44.女の戦い?
………困りましたわ。
お兄様の婚約者トゥインクル侯爵令嬢の計らいで、わたくしのいるテーブルは、すっかりわたくしが兄自慢をする空気になってしまっているのですけれど。
あの兄の!!
何を言えと!!?
身内の恥にしかならない公爵令息にあるまじき振る舞いの数々を語る訳にはいきません。が!わたくしお世辞だろうが作り話だろうが妄想だろうが!!
お兄様を!!褒めたくなんか!!ありません!!!
口が裂けても!!イヤです!!!
仕方がないので、当たり障りなく、お父様について王宮に上がっているとか、領地と王都で離れて暮らしていた時期があったとか、よく知らない人アピールをしますが……。
「お誕生日は、どのようにお祝いしてくださいますの?夜は家族で過ごされるのでしょう?」
ぐふぅ!!!
「そうですわ!わたくしの兄が言っておりましたの。オブ=ナイト公爵令息が、“大切な子の誕生祝いだ”とおっしゃっていた扇子を、妹君がお持ちで驚いたって」
「まあ素敵!」
「ほら、王太子殿下の生誕祭でお持ちになっていたあれですわ」
「あらあら。仲がよろしいのね」
微笑ましい顔して見るなぁあああああああああああああああああああああああああああ!!!
というか、兄!!そのネタ王太子以外にも使ってましたの!?
そんな扇子を愛用していたわたくしって……。
「羨ましいですわ。わたくしも一応、贈り物を家に届けていただいてはいるのですけれど……。あの方にエスコートしていただいて、手ずからお渡しいただけたら……どんなに素敵でしょうね」
うっとりと夢見る表情のトゥインクル侯爵令嬢ですが。
実際そうなった時は、様々な落とし穴が設けられているのを覚悟しなければなりませんからね?
わたくしが思わず憐れんでいると、隣のテーブルでどなたかが立ち上がりました。
「――みっともないですわねえ。トゥインクル侯爵令嬢?そんなにご自分の婚約者をひけらかしたいのかしら!」
カツカツと、敷石を鳴らして割り込んできたのは、最初にわたくし達のテーブルの話題をさらっていた、ミサ派トップの令嬢でした。
あら。髪はストレートだけれど、悪役令嬢なご登場☆
「まあ、レヴィン侯爵令嬢。わたくし、そのようなつもりでは……」
「あら。では何かしら?言っておきますけれど、あなたはジュピター様の婚約者でいられるだけ幸運なのよ。エスコートして欲しいだなんて厚かましい!コルプスの姓も名乗れない、ただの侯爵家のご令嬢が!あなたは年が合うというだけで選ばれたのよ!?もっと自重なさい!!」
……うわあ。
ご自分で言った事で勝手にエキサイトしていくご令嬢。十代半ば。成人。
わたくしは、はらりと広げた扇子の陰で、隣のシュタードラー伯爵令嬢に囁きます。
「ねえ。もしかして、あの方。お兄さまを……」
「はい。本来なら、ご自分の方が相応しいと主張されているそうです。ミサの分家筆頭レヴィン侯爵家ですから、無理はありませんけれど」
へえ。嫉妬の鬼系悪役令嬢ですの。
ひょっとして、この世代でも何かの乙女ゲームしてます?
――え?聞いた事もない?
まあいいですわ。
それより問題は、言われっぱなしでおろおろしているだけのトゥインクル侯爵令嬢と、レヴィン侯爵令嬢の剣幕に、完全に集まってしまっている周囲の注目。
主賓であるわたくし以外のテーブルでは、主人を待たずにお茶が振る舞われているというのに。誰も手を付けていません。
……これが三大公爵家のトップ令嬢二人(成人)の見せる姿かしら。
「まったく、茶会だというのに、もてなしもせずにおねだりだなんて。なんて浅ましいの!あなたに茶会を開く資格なんてありませんわ。成人には早過ぎたのじゃなくて?」
「そんなっ!」
トゥインクル侯爵令嬢が泣きそうな声を上げたところで。
わたくし、パシンッ!と、音を立てて扇子を閉じました。
……ええ。
叩き付けた掌が予想より痛かったりなんかしませんわよ。全然しませんわよ。
その場に静寂が広がり、言い争っていた二人も、こちらを見て固まっているのですから。
平然としたお顔は絶対キープで、ゆっくりと口を開きます。
「わたくし達が茶会を楽しんでいるかどうかを気にしてくださるなんて、ずいぶんお優しい方ね。それにしても、わたくしを接待している最中の方に、わざわざ声を掛けるだなんて……一体どれほど高貴な身分の方なのかしら。ねえ?」
シュタードラー伯爵令嬢に微笑むと、彼女はハッとして、レヴィン侯爵令嬢に非難の目を向けます。
他の“お友達”もすぐに悟って、レヴィン侯爵令嬢を冷たい眼差しで見遣ります。
当のレヴィン侯爵令嬢も、やっと気が付いたのか、顔を青くしました。
ええ。いつもの事だと、誰も気にもしなかったのでしょう?
三大公爵家の、分家筆頭の令嬢。
あなたが突っかかって騒いでも、それが令嬢であれば、誰も文句を言えなかった。あなたが令嬢の中で、一番の身分だったから。
けれども、わたくしは三大公爵家の本家の令嬢。
そして、王太子の婚約者。
この国で、最も身分の高い令嬢でしてよ?
