46.おんがくの時間?
ソラソド ソラソ♪
前世の授業、リコーダーで練習した旋律が、頭の中を回ります。
やっぱり、イメージがあると違いますわね☆
音符を追い掛けるだけじゃあ、わたくしちっとも楽しくありませんもの。
大体楽譜って、訳のわからない記号が多過ぎて、読んでいてイライラしますわ。
だから、楽譜は斜め読みで。
記憶の中のメロディーが導くままに、鍵盤を叩きます。
「――はい、ストップ。アリアお嬢様?音を出す事に集中し過ぎでいらっしゃいますわ。もっと流れるように。音を繋ぎ、曲の先を意識して……何より、もう少し優しく、鍵盤に触れてくださいな。そこまで強く叩かなくとも、大丈夫でございますのよ?」
「…………」
楽器音痴だった誰かさんの所為で、わたくしは今日も苦労しています。
ちょっと!
ピアノを習っていた子供なんて幾らでもいましたのに!どうしてあなたは習っていませんの!?
……まあ、ピアノの置き場所なんて望むべくもない、ちっぽけな小屋に暮らしていたのは知っていますけれど。
それでも、ピアノ教室には通えましたわよね?
――え?小屋呼ばわりするな?前世日本では普通サイズ?
どうでもいいですわ!!
あなたっていつもそうですの!ピアノが得意だったら、記憶内の楽譜を検索してJーPОPとか弾いて、音楽革命を起こしてやれましたのに!
天才作曲家として前世チートデビューのチャンスが、水の泡ですわ!!
「アリアお嬢様?」
脳内ファイト中のわたくしを覗き込んできた音楽教師。ばいーんとしたお胸が視界の片側を塞ぎます。
くっ、男性向けマンガの熟女じゃああるまいし。淑女がこんな事でよろしいと思ってますの!?
……いえ、この方が淑女と言えるかどうかは、かなり微妙ですわね。
元は没落侯爵家の分家の令嬢で、血筋は悪くないけれど、子爵男爵辺りにしか相手にされずに色々と苦労されたとか。
美貌と音楽の才でのし上がり、社交界一の歌姫として、現在ロイトゲープ伯爵の第三夫人に収まってはいますけれど。音楽以外……特に立ち居振る舞いに関しては決して真似をするなと、お母様から固く戒められておりますの。
言われなくても真似しませんけれどね!
「ロイトゲープ先生……わたくし、やっぱりピアノは嫌いですわ。いいえ。それよりも、楽譜が意味不明で嫌いですの!」
「まあ、困りましたわねぇ」
頬に手を当て首を傾げる姿が、しなを作っているようにしか見えませんわよ。このお色気モンスター!
……ええ。困らせているのはわかりますわ。
練習曲が決まるまでにも、この曲は暗いとか、この曲はつまらないとか、これタイトルが気に食わないとか、色々言いましたからね。
だけど!!
音楽の素質がないとわかっているのに。だから大して演奏の機会もないのに!
教養だからと練習を強要されて、面白い訳がないですわよね!?もっと日々の役に立つお勉強がしたいですわ!!
わたくしが、ぷうっと頬を膨らませると、音楽教師は溜息をつきます。
「アリアお嬢様……愛が足りませんわ」
「あい」
「そう、愛です!音楽とは、音を楽しむ事。そして人の歓びとは、愛から生まれるのです!音楽を学ぶ為に必要なのは、選ばれた才能などではありません。それは、音楽に対する、愛なのです!」
……始まりましたわ。
拳を握り締め、胸に手を当て、天に向かって腕を広げ、祈りを捧げるように両手を組んで――。
演劇ですわ。
遠い目で彼方を見ちゃっていますし。完全に演劇です。
ロイトゲープ先生の舞台へようこそぉ。
……あ。歌い始めちゃいましたわ。
一応、異性が見ている前なのですから、扇子を使ってほしいのですけれど?第三夫人。絶対、今の状況を何もかも忘れ去っていますわよね?
「――おい、いいのか?あれ」
わたくしが呆れ果てていると、向こうで見学していた王太子が、てくてくと寄ってきました。
もう!大人しく見ているだけというお約束でしたのに。
――え?心配してくれているのに?王太子が可哀相??
そんなの、公爵邸に押し掛けてきた方が悪いのでしょう!?わたくしきちんと、授業が遅れているから都合が付けられないとお断りしましたのに!!
お父様もお母様もお兄様もカツカツですし!それもこれも、この王太子の生誕祭が近いからですのよ!?それなのに、見ているだけでいいからと強引に……!!
……いえ、王太子がわがまま言ってごねるのはいつもの事ですわ。
それより、問題は。
どうしてそれが許可されちゃったんですの!!?
そうやって甘やかすから、非常識二股ろくでなし婚約破棄攻略対象に育つのですわよ!!
――え?さっきまで大人しく授業参観してた?そこまで非常識じゃない??
あなた……使用人だって同じ人間とかうるさい割に、何を見てますの?
