47.バカップルの恐怖再び?
………いい加減、現実に向き合うべき時でしょうか。
ねえ、前世のわたくし?
ずっと疑問に思っていたのですけれど……王太子の態度、明らかに“星花”と異なりますわね?
――え?前からあなたが言ってた?
そうね。“星花”でのわたくし達は、開幕当初から、険悪ばっちばちでしたわ。
入学式で、明らかに周囲から浮きまくっているヒロインを嗜める悪役令嬢。そこに割り込んできた上に非常識ヒロインを庇う、各ルートの攻略対象。そして、他の攻略対象のルートでも悪役令嬢に突っ掛かってくる王太子……。
それをきっかけに、わたくしが珍獣と邪魔者に目を付ける――というのが、全てのルートに共通する入学イベントでしたわ。
――え?とばっちりが酷い?
どうでもいいですわ。
とにかく!わたくし達は乙女ゲームスタート以前から険悪でしたわ。そうでしょう?
わたくし、婚約者とヒロインの関係に嫉妬して狂うような醜態、断じて演じておりません。
まあ、そもそもその場合、底辺ヒロインなんて、一月もせずに男爵家ごと跡形もなくなっておりますわね?だってわたくし、オブ=ナイト公爵令嬢ですもの。
……いえ、今はわたくしの事はどうでもいいのですわ。
王太子がわたくしに対し、批判的であり、敵愾心を持っていた。これが重要なのです!
そう。“星花”の王太子は、わたくしとペアルックなんて着たがらない。お兄様のプレゼントばかりを使っているからって不満なんか言わない。わたくしに花なんか持って来ない。あまつさえ髪に花挿したりしない。わたくしの手なんか握らない。フィガロを誘惑したとか怒ったりしないし、それでしばらく不機嫌になった挙句、わたくしとの過剰なスキンシップでご機嫌になったりもしないのですわ!!!
――え?愛されてる?
そう……問題は、そこなのですわ。
珍獣マニアの王太子が、模範的な令嬢であるこのわたくしに好意を抱くだなんて。おかしいと思いません?
長じて政治思想の対立、わたくしの選民思想を知って、許せなくなるならいいのです。
今絶賛構築中の黒歴史を葬ろうと、将来必要以上に険悪になるのならばいいのです。
ですが……。
乙女ゲームの攻略対象って、ほとんどがヒロインが初恋で、以降ヒロイン一筋ですわよね?
しかも、チャラ男はフィガロの芸風です。王太子は、俺様王子でもありますけれど、誠実で(婚約者の扱いがあれでも)一途なキャラ設定の筈ですわ。
そのような方が、ここまでしていてよろしいの?
――え?家族愛だったとか、妹みたいだったとか、ヒロインに恋して初めてわかるパターンもある?
それはそれで“星花”とずれている気がいたしますけど……この際、それでもいいですわ。
最大の懸念事項は、“強制力”ですのよ!!
――意味がわからない?
あなた本当に駄目ですわね。
わたくしの中には、あなたがいるのですわよ?
もしもこの世界が、乙女ゲームの世界ではないとしたら?
もしもここが、転生悪役令嬢物のノベルの世界で、本来は転生令嬢溺愛物とか、逆ハー物だったとしたら?
うっかりへっぽこ庶民女が転生したが為にバグっているストーリーを修正すべく、物語の“強制力”が働いているとしたら……!!
No!!!
勘弁してくださいませ!!あんな自己中非常識男どもに言い寄られたら、人生終わりですわ!!
――は?どこが自己中で非常識なのかですって?
全部ですわよ!全部!!
異世界女子サービスの数々のイベント。あれがそもそも非常識三昧なんですのよ!はっきり言って、あれではヒロインは晒し者でしてよ!?その上、自分の意に沿わない言動は悉く、わたくしや誰かの所為で、ヒロインの本心じゃあないと決め付けて!メンタルががっつりストーカーじゃあありませんの!!
――え?洞察力?ヒロインの事をわかっているだけ?
