を促すかのように鳴り響く。部屋中に鳴り響く目覚まし音に、重かった瞼を強制的に開かせた。まだ、思い瞼をなんとかその場に止めて、目を擦りながらカーテンを開く。春の温かな日差しが部屋に降り注ぐ。窓を開けるとこれまた温かい風が春を告げる。揺らめくカーテンに煽られながら帝は背伸びをして、目を覚ました。


「春麗らかな一日~」


 わけのわからない一言で、自分のテンションを下げている帝。太陽が“問題ない”と励ますかのようにさんさんと活動しながらでも、温かな温度を保っている。

やっと目が覚めて、リビングに降りるとソファーに何かが横たわっている。それは間違いなく人間の足だ。気にもならないので、朝食の準備をしようと台所に足を向けるが、一応確認のためにソファーに近づいた。そこには・・・・・・・。

間違いなく帝の姉である桃花が下着だけで横になっていた。いつものことなのであわてることもなく、姉に毛布をかぶせる。


「ったく、だらしないなぁ~。風邪ひくぞ」


 それは、姉弟としての帝の優しさ。唯一ではないが、海外を転々とする親だからこそ二人で歩いてきた。お互いがお互いを必要としているこの姉弟は食い違わないのだろう。


 朝食を作っていると、呼び鈴がなる。手を止めて玄関へと駆け足で急ぐ。


「はいは~い、今出ますよっと・・・・明日華」

「おはよ帝。朝食、作りに来た」


 そこには制服姿の明日華がいた。昨日、両親も姉もいないと話したことを覚えていたのだろう。帝も一応作れることは作れるのだが、たいしたものは作れない。いつもは姉である桃花が作るのだが、生憎その本人は爆睡中であり、帝が作るしかないのだが、明日華が来てくれるととても助かる帝であった。

ぱたぱたとスリッパを鳴らしながら台所へ向かう。朝食のほうは明日華にまかせておけば問題ないだろう。帝は着替えに自室へと戻った。

 制服に着替え終わり、扉をあけると香ばしい香りが2階まで漂っていた。その匂いにつられて足はダイニングに向かう。


「あっ、よかったー。今呼びに行こうとしてたから呼ぶ手間が省けたよ」

「すまないな明日華。朝食作ってもらって」

「気にしないで私がやりたくてやってることだから」


 朝食を並べつつ、笑顔で会話を楽しんでいる明日華。その頬にはほんの少しだけ赤みがかかっていた。だが、その赤みは太陽の光がかき消していた。そしてその匂いに誘われてやってきたのがもう一名。


「あふ~、いい香り~なになに~いや~おねーさんうれしいなぁ」


 なんともいえない寝起きの顔で登場した御前桃花。もちろん下着・・・ではなく、ワイシャツを着ていてエロさがある意味上がっていた。その格好に平気な帝と顔を違う意味で真っ赤にして慌てふためいている明日華。慣れの違いがここにあった。


「姉さん、ちゃんとした服装で来てください。いくら幼馴染の明日華と言えども、お客さんなんですから」

「みーちん、そんなこと言わないの~明日華ちゃんはうちの家族みたいなもんなんだから気にしない気にしな~い」

「みーちんはやめろって言ってるだろ!いくら家族でも礼儀はちゃんとしてください」

「は~い」


 頬を膨らませて着替えに戻る桃花。元不良に礼儀を教えられる人がいたりするのだ。大人として面目がたたない例と言えるだろう。安心したかのように溜息をつく明日華。帝は微笑んでいた。


(ありがとう、ねえさん)


なんだか、ほんの少しだけ落ち着いたことに対して礼を言った帝であった。


 桃花が着替えて戻ってきて3人の朝食が始まった。3人分テーブルの上に乗っていることから明日華は家で朝食をとってないらしい。テレビをつけなくともこのテーブルは賑やかだった。明日華と桃花の会話はまるで野球のバッテリーのごとく、勢いがすごかった。しかし、なんだか柔らかな雰囲気が激しく見せていない。これはこれで才能の一つなのかもしれない。ごく普通の日常つまらなく感じるかもしれないけど、それが当たり前であるべき姿なのである。


「あわわ! もうこんな時間! 姉さん会社行ってくるわね!」

「ええ、でも急いで事故らないでくださいね。心配するから」

「うん、わかってるよ。行ってきま~す」


 時計を見て慌てて会社へ向かう桃花。社会人と言うのはこんなにも忙しいのだろうかと考えた時もあるが、近所のお兄さんはゆっくりと慌てて走り去るということを見たことがないので、自分の姉だけだと自己暗示をかけている帝。そんな彼に明日華は。


「忙しいのね。社会人って」

「姉さんだけだよ」

「えっ?」


 桃花とは逆にゆっくりと珈琲を飲む帝。疑問符がたくさん浮かんでいる明日華を置き去りにして。

 キッチンに並ぶ二人。はたから見れば新婚夫婦である。しかし、来ているのは私服ではなく制服。これによって夫婦という概念がなくなり、両親が忙しい兄妹のようにも見えてしまう。この場合どちらが兄で姉かというのは触れないほうがいいと断言する。


