第十六話 見張る
見張りの間、潮騒は夜通し響いていた。
拠点の出入り口で警戒に立ち、時々土塁に沿って横たわったフェンスの内側を哨戒し、外の焚き火に薪をくべた。
もともと以前に一度拓かれた場所だったらしいが、昨日来た時には細い木や潅木が多く生えていた。
それを日暮れぎりぎりまで堀の周囲に生えた細い木々を伐採し続けたので、周囲は見通しが利いていた。
闇の中に動物の気配が湧き出すこともあったが、むささびと鹿以外は、見える所まで来なかった。
夜明け前。
凪いで静まった森で、どこか離れた場所にいる小鳥の、ひょひょひょひょ、と啼く声が聞こえる。
なんどか聞えたあと、ほぃ、ほぃ、ちちち、と声が変った。
暫く前に見張りを交代して寝たピーターという所帯持ちの男は、子供や長老とまだ寝ている。
今の見張り番は、さっき仮眠を終えて起き出して来たマック=アンドルー──この幻覚世界で最初に声をかけてきた男──が一人で務めている。
俺は見張りの仕事から解放されて、一部の樹皮から裏を削いで繊維を取り出し、掌で丸めて紐にしている。
時折、仮小屋の外の焚き火に薪をくべる。
奥さんは、ピーター家の一番の財産である銅の深鍋で、朝飯にする何かを煮ている。
その他、竈に薪をくべたり、灰を掻いたり、燃えさしの熾き火で地蟲を焼き殺したり、子供が採ってきてくれた蔓で編んだり、あまり鍋の傍から動かなくてもできるような負担の少ない用を足している。
明るくなった。朝だ。
気持ちよく澄み切った空気で、今日も晴れ渡っている。
紐作りを中断して、奥さんが匙を添えた椀によそった薄い粥汁を、出入り口で見張り中のマッカンドルーまで持って行って遣る。
男の前に差し出すと
「飯だ」
「おう、有難う」
ちらっと見て受け取り、片手で椀からぐびりと粥汁を飲む男。
食べる間も目は外を見張った儘だ。
子供や長老が起きてきて、眠っているピーターを起さないように黙って朝食を頂いている。
俺も粥汁を自分の椀に貰い、簡易寝台に腰を下して食べたあと、椀を拭って片付け、寝転がって軽く一休み。
眠り込まないように、あちこちボリボリ掻きながら、筋を伸ばす。
起き上がって柔軟運動をする。
まずは、斜面下の小川までの道を整える仕事だ。
余分な土は、昨日子供たちが採って来た蔓で長老が編んでくれた粗い籠に放り込み、新しい炉の材料にして貰う為に小屋の傍に積上げる。
急に目の前に猛禽が飛来し、フェンスの近くに着地したので吃驚したが、少し歩いたあと、またすぐにばさばさわっさわっさと飛立って去っていった。
十往復以上、土を運搬して堆積させた。
それが終わると、小川で手足を洗い、寝台を焚き火に寄せて腰掛け、目を閉じて、手足を焚き火の熱で乾かす。
暫くそうしてから、汁をまた少しだけ貰い、一休み。
奥さんの旦那のピーターが起きてきて、マッカンドルーと交代して見張りに立った。
マッカンドルーは寝床へ。
俺は次の仕事にとりかかる。
さっき作ったばかりの道を辿り、下の小川から泥を採って、上の避難拠点の竈の傍まで運ぶ。
時々、全身をたっぷり煙で燻したうえに、子供が採って来た草を奥さんが磨り潰した汁を身体や衣に擦りこんで、また泥を採りにゆく。
新しい土器の材料にする泥だ。
十往復以上運搬する間に起きてきた子供が、既存の竈に泥を被せ、余分な水分を泥からどんどんとばしてゆく。
その後、新たな竈や炉を設ける為の大きな石を、川辺から運んでくる。
泥土搬入を終えると、小川で手足を洗って小屋に戻る。
また焚き火の傍で一休み。
寝不足で朝から力仕事を続けて疲れたので、そのまま寝てしまった。
起きると、長老が近くにいて、小屋組みに引っ掛けた骨の鉤に吊るして乾してある皆の蓑や笠をゆっくりした動きで手入れしていた。
子供たちは仮小屋の端っこで地べたに座り、、土器を作る為に泥を灰と混ぜて地面の上で捏ねている。
奥さんはのんびり一休みしていた。
俺は立ちあがると、避難の仮小屋を避難小屋にランクアップさせるべく、必要な木と土を明るいうちに調達しに出た。
ピーイッ!
