27.元凶、姿を現す?
―――恥ずか死ぬかと思いましたわぁ……。
とんだ辱しめを受けた生誕祭も、無事終わりまして。
朝早くからの身支度。からの、お兄様のアニマルテラピー。からの、女の戦い。からの、箱馬車ロデオ。からの、王太子プレゼンツ、王妃殿下に会いに行こう!からの、生誕祭本番、またの名をバカップル化の罠……。
怒涛にも程がある一日をノンストップでこなし、歩けなくなったわたくし。
現在、控室のソファに横になっております。
――え?いいのよ。
どうせ、しばらく王宮の周りは渋滞してますし。空くまで待っても問題ありませんわ。
お父様お母様の公認で、だらだらですわぁ。
そこに響く、時ならぬノックの音。
わたくし、嫌な予感に跳ね起きました。
「――なんっでジュピターの扇子なんだあ!!!」
控室の扉が開き切るのも待たずに隙間から飛び込んできたのは、案の定、王太子でした。
攻略対象って、マナーのお勉強免除なんですの!?
こちらはと言えば、疲れた体に鞭打って、臣下の礼を取るよりありません。
「これは王太子殿下。わざわざご足労いただきまして恐れ入りま――」
「楽にしろ!!お前は一々かしこまらなくていい!!」
またしてもお父様のご挨拶を遮り、びしっとわたくしを指差して宣言する王太子ですが……。
無茶言うんじゃありませんわよ。
相手は次期国王。
将来の国の頂点であり、この国の信仰において“神の兄弟”ですのよ?
それを本気にして畏まらなくなるのなんて、世の中広しといえど、ゲームのヒロインくらいですわ。
……本当に、どうしてヒロインて、あんなに態度がでかいんですの?
平民育ちでしょう?
雲の上の貴族の、更に上よ?
貴族が平民を同じ人間と思えないように、平民だって、貴族を同じ人間とは考えていない筈でしょう?
“星花”のヒロインなんか、自称父親の男爵にだって、まともに貴族扱いされていないのに、どこで王族をお友達扱いできるメンタルなんて獲ってきたんですの?
などと考えている間に、王太子が目の前に迫っておりまして。
「そんな事より!!どうしてジュピターの扇子なんだ!?僕がやったのがあるだろう!?」
わたくしへ食ってかかってくる王太子は、お顔が真っ赤で、涙目にまでなっておられます。
生誕祭での立派なお姿が台無しですわぁ……。
「どうしてとおっしゃられましても……黒に金で、赤も入っておりますから。本日の衣装にはこちらが合うかと思いましてよ?」
「う……」
まあ、王太子の瞳の色の扇子とか、国中の貴族が集まるところで使いたくなかったんですけれど。
本音を隠して小首を傾げてみせると、王太子も言葉に詰まります。
「っそれでも、駄目だ!他の男にもらった扇子なんて駄目だ!!おま……そなたは!わたしの、婚約者なんだぞ!?」
いやいやいや。
「男って……実の兄ですわよ?」
「知らないのか!?きょうだいでも結婚できるんだぞ!!」
「出来ませんわよ!?」
何を言い出しちゃってるんですのこの方!?
「出来る!!こうしゃく夫妻は、きょうだいで結婚したんだからな!!」
!?!?
ぎょっとして振り返ると、お父様は焦ったご様子で首を横に振り、お母様は不思議そうに頬に手を当てます。
「王太子殿下、口を挟む事をお許しください。何か誤解があると思われますが……そのような事を、どこからお聞きになりましたので?」
とんでもないスキャンダルに、お父様が不安そうに尋ねると、王太子は首を傾げます。
「ジュピターが言っていたぞ?夫妻は二人とも、先代こうしゃく夫妻の子供だから、こうしゃくが当主で、夫人がけいしょう権を持っているのだろう?」
国王陛下もその通りだと言った――というお答えに、思わず脱力です。
「殿下……わたくしは元々、他家の人間です。後継者であるキリエに代わって爵位を継ぐにあたり、先代公爵の養子となりました。その際、妻は他家の養子となり、わたくしと結婚し、改めてオブ=ナイト公爵家に入っております。確かに、書類上で申せば、二人とも先代公爵の子供ではありますが……姉弟となった事実はございません」
「???」
「大人のじじょーで、書類上あれこれあっただけですわ。きょうだいじゃあありませんのよ」
いえ、正直わたくしも複雑すぎて訳がわからなかったんですけれど……。
真実は一つ!
またお兄様にからかわれただけですわよ!!気付け!!
「――はっはっは。なかなか面白い事になっておるな」
いつまでも扉が開きっぱなしだと思えば、入ってきたのは国王陛下でした。
…………入ってきたのは、国王陛下でした!?
