表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/21

閑話 天衣巌閣 ノイセ=カイたん

(゜ρ゜)φ....

金白色の幼女が岩の上で狐と戯れている。

とても身軽で、少しだぶつく白い衣に風を孕んで空へ舞ったり、狐の周りをくるくる旋回したり、笑顔のきらめく軌跡を零している。


「ノイーっ、ノーイー! もう、行くわよー」

「待ってー。もーちょっとー」

はあはあ息を喘がせながら、岩の表面を上から下へ、また上へと斜めにぱたぱた走り回っていたノイセは、今やさっきとは逆に狐に自分の周囲をぐるぐる走り回られていて、

「参ったー」

両手をあげて、とてててと岩から降りて、

「ルナちゃーん」

と、緋色に白を重ねた衣の婦人の腰にだきついた。

「しっぽ無理」

「普通は嫌がられるからね」

「触りたかったぁ……」

よしよしと撫でられながら、金白色の少女が黒髪の婦人に手を曳かれて、牛が牽いていない牛車に乗り込む。

牛の姿が見えない牛車は、二人を乗せてゆるゆると木々の中を動き出す。


ゆっくりゆっくり、まるで人が足許に気をつけながら森を散歩しているかのように器用に、できる限り地面の凹凸を回避して、牛車はゆるゆると木々の中を進む。

暫く進み続け、牛車はやっと獣道のある場所に出てきた。

そよ風に揺れる午後の樹洩れ陽が獣道に降り注がれている。


車中の者には感じられないが、牛無き牛車を外から眺めている者が居たとしたら、目を疑ったろう。

車輌が、その車幅を前触れなく狭めたのだから。

細身になった牛車の車幅は、獣道の巾に合わせたものだった。


「ルナー、お腹すいちゃった」

幼女が婦人を見上げてこぼす。

「あとで、ね。 帰ってちゃんと手を洗ってからよ」

「はーい……」

眠くなってきたように、元気なくなった幼女。


細身の牛車は木洩れ陽注ぐ獣道を人が走るくらいの速度で進み、峠道に出た。

そこで牛車の車幅が元に戻った。


曲がりくねる峠道を人が走るくらいの速度で暫く進むと、道の左に垣根が立ち、一箇所で口を開けている。

一本の横木だけが、土地所有者による通行人への、立ち入り禁止の意志を示している。


今は再び少し細身になった牛無き牛車が其処へ差し掛かると同時に、道を塞いでいた横木が誰一人居らぬのにするすると横に滑り、道の口を開けた。

滑らかにゆるゆると左へ曲がった牛車の後ろで、再び横木がするすると滑って道の口を塞ぐ。


そこから山麓の森の中の曲がりくねる細い山道を、人が走るくらいの速度で進む牛無き牛車。

道は山肌に沿って複雑に曲がりながら、次第に登っていく。

周囲の森の高い木々に覆われた山道は、昼猶暗い。


何十回目かの上り左カーブを曲りきると、道がほぼ真直ぐの上り坂になっている。

坂の右手は滑らかな山肌がそそり立っていて、地衣類や丈の低い草花で緑に覆われている。

壁面の上の方は薄明るく光が注がれているが、道の辺りは殊に薄暗い。

山道をつつむ空気が薄緑色を帯びている。


その辺りの道は土でなく、ざらざらした硬そうな岩肌だった。

路面は右手の崖と同じく地衣類で緑に覆われている。

細い山道の左手は段差2,3メートルの低い岩の崖になっていて、そこも地衣類や草で薄暗い緑。

低い崖の下は普通の山の斜面で、草や丈高い木々が生茂る。


山道はこの部分の途中で一箇所、4,5メートルにわたって、細い岩の山道の面が40cmほどぐっと凹んでいる。

それに合わせて牛無き細身の牛車も上下した。


その凹みの場所の中央、右手の山肌が明らかに人の手で削られて凹んでいる。

そこに古い人物めいた像が彫られていたが、かなり風化していて、何を彫ったのか詳しくは分らない。


そして少し先では、密に詰まった堅そうな巨大な生垣が壁のように山道に立ち塞がる。

山道がその手前で殊に薄暗いのは、この生垣が道の先からの陽光を塞いでいるからだった。


陽光を遮って山道を暗くしてきた森の木々がそこまで覆っているが、その生垣の壁の先で急に無くなる。

その生垣の根本に空いた城門のような穴へ、細身の牛車が突っ込んでゆく。



生垣の穴を抜けると、その先は、そのまま真直ぐ上り坂が続いていた。

薄緑色だった道を包む空気の色は淡い水色に変る。


細身の牛車がその道幅いっぱいを占める小径の先には、今しがた通り抜けたのと同じ巨大生垣が見える。

そこまで数百メートルも、断崖絶壁が続いていた。

道の右側も左側も、傾斜は70度以上。


彼方の空めざして真直ぐに延びている小径の右側に急峻にそそり立つ岩肌は、生垣と同じ植物に薄く覆われている。

道の左側は断崖絶壁で、遥か下まで切り立っている。

人が落ちれば助かるまい其処を、細身の牛車は少しも逡巡遅滞なく、軽やかに走り抜けてゆく。


森の高い木々から突然脱け出て視界が開けるここは、木々に遮られることなく、遥か彼方まで青空が広がっている。

