驚愕の翡翠
昼休みが終わり、授業開始の予鈴が鳴り響く中帝たちはまだ更衣室の中にいた。無論言うまでもなく午後の最初の授業は体育。夏のうねる暑さや、冬のかじかむ寒さとは無縁の穏やかな春のひと時。まだ胃袋の中で昼食たちがダンスしている中の体育は地獄をみるかのごとく厳しいのはだれもが経験しているだろう。そしてその内容が陸上。陸上は生徒が嫌がる種目の上位である。
「ハァ~陸上か~」
「どうした智貴? お前の大好きな体育じゃないか」
亮はあからさまに嫌味を言っているのが誰にでもわかった。さすがのマゾでも亮のサドには敵わないのではとそのような噂も流れるほどである。
「陸上は別!! なんであんなどきついスポーツがあるんだよ バスケとか野球とかばっかでいいじゃん」
「つまりお前は球技しかやりたくないと」
「? いや、球技よりは武道のほうが好きだぜ?」
「まぁ、おまえならそうだろうな。帝はどうだ?」
「今更好きなスポーツなんて言いあっても仕方ないだろ? 俺は昼寝でいい」
そう言いながらしっかりと体操服にはなっているのである。クラスの面々が次次へと更衣室から出ていく。かなり遅れて帝、智貴、亮は出て行った。
グラウンドには3人以外の生徒が集まっていて、明日華や奏の姿も確認できた。先生の姿を探したが発見できないのでまだ来ていないのだろう。だいぶ安堵した帝。しかし、グラウンドをもう一度見ると女子2人組は男子の瞳をくぎ付けにしていたが、男子3人は女子の注目の的だった。いわゆるアイドルグループである。帝にとっては笑い物のそれに近い感覚だ。
帝たちはクラスの面々と合流する。丁度その時、体育の熱血教師が咆哮を雄叫びながら走ってきた。なぜこの学園には暑い教師しかいないのかと疑問を浮かべる帝。一度この学園の教師雇用を考え直したほうがよいと本気で考えた。
教師の笛を合図に男子女子に分かれアップを行う。50周という教師の冗談を軽く無視して、いつも通り2周を終え、ストレッチを行う。念入りとまではいかないが、体をほぐしきって軽くジャンプしてみる。身体は軽く好調を感じ取った帝。
(種目によっては新記録でるな)
「今日の種目は男子は高跳び、女子は短距離だ」
女子からは大ブーイング。しかし、熱血故に心が強固な体育教師には効かないらしく、場所に着くよう急かした。渋々行動する女子。男子もやる気なく移動する中、智貴が話しかけてきた。
「ついてるな。高跳びだってよ」
「何がついてるものか。今日高跳びなら今度は間違いなく短距離か長距離だ。先に面倒なほうを終わらしたほうが良いに決まってる。ついてるのは女子のほうだよ」
「それにしてはやる気が見えるが?」
「俺は智貴みたいに体力があるほうじゃないからな。走るのは苦手なんだ。今まで逃げずに真っ向勝負を受けて立っていたからな。へたしたらお前より苦手だぞ」
「俺は運動全般が苦手だ」
足早に行ってしまった亮。にっこりと笑顔を見せながら智貴も走って行ってしまった。どんな表情をしていいかわからないのでとりあえず溜息をついておく。そのままゆっくり向かった。
女子は嫌々スタートラインに立ち、軽く走っていた。順番を待つ明日華にクラスメイトの女子が話しかける。
「ねね、やっぱりあの3人だけ目立つと思わない?」
「? どの3人?」
「明日華と一緒にいる3人よ。あんな美形に、童顔、そして不良に見えないさわやか君。あり得ないでしょ。どうやったらあんなふうになるのよ」
「ん~そう? よくわかんない」
「そりゃあんたがいつも一緒にいるからでしょ」
もう一人女子が参加してきた。今明日華と話している女子と仲がいい子だった。
「近いと意外に気がつかないもんだからね~」
「あの3人結構人気なんだよ!美形の鵺君に、母性本能くすぐられるのに空手が強いギャップの鈴木君、喧嘩が強いのに不良って感じがしない清楚な御前君。女子としてはたまんないわけよ!! おわかり?」
「ん~いまいち」
「あちゃ~ダメだこりゃ。でもあんたが手を引いてくれれば私たちが近づきやすいわけよ!」
「?? それこそわかんないよ。普通に話せばいいじゃん」
あまりの鈍さに2人は若干退いている。それでも明日華の頭の上に疑問符が消えることはなかった。
「なぁなぁ帝、女子がこっち見てる気がするのは俺だけ?」
