8.お兄様が溺愛してきます?
―――ブラコン?何それ。おいしいの?
……乙女ゲーム“星花”は、攻略対象重視のゲームでした。しかも、そこそこ人気だったようです。
そこで運営は考えたのでしょう。
しばらくすると、条件達成によって、新キャラが解放されるようになりましたの。
悪役令嬢アリアの兄(ドSな鬼畜メガネ)とか。
悪役令嬢アリアの腹違いの弟(真正ショタ)とか。
……わたくしの家族、勝手に増やさないでほしいですわぁ。
けれども、それは飽くまでゲームのお話。
条件なんか達成しようがしまいが、いるんですのよ。兄。
冷血鬼畜ドSの、兄。眼鏡まだだけど。
「あはは。そうかそうか、アリアはお兄様の事なんか、すっっかり忘れてたんだねぇ」
いるんですのよ。今横でわたくしのほっぺをつんつくしている、この、胸糞悪い兄が!!!
半年ぐらい前までは覚えてましたわよ!?
「産まぬなら殺してしまえホトトギス」とか、わたくしを毒殺しかねない冷血鬼畜次期当主としてね!!
……くっそぅ。
王都に行ったっきり、全然帰ってこないから、存在自体忘れてましたわ。
「もう!やめてくださらない?忘れてないと言ってるでしょう!」
ぺしっと手を払いのけると、すっと目を細めたお兄様が、唇を斜めに上げて笑う。
「嘘をついてはいけないよ?アリア。もしもお前が僕を覚えていたのなら、お前は僕を避けるためのあらゆる策を考えてきていただろう――」
ふう、と溜息をついて、お兄様はいきなり、腹が立つほど可愛らしい表情で小首を傾げる。
「僕はそれをことごとく潰して、アリアの泣き顔を見るのを楽しみにしてたんだよ?」
黙れ鬼畜ドS。
本当にこの男はいつもいつもいつもいつも……わたくしはお兄様のおもちゃじゃありませんのよ!!
そして庶民女うるさい!!
なにが幼な攻略対象尊いですの!?享年二十五歳が十歳児に興奮するんじゃありませんわよこのショタコン!!!
……ふう。静かになりましたわ。
と思ったそばから人の頬つまんでぐにぐに揉み始めるんじゃない鬼畜兄!!
わたくしの可愛い顔がぁ!?
頼みのばあやは、この件に限っては使えません。
そもそも公爵家嫡男に物申せる立場ではありませんけれど、それ以上に「ご兄妹仲がよろしくて嬉しゅうございます(ホロリ)」とか変なフィルター発揮して、わたくしをこの魔窟に捨てていきました。
ええ、魔窟です。
ソファでべったり。in 兄の部屋。
周りは兄付きの使用人しかいません。敵陣ど真ん中です。
「ねえ、本当にどうしたんだい?アリア」
お兄様が、不意に手を止めました。
「――気に入らない。気に入らない。気に入らないなぁ?誰が僕のオモチャを盗ったの?」
目が……目が!!!
って、美少年のおでこコツンごちそうさまぁ!?
あなた怖くありませんの!?
氷点下の目が!!ゼロ距離に!!!
――え?悪役令嬢もヒロインにやってた?
ほっといてちょうだい。
「……お兄さまはいつまでも子供でいられて、うらやましい限りですわ」
さり気なく距離を取りながら、思い切り軽蔑の眼差しを向けてやります。
「いちど女の身になってみたらいかが?わたくし、国と家のために、この身をさし出しに王都にまいりましたのよ。お兄さまにかまってる暇はございませんの」
「……へえ」
つんと顎を反らしてみせると、お兄様が感心したような声を上げます。
「意外とわかってるじゃないか。てっきり、父上の口車に乗せられて舞い上がっているかと思っていたのに」
子供らしからぬ仕種で頬杖をつき、面白そうに目を瞬かせているお兄様を、キッと睨み付ける。
「みくびらないでくださいませ。令嬢と姫君では格がちがうことぐらい、わかりますわ。もっとも高貴な令嬢であるわたくしが、なぜ、好き好んで見下げられにいかなければなりませんの?しかも、いずれは側室に下げられると、わかりきっているじゃあありませんの!くつじょくですわ!」
憤慨するわたくしに、お兄様は声を立てて笑い始めました。
挙句に、わたくしの頭をぐわしして撫で回してきやがります。髪型が崩れますわ!