見張りをしてる旦那からの合図だ。
泥を山盛りにした重たい籠を提げて登りかけていた斜面を、急いで上る。
環状の堀の中に一つだけ進入口として残された緩い坂を走って避難小屋へ入る。
幸いにも皆に緊張感は感じられない。
「鹿だとよ。俺だけでいいから、お前はそのまま続けろ」
槍と弓を携えたマッカンドルーが入れ違いに出て行った。
「見張りは……」
と呟くと、奥さんが朗らかに
「いいから」
というので、それじゃとあとを任せて自分の作業の続きに戻る。
ややあって。
鹿の膽の炙り焼きで軽く精をつけた後、俺に見張り番が回ってきた。
休み休みとは言え、早朝から重労働が続いていたので有難いが、酷く眠い。
頭上では、何かの小鳥であろう、何度も繰り返し、すぃすぃすぃすぃすぃすぃっと強く囀るのが聞える。
それが、すっすっ、ちぃに変る。
ピーターとマッカンドルーは、森の梢を揺らす午前のそよ風の中で、ぐっすり眠り込んでいる。
長老はたまに焚き火や炉に薪をくべるのみで、何もせずに寝台に腰掛けている。
奥さんは繕い物などをしている。
なんとも長閑だ。
土塁の内側に立っていた細い木をそのまま利用して作られた柱の間に、鹿の皮が張られていて、とびかう蠅が癇に障る羽音を立てている。
子供の一人が燃えさしの煙で追い払って遊んでいる。
間違って皮を燃やすなよ……
皮……
視線の動きが止まる。
子供の足元から1mばかりの所、その子からは皮で死角になっている場所に、太めの蛇が居た。
駆けつけようと左足を上げ──
重心が移動するのが、ひどくゆっくり感じられる。
蛇の長い土色の中にセーターの編目模様のような輪が並んでいるのが目に入る。
左足が着地し、右足を上げ──
警告音を鳴らしながら、蛇が長い身体を折り曲げてゆく。
踏み切る──
蛇が身を起す。
棒を肩の上に振り上げ──
蛇がふいと身体を引き──
僅かな風切り音とともに振られた棒きれが、地面を叩いてバシッと音を立てた。
びくっと震えて跳び退った子供が、踊るように両手を振り上げ、目を恚らせて柱の間に張られた皮の下を見つめている。
俺は棒きれをぐいと踏んで体重を掛けた。
梃子の原理を利用して、潰されまいとする蛇と力比べをする。
身を捩って逃げようとする蛇を追って、草鞋に体重をかけて棒きれをぐりっと踏み転がす。
転がし、更に転がして、蛇の頭の下まで棒を動かした。
「斧を持ってこい」
言い終わらぬうちに、子の母親が石斧を持ってきていた。
斧頭の刃は充分に研がれている。
「俺がやるから」
受け取って、頭を打ち落した。
「余所モンのおじさん、有難う」
素直な子供は好きだ。
「なあに、いいってことよ。……あと、お願いして良いかい」
「ええ」
見張りを奥さんに任せて、俺は石斧を洗って奥さんに返し、蛇を処理した。
毒牙のついた頭部は斧で笊に入れ、俺の小籠に移した。
燃えさしを持って小川へ行き、蛇の皮を剥ぎ取り、蛇を割いて、燃えさしで掻き出し、洗った。
炙り焼いた蛇を皆でつまんだ後、午後は俺が眠った。
拙い作文をお読み頂きまして、まことに有難うございます。




