6.逆ハーを目指せ?
「……わたくち、もう寝ましゅわ」
お父様からの婚約決定通知と、クソボケ前世女の無駄な興奮を乗り越えて。ぐったりして部屋に戻ったわたくしは、そう宣言いたしました。
「まあまあ、もうすぐお夕食でございますよ?」
「いいのよ。いりまちぇんわ。……ああ、パンだけ持ってきて。お腹が空いたら、しょれでいいから」
もう、ほっといてよ。
不貞腐れてベッドに倒れ込むと、さすがに慌てたばあやが、メイドに指示して寝支度を始めます。
……ああ、終わりました。終わりましたわ。
高貴にして偉大なる公爵令嬢アリアの華麗なる人生は幕を閉じましたわ。
嫌ですわ嫌ですわ。
どぉしてこのわたくしが!国の為にろくでなし王太子なんかに身を捧げなければいけませんの!?
――え?悪役令嬢物の王道、愛され令嬢展開?
イヤですわ。
どうしてわたくしが男に媚びを売らないといけないんですの?
逆ハーだろうが、婚約者の溺愛だろうが、二股ろくでなし男なんて、顔も見たくもありませんわ!
――え?“星花”をわかっていない?
ストーリーは二の次?ほぼワンパターンのエンドの使い回し?攻略対象をいかに魅惑的に描くかが勝負??
……バッドエンドのスチルも、五者五様の切ない片思いスチルごちそうさまでしたぁ!?
知りませんわよ!!
ていうか、もう前世なんかに用はありませんのよ。消えてくださる!?
そんなに攻略対象が好きなら、お前だけヒロインに転生すればいいのよ!!!
…………何ですの。
ストーリー展開の都合であれな事になってるけど、攻略対象は全員、顔よし頭よし、設定では性格もいい、ハイスペック完璧イケメン?わたくしもきっと気に入るはず?
ふぅん……まあ、わたくしを崇拝するというのなら、考えてみなくもないですけれどね。
攻略対象その一、王太子クァルテット。俺様王子。
――はい、パス。
早い?
俺様って、態度でかくて偉そうでムカつきますのよ。関わりたくありませんわ!
――え?鏡?毎日見てましてよ?
クァルテットは、誇り高く、威風堂々として人に慕われる、リーダータイプ。文武両道。次期国王の自覚を持ち、多少尊大だが、常に慈悲の心を持って人に手を差し延べる事を忘れない。
孤立しているヒロインを、最初はただ民に対する義務として助ける。
そうする内に、彼女が置かれた過酷な状況を知り、それにも関わらず明るくひた向きなヒロインに、段々と心惹かれていく。同時に、彼女の優秀さを知って、生まれで人生が決まってしまう事に疑問を覚える。政略のみの冷え切った関係にある婚約者アリアが、身分を振りかざしてヒロインを貶めているのを断罪したことで、それは確信に変わる。
能力主義を掲げ、ナハトムジーク公爵令嬢となったヒロインを王太子妃に迎えると、二人で国を変えていく。貴賤の区別なく、誰もが自分で未来を掴み取れる社会へと―――。
ヒロインの母は、王家の秘薬で回復し、ナハトムジーク公爵の元へ。こちらも末永くラブラブ。
クライネ男爵は、公爵令嬢を虐待したかどで爵位剥奪。公爵の手回しで男爵家の悪事がある事ない事ぼろぼろ暴かれ、後に処刑。
主家であるオブ=ナイト公爵家も連座となり、アリアも処刑。
……ふぅ~~ん。
で?
わたくしにどうしろと言うの?
わたくし、この国で最も身分の高い令嬢ですのよ?
“過酷な状況”だの“優秀なのに生まれでどうの”だの、底辺ヒロインだけが使える技ですわ。わたくしが努力したところで、公爵令嬢として当然の義務と思われるだけじゃあありませんの?
