38.お兄様のお誕生日
―――日本の皆様ご機嫌いかが?
近頃、大きくなるのが楽しみで、うきうきわくわくの公爵令嬢ことアリア・クインですわ☆
ほほほほ。待っていなさい学園生活!!そして、乙女ゲーム“星花”!!
……とは言うものの、それはまだまだ何年も先のお話。
本日は、お兄様十二歳のお誕生日です!
これから、家族揃ってのお夕食……わたくしの誕生日以来の、一家団欒なのですが。
「もう!遅いですわよ、そろそろ済みまして?」
のろのろと支度に時間を掛けるメイドを叱責すると、ピリッと緊張が走り、「申し訳ございません」と、一斉の謝罪が返ってきます。
まったく。謝る暇があったら手を動かしなさい!
まあ、すぐにばあやを呼んでこなくなっただけ進歩ですかしら?
――え?わたくしの言い方がきついのが悪い?
いいえ。わたくしを待たせるのが悪いのです!!
「お待たせいたしました。どうぞお立ちください」
やっと全員が下がり、お気に入りの真っ赤なドレスで着飾ったわたくしは、鏡を見てにっこりします。
「行きますわよ。あれを忘れないようにね」
「はい……」
テーブルの上を指差すと、若干の躊躇いを見せながら、わたくしの侍従がその箱を取り上げます。
「……あの、お嬢様。本当に、こちらを渡されるのですか?」
あら。庶民女と同じ事を訊きますのね?
わたくしが手ずから用意した、初めての、お兄様へのお誕生日プレゼント。
渡さないなどという選択肢がありまして?
――え?悪い事言わないからやめておけ?
い・や・で・す・わぁ~~。
――何ですって?墓穴の予感しかしない!?
どういう意味ですの!
「お黙りなさい。あなたはただわたくしに従っていればいいのですわ」
「はい。わかっておりますが……」
「わたくしの手足が、わたくしに逆らうものじゃなくてよ?」
二人(?)諸共に突っ撥ねるも、まだ食い下がりそうな侍従に、微笑んで流し目をくれてやります。
びくりと固まった侍従は、忽ちひざまずいて最敬礼――って。
「ちょっと!!揺らし過ぎですわ!気を付けなさい!」
「あ、大変申し訳ございません!」
プレゼントを水平に保った手腕は評価しますが、急激な下降はよろしくありません。
平伏する侍従に呆れていると、メイクルームの扉がノックされました。
「――お嬢様。ぼっちゃまがお帰りになられたようです」
もう御祈祷が終わりましたの!?
ああもう、待ち構えてやろうと思ってましたのに!
*
席に着かれた主役のお兄様に、次いで食堂に入ったお父様が、笑顔でプレゼントを差し出します。
「誕生日おめでとう、ジュピター」
「ありがとうございます」
「どうも、アリアが来てからはしゃぎ過ぎのようだが……。もう成人年齢になったのだから、これからは大人になってくれるね?」
「あはは。僕はまだまだ未熟者ですので」
「………………」
こらこら兄。爽やかにお父様を老けさせるんじゃあありませんわよ。
何だかご立派な装丁の本をいただいたようですが、その知識、絶対変な方向に活かしますわよね。
お父様も、やめておけばよろしいのに……。
次は、今日も麗しいお母様です。
「お誕生日おめでとう、ジュピター。あまりお父様を困らせないでね」
「はい、善処いたします」
善処ってなんですの?
「…………」
「…………」
見つめ合う沈黙が怖いです。さっさとプレゼント開けてください、お兄様。
お母様のプレゼントは、白蝶貝のような、虹の光沢を持つ白のカフリンクスでした。
わたくしも、ペンダントが髪飾りに、そういうの欲しいですわ。
――え?お兄様とお揃い?
ええ。黙っておきましょう。
お二人もお席に着いたので、いよいよトリはわたくしです!!