眼下に拡がる森やその先の人界の連なりが、この区間だけ、どこまでもどこまでも遠くまで観望できる。



そこを走り抜けるうちに、城壁のような生垣が迫ってくる。


生垣の根本の穴を抜けてきた細身の牛車。

異様な見晴らしこそ失われども、未だ明るさを保つ山道を、山肌に沿って曲がりくねりつつ走ってゆく。

途中で左分岐路へ入り、緩やかに下ってゆく。

暫く下り続けて、少し登り、木々のトンネルに下り入ってゆく。


木洩れ陽の降り注がれるトンネルを抜けると、そこは牧草地だった。


「ここからは少し急いで頂戴ね」

車中で畳に座っている、緋色と白の婦人が誰にともなく呟いた。


牧草地をまっすぐに突っ切る小径に入った細身の牛車は、加速を感じさせない緩慢さで速度を上げ続ける。


やがて、風より速くなった細身の牛車は、長い真直ぐな小径の先にある高い岩山へとまっすぐに吸い込まれていった。

その岩山が牧草地へ足を下す辺りは、遠めには幅広い滝が岩の上で何段にも飛沫を上げて落ちてきている。

その水が最後に幕になって落ちてくる中へ、牛車は凄まじい速度で入っていったが、水飛沫も衝突音も聞えなかった。


岩山の中に穿たれた真っ暗なトンネルの中を超音速で飛ばす牛無き細身の牛車。

暗闇が広がるのみの其処は本当にトンネルなのか、誰にも分らない。

牛車はただ音もなく進んでいる。


しかし中の者は何も存ぜぬかのように畳に座り、婦人は本を読む幼女を眺めやり、金白の髪を撫でていた。

時折、壁の小窓の障子を開けて、外の景色を楽しむ。

「今、辛夷の花のところを通ったわよ」

「ふう~ん……」

金白色の幼女の瞳は虚ろで、婦人の声にも生返事。

心は空腹を忘れて本の中の国に遊んでいる。


いつしか元の車幅に戻っていた牛無き牛車、今は第一宇宙速度を越えて猶も加速中。

外は少しずつ明るくなりつつある。


「ほら、今、大サアン系、秘印ルートを走ってるわよ」

「うん……」

幼女の生返事も続行中。


牛車は第二宇宙速度を突破して驀進中であった。


婦人がストローを紙パックに突き刺して、ちゅーと吸い始める。

暫くしてからそれに気づいた金白色が面を上げる。

「トマトジュース」

本に指を挟んで、もう片手を婦人の方へ出している。


「ん」

振り向かないまま、手を後ろに伸ばして幼女に自分と同じ物を一本渡す婦人は、小窓から外の景色を見ながらちゅーと吸い続けている。

息継ぎもせず。

喉を鳴らしもせず。

一体どうやって吸い飲んでいるのか。

そしてこの小さな紙パックの何処にそれだけの量が入っているのか。


やっと飲み終えたルナが、

「あ、今ね、この先もうすぐ『蓉子=ハマー : ノイエ=シュトラッセ』だって」

「やっとノイ『セ』=シュトラッ『セ』だあ」


脚韻を踏みつつ嬉しそうに微笑む金白色。

家が近づく、即ちおやつが近づく。


微笑んでたしなめるルナ。

「ノイエよ」

「ノイ『セ』=シュトラッ『セ』だー!」

言い直さない幼女。


諦めたように肩を竦める婦人に追い討ちをかけるように

「ノイ『セ』=シュトラッ『セ』ー!」

誤りなど存在しないと断固主張する幼女。


「んぅ」

すっかり諦めて「ぐう」の音に近い低音を喉から洩らした婦人に、

「ノイ『セ』=シュトラッ『セ』!」

やたら得意気な幼女がしつこくダメを押す。


「そうね、ノイちゃんの道ね」

そうやって甘やかすからいけないんだぞ、と脳裏に夫の顔がちらつく。

だが幼女は我が意を得たり! と言わんばかりの嬉しげな表情。

尻尾を振ってる子犬のようだ。

婦人は首を振っている。


尻尾ふりたくる子犬が、

「あ、入った!」

と叫ぶ。

小窓の外が虹色に輝きだした。


既に外に居る誰にも観測できない速度に到達した牛無き牛車。

さすがの二人もそう滅多には通らない場所の不思議に美しい窓外の景色に、うっとりと見惚れている。

かなり長い間だったか、それともそうではなかったのか、やがて次第に輝きが薄れ始める。

「終わっちゃう……」

淋しげな溜め息をついて幼女が小窓から牛車の後方を眺めるが、むしろ後方の方が暗かった。

婦人がぱたり、と小窓を閉める。

こちらは少し元気になってゐる。

本来の仕事場に戻つてきてゐるからだらうか。


やがて、牛車の速度が落ちて。

とっぷりと日も暮れて。


「ほら、着いたわよ、ノイ」


とても急な坂道の下、洞門の前で牛車は止まる。

洞門から湧いた羽衣を纏う美しい天女たちに付添われて牛車から降りた金白色の幼女が、左右の肩甲骨をぎぅーっと寄せて思いっきりのびをしている間に、黒髪の婦人はすたすたと洞門を潜って行く。


洞門の上に掲げられた扁額には、墨痕淋漓たる太い筆跡で

 『 天 衣 巌 閣 』

と、数百年を経た古木のような風格が漂っている。


拙文を御読み戴き (まこと)に有難うございます

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