王太子だって、能力に見合う努力はしているんでしょう?同病相憐れまれるのが精々ですわ。
……次。
攻略対象その二、医学の寵児ヴェルム。インテリメガネ。
実は公爵令息で宰相子息。でも三男。薬草学にドはまりして、医学界でも注目されるほどの博識となった頭脳派。
――パス。オタクはイヤ。
母の病を治す手がかりを掴むため、ヒロインから接触。
最初は渋々付き合っていたヴェルムだが、懸命に勉強する姿勢、後に切磋琢磨できるほどの成長を見せるヒロインを認めていく。また、周囲と話が合わずに敬遠されていた彼は、屈託なく話しかけてくるヒロインと過ごす時間を、日々の楽しみとするようになる。
ヒロインが悪役令嬢アリアに身分の事で嫌がらせを受けていると知り、激怒。自分の恋心を自覚する。
教室でアリアと取り巻き(ヴェルムの婚約者含む)を公然と断罪し、公認のカップルに。
後にヒロインが公爵令嬢となった事で、侯爵令嬢であった婚約者が辞退。婚約は白紙となり、ヴェルムはヒロインと結婚して婿入り。ナハトムジークの名で、医学界に数々の功績を残す。
ヒロインの母は、ヴェルムが数種の薬草を掛け合わせて作り出した新種の薬草で快癒。そしてナハトムジーク公爵の元へ――あとは同じ。
……そこまでやっといて、よくバッドエンドで婚約者と結婚できましたわね。
その侯爵令嬢、ヒロインを妾として受け入れるつもりがあったのかしら?
――え?ヴェルム攻略?
二股がシナリオのせいだとしても、医学オタクの偏屈と話す事なんて、何もありませんわ。
攻略対象その三、天才魔術師フィガロ。チャラ男。
――パスパスパス!設定からしてダメじゃない!
伯爵家に生まれた、魔法の天才。高位貴族各家が養い親の座を争い、それを収める為に王家が保護。家名を捨てお抱え魔術師に。ずっと大人に振り回されてきたため、極度の人間不信。それを隠すためのチャラ男。ヒロインへの愛に目覚めてからは一途。
自分にすり寄ってこないヒロインに興味を持ち、魔法の指導を買って出る。
軽い気持ちでからかっていたが、ヒロインの事情を知って衝撃を受ける。そして、自分よりもヴェルムといるべきだと距離をおくが、フィガロのファンがヒロインを襲撃。激昂して、けしかけた悪役令嬢アリアを含む全員を断罪。どさくさに告白。
一念発起した彼は、ヒロインの母を治すべく、新しい治癒魔法の開発に着手。
ラストの流れはほぼ同じだが、フィガロの婚約者は王太子の姉姫。年の差、十。断罪劇には無関係。
編み出した魔法――薬草から薬効成分だけを抽出して融合させ、新たな薬を創り出す製薬魔法――の公開と引き換えに、ヒロインとの婚姻を要求する。
王家はそれを了承、姫は他国の王家へ嫁ぐ――。
うざい胡散臭い話が重い、猫なで声キモチワルイ。生理的に無理!!
こんな男のために切り捨てられた姫君が可哀相ですわ!
とはいえ、天才魔術師に出奔されたらことですものねぇ……あら?
ちょっと。これ、別にヒロインが男爵令嬢のままでも、問題ないんじゃなくて?
――え?製薬魔法が完成しない?
なんでよ!
よ……予算を使い果たして…………公爵家の支援がないと、頓挫……。
……もういいですわ。次に行ってくださる?
攻略対象その四、騎士候補生ジョバンニ。脳筋わんこ。
伯爵家の四男。父は剣一本で隊長までのし上がった騎士。騎士団長は別にいるが、家の七光の名誉職であり、実質騎士団トップ。彼自身も、その英才教育を受けた鬼才。
――ふぅん?
わたくし、おバカは嫌いなんだけど……騎士で、犬?従順そうじゃなくて?
でも、成り上がり伯爵家の四男とかないですわぁ。
小柄がコンプレックスのショタ枠、と見せかけて、成長期の大義名分を掲げて急成長。
賛否両論、議論百出した“星花”一の問題児。
…………え?
一学年ではショタ。カレー好きの大食いキャラで、訓練場で怪我したところを、通りすがりのヒロインに治療されて、懐く。さらに手作り菓子をもらって忠犬に。
二学年では爽やかな天然好青年に成長。悪役令嬢アリアを、正面から非難。共に断罪された取り巻きの子爵令嬢が婚約者で、逆ギレ。ヒロインへの嫉妬を叫ぶ。が、そこでジョバンニの天然が炸裂。婚約の意味を理解せず、“お菓子をくれる人”と認識されていたと知り、子爵令嬢は卒倒。そのまま領地で静養の身となる。
三学年は逞しい美丈夫。やっとヒロインの事情を知った彼は、いきなり男爵を殴り倒してしまう。
ヒロインが公爵令嬢になれなければ、喧嘩両成敗で引き裂かれる。なれれば円満解決。結婚して婿入り。
ヒロインの母の病は、治療法を探しに冒険者として旅立ってしまったジョバンニが、本当に見つけて帰り、全快。
帰国後は最強の騎士として活躍する――。
ちょっと!!なんなんですの、その怪生物は!?
