第三話 寝ても醒めず
「ホイ! どうした?」
男が荷車を停めて叫んだ。
「いや、どうもこいつ呑んでるみたいでさ……」
先刻からの幻野郎が、下馬して俺に顔を寄せてきた。くんっと臭いを嗅がれた。
「……ただ、酒の臭いがしねえ。酔っ払いかと思ったが、ヤクキメてんのかもしれねえ」
「ち、面倒だな。なんでこんなとこで。しかたねえ、放っとこうぜ」
「あー、そーすっか、しかたねえ」
男達は、俺に屑を見るような視線を投げつけると、去っていった。
という幻を見たわけだよ。
早く醒めねえかなあ……
じりじりと照りつける太陽に、灼かれた肌がひりひりして、筋肉痛やらそれ以外やらでの痛みもある。疲れも覚えた。喉も渇いたし、腹も減ってきた。
おまけに便意も催した。
しかたないから、野原で雉を撃った。やれやれ。リアルで大変な事になってそうだが、どうしようもなかったんだ。あとで始末が大変だろうなあ。泣きたいとまでは言わないが、げんなりする。
しかし排泄行為までこれほどリアルな感じだとは。
しつこい幻覚だな、これ。
はあ……。あ、おならが出た。
ちなみに、お尻は腰に提げてた手拭いで拭いた。手拭いは犠牲になったのだ……
というリアルな幻覚だ、気にするな俺。
誰か、家族が俺のことに気がついて、救急車を呼んでくれてるかなあ……それともまだそんなに時間経過していないかリアルでは……何もわからない……幻覚って厄介だなあ……
空がやや白っぽくなってきた。太陽は今が真っ盛りといった感じで照り付けてる。おそらくそろそろ正午なのだろう。
あまりにも永く続く酷い幻覚だ。
だるい。
眠たくなってきた。
眠ったら植物人間、とかならんだろうな。三途の川でお婆さんが「まだこっちには来るな」みたいな、そういうのじゃあないだろうな。寝てもいいだろ、別に。
幻覚にはもうこれ以上つきあってられん。
俺は、幻の中でまどろむことにした。
おやすみぃ~……
頭が痛む……唸りながら、俺は目を醒ました。
同時に、もぞもぞと虫が顔を這いまわってる不快さに、思わずなんか少し喚いたりしながら、手で顔を払った。立ち上がって、体中を払った。ぴょんぴょん跳ねた。服の中にも虫が居たので、全裸になって服を振って着直した。
なんと驚くべきことに、まだ幻覚は続いていたのだ。
同じ場所で、草の影をみるに少しだけ時間が経っていた模様。芸の細かい幻覚だぜ。
困るよなあ。普通、夢なら一旦意識が途切れれば、また夢を見ても、大抵は違う舞台に移ってるのに。
幻覚だとそうは行かないのか。幻覚に陥ったことなんて初めてなので、これほど面倒なものだとは知らなかった。一体いつになったら現実に帰還できるのだろうか、ビューティフル・ドリーマー俺。
ふと思いついて、さっき雉撃ちした場所へ行く。まだ、あった。俺の手拭いだったものが。しっかりと汚れてそこに落ちている。排泄物も、しっかりその場に残されている。謎は総て解けました、犯人は私です。
つまらん。
もとの場所に戻る。