5.王太子殿下と婚約?
「――わたくし、ももが食べたいわ」
午後のティータイム。メイドが運んできたチョコレートケーキを見て、わたくしはむくれました。
主人の気分も察せられないなんて、本当に不甲斐ないメイドだこと。
「……申し訳ございません。ただいま桃は季節外れですので、ご用意できません。他の物はいかがでしょうか?」
「わたくちが食べたいと言っているのよ。出しなしゃい!」
「いけません、お嬢様」
つい腹を立てると、わたくしの両手を取ったばあやが、わたくしの前に膝をついた。
「ないから、ご用意できないと、申し上げましたでしょう?ここにない物を出してみせるなんて、神様にしかできませんよ。……お嬢様は、このメイドが神様だと思いますか?」
わたくしの目をしっかりと見上げながら、あやすように微笑むばあやに、こっそり口を尖らせる。
……ばあやはそう言うけど、わたくし知っていてよ。
この世界にもハウス栽培があって、王都でならいつでも何でも手に入りますの。
本来なら、すぐに誰かが王都へ行って、桃を探してくれたはずですわ。
だけど……。
「……しょうがないわね。今日はそれでがまんちてあげる」
メイドに不満の表情を見せつけながら、仕方なくチョコレートケーキを指差した。
だって、大変だったんだもの。
あの時は苺だったかしら?どうしても食べたくて、他の物なんかいらないって、使用人達を叱り飛ばしましたの。
用意ができる頃には、日が暮れてましたわね。
もちろん、お夕食も撥ね付けて待ってましたの。待たされたのはすごく頭にきたけれど、美味しくいただきましたわ。
ところが、それでお夕食が入らなくて。夜中にお腹が空いて、目が覚めてしまいましたの。
――え?当然、料理人を起こして、軽食を作らせましたわよ?
……ええ。まあ、我ながらちょっと酷かったかしらと思いますわ。
だって仕方がないじゃない!料理があんな手間暇かかるものだなんて、知らなかったんだもの!!
未だにわたくし、厨房どころか食材すら、この目で見た事がないのよ!?わかる訳ありませんわ!!
――日暮れまで待たされた理由?
いじわるだと思ってましたけど。何か?
……ええ。今ならわかりますわ。
仕入れをして、下拵えをして、翌日の朝食に備えて寝ていたところを叩き起こして、予定外の料理をひねり出させたのですわよね……。
でも、あのときは知らなかったの!!
料理人は料理が仕事なんだもの!!言えばぽんと出してくれると思いますわよ!!
傲慢令嬢とはなによ!?この庶民女!!
あなただって、自販機やコンビニで、お茶一本買うのに色んな人に感謝とか、してなかったでしょう!?
――え?誰にですって?
そうね。補充した人と運送した人とお茶を作った人とペットボトルを作った人とラベルを作った人とそれぞれの原料を調達した人と、自販機なら製造元と整備してる人、コンビニなら経営者と店員さん。あと、忘れちゃいけない、茶葉を育てて収穫したた人くらいかしら……。
ええ、そうよ。あなたが悪いの。
ふふ、勝ったわ。
満足感を胸に、紅茶のカップを傾ける。
……ああ、わたくしの舌が桃を欲してますわぁ。
不承不承フォークに取ったチョコレートケーキを、口に頬張る。
……う。美味しいですわ……。
でもこれじゃないんですの!!今日の気分はこれじゃなかったんですの!
ああ、でも……トロッとしたチョコレートとふわふわのスポンジが舌の上でとろけて、鼻に抜けるチョコの濃厚な香りが……☆
ああ、濃いですわ。濃いですわ。美味しいですわぁ☆
でも、今日は桃の気分だったんですからね!!本当でしてよ!?
*
わたくしの優雅なティータイムの途中で、侍従の邪魔が入りました。
普段でしたら、無粋な訪問者にはお帰りいただくのですけれど……わたくし、応接間まで参りました。今回ばかりは仕方がありません。
「お呼びですか?お父さま」
「ああ、私の天使!ちょっと見ない間に、すっかり立派なレディになっているじゃないか!」
お仕事で王宮に詰めているお父様が、こんな時間にお帰りになって、わたくしを呼び付けるんですもの。
「あらあら、あなたったら。ふふふ」
あら。お母様もいらっしゃいますのね。
……一体なんの御用なのかしら?
嬉しそうにわたくしを抱き上げてくださったお父様が、お母様との間にわたくしを下ろして、ソファに座ります。
「話は聞いたよ、小さなレディ。ばあやに、“自分を甘やかさず、きちんと叱ってくれ”と言ったんだってね。しかも、それから勉強を始めて、とても頑張っているそうじゃないか」
……お父様。それもう半年以上前の話ですわ。
どんだけ忙しいんですの?
「あら、そうなの?偉いわ、アリア。いい子ねぇ」
……お母様は、お屋敷にいらっしゃいましたわよね?
どんだけわたくしに興味ないんですの?
お二人が喜んで両側から頭を撫でてくださるけれど、わたくし、ひじょーに複雑ですわぁ。
獣のようにじゃれ合うのは、はしたない事。卑しい者のする事だと、家庭教師が言っておりましたけど……。
やっぱり、前世の親子関係とは大分違いますわね。
公爵家って、どこもこんなものなのかしら。
そう考えて、ぼんやりしていると。
「実は、それが国王陛下のお耳にも入ってね」
…………What's?