「お兄さま、お誕生日おめでとうございます」
「ありがとう、アリア」
「プレゼントですわ☆」
侍従から受け取った箱を差し出すと、お兄様は目を丸くします。
「へぇえ……アリアがくれるのは初めてだね。嬉しいなぁ☆」
にたぁ、と吊り上がったお口の端が、キレたわたくしが掴みかかった時と同じ笑みを描いておりますが……残念でした☆
わたくしが純粋に好ましいと思った物をご用意した、百パーセント好意のプレゼントですのよ☆
箱の蓋を開けたお兄様は、そのまま沈黙いたします。
透き通るような翡翠と白の美しい色合い。なめらかできめ細かな肌。黒真珠よりも濃くきらめく、漆黒のつぶらな瞳――。
三日前、お庭にて運命の出会いを果たした、かえるのケロちゃんですわ!!
「わたくしのお友達ですの☆可愛らしいでしょう?」
ええ。何故かメイドがきゃあきゃあとはしたなく騒ぎ、箱に入れるのも、わたくしが手ずからやってあげなければなりませんでしたけれど!
お兄様なら、きっとわかってくださると信じておりますわ!ぷぷぷ。
「アリア……」
「はい」
「駄目だよ?お友達をこんな所に閉じ込めちゃ……」
溜息交じりに言いながら、ケロちゃんを箱の中から掬い上げたお兄様は、そのまま掌にお水を作ります。
ぐったりと伸びていたケロちゃんが、生き返るとばかりにぴくぴくしまして。
「……朝のうちに包装したのはダメでしたかしら」
「うん。次は飼育箱にしようか」
うーん。何の変哲もないプレゼントの箱を開けた途端、お兄様のお顔に張り付いてくれるのが理想だったのですけれど。
かえる苦手ですらないようで、壮大な空振りです。
あーあ。がっかりですわぁ。
メイドみたいに、はしたなく悲鳴を上げるくらいしてくださってもいいじゃあありませんの。
――え?悲鳴を上げるのははしたない事ですわよ?
――帆船パニック?
記憶にございませんわ!!
紳士は耐える。淑女なら黙って卒倒するのが、貴族のあるべき姿ですの。
ほら、今そこで優雅に倒れられたお母様のように……。
え?
「キリエ!!」
「お母さま!!?」
「おや」
「ケーロケロ」
……どうやら、お母様は毛がない系の生き物が苦手でいらしたようで。
お父様と気を取り戻したお母様とに、わたくしは、めたくそ怒られ。お兄様は、再度の手洗いアンドお着換えを命じられ。ケロちゃんは、我が家の敷地の外に捨てられる事と相成りました。
……わたくし悪くありませんわぁ!かえるや蛇のデザインのアクセサリーなんていっぱいあるじゃあありませんのぉ!!
*
コンソメスープに、トマトとアスパラのテリーヌ、鶏肉の香草蒸し……。
美味しいお夕食のお陰で、ケロちゃんハプニングの空気もどうにか流れ、食後のお茶の時間、トークタイムを迎えました。
「……第一王女殿下のご婚約は、やはり解消らしい」
溜息をついたのは、お父様です。
あの日、我が国に齎されたのは、シベリウス王国内戦の報せでした。
それも、姉姫の婚約者である、あちらの王太子――彼が次期国王である事を不服とし、第二王子が反旗を翻したというもの。
姉姫の婚約者が、退位するか、死ぬか、逆に第二王子派を平定するか――。
様子を見た結果、内戦は長期化の気配が濃厚。
ヴォルフガングから、“婚約はシベリウス王国の次期国王と結んだものであり、どちらかに肩入れするつもりはない。また、婚姻の延期も、現状での強行も容れられない”との理屈の元、婚約解消を打診したそうです。
「まあ、お気の毒に」
「美しい顔を曇らせないでおくれ、私の太陽。あのような未開の地に嫁がれる方がお気の毒だったろう?なに、あの国には何も無いのだ。戦が終われば、また交易の道は開ける。殿下が御身を犠牲になさる必要はないさ」
「あらあら」
お母様は若干呆れ顔です。
姉姫が結婚を楽しみにしていらした事を、お父様はご存知ないのでしょうか。
「そこでだ……。ジュピター、王女殿下をお慰めするつもりはないか?」
は?
