45.攻略対象その三との遭遇?
「……へー。こんな綺麗な子、初めて見た」
ひょいと上から扇子を押さえて顔を覗き込まれ、わたくしは暫し、頭を真っ白にして凍り付きました。
*
「――アリア・クイン嬢。あなたはもう少し、淑女としての振る舞いを身に付ける必要がありそうですね」
セレナータ妃が溜息混じりにそうおっしゃいますけれど。
わたくし、悪くありませんわ。スカートめくりレベルの低劣な行為をされたら、条件反射でひっぱたくのは仕方がないでしょう?
「アリア・クインは悪くないだろう!こいつが顔を覗いたのが悪い!!」
……王太子に全面的に支持されると不安になるのは何故でしょうか。
憤慨しまくっている王太子が突き付けた指(王族のマナーは?)の先で、ふてくされた顔をしている少年。
こいつが自己紹介の為に向き合った途端、人の扇子を引き下げる覗き行為に及んだ為、やむなく平手打ちして距離を取ったのです。
ええ。わたくしは悪くありませんとも。
――暴力はいけない?
正当防衛ですわ。実際、相手は通信魔法の教師にがっつり叱られているじゃあありませんの。
痴漢の撃退に、喧嘩両成敗は不当ですわ。
「それでも、です。処罰は人に任せるべきであり、暴力でもって返すのは淑女の行いではありません。特に――将来、外交の席でこのような事があっては困ります」
……くっ。
一部の隙もない妃殿下のお叱りに、わたくしも非を認めざるを得ません。
だからわたくしが妃殿下に謝っているというのに!
「師匠!どうしてそこまで言われないといけないんですか?子供同士なんだから、顔くらい見たっていいでしょう?」
「フィガロ君、この方は……」
「駄目だ!!わたしの妃だぞ!?」
わたくしに謝りなさいクソガキ!!そして、王太子はそちらにまで首を突っ込むんじゃあありません!!
「妃って……おーたいし殿下が結婚したなんて聞いた事ないデスけど?」
「何だと!?」
無礼!!?
王太子の誤りを正面から指摘、プラス酷すぎる言葉遣いに、おののくわたくし。
信じられませんわ!
こんな子供を、王太子の前に出します?
本人的には礼儀を守っているつもりなのか、お顔に至っては“何イッテンダコイツ?”とか語ってしまっていますし……。
……あら?
タレ目に泣きぼくろって、どこかで見たような?
「――だから!社交界デビューもしてないのに顔を隠している方がおかしいんですよ!」
「おかしくない!!お前、アリア・クインがきれいだからって好きになっただろう!!」
「なってないデスよ!?」
気になってお顔をよく見ようとすると、怒鳴り合っている所為で、歯並びの方が目についてしまいます。
ああいう美少女紛いの整ったお顔で歯抜けって、やっぱりないですわぁ……。
――王太子?
まだやんちゃキャラだから、ギリギリ許せない事もないかと思いますけれど。
「嘘をつくな!!世界で一番きれいだって言っただろう!お前、きれいじゃない奴と結婚したいのか!?」
「そこまで言ってないし、暴力女なんてごめんですよ!!」
「ぶじょくする気か!!?決闘しろ!!」
「――お静かに!」
言葉遣いは守りつつ有無を言わせない妃殿下の一喝に、馬鹿二人がぴたりと口をつぐみます。
「プラハ教授……あなたも含めて、心得違いですよ。今回の事は、マナーも身分も関係ありません。人が隠しているものを、相手の意志を無視して暴くのは、罪です」
まったくですわ。
「顔が見たいのであれば、まず相手に乞うべきです。それを頼む事が非礼に当たるかどうか、またどのような言葉を選ぶべきかが、マナーや身分というもの。扇子の向こうを覗かないというのは、人間同士として当然すべき配慮です」
「……すみませんでした」
渋々と……本当に渋々とですが、クソガキが頭を下げます。
――え?さすがセレナータ妃?本物の貴婦人は違う??