「そのように将来有望な令嬢であれば是非にと、王太子殿下の婚約者に望んでくださったんだ!」
「まあ、素敵!」
「そうだろう?私達のかわいいお姫様が、みんなのお姫様になったんだ!……わかるかい?私の宝物。君は王太子の婚約者になったんだよ」
「こ、こんやくしゃ……」
え。決定事項?
「ああ、まだ難しかったかな?大きくなったら、王子様と結婚することになったんだよ。私の小さなレディ」
お父様ぁぁああああああああああああああああああっ!?
わからないのはそっちじゃありませんわ!
なに、自分の目で確かめもしないうちから、ほいほい話すすめちゃってやがるんですの!?
しかも、当事者のわたくしに事後承諾!!
「我が家の天使は、まだ小さいからね。しばらくはここで勉強してもらうけど……五歳になったら、お城へ行って、陛下と王太子殿下にご挨拶するんだよ」
「あらまあ、すごいわねぇ。うふふ」
お母様。呑気なこと言ってないで止めてくださいませ。
わたくし先日、四歳になりましたのよ?あと一年もないじゃありませんの。
「いいね?アリア」
「……はい゛。うれしいですわ、お父さま」
ああああ。乙女ゲームの攻略対象その一、ろくでなし二股王太子が、わたくしの婚約者にぃ。
――なによ。いつもの傍若無人はどうしたですって?
断れる訳ないでしょおおおお!!?
国王陛下よ!?天皇陛下と同格よ!?しかも政治の実権まで握っちゃってますのよ!?
その御意向に逆らって、その息子をフるですって?
わたくしの将来はどうなるのよ!!もうこの国で生きていけませんわ!!
わたくし、お勉強して学びましたの。
いくらわたくしがこの国で最も高貴な令嬢であろうとも、さすがに王族とは格が違うのですわ……。
……いえ、待って。
おかしいですわ。王子の結婚相手って、普通お姫様ですわよね?王太子なら尚更。
なんで、貴族のわたくしが婚約者?
国外流出阻止とかなら、公爵家同士でいいですわよね?丁度いい年頃の令息もいますし。
政治的な問題?
嫌だわ。この国、婚姻も結べないような問題がありますの?
でなければ、年の合う姫君がいない?
いいえ。政略結婚なら、十や二十の差、許容範囲内ですわ。まだまだこれからです……。
あら?
わたくし、この国唯一の公爵令嬢。
同年代の公爵令息、数名。
他国との縁組み話、十八歳までない王太子。
――以上、ゲーム情報より。
……わたくし、まさかキープされてる!?
このまま他国の姫を娶れず、王太子が独身とか、どう考えてもまずいですわ。
だから次点の公爵令嬢で手を打つと?
え。それ、他国との縁談が出たらお払い箱じゃありませんこと!?
いえ、あまり年少な姫君ですと、政務や出産に不都合が……。
あ。そのためのわたくし?
わたくし端から側室予定??子宝に恵まれないケースに備えて王子を産めと?産まなきゃいけませんの?正妃との間に王子ができたら即降格、最悪謀殺される王子を???
……ああ、そうですわよね。王族ってそういうものですわ。
血を分けた兄弟が王位を巡って血で血を洗う争いを繰り広げたり、戦争やなんやがあったら、和平の証に子供を人質として敵国に送ったり、最悪首を差し出したり…………。
逃げていい!?ねえ、わたくし逃げていい!?
いいえ駄目ですわ。庶民女の知恵に頼って生き延びられる気がしない!!!
あなた生活力なさ過ぎですのよ!!
衣食住すべて買えば済むって、それどんな特権階級!?
生存権に基本的人権に医療保険制度に義務教育……。今わかりましたわ!前世の庶民と現世の平民は、まったく別物ですわ!!
なんなのよ。そこまで生活を保障されているくせに、婚姻の自由まであるなんて。
わたくし政略結婚した上、子供が産めなきゃ人生終わりでしてよ!?
――え?同性婚は許可されていない?
意味がわかりませんわ。結婚を許さなければ、男女で結婚して子供を産むとでも?
そもそも独身に結婚の義務がないのに、カップルにだけ出産の義務がある訳ないでしょーが!!!馬鹿馬鹿しい!!
一緒にしないでくださいませ!!それ、出産しなきゃ罰則がありますの!?
わたくしの場合、王子産めなきゃ“公爵家の恥”として毒杯渡されるかもしれませんけど何か!!?
うふふ。わかりましたわ、わたくし。
王族も貴族も、国を回すための生贄なのよ。贅沢が許されているのは、国力のアピール以上に、生贄を慰撫するためだからなのですわ……。うふふ。うふふふ。
「……それでね、これからはちょくちょく城へ行くことになるだろうから、来年からは、王都の別邸で暮らしたらどうかと思うんだ」
わたくしが冷や汗をかいて震えている事など気付きもせず、お父様がお母様へとにこやかにおっしゃる。
ああ、もう日程まで決まっている、正式なお話ですのね……。
「まあ!どうしましょう」
「慌てないで、私の女神。君が望むなら、こちらに残ってくれてもいいんだよ。けれどね――」
するりとお母様の前に跪いたお父様が、その手を掬い取って、指先にキスする。
「私の宝石が、隣で輝いていてくれたなら。私はもっと幸せなんだ。どうかその祝福を、私にくれないかい?」
――は?“星花”のイケメンやばい?生の破壊力?鼻血が出そう??
こっちはそれどころじゃありませんのよ!!
余所でやれ!!!
問1.このときのアリアの心境として正しいものを以下より選択せよ。
A『わたくしがこの世の中を変えなくちゃ!』
B『誰かなんとかして……』