安堵の白
満天の星空がこの町を見下ろし、町の街灯が御神酒町を照らしだす。町の中の民家からは賑やかな声が暗闇の世界を盛り上げる。そんな町の一角にどこにでもある賑やかな一家があった。その明るい家の隣は真っ暗になっている。そう、ここは春野明日華の実家である。
せっせと食卓を準備する明日華と明日華の母親、帝は明日華の弟である祐樹と遊んでいた。
「ごめん帝! 祐樹が迷惑かけてない?!」
「いや、いいよ。御邪魔してるのはこっちなんだ。これぐらいしないと罰が当たるだろ」
次は何する、と甘えてくる祐樹。急かされつつ真剣に悩む帝。そうして、提案したのはゲーム。祐樹が喜び準備に取り掛かる。それを、温かくやさしく見守る帝。だが、食卓に並ぶ匂いが気になり、目を外す。そこには、色とりどりの主副食が並びほとんどが終わっていた。
「帝おにーちゃん。準備できたよー」
あどけない表情の祐樹に注意することもできずに、食卓に着くよう指示した。祐樹は不満げな表情を見せるも、夕食を見るや否や、洗面所へ走って行った。準備がほとんど終わり、明日華が帝に寄る。
「もう出来るよ。帝も手洗って待ってて」
「本当にないのか?手伝うよ」
「大丈夫。もう終わりだから」
その笑顔で必要がないと解り洗面所へ向かう。途中走ってきた祐樹とぶつかりそうになったが、すぐさま避けて、注意した。祐樹は笑顔で返事した後、歩いて食卓に戻った。
洗面所で手を洗いついでに顔も洗う。水が頬を滴り、顎に到達し水玉となって、落ちる。目の前には鏡に映る自分の姿。
「あの頃からは考えられないな」
聞こえるか聞こえないかの音量で、自分に言い放つ。丸くなったと自覚する。
素直に命令されるのが嫌になり、世間に反抗していた中学一年の自分。その力の強さに『鬼の御前に敵なし』とまで言われた中学二年。それでも、明日華も智貴も亮も誰ひとりとして自分を捨てることはなかった。それが今でも不思議に思う。そうして、自分の小ささを知り、人を見て判断するようになった中学三年。丸くなったことで『鬼の御前は爪が削がれ、角でさえ刈り取られたただの人』とバカにはされていたが、冷たい態度と騒いでいた不良をのしたことで、『表の人御前、裏の鬼御前』となってしまった。だが、今はただの高校生。4人で馬鹿やって、毎日が楽しくて仕方なかった。それがいいとまで思えてしまったのはいつからだろうか。
鏡の自分を見つめ続けると脇から呼ばれる。
「帝? 何してるの? 早くおいでよ」
「ん? ああ、今行く」
あのころを懐かしむより、今を楽しく過ごせればいい。そう感じている。過去は過去。過ぎた過程なんてものはどうしようもない。だからこそ、最も大切なのは今をどうあるべきであるか。頭では分かっていていても行動に出たことがない。今は考えても仕方ない。
食卓を囲んで会話が弾み、箸も進む。勿論、帝もその輪の中に入っている。
「急にすみません。迷惑でなかったですか?」
「何言ってるの帝ちゃん。隣近所じゃない困ったらお互い様ですよ」
そう明日華の母親は言ってくれる。いつものことだ。
しかし、実際御前家は帝と姉のみ。両親は海外で飛び回っている。一体この一家に困ったことがあったら、子供の自分に何が出来るのかは想像できなかった。だからこそ、お世話になる時手伝おう、そう決めていた。
「帝、律儀になったよね~。中学の頃はつんけんして誰も寄らなかったのにね」
「そんな昔のことどうでもいいじゃないか」
「そうよ、それに帝ちゃんは昔からいい子よ。ねぇ?」
ねぇ?と言われても帝自信、昔の自分がいい子だと思ったことがないので、はいと頷くこともできないので笑って見せた。
「ねぇ、帝さ、あとで私の部屋来てよ。勉強教えて」
「それは構わないが、お前が勉強なんて珍しいな」
「失礼な。私だって勉強するよ。これでも1年の時は10番以内に入っていた時もあったんだから」
自信気に胸を張って威張る。しかし、その手にはお椀と箸。食事時なのだからちゃんと置けと思ってしまう。
「マジで! それはびっくり。なら俺に聞かなくてもいいだろ」
「だって~常に帝私より前の番号ジャン」
「亮ならともかくお前には負けたくない」
そうこれはつまらない意地。常に誰かの前に立ち、明日華を背にしてきた帝にとって明日華を前に置くことはしたくないのだ。それはいつだって同じ。
「亮君て・・・鵺亮君? あの子頭いいわよね~。明日華にも分けてほしいくらい」
「お母さん!!」
「そんなことないですよ。10番以内なんてすごいじゃないですか」
「1学期だけなのよね~」
1学期それは最も簡単で誰もが点数をとれる時期ではあるが、裏手に取れば誰でも点数がとれるためちょっとしたミスでも順位に変動がでるそんな時期。そこをミスしないあたり、かなりの集中力である。集中力と体力は女子の中でも上位にいるのが春野明日華なのである。
ちなみに、男子で頭脳トップは学年長で、亮は次席らしい。体力トップは間違いなく帝。次席は誰かはわからない。帝がすごすぎて他が全く冴えない結果となっていることは亮のデータで知っていた。