どういう意味ですの!
え?わたくしはスカートめくりに例えていただろうって?
わたくしは悪くありません!!品がないのは向こうの所業であって、わたくしの例えじゃあありませんわ!!
脳内でうるさい庶民女を押し退け、一人知らんぷりをしてむくれている王太子の傍に寄ります。
「――王太子殿下?“王には王の戦い方がある”と、そうおっしゃってくださった事をお忘れでして?」
冷ややかに囁くと、はっとした表情になった王太子は、慌てたように首を横に振ります。
「忘れていない!!決闘は無しだ!無し!」
「約束ですわよ?」
「ああ!」
やれやれ。
将来何がどうなろうと、いらない正義感で国を振り回す王にだけはなっていただきたくないですわ。
「それで……先生?わたくし、なぜ“王妃教育”の場に、そちらの方を連れていらしたのか、まだ聞いていないのですけれど?」
一人まるで他人事のように胸を撫で下ろしているこの事態の元凶に、わたくしにっこり微笑みます。
本日の教師と、何故か王太子からクソガキまで揃ってビクッとしますが……。
そもそも!子供同士なら婚約者持ちでも顔を隠さなくてもいいと言うのは、相手がほぼ身内だからですのよ?
謁見前の令嬢は家人以外とは会えませんし、正式な貴族となってもお披露目は身内限定ですし、お茶会は女性ばかりですし。
社交界デビューまで、赤の他人の令息と会う機会なんてありませんのよ。
王族の生誕祭が唯一の例外ですが、神聖なる生誕祭で異性に色目を使おうなんて貴族が……いたような気がしなくもないですけれどそれは置いておいて!
通常、同性の教師と一対一で受ける王妃教育を、王太子とセットで男性教師から受けている時点で既に異常なのに!この上、明らかに第三者な令息(っぽいもの)が現れるってどういう事ですの!?
……国王陛下、わたくしの貞操観念を疑っていた癖に。
「失礼いたしました。実は、本日からこの子も交えて授業できたらと思いまして、ご紹介に……」
「断る」
「お断りしますわ」
「…………」
言下に斬り捨てる王太子に、すかさず便乗するわたくし。
言葉を失くして立ち尽くす教師の横で、クソガキが、自分も嫌だと言わんばかりにそっぽを向いています。
はい。三対一~☆
――え?勿体ない事をするな?
あなた、本当に節操ありませんわね!またショタコンを発症してますの?
猛抗議する庶民女の言い分を聞き流していると、妃殿下が物思わしげに決定を下します。
「……プラハ教授。今回は、ご挨拶だけで帰ってもらいなさい」
はい、四対一。
――え?四対二ですって?
あなたに投票権はありませんわ。わたくし以外には認識されていないじゃあありませんの。
まあ、どちらにしろそちらの負けですけれどね。オーッホッホッホッホ!
「畏まりました。それでは……クァルテット王太子殿下と、未来の王太子妃にご紹介申し上げます」
ちょっと!
畏まったと思ったら、このダメ教師!!
無理矢理王太子の阿呆な発言に合わせないでくださる!?
「先頃、類い稀なる魔の才を見出だされ、王宮の見習い魔術師となりました、弟子のフィガロです」
「――お初にお目にかかりマス。アルマヴィーヴァ伯爵家が第二子にして、次男。フィガロ・アルマヴィーヴァです」
教師の大仰な紹介に、膨れっ面のクソガキが、やっと礼を取って名乗り……
……ああ゛ん?
「フィガロ……フィガロ・アルマヴィーヴァ、ですって……!?」
「どうした?」
戦慄くわたくしに、王太子が何か言っておりますが、もう知りません。
ここで会ったが百年目!!
最低なチャラ男攻略対象にして、わたくしに電撃を浴びせた憎き暴走男!その忌まわしき名前は忘れもしませんわ!!
――は?今気付いたのかよ。ですって?
うるさいですの!!
