4. ゲーム知識で国を救え?
―――さあ、乙女ゲームの話をしますわよ。
……うるさいわね。今更とか言わないでちょうだい。あなたが無双の役に立たないのが悪いんでしょう!
もう手っ取り早く、ゲーム知識で未来を予言とかできませんの?
――あ、そう。“星花”は癒し系乙女ゲームなの?
陰謀も魔王もなし。疫病も戦争もなし。救国・救世・バトル要素皆無。
不遇な美少女が、ハイスペック攻略対象にちやほやされて、その境遇から救い出される、古典的なシンデレラストーリー。
初期から甘々?選択肢によって変わる美麗スチルと悩殺ボイスを搔き集めるのが醍醐味??
どうでもいいわよ!!そんなの!!
ああ、なんか運営の陰謀を感じますわぁ……。
本当に、国の役に立ちそうな情報が皆無ですわね。
あら?でも、“乙女ゲームの裏側ではこんな陰謀が進行!”みたいな悪役令嬢物、ありませんでしたかしら?
もっと詳しく思い出してみましょう。
乙女ゲーム“星に誓いを、花に想いを”。略して“星花”。
ヒロインは、王都の下町で平民として育った少女、アイネ。十五歳。
母と二人、細々と暮らしていたが、母が病気で仕事を休みがちになり、生活はますます困窮していく。
そこに手を差し延べた(?)のが、父を名乗るクライネ男爵だった。
かつて男爵家でメイドとして働いていたヒロインの母に手を付け、それが夫人にバレると、屋敷から叩き出した男。――ちなみに、妊娠は明らかになっていたので、ヒロインは生まれる前から捨てられた事になる。
夫人との間に出来た一人娘が急逝したため、代わりの婿取り要員として、ヒロインを引き取ると言い出したのだという……。
……まあ。無茶言うわね。
平民育ちの庶子、しかも男爵家程度で、貴族の婿が見つかると思いまして?
「母を捨てろ」という男爵に、ヒロインは申し出を拒絶。
すると、「不治の病なのだからこの場で楽にしてやる」と、ヒロインの母を切り捨てようとする男爵。「それだけはやめてくれ」と懇願するヒロインに、男爵令嬢として学園に入り、次期男爵夫人として励むよう強要する……。
……いえ。病気持ちの平民なんか、家に入れたくないのはわかりますけれどね……。
それ、取引として成立してる?
学園の寮に入ったら、母親どうなるの?男爵が世話役を送るの?
――え?ヒロインが毎週末、世話に帰る?
へえ。
男爵にもらった支度金を添えて、ご近所に挨拶回り?自分がいない間の世話を頼むんですの?
……え。それで準備が足りなくなったのに、「庶民は物の買い方も知らない」とか悪役令嬢に嗤われる?
それは……まあ、ちょっと……気の毒かしらね。
わたくし、そこには触れないでおこうかしら……。
学園に入るヒロインだが、男爵の思い通りになるつもりはない。
ここで医療について学び、必ずや母の病気を治して、二人で男爵の魔の手から逃がれるべく、勉強に励むのであった……。
……いや、無理でしょう!
下町の平民相手の医者とはいえ、医者が不治と言った病を、たった三年勉強しただけで治せる訳ないじゃない!
――え?治るの?
ハッピーエンドでは、王家の秘薬とか希少な薬草とかで助かる?
待ちなさい。なんで平民の元メイドに王家の秘薬とか使っちゃうんですの!?
は?王太子を攻略すると、ヒロインが王太子妃になるから?
なんでよ!!男爵家の庶子よ!?
――え?出生の秘密?
礼儀作法も知らず、社交界デビューも果たしていないヒロインは、学園で孤立してしまう。
しかし、挫けず健気に努力するヒロインの姿に感銘を受けた攻略対象が、手を差し延べるのだ。
それをよく思わない悪役令嬢たちの嫌がらせにめげず、真実の愛で結ばれる二人。
攻略対象がヒロインをエスコートして現れた舞踏会で、ヒロインに目を留めたのが、ナハトムジーク公爵だった。
ヒロインが話を聞くと、公爵は、彼女が昔の恋人に生き写しだと打ち明ける……。
ちょっと、どっから湧いて出るのよ!!