攻略対象って、奇人変人しかいませんの!?
攻略対象その五、語学教師トゥッテ。二十七歳。優しいお兄さん。
……オッサンじゃない。前世より年上よ?
実は侯爵家次男。以前は三男で、外交官の叔父にくっ付いて幼い頃から諸国漫遊していた。兄が急逝したため呼び戻され、病弱なもう一人の兄と、逆・後継者争い中。出国許可を停止され、抗議の意思として学園教師となり、寮で生活している。
しかし、紳士で親切で語学堪能。何気に体も鍛えている完璧人間で、生徒に大人気。苦労人のヒロインを気にかけ、補習や手伝いの名目で匿う。
共に過ごすうち、徐々にヒロインに惹かれていくが、悪役令嬢アリアに“補習”の実態が発覚。言い触らされてしまう。
ヒロインは嫉妬の集中砲火。トゥッテもふしだら教師として窮地に立たされる。
どうにか嫌がらせを証明、アリアと取り巻きを断罪して面目を保つが、ヒロインの保護は女性教師に任せるべきとされ、彼は学園を逐われる。
侯爵家を継いで婚約者と結婚するよう迫られた彼は、最後の思い出にと、ヒロインを舞踏会に誘う。そこでナハトムジーク公爵に遭遇。
公爵の圧力で、トゥッテは猶予をもらい、国外へ。かつて異国で手に入れ損ねた“万病を癒す奇跡の草”(ジョバンニが刈り取ってくる物と同じ)を今度こそ入手。兄もヒロインの母もまとめて救う。
侯爵家は兄が継ぎ、“次期侯爵の婚約者”であった婚約者も兄と結婚。公爵家に婿入りしたトゥッテは、外交官として活躍。ヒロインと共に諸国を巡る――。
……ちょっと。これ、どういう事ですの?
どのルートでも、ヒロインの母を治すのは攻略対象な訳!?
ヒロインが何も貢献してないじゃない!何の為に学園に入ったのよ!?
――え?わたくしが最初に言った?
ああ、そうですわね……。
言いましたわ……『医者が不治と言った病を、三年勉強しただけで治せる訳がない』…………。
ええ、言ったのよ。言ったんだけど……。
これ、本当に幸福な結末!?
全部ムダな努力でした。って、それハッピーなんですの!?
――トゥッテ攻略?する訳ないでしょ!!
教え子に懸想、教師の立場を悪用して二人きり!おまけにそれが知れてるのに、結婚が決まった身でエスコートですって!?
最低よ!!
ゲームのわたくし、本当の事を言っただけじゃない!
――シナリオの所為?
元々家督から絶賛逃避中の無責任自由人じゃない!!ハイスペックに騙されてんじゃないわよ!!
*
「おはようございます、お嬢様」
「おはよう……」
朝日の眩しさが怨めしい、爽やかとは程遠い目覚めですわ。
この空の下に、あの怪奇生物どもがいるんですわね……。
わたくし、本当にこれからどうしようかしら。
しずしずと部屋に入ってくるワゴンと、音もなく並べられる食器を横目で見ながら、あくびを一つ。
狭苦しくてうるさい、前世の朝食風景が脳裏をよぎるけれど……馬鹿馬鹿しいですわ。どうせお父様は、とっくにお城へ戻られてますわよ。
「本日は、デザートがございます」
言葉と共に取られたカバーに、ちらりとそちらへ視線をやって、思わず目を丸くする。
「桃のタルトにございます」
……忘れてましたわ。
そういえば、昨日食べたいとか言ったわね。
いえ、違うのよ。
昨日のティータイムに欲しかったんであって、今はもう気分じゃありませんのよ。
でも、そう。
あれからわざわざ王都に行って探してくれたの……。
いえ、当然よ。
だって。このわたくしが食べたいと言ったのだから。
だけど。
…………だけど。
「……お嬢様?お気に召しませんか?」
「う……」
「お嬢様?」
「うわああああん!!」
「お嬢様!?」
「お嬢様、どうされました!?」
「お嬢様!」
散々大泣きして使用人に心配されたけど、理由は言いませんでした。
自分でもわからないんだもの!しょうがないでしょう!?
恋愛クラッシャー・アリア。順調に男性不信に成長中。