「助かったよ。ありがとな」

「ううん、こんなんでよければいつでも♪」


 嬉しそうな明日華を見て、自分自身もうれしくなってくる帝。こんなのを共有の感情というのだろうか。それはさておき、そろそろ登校の時間が差し迫っている。ゆっくりとしてもいれなくなってきた頃合いだ。


「そろそろ行くか」

「そうだね、今日こそはぎりぎりを防がなくちゃ」


 気合いのこもった手を突き上げて、自分を高める明日華に対して、そろそろ行かなくてはと思いつつも、ゆっくり行きたいと思っている帝。相反し合っているこの考えがいつも遅刻ぎりぎりへと誘うのだ。普段ならば。しかし、今日に限っては朝食も作ってもらっているので、ゆっくりという自分のポリシーは捨てて、明日華に合わせることにした。今日は早めにつけるかもしれない。


そんなに甘くなかった。


 智貴と珍しく遅めの亮と合流し、話し合っていると学校の予鈴が町になり響く。しまったと気付いた頃には手遅れというもので、若干の坂を走り続けるが、いつものごとく、遅刻ギリギリに到着した面々は、息を荒立てて教室に入るのだった。


「もう! なんでよー! 今日は余裕あると思ったのに~」

「明日華が話に夢中になるからだろ~」

「・・・ハァ、ハァ、・・・同感」


 机につぶれた明日華と亮に対して息一つ上がらず、揚々としている帝と智貴。余裕綽々とゲームを始める。亮も誘ったのだが、体力、精神力共に限界らしく珍しく拒んだ。しかし、いくら元気があるとはいえ時間と言う制限はそれを許すわけもなく。わずか5分でゲームの電源を落とすこととなった。


 退屈な授業は眠気に活力を与え、瞼と激闘を始めるが睡魔と言う大魔王は勇者ですら塵にしてしまい、睡眠と言う天国と地獄の間へ導く。そしてその犠牲者はいつものごとく。


「こらぁ! 鈴木!!」

「無駄ですよ。智貴は寝だすと1時間しないと起きないですから」

「しかしな、御前。学生は寝るのが本業じゃない。勉学が主なんだ。君たちは親御さんに授業料を払ってもらって今こうしてここにいる。わかるかい?これは一つの親孝行なんだ。それに私たちもそれでお金をもらって生活している分君たちに授業を受けてもらわないと困るんだ」

「・・・・それはあなたたちの言い分でしょう?」

「ん? なんだ? よく聞こえなかったんだが?」

「それはあなたたち教師としての考えでしょう? 確かに私たちは親の脛を齧って今こうして授業を受けている。でもあなたが言ったのは教師として言い分だ。これが親孝行とか義務とかそういえば生徒が納得するとでも思っているんですか?親孝行?俺には全く関係ないことです」


 帝は叩きつけるかのように教室のドアを閉めて出て行った。暫しの沈黙の後、教師は叱るように生徒に質問した。


「いったい何なんだ? 私は間違ったこと言ったか?」

「・・・いえ、先生の言ったことは間違いでは間違いではありません。彼はそのことは知っています」

「ならなぜ?」

「帝に・・・・彼に・・・・親のことは・・・・一般的な親のことは話さないでください。今ここにいる生徒が普通の生活をしてるとは考えないでください」


 明日華はそのまま帝を追った。教師は何も言えず、亮は眼鏡を外し、流石の智貴は寝たふりで黙っていた。

 帝は屋上にいた。街全土を見渡せるわけではない。それでも景色がいいのにこしたことはない。春の風が髪をさすり、花の香りが鼻を擽る。フェンス越しにみる景色はちょっとだけ見苦しいところも今はなんだか許せる気がしてきた。しかし、その視点は空を見つめたそがれていた。


「帝・・・・」

「やっちまったなぁ~。ちょっと出しゃばっちまった」


 どんな顔をしているのか明日華には手に取るようにわかった。長年一緒にいる中だからこそ、知りたくなくても知ってしまうのだ。幼なじみの性とでも言えばいいのか。自分でもちょっと複雑になる明日華だった。春の風は二人を煽るようにちょっと強めに吹く。その風に押されて、明日華は帝に近づき、帝の背中にそっと触れる。残り一歩。たった一歩で帝に近づくのに、その一歩が歩き出せない。自分と帝には自分が作っている壁がある。それは自覚していた。だけどいつも壊せずにいた。そして今もそう・・・・。明日華にはそれがいっぱいいっぱいだった。


「だいじょうぶだよ。・・・・帝はみんなの知らない苦労、いっぱい知ってるもん。・・・・少なくとも私と智貴と亮はいつでも帝の見方だから」

「・・・・明日華」

「ん?」

「サンキュ」

「どういたしまして」


 触れていた掌を離す。掌にはまだぬくもりが残っていた。しかし、悪戯好きな春の風は少女の気持ちをあざ笑うかのようにその熱を持って行った。


(意地悪。・・・・どうせなら私の気持ち・・・連れてって届けてよ)


空気の読まない風に叶わぬ願いを込める。


「先、行ってるね」

「ああ」


(どうせなら・・・追いかけてきてよ)


 少女の思いはやはり、春の風と共にどこかにすり抜けていった。こんなにもどかしい気持ちいつからあっただろう。いつの間にか芽生えていたこの感情。痛くて、張り裂けそうなこの思い風と共にあの人に届け。


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