男爵家のメイドだった、平民でしょ!?しかも、男爵のお手付き!どうやったら公爵の恋人になんてなれるんですの!?
それは、公爵がまだ家督争いをしていた、若き日。
命を狙われ、素性を隠して放浪していた当時の公爵令息は、庭師見習いとしてクライネ男爵家に潜んでいた。
そこで、メイドとして働いていたヒロイン母に心を奪われ、結ばれる。(その状況で子供ができるような事しますのっ!?)
公爵家を継ぐ覚悟を決めて、男爵家を後にする際、ヒロイン母に、必ず迎えにくると誓っていた。(平民のメイドを公爵夫人にするつもり!?)
ところが、彼が男爵家を去ってすぐ、ヒロイン母が男爵に手籠めにされ、屋敷から放逐されてしまう。
後からそれを知った公爵は手を尽くしてヒロイン母を探したが、とうとう見つける事ができなかった。(王都の下町に住んでる平民一人見つけ出せない、公爵家の捜査能力ぅううううううううううう!?)
「きっと君は私の娘に違いない」(なんでよ!!)そう言って公爵は、ヒロインとヒロインの母を、公爵家に迎え入れるのであった……。
だ・か・ら、待ちなさい!!
おかしいじゃない!
家督を継いだんでしょう!?それから十数年間独身だったわけ!?絶対夫人がいるでしょう!!
平民のフリして火遊びした挙句、甘い言葉だけかけて捨てたんじゃないの?
絶対、まじめに探してませんわよね!?
攻略対象の王太子とかにエスコートされてるのを見て、声をかけて娘にするって……どう聞いても欲得ずくじゃない。平民の愛人と継子を家に入れさせられる夫人が気の毒ですわ!
第一、母親が平民なのは変わりないじゃない。それが王太子妃ですって!?
そもそも、公爵と母親は、関係があっただけでしょう?本当にヒロインは公爵の血を引いてますの?
――え?男爵が公爵にざまぁされるのがクライマックス?
ああ、男爵ってざまぁ要員のクズ設定だったんですの……。
――だから、素敵な本当の父親が現れる?
素敵ですの?物腰が紳士的なだけで、やってること、男爵と大差ありませんわよ?
え?選択を誤って公爵の娘になれないと、攻略対象とも結ばれない?
まあ、平民として育った男爵家の庶子ですものね。高位貴族の視界に入る事自体がおこがましい……。
――え?バッドエンド?
攻略対象は「君を忘れない」とか言ってヒロインを想い続けながら、婚約者と結婚?ヒロインは男爵家に押し込められてモブと結婚?ヒロインの母は力尽きて死亡?
ま……まあ、ちょっと後味が悪いかしら……。
……いえ、待って?
身分の差が障害なら、攻略対象が身分を捨てて駆け落ちすればいいじゃない!
“真実の愛”ってなに!?
結局、身分で妻を選ぶんじゃない!婚約者を大事にしなさいよ!!
ヒロインを弄んで捨てた挙句に、ないがしろにしてきた婚約者に義務の履行とか求めちゃう訳!?
お、男って……男って……。
*
「……ねえ、ばあや」
「はい。なんでしょう?」
紅茶のカップをお行儀悪く両手の中にくるみながら、わたくしは窓の外、青々と広がる空を眺める。
「わたくし、将来は神殿に行こうかちら」
「……申し訳ありません。いま、なんと?」
「神の妻になりたいの」
「へ」
「男なんかと、結婚ちたくないわ」
「……お、お嬢様ー!!?」
……ばあやが卒倒したので、もう言わないようにしたいと思います。
陰謀?世界の危機?
知りませんわよ!!もう!!!
夢物語の行間を読んではいけません。
「人魚姫は嵐の夜、海に投げ出された王子様を助けて、岸まで泳ぎました……」
「うわあ!マッチョなんだね、人魚姫!!」
……おあとがよろしいようで。