本来家を挙げて歓待すべき王太子を、主人役無しにもてなす羽目になった使用人一同が、震えながら接待していたじゃあありませんの。
“神の兄弟”にして次期国王たる王太子放置して授業をしていたとか、他家に知れたらオブ=ナイト公爵家の名誉が地に落ちるレベルの非常識ですわ。
ええ。国王陛下のお申し付けですから?わたくしもう知りませんけれどね。
「どうした?」
やめて。穢れの無い眼で見つめないで。殴りたくなりますわ。
「何でもありませんわ……。仕方がありませんでしょう?もうこちらの声なんて聞こえていませんもの」
わたくしの精神安定の為に、音楽教師へ視線を戻すと、そこには歌の世界に旅立ってしまった歌い手の姿が。
「……信じられないな。本当に教師なのか?歌は上手いが」
「もともと、教師には向いていませんのよ。歌はお上手ですけれど」
まあ、前世が何も役に立たない状態で、わたくしが両手で弾けるまでになったのですから?教えるのが下手だとは申しませんけれどね?
「ロイトゲープ伯爵が、ご自慢がてらに差し出してきたみつぎ物ですわ」
「……そういう言い方はないだろう」
「あら。先生は、人に教えるよりも、ご自分で歌ったり演奏しているのがお好きな方ですのよ?」
それを曲げて我が家に来ているのは、夫とは名ばかりの囲い込みスポンサーに強要されたからに過ぎません。
だから、基本的に教える意欲がない。
それだから、生徒のやる気を引き出す事、やる気のない生徒に付き合う根気に関しては、まるで失格なのですわねぇ。
――え?それ、悪いのはわたくし?
どうしてですの!?わたくしは悪くありませんわ!!
「おい、詰めろ」
は?
物思いに耽っている間に、何故かわたくしが座る椅子に上ってきている王太子。
ちょっと!ピアノ演奏用のこんな小さな椅子に、二人で座れる訳がないでしょう!?ソファじゃあありませんのよ!?
「殿下!何をなさいますの!?」
「仕方がないからな。わたしが教えてやる!」
胸を張るんじゃあありません!!どこの世界に貴族令嬢の教師役をやる王太子がいるんですの!?
……いえ、日本女子の妄想異世界にならにいっぱいいそうですけれど……。
はっ!
やっぱり攻略対象って、異世界日本から送り込まれた、世の常識に対する刺客ですのね!?
「けんばんばかり見ているからダメなんだ。どの音を叩いたかは、耳で聞いて、指で覚えるんだぞ」
……あら?
“星花”では演奏シーンなんてありませんでしたけれど。ピアノ、お得意なのでして?
敵意を霧散させる、大真面目な指導。
目をぱちぱちさせるわたくしに、「こうやるんだ」と王太子が弾き始めたのは、さっきまでわたくしが練習していた曲ではありません。
「殿下、その曲は……」
「わかっている。タイトルが嫌いなんだろう?でも、聴いているだけならわからないじゃないか」
わかります。ついでに歌詞まで浮かびます。
どこぞのお兄様の婚約者を連想させる曲名に、敢えてわたくしがボツにしていた曲を選ばれて。苦虫を嚙み潰したような顔をするわたくしですが、王太子は平気なお顔で促します。
渋々弾き始めると、早速指導が入りました。
「楽譜を見ろ」
「……曲が違いましてよ」
「どうせ、あまり読めていないだろう」
バレてます!?
「いいからけんばんは見るな。自分の演奏をちゃんと聞け」
できる人の言い分!!
弾く場所も見えず指の位置も見えず、音だけで判断なんてできる訳がないじゃあありませんの!
やけくそで鍵盤を叩き始めると、音がまずいわ、間がぎこちないわ、聴けたものではありません。
これをどうしろと?
止めようとすると、鍵盤に置いた手に熱が被さります。
「こっちだ」
……オイっ。
人の手の位置を修正し、指を重ねて、上から鍵盤を叩く王太子。
言っておきますが、わたくし達は六歳児です。
腕の長さなど知れています。座高も現在、ほぼ同じです。
つまり。わたくしの両手に横から両手を重ねられるとなると、必然的に、頭がほぼくっつきます。
ええ。頭をくっつけて、両手押さえられているのです。
淑女の扱いじゃあありませんわ!
――こら、庶民女!天に召されるんじゃあありません!!
遣り場のない……というか、遣り場に遣れない怒りに頭を痛めていると、わたくし、先程まで聞こえていた歌が消えている事に気が付きました。
「……?」
王太子にピアノを弾かされながら、そろりと歌手の舞台を見遣りますと、最早そこに彼女の姿はなく。
わたくし達のほぼ真横にしゃがんで、にまにまと気持ちの悪い笑みを浮かべている音楽教師の姿を発見する羽目になったのでした……。
どいつもこいつもぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!
*
―――こうして、無駄にストレスの溜まる授業を終えると。
ここの所ご機嫌ナナメだった王太子は、わたくしと反比例するようにご機嫌で、鼻歌を歌いながら(だから王族のマナーは?)お帰りになられまして。
後日、陛下からのお褒めの言葉と、それを預かったお父様からの手放しの称賛をいただきました。
ご褒美とおっしゃるなら、王太子出禁にしてくださいませ!!
ロイトゲープ先生は、普通に問題行動を報告されて、お灸を据えられました。