「そりゃいいわよ。帝は運動が出来て、亮は頭がよくて、智は皆に好かれて私は・・・・」
何にもないと顔が暗く、俯いていた。静寂が楽しい夕食を包んでいた。
「そんなことないさ」
「えっ?!」
「明日華には明日華なりにいいとこはたくさんある。正直言って俺らの中でも一番持ってると思うよ。俺らはそんなに優等生ではないし、馬鹿やってるのにお前は真面目でだけど、明るくて女子からだって人気者。勉強が出来ないくらいなんだ。お前にはその集中力と体力があるじゃないか。完全主義なんて求めるな。そりゃ生徒会長は完璧だけど、そんな人ほど人ってのは近づくことを恐れる。ちょっと足りないくらいがいいのさ。誰かと比べない。お前はお前だ。誰にでも勝てないものはある。よく言うだろ?NO1よりONRY1って。それは間違いじゃないよ」
「帝・・・」
明日華の母親は、帝を見て頬笑み、明日華に伝える。お椀のご飯を口に運びつつ。
「ほらね?いいこでしょ?」
「・・・・うん」
いつの間にか食卓には笑顔が戻っていた。それを元に戻した帝はある意味“御前”なのかもしれない。
夕食を終えて、帝は約束通り明日華の部屋にいた。部屋には人形などの女の子っぽいものや、パソコンや電気機器だけでなく、美少女フィギアなどのものもあった。明日華は飲み物を取りにいっているため、ここにはいない。帝は部屋を一通り、見た後に漫画を手にとっていた。
階段を上ってくる音が聞こえる。扉を静かに開く。
「オレンジジュースでいい?」
「ああ」
中央にある丸テーブルにお盆を載せ、配る。漫画を読んでいる帝にわかるように床を叩く。
(ここに座りなよ)
漫画を棚に戻し、明日華とは対面になるように座る。そんな明日華は少し拗ねたように頬を膨らました。
「で、どの勉強がわからないんだ?」
「・・・・ない」
「ん?」
少し、俯きながら小声で溜息混じりにはいた。
「本当はね、解らない授業はないの。ちゃんと授業聞いて理解してるから」
「そうか」
「ごめんね」
「謝ることはないさ」
暫しの沈黙、明りは十分あるのになんだか暗く感じるこの空間。明日華は後悔したかのように俯いたまま何も話さず、帝はジュースの水面を見つめていた。
「聞かないの?」
「なにが?」
「部屋に呼んだ理由」
「・・・・聞かれたいのか?」
「・・・・」
「お前が何を考えてるかなんてのはよくわからないが、年頃の女の子が好きな男の子を入れたいと思うのは普通だと思うが?問題なのはそれに対する俺の気持ちの表し方だろ?とまぁ、これは俺の推測だ。実際はよくわからん」
明日華は全て聞いていたのかはよく分からない。現に明日華はずっと俯いていて、ほんの少し長い前髪で顔を隠していたのである。帝もどうしたらいいのかもわからず、目の前にあるオレンジジュースを口に付ける。どうしていいかわからず、声をかけようと肩を叩こうとしても30㎝前で止まってしまう。沈黙はたった10分なのに30分以上にも感じられた。
「あ、あす・・・」
「っく・・・ククク・・・アハハハ」
その突然の笑いに帝は目を丸くしながら固まった。いきなり笑いだした本人は目じりに涙をためてお腹を抱えていた。それでも未だに帝は状況を理解できずにいた。それでも明日華は笑い続けている。
「み、帝・・・本気にしちゃって・・・おっかしー」
「なっ! 明日華!!!」
現状を理解した帝は顔を赤らめる。そう、自分は春野明日華にからかわれていたのだと。
帝はたまにほんのたまにだが、こうやって明日華に弄られる。しかし、帝はそれが嫌だと思ったことはないし、小さいころからの“定番”になっている。帝は明日華の笑顔が好きだった。それが、好意になるのかはわからないが、ただ明日華には笑っていてほしいと常に思っていた。それは間違いなく好意なのであるのだが。
「・・・・帝、ありがとう」
その内容は言わなくても大体のことはわかる。そういつの間にか解ってしまうのだ。言葉を共有しなくてもわかってしまう。それは言霊と言われる霊的な力のおかげなのか、小さい頃から一緒にいるからなのかは断定はできない。
「おう」
カーテンが空いた窓を見上げる。そこにはちょうど半月がほかの星々たちと夜空を照らし、この小さな市を大丈夫と見守ってくれている。実際は太陽の光で反射して照らしているのだが、月光でいいだろう。
何気ないこの一時、騒がしかった中学のころからは考えられないこの一時が帝にとっては何よりも大切にしたい宝物だった。姉がいて、友がいて、両親はここにはいないけど確かにいて、それがいいと思っている。
現に多くの人がそれが幸せと思える人は何人いるだろうか。両親などいらないと反抗期に入り、そのまま親という存在がどれだけ大切かとわかる人間は何人いるだろうか。自分の周りにいて自分を支えてくれる人物に感謝できる人間は何人いるだろうか。少年少女では解るわけはない。自分は苦労も知らずそれが当たり前と思っている“子供”には解らない現実。苦労を知って初めて親と言う存在がいかに大切かを知る。それは“大人”への第一歩。それがいつできるのかは、個人次第だが早く気付いてほしいものだ。