「さぁな興味ねぇし、次お前だぞ」
「何センチ?」
「170だと」
「そっか、ならそろそろ背面だな」
何かを確信したように智貴は走りだし、170を飛び越えた。その瞬間男子からも女子からも歓喜の声が上がった。智貴に負けじと170を飛び越えた帝。体育の教師は驚愕のあまり、鉛筆を落とし、ランクAと叫びながら肩も落とした。
体育も終わり、男子も女子も更衣室で着替えをとっていた。男子からは雑な会話しか見受けられないが、女子の更衣室では帝、智貴、亮の話で盛り上がっていた。
「やっぱりあの3人違うよね~。なんて言うの? こう他の男子からは見受けられない何かがあるっていうか~」
「ああ! わかるよ! この学園の男子ってぱっとしないやつ多いしね~。3年生の郷田先輩とか副会長とかいろいろ人気だけど、なんか違うよね~」
「そうそう、だってさ~あの自分はイケメンですってアピールしてる先輩いるじゃん? 確かに顔はかっこいいんだけど、ナルシストすぎだよね~。だけどあの3人はそれをイメージさせない感じ!!」
会話を聞いていた明日華はくすくすと笑いだし、会話に入った。
「いや、あの3人はただ自由奔放なだけだよ。やりたいことやってるだけ。智貴はよく寝てるし、亮はゲームばっかだし、帝はぼけーとしてて暑苦しいだけだし」
「はぁ~これだから明日華は」
「な、何よ?」
「あんたは毎日あの3人と一緒にいるからわかんないのよ! ああ!! 羨ましい!! 交換して!!」
「へ? へ?」
勢いづくクラスメイトの気迫にちょっと怖気づく明日華。なぜか張り切るクラスメイトに疑問符を浮かべ、更衣を行うのだった。
「つぎなんだっけ~」
「英語」
「よし、ふけよう」
「「賛成~」」
更衣室から出た帝、智貴、亮は屋上で人休憩をしていた。智貴は少し高めの貯水タンクの下で仰向けのまま流れる雲を眺めていた。亮は入口の扉を塞ぐように背もたれたまま、ゲームをクリアしていた。そして帝は・・・
理由もなく手すりに腕を掛けて、焼きそばパンにかじりついていた。
「帝お前、運動の後すぐに焼きそばパンなんてくえるよな。しかもそれ、BIGスペシャルだろ? 吐きたいのか? なんなら俺がみぞおちで!!」
元気よく背面跳びで起き上がると拳を構えたまま、目を輝かす智貴に対して、目線だけを智貴に向けた。
「やったらころふ」
かじりつくのと話すのがほぼ同時のせいか語尾がおかしかった。舌打ちをした智貴はまた横になった。
ゆっくりと時間が流れていく。珍しく明日華は呼びに来ず、そのまま一日最後の授業開始のベルがなった。
騒がしかった校内は一気に静かになり、より眠気を誘った。さすがの亮も立ったままは疲れるのか、手すりに背中を預け、座りこんだ。亮のゲーム音だけが屋上に流れていた。
ぎぃ、と扉が開く。
明日華ではないと感じた3人は気にも留めなかったが、一番危ない人間が現れた。
「こらお前たち授業ははじまってるぞ・・・ってのは建前だ。勝手にしろ」
生徒からはダメ教師、先生からは頼れる先生と呼ばれる赤石徹が屋上に来たなり煙草をふかし始めた。
注意はするものの、叱ることは全くしなかった。帝たちにとってはありがたいのでほっとおくことにした。
「煙草、吸うか?」
「生徒に勧めないでください。おかしいでしょう常識的に」
「常識的ってなんだ? んなつまらねぇもんに縛られると何にも面白くねぇぞ。自由にしろ。こんな箱庭に閉じ込めるからいじめとか不良とかうみだすんじゃねぇの? それにさ、御前、お前煙草ぐらい吸ってたんじゃないのか? ”鬼の御前”だっけ? 有名人らしいじゃないの」
少しばかしの挑発をかます不良教師。それにのる元不良生徒。
「不良だからって煙草は必ず吸っているわけじゃないですよ。逆に優等生のほうが吸ってるんじゃないですか? 鬼の御前なんてただの名称ですよ。誰かが勝手につけた渾名です。俺にとってはどうでもいいことですよ」
「ふーん」
何かを見極めるように帝を見つめる赤石徹。
「やっぱり大したもんだなお前。2年前のこと気にしてんのか?」
その一言は予想外極まりない言霊だった。さすがの智貴も亮も赤石徹を睨めつける。対して赤石徹は口元をゆるめたまま帝を見つづける。
午後の風が4人の熱を冷まそうとしていた。