願いの赤
あのような騒動を起こした鈴木智貴となぜかその隣にいる御前帝。彼らは職員室にいた。昼休みの50分の内、20分を説教というお話に食われていた。長々と語られた話の中心は自分の自慢話だった。注意しつつ自慢を入れることで嫌味を感じさせ、次は聞かないという向上心をわきだたせる作戦なのであるが、基本そのことは生徒にはもろばれなので、意味はなしていない。
「「失礼しました」」
もうそろそろ落ち着けよー、と片手をあげ、見送る数学教師。皆の待っている屋上に向かっていた。無論帝は不機嫌だ。
「ったく、なんで俺までアレに付き合わなければならない」
「しかたないだろーあの状況じゃ」
数学の授業が終わり、チャイムと同時に跳ね起きる智貴に対し、シルバーを構える数学教師。その標的が自分だと知り青ざめる智貴。他人事のように寝始める帝。巻き込まれてはいけないと逃げる明日華と亮。
逃げる智貴。追いかける教師。寝ている帝。
逃げる智貴。追いかける教師。寝ている帝。
逃げる智貴。追いかける教師。起きる帝。
帝を盾にする智貴。容赦なく構える教師。危険を察知し、拳を振るった帝。
そこでEND。
職員室に呼び出された2人ということだ。
屋上で明日華達と合流する。2人は朝食を食べきっていた。
「御苦労、くろう」
笑顔という花を満開に咲かせていた。
「ボケカスどもが」
珍しく眼鏡を外し、言葉という暴力を与えた亮。
「ひっでー」
「でも、亮の言う通りよ。何初日から目立ってるのよ」
「んだよもう・・・・」
智貴がふてくされながら昼休みは終了の鐘と共に幕が下りた。
長い一日が終わり、部活に行くもの、話に華を咲かせるもの、さっさと帰宅するもの。
多種多様な行動が目に付く。帝たちも帰路にいた。
田舎でもなく都会でもないそんなところに位置にある御神酒町は水田もあればビルもある。
町と言うが、開発地区に設定されてから、町の端に大型デパートが出来たり、中心地にビルが建ち始めている。それでも隣の新都には敵わない。
なんら特徴もない町だが人の温かさは目を見張るものがあった。水田と清らかな小川。そんな道で話が盛り上がっていた。先日のドラマについて話が飛び交っている。春なのに若干寒い風が木々を鳴らす。葉と葉が擦れ歌う。帝は全て聞いていた。話も歌もせせらぎも。平和で最も安全な国だからこそ感じ取れる現実。それが心地よかった。
テレビなどのマルチメディアが報道しているように、自分たちがこの日本でお気楽にただ楽しく過ごしている今も中東の紛争地域では怯えている子供たちが絶えないのだという。大変だと思う。しかし、実際、実感がわかないために何かを行動として移すことはしないだろうと世間の多くは思っているだろう。現に帝自体そう思っていた。自分たちの不幸と言えば、親に捨てられたり、親が殺されたり、その程度だ。下手をすれば失恋をして、それが不幸という人間も少なくはないだろう。確かに、個々の不幸は人それぞれだ。ただ、それを世界に広げたらその不幸がちっぽけに感じてしまうだろう。
だから、帝は不幸だと思わないことにした。きっとその先にはまだ面白いものがまってるから。
「・・・・ねぇ?帝もそう思うでしょ?」
「えっ・・・何が?」
「もう、また考え事?」
「コイツのことだ何も考えてない」
「それが正論だな~」
「ん、その通り」
普段の会話。それでいい。無理はしない。ただ、余計なことはしたくないのだ。
「それよりさ、昨日の事件聞いたか?」
思いだしたように智貴が皆に話を振った。
「うん、あの殺人でしょ?」
「殺人!? どこでだ?」
それでも熱血なところは治らないようで、結局面倒なことを背負ってしまうのが帝で、それでもそれが帝の良いところと認めているのだ。
「相変わらずね~。隣の新都よ。空き巣狙いみたい。犯人は現金を持って家族一家を殺害逃走したんだって」
「・・・・何が最も安全な国だ。戦争がなくとも、殺人、強盗、誘拐、強姦。凶悪な事件は収まらないじゃないか。犯人は武器を所持しているが、民間人は自分を守るものがない。それで、生き延びろとは警察も酷なことを言ってると思わないか?」
「しらねぇよ。亮の言いたいことはわかるけどさ、でも実際何も動けないのが警察だったりするしな」