「いやあ、賢い賢い。僕の妹がこんなに賢く育ってくれて嬉しいよ。アリアにそんな事を考える頭があるとは思わなかったなぁ」
……ちょっと。
「でも、残念だなぁ。勘違いして思い上がっていたら、這いつくばって許しを乞うまで泣かせてやろうと思っていたのに。つまらないな」
ちょっと!!
言ってくれますわねこの野郎!!
怒りに震えるわたくしに、不意打ちで覆いかぶさってきたお兄様が、耳元で囁きます。
「――安心しなよ、僕のかわいい妹。お前が上手くやるなら、お前だけが妃でいられるよう、僕がなんとでもしてあげるから」
ぞっとする程に冷たい声でおっしゃるけれど、わたくしはジト目です。
“星花”でのお兄様――とまだ見ぬ弟――のルートは、悲恋ストーリーですの。
お兄様は裏の攻略対象で、もう一人、表の攻略対象を、例の五人の中から選んで設定します。そうしてまず表の攻略対象のルートをプレイしていると、ヒロインと王太子が親しい事を聞きつけたお兄様が、まずは穏便に警告をしようと、ヒロインに接触してくるのです。
で、ミイラ取りがミイラになるのですわ。
……何やってるんですの?お兄様。
エンドまでに表の攻略対象の好感度を上げ過ぎると、お兄様とは破局です。ヒロインはナハトムジーク公爵令嬢となり、表の攻略対象と結婚する事になります。
お兄様の好感度が高ければ、お兄様は身を引き、ヒロインの幸せを願いながら罪人として処刑されます。もしも好感度が足りなければ、お兄様がヒロインを刺殺。心中エンドとなります。
……何やってるんですの?お兄様。
表の攻略対象の好感度を抑え、ヒロインが男爵令嬢のままであれば、お兄様と結ばれます。
ただし、ヒロインの母はがっつり死にます。以前のバッドエンドの、モブ婿が、実は裏の攻略対象であったという展開です。
まだ見ぬ弟はまだともかく、公爵家嫡男であるお兄様が男爵家に婿入りするという、謎の超展開です。
……本当に何やってるんですの?お兄様。
『ハッピーエンドが行方不明』とか、『心中エンドが正解なのでは』とか、前世では大騒ぎになったようですが、正直、わたくしの行く末に何の関わりもなさそうなので、興味ありません。
好きにしやがれですわ。
「――やれやれ、信用ないな」
わたくしの思考を読んだかのような台詞にぎくりとしますが、お兄様はそのままわたくしの前髪を掻き上げて、おでこにチューしていきやがります。
……ときめくんじゃない庶民女!!!
騙されるんじゃありませんわよ!これやっとけば、わたくしが変顔させられて泣こうが、言葉責めされて泣こうが、ゲームでボロクソに負かされて泣こうが、物理的に報復しようとして返り討ちにあって泣こうが、周りには“妹大好きなお兄ちゃん”で済まされるという、対わたくし必殺兵器なんですのよ!?
これ即ち、しばらく泣かすという死刑宣告!!
思わず顔を引き攣らせるわたくしににっこり笑って、お兄様はわざとらしく肩をすくめます。
「まあ、今回の事は僕にもいい教訓になったよ。これからは、週に一度はアリアと遊ばないとね」
「……え」
「本当は、父上に一緒に帰ろうと言われていたんだよ。幼い子供はすぐに人の顔を忘れてしまうから、まめに帰ってやらないといけないとね」
「え゛?」
「こちらで学ぶ事が多かったし、まさか、かわいいアリアが僕の事を忘れる訳がないと思っていたんだけど――綺麗さっぱり、忘れてしまったみたいだからね」
…………あら?
なんかまずいですわ。これ、割と本気で怒ってません?
違います。違いますわお兄様。
わたくし、大人並みの思考力を手に入れましたの。スーパースペシャルでデラックスな理解力と記憶力がありますの。
ただちょっと、乙女ゲームの濃ゆさと目の前に迫る王太子に気を取られていただけで……。
――え?
単語以外の記憶力がいまいち?ボキャブラリーと情報記憶が増えただけ?……ただの翻訳機能じゃないか!?
ちょっと!なんか鳥頭な気がしてたですって!!?
え。待って。まさか、わたくしの脳みそも四歳児レベルのままなの!?
いえ、試してみたくは……試してみたくは、ないのだけれど……。
「これからは忘れたくても忘れられないぐらい、たっぷり遊ぼうね」
……嫌ですわああああああああああああ!!
傲慢令嬢は自分の脳みそに足を掬われた!