わたくし、勿論最初からわかっていましたわ!!!
「あなた!!この前はよくもやってくださいましたわねぇええええ……!!!」
怒りを露わにするわたくしに、チャラ男ミニ及び隣の王太子はきょとんとしていますが、ダメ教師の顔は引き攣りました。
「ご存知でしたか……」
「アリア・クイン嬢、落ち着きなさい」
妃殿下も後ろから何か言ってきますが、聞・け・ま・せ・ん!!
「あなたの魔力暴走のお陰で、わたくし大変な目に遭いましたのよ!!百倍にして返して差し上げるから、覚悟なさい!!」
扇子の上から燃える目で睨み付け、びしぃっ!と指を突き付けて差し上げます。
さあ!恐れおののき、ひれ伏すがいいですわ!!
「……え?」
わたくしの気迫が伝わったのでしょう。
呆然としたチャラ男の顔からみるみる内に血の気が引いていき、体が微かに震え始めます。
「ま、魔力暴走で……?え。あの……もしかして、オブ=ナイト公爵令嬢って…………ジュピター様の、妹君さま……?」
……ちょっと。
「お兄さまの事なんて、今はどうでもいいでしょう?」
「ぎゃーっ!!!」
わたくしの返事に、文字通り飛び上がったチャラ男(?)が、いきなり床の上に額を付きます。
待って。土下座なんてどこで覚えましたの?
この世界……少なくとも、この国にはこんな謝罪の仕方ありませんわよ!?
何より、本当にひれ伏されるとか予想外なのですけれど。
戸惑っている間に、土下座状態のチャラ男(…)から絶叫が聞こえてきます。
「ももも申し訳ありません!!ジュピター様の妹君様とは存じ上げず、数々のご無礼!大変すみませんでしたあ!!」
「え。あの……」
「どうかお許し下さい!!そして!!!兄君にはご内密に!!どうか何も言わないでください本当に後生ですからお願いします勘弁してください助けて!!!」
……お兄様?あなたは一体何をしたのですか。
「フィガロ君、少し落ち着きなさい。どうしたんだね?」
「ナイフ投げは……もうナイフ投げは嫌だぁああああああ!!」
助け起こす教師に、パニックに陥って泣き出す、可哀想な子。
もしや、ウィリアム・テ……いえ、まさか。
いくらお兄様がドSでも鬼畜でも、まさかそこまでは。ねえ?
ええ。違います。きっと、わたくしの想像の斜め上を行く別の何かですわ。
気が遠くなるわたくしの袖を、王太子がつんつん引っ張っています。
……訊かないで。
わたくしにもわからないったらわからないの。
いい加減泣き喚くのはやめてくれないかしらと、可哀想な子に視線をやると。うっかりばっちり目が合ってしまいまして。
「こ゛め゛ん゛な゛さ゛い゛ぃ……」
すがり付かれてしまいました。
……ねえ、前世のわたくし?
お兄様って、攻略対象ですわよね?決して悪役令息とかラスボスとかでなく!
それが、どうして悪役令嬢であるわたくしを差し置いて、攻略対象にトラウマを与えているんですの!?
イケメンがイケメン台無しに、涙と鼻水でお顔ぐちゃぐちゃにして無様晒しているだなんて……!
…………。
なんて、痛快☆
「――ふふ、可愛らしいですわね」
「おい?」
わたくしは、すっとフィガロの顎を持ち上げ、その瞳を覗き込みました。
「ねえ、あなた。わたくしにちゅうせいを誓える?そうしたら………助けて差し上げてもよくってよ?」
くすりと愉悦をこぼすと、フィガロは怯えたように凍り付き――。
次の瞬間、わたくしは腕を掴んできた王太子に引き摺られ、部屋の外へと連行されていました。
………その後で散々王太子に喚かれたり、妃殿下からお叱りを受けたりしましたけれども。
これは悪役令嬢の本能ですわ!わたくしは悪くありません!!
授業は潰れました。