「いつか俺が変えてやる!! この日本を!!!」
拳を掲げ、意気揚々と宣言する帝。悪は許せない。善人のそれ。帝のシンボル。なのだが、過去に不良と化しているので、そのイメージは脆いのである。
「はいはい、日本を変える前に自分たちの性格を治そうね~」
「なっ、明日華てめぇ!俺にも言ってんのか!!」
「とくにあんたに言ってるの」
目が笑った状態で智貴を指差す明日華。それは智貴をあざ笑っているのは見えている。
しかし、智貴には反論できない。明日華に勝てないことが分かっているのだ。負け戦はしないのが智貴の信念である。平凡だけど、平和なこの時間が帝にとって落ち着いた。
空を見上げる。そこには夕焼けによって頬を赤らめた世界が広がっていた。いつまで続くのかはわからない。これは学生の間だけで、社会に出れば皆と別れてこの心地よさが無くなるのかもしれない。だとしたら、今この時間を大切にしたい。それは願い。今は赤い空も時間がたてば暗黒になり、数多の星たちが笑いながら煌く。この願いをあの星たちは聞き受けてくれるのだろうか。何億光年先にあるあの神々はこんなちっぽけな存在の為にその力を使ってくれるだろうか。それは無理。頭でわかってる。そう。星は星。空に輝いて人を魅了するもの。神なんてものはなくて、ただ光っているだけ。だた、もしその一つ一つに神様がいるのならどんな願いも聞き受けてくれそうだと帝は何度か思ったことがある。それは平和を好み、楽しい時間を願う少年の願い。それで、終わるのだと理解はしている。だからこそ、帝は今を大切にしたいのだ。
夕焼けが世界を照らす中、帝たちは各々の家へと帰宅する。
しかし、帝と明日華は同じ道。それもそのはず二人は隣近所で幼馴染。それでも、明日華は帝を意識するせいか、話が浮かんでこない。
「なぁ、明日華」
「えっ・・!な、なに!」
「何驚いてんだよ?」
首をかしげ、顔を近づける。即座に頬が赤らむ明日華。だが、帝が気がつくことはない。
「なっなんでも!」
「? ならいいんだが・・・今日、お前の家行っていいか?」
「えっ! なんで?!」
「両親いなくてさ。1週間後帰ってくるらしい」
「おじさんたち・・・仕事で?」
「ああ」
帝の両親は海外を飛び回っている。子供である帝は何の仕事をしているのかは知らないのだが、何度聞いても「それがパパたちの仕事なんだよ」と誑かされるのである。
「えっ・・・でもお姉さんは?」
帝には姉がいる名前は御前桃花。24歳独身。現在彼氏募集中。見かけは美人で家事をこなすのだが、酒癖が悪く、酒豪である。
「姉さんは旅行だよ。高校の時の同級生と温泉だとさ」
「そっか、うん。わかった。話しておくね」
「さんきゅ」
話が終わるやいなや、空を見上げた。
帝は終始、いや下登校時ずっと空を見ている。会話になると皆の顔を見るのだが、話が終わるとまた空を見上げている。それを見ていた明日華は口を押さえ、笑いだした。
「なんだよ・・・いきなり笑いやがって」
「ごめんね。でも、帝いつも空、見てるから」
「あ~、そうだな。なんか落ち着くんだよ」
「落ち着く?」
「うん」
鞄を持っていない手を空に向かって掲げる。手を広げ、届けと一生懸命腕を伸ばす。手のひらを広げてもつかむことはない。悲しそうなその表情を明日華は見たくなかった。
「空ってさ、あんなに遠いのに自由でさ、俺たちが絶対に体験できないようなことを実現できる。だってそうだろ?そらって言ってもそれは空かもしれない宇宙かもしれない。無限大の存在なんだ。それってすごいことじゃないか?地上にいる俺たちには限界があるのにソラにはそれがない。俺たちが到達できない領域なんだ。だけど、空は見ていて安心できる。それが不思議で・・・」
(よくわからないんだ)
不思議で・・・その続きを明日華はなんとなく、なんとなくだがわかったような気がしていた。顔では笑って瞳は泣いている。それは、帝があきらめたくないのに、限界を感じてしまったそんな時に見せる特別な顔。
「空はいつまでも私たちを見守ってる。だから安心できるそれでいいじゃない」
「そう・・・だな」
赤い空が暗く、星たちを生み出すまでのこの時間。二人は空を見上げて帰宅した。