なら、わたくしが配慮を捨てて本気で拒否すれば、伝わるのかしら。
「アリアちゃん?わかっているわね?」
はい。王太子相手に配慮を捨てるとか、無理ですわね。
「でも、お母さま……わたくし、これは殿下にとっても、あまりよろしくないと思いますの」
にこやかに、物凄い圧を掛けてくるお母様に、わたくしは涙ぐみながら訴えました。
本日は、王太子の七歳の生誕祭。
今、わたくしの目の前で煌々と光輝いているのは、今日この日の為に用意された、サファイアの髪飾りです。
……ええ。サファイアですわ。
誰かさんの瞳のお色の宝石です。
繊細にして華やかな細工の、それは美しい髪飾り。ドレスアップにふさわしい、贅沢な一品ですが……。
「恥を晒すようなものですわ。王太子殿下だって、きっと、しょうらい思い返して後悔いたします」
「あらあら。お母様は、いい思い出になると思うわ。それに……この日の為にと、わざわざ、王太子殿下が誂えてくださった贈り物でしょう?それに飾られたアリアを連れずに、当家が、生誕祭に出席できると思うのかしら?」
だからって、ちょっとメイドに物を投げたり、ばあやに駄々をこねただけで、お母様が来る事ないと思いますの。
大体、小さい子供のわがままなのだから、叶えてくださってもいいじゃあありませんの!
「――アリアちゃん?」
「はい。付けますわ」
ほっぺに両手を添えられ、目を覗き込まれて。
お母様の底知れない瞳を直視させられたわたくしは、即座に白旗を上げました。
今年もバカップルアピール決定ぇえええええええええ。
ばあやのお胸で泣いていると、くすくすと笑い声が聞こえてきます。
「まだぐずっているのかな?僕のかわいい妹は」
「……ジュピターちゃん?メイクルームに入るのは、やめましょうね?」
「はい。次からは気を付けます」
今からおやめなさい。変態兄。
お母様のお叱りにもめげず、にこやかに押し入ってきたお兄様が、わたくしをばあやから引き剝がして抱っこします。
「ジュピターちゃん、もうすぐ出発ですからね?」
「はい。その為にも、早く泣き止ませないといけないと思いまして」
真面目くさって応じるお兄様に、騙されたのか諦めたのか、「早くね」と言い残して去ってしまわれるお母様。
ドS鬼畜メガネ(時々)に、わたくしを任せないでくださいませぇ!
案の定、お母様がいなくなった途端にチェシャ猫のお顔になったお兄様は、人のほっぺを摘まんで、けたけた笑い始めます。
「ほらほらご機嫌直して。早く出ないと、また馬車を走らせる事になるよ?」
「他人事みたいに言わないでくださいませ!そもそも、お兄さまの所為でしょう!?」
去年の毛根からぐしゃぐしゃ事件もそうですが!
何より、この髪飾り!!
「お兄さまがご自分の色の髪飾りなんか、わたくしに贈るからですわぁ!!!」
ええ。今年も、わたくしの物は当家が用意するという事で、話がついておりました。
それを無視していきなりこれが届いたのです。
どう考えても、お兄様が去年の誕生祝いに寄越した髪飾りに対抗してきたとしか思えません。
「贈ったのは僕だけど、殿下の前でも付けていたのはアリアだよね?」
「だって!!たくみにわたくしの好みを突いてくるお兄さまが悪いのですわ!というか、お母さまにいただいたペンダントだって愛用していますもの!家族からのプレゼントを身に付けて、何が悪いんですの!!?」
「悪くないよ。ちっとも。ねえ?家族にアクセサリーをプレゼントしただけの僕も、ちっとも悪くないよねぇ?」
無邪気そうに首を傾げるお兄様に、庶民女が悶絶しておりますが、わたくしは騙されません。
「わたくしが“これお兄さまからいただきましたの☆”とか言い触らすと思いますの!?どうせお兄さまがない事ない事吹き込んで、殿下を焚き付けたのでしょう!!」
ぺけぺけ肩を叩きながら、さり気なく首筋に顔を埋めて、「約束が違いますわ」と怨念を零します。
それに返ってきたのは、「まだ約束してなかったからね」という、あっさりとした囁きで。
「焚き付けてはいないよ。ただ、アリアにあげる前にお見せしただけだからね☆」
「あれもですの!?」
「違う違う、からかった訳じゃないって。殿下がどうしても見たいとおっしゃったんだよ」
意味不明ですわ。
「……それで、また身に付ける物だとお怒りになられましたの?」
本当にどうしようもないお方ですこと。
対抗するだけなら、今度の誕生祝いにしてくださればよろしいのに。わざわざご自分の生誕祭で、バカップルアピールなさる必要ないじゃあありませんの!
「アリア……」
内心憤慨していると、何故かお兄様が呆れ果てていらして。
「殿下は喜んでくださったよ?アリアの瞳の色に、風の意匠の髪飾りだからね」
…………わたくしの瞳?
