第十七話 森の避難拠点
ガタッ
寝台の振動で起きた。
「あ、ごめん」
「いえ、いいんです……」
少し前から作業音とつんと鼻を刺す煙に燻されて、ぼんやりと意識が浮かび上がっていました。
ただ浮上しきらなかっただけですから、謝るこたありません奥さん。
だるさを抱えて寝台から足を下すと、もう日が傾いていた。
今は年長の子が見張りをしてくれている。
土鳩っぽい鳴き声がどこかでしている。
近いのに姿は見えない──
とりあえず川に顔を洗いに行くか。
「顔洗ってくるわ」
「おう」
「ああ、蔓をとってきてくれる? もう無いんだ」
これは長老。
「わかった。あ──いや、いいや。行ってきます」
ついでに虫除けの葉と、あと樹液も探してみるか。松脂か、杉とかくぬぎとか。
すぐ目につくところにあれば。
木の壷からドロドロの虫除け汁の原液を椀に少し掬い、水を加えて薄める。
手拭いと服に滲みこませ、脹脛や臑、上腕、首など露出した肌に擦りこむ。
手拭いを頬被りすると、燃えさしを一本もって煙の範囲から出る。
斜面の足場はメンテが必要になっている。
体重を掛けたら曲がってしまった細い木を、出来がイマイチな段でのロープ代わりにして、安全確保して降りる。
焚き火の跡に焚きつけを集め、燃えさしの火を移して、現場に残っていた燃えさしや枝切れをくべて焚き火の一丁上り。
かくて煙で虫除けできるエリアを拡大させてから用事をこなそう。
先ずは、腹の前に提げてる小籠から石刃を取り出し、伸びすぎた髭を水で濡らして刈り、石刃をきちんとしまって、洗顔する。
次に、小川で大きめの石を拾い、足場を掘りなおす。
危うい箇所には適当に小石を拾って即席簡易舗装。大きめの石で叩いて軽く固める。
これでよし。
作業しながらも蟲を追い払ったり、蛭を焼き殺したりしている。
さて、蔓とってやらんと。近場はもう無いから、少し奥へ入らないといけない。
辺りを見回して、危険がないか調べる。
上よし、下よし、右よし、左よし、前よし、後ろよし。
石庖丁で邪魔な草木をその都度刈り、伐り、後ろや横へ放って前進してゆく。
やっと蔓のもとへ到着。
辺りを刈り払って枝切れで土を露出させると蟲だらけなので退散し、焚き火に汚れた枝切れを放り込む。
新しい燃えさしを持って途中で退かした草木を二、三拾って奥の現場へ舞い戻り、焚き火で燻すエリアを拡張。
蔓採取作業開始。
分岐して絡まって最悪絡まりあってる蔓を、或は焦らず根気良く解し、或は思い切って切断。
必要な使える蔓を採集する。
或る程度蔓を纏めたら、小川へ沈めておき、新たな蔓を探し、同様に採りにゆく。
山火事にだけは気をつける。
蔓が集まったんで、仮避難小屋に一度戻る。
長老に約束の材料を渡すと、奥さんに樹液や虫除け草の場所を確認。
そこへ行って現物を再確認後、さっき拓いた奥への道に戻り、その周辺で探す。
幾つか新たに見つけたので、奥さんが一度に潰せそうな分量だけの蟲避け草を持ち帰る。
必要に応じて焚き火に枝をくべつつ、ネバも探す。
杉の樹液が垂れてるのも見つけたので、根本に落ちてる杉の皮の上にとって持ち帰る。
置き場に迷った。
棚があればな。作るか。後で。成し得れば。
とりあえず分らない時には小屋番の奥さんの采配に委ね、子供に一応俺からも声掛けて注意して行く。
新たな採取場所情報を奥さんに教えておく。これで大体皆に伝わる。
男二人は、俺が目覚めた時には既に小川に石で沈められていた鹿肉を引き揚げて、小屋の外に敷かれた草の上で処理を進めていた。
この鹿肉は携行食糧にするまでもなく食べてしまうことになる。
まだすぐには此処から移動するのは難しい。
死人が予想以上に早くこちら側に彷徨い出して来ない限りは、此処に暫く留まって準備をしないと。
ここへの獣道は既にマッカンドルーが何箇所も閉塞を済ませ、俺が作った紐を使って鳴子も一部張ってある。
だが死人がどう動くかは分らない。何かの弾みに群れて来られたら長老はまずお陀仏だ。
できるだけそうならないように、早めにもっとできるだけ隣国近くへ移動したい。
それが彼らの考えで、皆の決定方針だ。
俺は小屋のバージョンアップ作業の続きに取り組むことにした。
早く済ませてしまわないと、今後の作業に響く。
今は好天だから良いが……。
それからはずっと日が暮れるまで材木を集め続けた。
夕食前に手足を洗って、食べて一休み。
よく手足、指を揉む。
その後、竈や焚き火の灯りを頼りに作業を再開。
仮小屋の外で、明るいうちに採ってきた木から細い枝を落し、一本の棒切れにしてゆく。
何本も何本も棒切れを作る。
