第九話 村へ
「で、こいつか」
村の男が呟いた。
「みなりもおかしい。態度もおかしい。云ってることもおかしい。ついでに顔もおかしい。要するにあまりにもあからさまに怪しい不審人物なんで、却って怪しくない」
「危険性は?」
「なさそうだ。知性は感じられる。ただ、完全に現実を幻覚だと決め付けてる。頭からそう思いこんでるのか、思い込もうとしているのかは分らないけどな。何か変なカルトの狂信者かとも思ったが、道中話した感じでは、特殊な教条とかそっちの匂いもしなかったから、益々変なんだ」
「ふうん……、ふうむ……、では、話も通じるわけだし、何か働かせ」
「あ、それ駄目、駄目だぜこいつは、『俺は自分からは動かない。ここは幻覚の中だから、幻覚の中で身体を無闇に動かせば、現実の方で俺の身体がどういう危ない動きをしているかわからない。俺は寝るか、坐るかしかしない』とか言って、此処へ連れて来るにもわざわざ俺が抱え上げて荷車に載せなきゃならなかったし、今も荷車から此処に来るまでコイツを担いで来たんだ」
「なんだそれは……、ならば、とりあえず牢屋……いや、部屋数もない牢屋をこんな動かないだけの頭のおかしな奴に占領させとけないし、どこがいいか、こうなったら長老様に相談するか」
「ああ、仕方ないんじゃないか、放っておくわけにもいかないし、殺すのもなんだし、皆ヒマじゃないしな」
「じゃあ、済まんが頼む」
「わかった。オイっじゃあいくぞっ、っこらしょっと、ほッ!」
担がれて頭が軽く鬱血したり、腹が肩に押されて痛かったり、マジでリアルなこの現実、じゃなかった幻覚。
植物人間状態になってたりしねえだろうなリアル俺……。
で、長老様のとこにやってきた、という幻覚だ。
村の隅の怪しげなトーテムポール、その空き地に立ってる小さな藁葺き小屋の中に担ぎ込まれ、板の間の上に降ろされて、ぺたんと尻をついた。
ひとしきり男と長老様とやらとの間で会話があったが、どうでもいい。
俺は幻覚を祓うべく、ただ坐るのみ。
痛みが残ってるが、とにかく半跏趺坐に持っていった。
姿勢を整え、
吐………………すぅ……
吐………………すぅ……
吐………………すぅ……
吐………………すぅ……
男と長老様との会話は、左の耳から右の耳へ抜けて行って、記憶に残らなかった。
どうせ幻覚なわけだし、どうでもいい。