「僕には既に婚約者がおりますが」
なんですと!?
「構わんさ。我らが第一王女の為だろう?なんと言っても、王女殿下は、もう十七。国内に降嫁されるのが順当だ」
「それで、まだ成人もしていない子供をあてがうと?」
「なに、今年のデビュー式はこれからだろう?」
「僕は、出るつもりはありませんが」
待って待って待って!ちょっと待って!!
お兄様もお父様も、普通に話を進めないでくださいまし!
情報が錯綜しておりますわ!?
お兄様、姉姫の婚約者候補になりますの!?
そして、既に婚約者持ち!?
え。誰!!?
この人、ヒロイン以外と結婚できますの!?
というか、姉姫が降嫁ですって!?
チャラ男は!!?
「あらまあ、あなたったら。無茶をおっしゃいますのね?」
やんわりとお父様を制したのは、お母様です。
「無茶かい?我が家は、オブ=ナイト公爵家だよ?」
「ええ。アリア・クインを王家に嫁がせる、オブ=ナイト公爵家ですわ。その上、次期夫人に第一王女殿下をお迎えしようだなんて……陛下がお許しになりませんよ?」
にっこり微笑むお母様の理論に、唸るお父様。
まあ、貴族のパワーバランス的になしでしょうね……。
あら?
これはもしや、千載一遇のチャンスでして!?
「まあ!でしたら、わたくし、他の貴族へ嫁ぎますわ。おうじょ殿下をお迎えするのに、我が家よりふさわしい家はございませんもの!」
名案とばかりに勇んだわたくしに、お父様とお兄様の、哀れみの眼差しが刺さりまして。
「アリアちゃんは黙っていなさい?」
「はい……」
穏やかなプレッシャーに、大人しく座り直したわたくしは、マドレーヌを噛る事にしました。
――弱い?
だったらあなた生身でお母様に逆らってみなさいよ!!
「旦那様も、滅多な事をおっしゃらない方が身の為ですわ。第一王女殿下がこの国に残られるならば、色々と面倒があるでしょう?」
「――っ、そう、か……。そうだな。国内から選ぶならば、伯爵家以下が妥当か」
何故ですの。
第一王女殿下ですわよ?
側室腹ではありますが、生誕祭も執り行われる“神の兄弟”。これまでの実績も十分でしてよ。
血筋と将来性のお陰であのお子様が王太子ですけれど、あれが将来改革派に育つと知れたら、保守派の貴族が女王に擁立してもおかしくない……程の…………。
あ゛。
だから、王配になり得る夫はダメですの?
あら!?
待って、わたくしの発言かなりヤバイ!!?
王太子と令嬢の婚約を解消して、第一王女と令息を婚約させるって、第一王女派への転向を表明するも同然ですわよね?
クーデター!?
ひいい!
誤解です!誤解ですのぉ!!!
混じっているかもしれない王家の監視が気になって、ちらちらと使用人の様子を窺ってしまうわたくし。
……何故かマドレーヌのおかわりが来ました。
お夕食の後ですわよ!?そんなにいりませんわ!
釈然としないわたくしですが、咳払いをしたお父様が、家長として釘を差します。
「まあ、ジュピターの婚約がどうであれ……王太子殿下とアリアの婚約は揺るがないと、心に留めておきなさい」
えぇえ……。
「いいかい?アリアが、王家に迎えられるのを畏れ多いと考えている事は、私も知っているよ。だがね、セレナータ妃をご覧?貴族令嬢でも、立派に王妃を務める事は出来る。至らないと思うのならば、励みなさい。――やってくれるね?私の天使」
「はい。お父さま」
うう、最後のチャンスを自ら潰した感が否めませんわぁ……。
――え?元からチャンスなんか無かったんじゃないか?
そんな事はありません!!チャンスだと言ったら、チャンスだったのです!
わたくし、まだまだ諦めませんわよぉ!!
不屈のアリア様、道なき道を爆走中。