わたくしに名乗りもせず、許しも得ず、わたくしを接待している相手に一対一の会話を持ち掛けるだなんて、許されるとでも?
「も、申し訳ございません、オブ=ナイト公爵令嬢!!お騒がせしました。わたくしは、グレート=ミサ公爵家が分家、レヴィン侯爵家が長女、クレド・グレート=ミサにございます」
身分からするとやや行き過ぎた低頭の礼を取って名乗る、レヴィン侯爵令嬢。
まあ、謝罪ですから?当然ですわね。
「あら。そういえば、一度ご挨拶しておりましたわね。イヤですわ。わたくし、どこの姫君かと思っておりました」
「申し訳ございません……」
「いいえ。たしか、トゥインクル侯爵令嬢とは、はとこでいらっしゃいますものね?つい気安く接してしまうのも無理はありませんわ」
――フォロー?
お前ら大差ない身分だろ。とか嫌味を言っているだけですけれど。何か?
言葉の裏を正確に読み取ったらしいレヴィン侯爵令嬢は、一瞬だけ唇を噛みながら(見えてますわよ)、顔を上げる事なく、より深く礼を取って引き下がります。
「ああ、レヴィン侯爵令嬢」
「はいっ」
びくりと振り返った彼女に、わたくしはにこりと微笑み掛けます。
「わたくし、あなたの茶会にもお招きいただきたいわ。その時は楽しくお話しましょう」
「……ええ!勿論」
レヴィン侯爵令嬢の頬に血色が戻ります。
察しのいい人は好きよ。
政治的に、グレート=ミサと対立する訳にもいきませんし。ミサ公爵家のご当主が女児を産むまでは、精々仲良くしましょうか。
満足するわたくしですが、ここでまだわたくしに声を掛ける勇者が一名。
「あ、あの、ありがとうございます。わたくしの為に……」
「トゥインクル侯爵令嬢」
目を潤ませ、感激の声を出すトゥインクル侯爵令嬢に、それをぶった切って、逆に声を掛けます。
「あなた、次のテーブルへ行って差し上げて?」
「え……、え!?」
何故、狼狽するのかしら。当然でしょう?
――え?次のテーブルはレヴィン侯爵令嬢の所じゃないのかって?
そうですけれど。それがどうかして?
――酷い?可哀相?
酷いのは、この女の醜態でしょう。
次期オブ=ナイト公爵夫人でありながら、場を収める事も、周囲にフォローを出す事もできず、茶会を滞らせた。
全く、不適格。
おまけに、助けられて恥じる素振りも見せないだなんて。侯爵令嬢としての矜持もありませんの?
“星花”で、ヒロインの友人が裏切ってわたくしに付くなんて展開がありましたけれど。あれ、自業自得ですからね?
その前に、“友人を庇って悪役令嬢に食って掛かる”場面があったでしょう?
底辺令嬢に庇われるような程度の低い令嬢として晒し者にされ、家名に泥を塗られたら。貴族として怒るのが当たり前ですのよ。
今回、わたくしは令嬢の頂点ですけれど……相手は、同じ侯爵令嬢でしたのよ?
まして、わたくしは六歳。争う二人は成人。
表立って助けられるなど、恥以外の何物でもありませんわ。
「え、あの。でもまだ……」
「もういいですわ」
それにわたくし、さっき……この茶会は楽しめなかったと言いましたのよ?
そして、この騒ぎの元凶に、そちらの茶会でもてなせと言ったの。
それに対して、ありがとうですって?
鈍い女は、嫌い。
矜持のない女は、もっと嫌い。
わたくし、とっても怒っているの。
鋭く視線を投げると、わたくしの侍従が傍らに跪きます。
「少々お待ちを。只今馬車の支度をして参ります」
「ええ。そうしてちょうだい」
「――お嬢様!」
弾かれたように駆け寄ってきたあちらの使用人が、トゥインクル侯爵令嬢を急き立てます。
「お嬢様、どうかこちらへ。――皆様、茶会はまだまだこれからですので、どうぞごゆっくりお寛ぎください」
「え?え?ちょっと……」
夫人の寄越したお目付け役なのでしょうか。
主人とは思えない扱いで、令嬢の肩を押して行く使用人です。
「……お帰りになられますか?」
「そうねぇ……」
オブ=ナイト公爵令嬢が、席を蹴って立つとか。
下手をすれば、彼女は終わり。最低でも婚約は解消でしょう。
まあ、当家の未来の為にはそうすべきかも知れないけれど……。
「やめておくわ。わたくし、まだお菓子をいただいていないの」
にっこりしてあげると、安堵の空気が流れます。
イヤですわ。
わたくしだって、コルプス派に喧嘩を売るつもりはありませんわよ。
それに……わたくし、アップルパイは好きだけれど、りんごケーキを食べるのは初めてですの☆
―――そうして、好奇心からりんごケーキを口にしたが為に。
前世から大の苦手のシナモンたっぷりに悶絶させられ、トゥインクル侯爵令嬢に情けを掛けた事を、心の底から後悔する羽目になるとは。
この時のわたくしは、少しも想像していなかったのでした……。
どこまで趣味が合わないのよあの女ぁああああああああ!!!
ヒロインもどきは、やはり天敵。