マッカンドルーは小屋の反対側で焚き火の番をしている。
砥石を手に、手元を見もせず石の刃を研いでいる。
柱と屋根のみで壁もまだない仮の小屋の中へ、ちらっと視線を送る。
早々と寝台に寝そべって休んでる奥さんの足に、旦那さんが虫除け汁を擦りこみながらゆっくりマッサージしてあげている。
奥さんは早くも寝息を立て始めているように見えた。
子供たちが長老の寝台の傍に自分の寝台を寄せて寝そべり、同じく寝そべった長老から寝物語を聞かせて貰ってる。
丁度語りだしたところだ。
「雪深い田舎の村の、森の中。
そこには猟師の小屋があったが、
そこより森の奥に行って、帰ってきた猟師はいなかった。
それだから、麓の村の猟師連中は、
『ああ、この小屋より先で狩りをしちゃならん』と思って……」
棒切れに石庖丁で凹みをつけて、蔓をそこに引っ掛けて結わえ、簡単な棚を作る。
次の棒切れからは棚に載せていく。
下の段には太めの棒切れ、上の段には細めの棒切れを載せる。
長い棒の上に短い棒を積んでゆく。
一段落したところで、子供と長老が眠り込んだので、作業を中止した。
それと共にピーターも寝台に上がった。
手が汚れているので洗いたいが、最低限の器しかなく、余分な溜め水が無かった。
やむなく燃えてる枝切れを松明代わりにもって斜面に掘った足場を降り、川辺に小さな焚き火を一つ作った。
焚き火の煙を浴びながら、素早く手足を洗うと、捲り上げていた裾と袖を下ろす。
手近の枝を折り取ると、火を移して、焚き火は水を掛けて消して、小屋に戻る。
焚き火で手足をよく揉みながら乾かす。
もう屋根の下で起きているのは俺だけだ。
さっき午後に寝たので、このあと明け方まで俺はずっと見張り番。
俺が今の見張り番の予備だ。何かあれば皆を起したりする。
外のアンドルーと見張り番を交代した。
自分の持つ石の刃を取り出して砥石で静かに研ぎ上げてゆく。
何度か焚き火に薪をくべたところで、見張りをまた代わって貰う。
ぼーっとしていると眠くなってくるので、座り仕事をする。
もう少し明日からの作業効率を上げたかったので、自分用の石斧を作ることにする。
非常用の籠に入っていた石斧は殆どが斧頭だけなので、現場到着後にこうして柄を自作する必要がある。
昨日今日は作業に専ら石庖丁を用いた。
樹皮と多少の木部を削ってから、体重をかけて枝や細い木をへし折っていた。
でも、石斧の方が安心して作業できるし、効率が良い。
今日の毒蛇のように、手を噛まれそうな毒虫を殺す時にも、柄がついてないと不便だ。
アンドルーが刃を研ぎながら闇を見張ってる。
その静かで耳障りな音が、安心感を齎す。
疲れているので、石斧の柄に穴を空けて嵌めるだけの方法を採用。
手頃な枝切れを一本見繕う。
枝の形を見て、斧頭を嵌め込む穴を開ける場所の見当をつける。
そこに燃えさしの熾き火を押し当てておいて、息を吹き掛けて焼き焦がす。
のんびり。
急がない。
やり過ぎない。
吹いて押し付けて焦がしたら、借りておいた小さな角の尖端で削り落とす。
脆くなった部分が少しずつぱらぱらと取り除かれる。
その繰り返し。
途中、温め続けている残り汁を椀に少しよそい、アンドルーへ持って行った。
その後で自分もちょっと啜った。
残り汁が干上がらないように、湯冷ましを足して掻き混ぜておく。
穴が貫通するまで、ゆっくり作業し続けた。
斧頭を嵌め込んでみて、調整する。
用を足してから、アンドルーと交代して見張りに立った。
指を揉んで休め、闇に耳を澄ます。
仮眠からピーターが起きてきたので、アンドルーが寝た。
おきぬけのピーターには最初、小屋の中でのんびりしてもらった。
三度ほど外の焚き火に薪をくべたところで、見張りをピーターに代わって貰う。
石斧作りを再開する。
穴の調整がうまく行ったので、握りの部分を斧頭で削って持ちやすい形状に整えた。
嵌め込んだ斧頭の脱落を防ぐため、貫通して突き出た部分に蔓を縛り付けた。
蔓を簡易固定するのに今日採ってきたネバを使った。
自分の石斧が一応できたので、今日の仕事は上がり。
湯を飲み、用を足してから、ピーターに代わって見張りに立つ。
空気が湿ってきた。
なるべく火が消えないように番をしていたが、もう降りそうな空模様だ。
ピーターに声をかけて、屋根の下に燃えさしを移してもらう。
熾き火や灰の上には、木具で土を被せ、葉がついたままの小枝を乗せた。
俺も屋根の下へ入った。
アンドルーは明け方に眠りから醒めた。
少し前から小雨が降り出していた。
アンドルーに見張りを代わって貰って、俺も寝た。
拙文におつきあい下さり、まことに有難うございます。