そういえば、兄妹だけあって目の色は同じですけど、あれはお兄様のお色でしょう?
わたくしのシンボルカラーは“赤”でしてよ。
――え?それはゲームの話?
…………。
そうですわ!!わたくしの“赤”って、ドレスの色じゃあありませんの!
好みのドレスの色なんて、貴族的メッセージに関係ありませんわ。
え。じゃあ、あの髪飾りは、ザ・わたくしの物じゃあありませんの!王太子が張り合う理由なんかありませんわ。
「でしたら、どうしてこのような事になるんですの!?」
「アリアがアルマヴィーヴァのご令息にいらないちょっかい掛けるからだよ」
「……え゛」
何故知っていますの。
「ふふ、いけないなぁアリア。目の前で他の男を侍らせようとしたら、殿下が牽制に走るのは当然だろう?」
悪戯っ子のお顔で人のほっぺをつつくお兄様ですが。
「あの……それにしては、仕上がりが早過ぎませんこと?」
「誕生祝いに作っていたのを急がせたんじゃないかな?多分」
攻略対象の非常識独占欲こわいぃいいいいい。
……じゃあ、ありませんわ!
「だまされませんわよ!?髪飾りに思うところがないなら、そもそも誕生祝いに贈ろうとなさる訳がありませんわ!」
寧ろ、まともな人間なら、他人と同じ物を贈らないようにする筈です。
勢い込むわたくしに、お兄様はにっこり笑って一言。
「うん。殿下に思うところが出来るほど愛用してくれて、嬉しいよ」
「…………」
――え?自業自得?
聞こえませんわ!!
「……お兄さま。そういう事ばかりしていると、そのうちに処刑されましてよ」
「心配いらないよ。何の為に、わざわざ風のデザインにしたと思っているの?」
?
精一杯の切り返しを、斜め上に逸らされて。わたくし首を捻ります。
それを眺めるお兄様との間に、しばし沈黙が流れまして。
無言のままわたくしを椅子に座らせたお兄様が、こちらの正面に跪いて、わたくしを見つめます。
あら。ちょっといい気分。
「――アリア?あの髪飾りを見て、誰も何も言わなかったの?今も、宝飾品のデザインについて教わっていないのかな?シュタードラー侯爵夫人は?アウエルンハンマー伯爵第二夫人は?ロイトゲープ伯爵第三夫人は?」
……宝飾品のデザインですって?
お兄様は一体何を言っているのでしょう。
そんなもの、教わる必要もありませんわ。他人の家紋を使うのはさすがにタブーですけれど、後は好みで決められる筈です。そもそも、出入りの宝石商が、まずい物は除けて話を持ってきますし。
それ以外のお話ですと、揃いの品、相手の瞳の色の宝石などは、相手への好意を示す物です。
とは言え、同じ色の瞳の人はいくらでもいますし、宝石の色にタブーはありません。これは、プレゼントや、意中の相手へのアピールで意味がある話ですわね。
その辺りは本にも載っている有名な話ですから、教わるまでもない事ですけれど?
心当たりの出てこない知識を延々と漁っていると、ばあやが耳打ちしてきます。
「――お嬢様。魔力の属性を表わすデザインは、宝石のお色と同じ意味を持ちますよ」
あら。そうでしたの?
でしたら、王太子の属性のデザインは避けないといけませんわね。バカップル扱いは御免ですわ。
――え?さっきから髪飾りは“風”だって言ってる?
…………。
…………。
…………。
え。
待って待って待って。ちょっと待って。何ですのそれ!?
それはつまり……今更サファイアの髪飾りを嫌がる意味などないくらい、常日頃からバカップルアピールをしてきたという事ですの!!?
え。わたくし、王太子に思わせぶり……いえ、寧ろ直球で好意をアピールしてきたのでして!?
イ゛ヤ゛ァァアアアアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!
どうして誰も何も言わないのですの!!?
つまり、王太子がご自分の色の宝石なんかプレゼントしてきたのはお返しでしたかそうですか!
攻略対象特有の理解不能な自信の表われかと思いましたわよ!!
わたくしどの面下げて生誕祭に行けばよろしいの!!?
こ、これが物語の強制力ですのね……。恐ろしい…………。
「お嬢様ーっ!!?」
あまりの事に卒倒したわたくしは、そのまま支度の仕上げをされ、馬車へ乗せられまして。
目が覚めた時には既に、王宮の控室にと運ばれていたのでした。
教訓。
その話なら知っている。そう思った時こそ、聞き流さずによく聞きましょう。




