第二話 荷車の車列
幻覚だよな、これ。
段々と自信がなくなってるのは、一向に幻覚が去らないからだ。
夢ではない、それはたしかだ。
でも、幻覚かどうか、わからない。時間を計ってみようか、脈で。でも、頭がおかしくなってれば、脈で800回数えても実際の時間では3分しか経ってないなんてことも有り得る。
「こんなに長時間幻覚が続くのはおかしい、これはラノベ的異世界転生だ」
とか思ったら、実はリアルではまだ僅かな時間しか経過してなくて薬効が切れてないだけだった、なんてことも有り得る。
とにかく、今のところはまだ、これは幻覚であると考えるべきだ。
そして、俺は恐らく人事不省で自室、それもさっきのままならベッドの上に寝っ転がってる。さっき身を起こしたと思ったのも、実際には身体は少しも動いてない、そんなところだろう。
異世界転生などという、ド底辺の屑どもの夢想など、現実には有り得ないのであってみれば、これは確実に何らかの幻覚なのだ。
ただ、もしかすると、気付かぬうちに身体をリアルで変に動かしてる可能性はある。暴れて怪我して血を流してる可能性だってある。幻覚内で身体を迂闊に動かそうとするのは、やっぱり危険だ。慎重にしよう。
とはいえ、あまりにも幻覚が去らないので、退屈だ。虫が体表を這いずる幻覚も気持ち悪い。その都度ぷちぷち潰してるが、嫌なもんは嫌だ。
大分時間が経った。お日様の位置も相応に動いてる。
空は相変わらず、午前中めいた靑さだ。
一応、幻覚では、俺は舗装されていない土むき出しの道路の傍の野原で仰向けになっている。
そして、今、地面から何か音が伝わってくるのを感知してしまった。
あ、ちょっと焦る。何か来て、幻覚が声をかけてきたら、俺はどうしよう。
そして次第に音が直に聞えてきた。上半身を起こして見回すと、動物に引かせた荷車が数台と、動物に乗った人影が数名、やってくるように見える。
やれやれ、この幻覚、どうやらまだまだ終わらないみたいだ。
「どうどう! ……昼間っから呑んでるのか?」
馬を停めた男が、声をかけてきた。
ふ、どうせ幻さ。幻に答える義理もない。呑んだ覚えはないけど。
「おいおい、本当に酔っ払ってるのか? お~い! あんた、大丈夫かい!? 名前を言ってみな! あんたの名前! わかる? おれのいってることが?」
はあ……溜息をついて、俺はなんだかな、と思いながらも、一応この幻の会話をスタートさせてみる。
「わかるさ。俺の名は……、おい、俺の名前を云ってみろ……」
「はぁっ!? 何云ってんだあんた? こっちがそれ訊いてンだけどォ!?」
「幻だろ、お前が俺の幻なら、俺がど忘れしたんならお前が云えばいいだろうが、やれやれ、最近の幻覚は使えねえなあ」
「何云ってんだオマエ、ワケわかんねえこと云ってンじゃあねエッ!」
いい加減にしてほしい、馬上を見上げてンのも、首が疲れるンだヨ。まあ、見上げてるつもりになってるだけで、幻覚なんだろうけど。
首の疲れもそうだといいな。
酷いことに、この幻覚はまだ醒めない。
幻野郎が、手にした長い棒切れを振って、俺の腕を軽くはたきやがった。俺の腕を棒で持ち上げて、ぶらぶら。なんだこいつ。腰を叩くな。
「なんだよ、変な幻だぜ、棒で腕を持ち上げて腰を叩いて、足を開かせて脚をまさぐりやがって、今度はひっくり返して背中を按摩してくれるとは、恐れ入ったわい」
「全然顔に出てないけど、お前やっぱり呑んでんだろ。甕一つくらい開けたのか?」
もしかしたら、俺は今現実では、救急隊員に担架に乗せられて、運ばれている最中なのかなあ。
そうこうしているうちに後続の荷車が接近してきた。