束の間、呆けていたわたくし。慌てて最敬礼を取ります。
「これは国王陛下。畏れ多くもかような所まで足をお運びいただきまして、恐縮にございます」
「よい、楽にせよ。押し掛けたのはこちらだ」
「……では、お言葉に甘えさせていただきます」
家長の言葉に従って顔を上げると、お父様とお母様のお姿が目に映ります。
一見楽にされたような姿勢ですが、普段とは一味も二味も違っておりますの。
ビシッと、キリィッと、全身で慎みと敬いを表現している、凄まじい立ち姿です。
「我が息子が、騒がせたようだな」
「勿体無いお言葉です」
お父様ってば、声の出し方が恭しい~。
……なるほど。
これが正しき臣下の“楽”。わたくしのマナーも、まだまだという事ですのね……。
――え?お兄様が恐ろしい程に飄々としている?
視界の隅をつつくんじゃありません!!
あれは、見たら負け!気にしたら負けですわ!
わたくしが、両親に倣うべく、努めて姿勢を正しておりますと。王太子が、不意にわたくしの腕を引っ張ります。
「なあ……きょうだいでは、結婚できないのか?」
まだそこで悩んでいらしたの?
「ええ、おっしゃる通りですわ。出来ません」
「なら、ジュピターとは結婚しないんだな?」
「いたしません。」
冗談じゃあありませんわ!
わたくし、被虐趣味はございませんのよ!
内心憤るわたくしに、王太子は更に暴投いたします。
「じゃあ、駆け落ちもしないな!?」
誰に何を吹き込まれたんですの!!
「絶・対!しません!!」
「そ、そうか?」
「お兄さまより殿下の方がいいに決まってますわ!!」
お兄様は最・悪手ですわ。
わたくしの将来に、出戻りやオールドミスの選択肢はありません!
その決意を込めて言い放った言葉に、きょとんとしていた王太子は、何故か、じわじわとお顔を赤くされまして。
「うん……そうか。そうだな……うん。まあ、当然だ。わたしの婚約者だからな!うん。わかっているならいい」
何を偉そうに……。
まったく、呑気なものですわね。
駆け落ちなんて、こちらにしてみれば、姦通罪すれすれの、危険行為でしてよ?
恋愛馬鹿は、姦通罪も知らないのかしら…………あら?
なんかわたくし、初対面で怒りに任せて、その辺りぶちまけたような……。
――え?「駆け落ち」とか王太子にいらん事を教えたの、わたくし??
「良かったな、クァルテット。睦まじいようで何よりだ」
にこにこと、陛下がおっしゃいますが。
目が、笑っておりませんわ……。
なんか、獲物を狙う鷹みたいな目をしていらっしゃるのですけれど。
国王陛下って、こんな方でしたかしら……?
「苦労を掛けるな、アリア嬢」
「いえ、もったいないお言葉にございます」
「息子はな、そなたが駆け落ちするのが、心配でならないらしい」
……あらぁ?
そう言えばわたくし、陛下に「息子を頼む」とか申し付けられましたのよね。
その傍から、姦通罪だの駆け落ちだのと言い出した、わたくし。
……え。まずくありません?
――何ですって?
もう断罪?処刑?破滅!?
ちょっと!泣いてないでなんとかなさい庶民女ぁ!!
あなたそれでも大人ですの!?
密かにパニックを起こすわたくしですが、それはいらぬ心配だったようで。
歩み寄ってこられた陛下は、王太子の頭を撫でながら、さりげなくわたくしを抱き寄せました。
ほわぁい!!神の掌が、わたくしの背中に!!?
「――だが、もう心配はいらぬぞ。この先、駆け落ちの相手は現れんからな」
「本当ですか?父上!」
「ああ。今日の生誕祭が上手くいったからな」
ちら、とわたくしに向けられたのは、どこぞのお兄様を彷彿とさせる、人の悪い、それは楽しそうな眼差しで……。
……え゛?
どういう事でしょう。
それは、あんなバカップル姿、“王太子の正式な婚約者”が晒したのですから?
それを目撃した上で、令息をわたくしに近付けようなんて、そんな家がある訳がないのですけれど……。
……え?
え。待って。
待って待って待って。ちょっと待って、本当に待って。
まさか……バカップルに見える化計画って、虫除け!?わたくしの、虫除けでしたの!?
嘘でしょう!?
他国から嫁いでくる姫君(未定)を牽制する為じゃあありませんでしたの!!?
陛下の中のわたくし、一体どんなイメージ!?
このわたくしが!
“星花”ファンの間で『男嫌い悪役令嬢』と名高い、ヒロインも攻略対象もまとめて血祭り☆な、この、わたくしが!!
ヒロインの相手なら誰彼構わず好きになる、節操なし悪役令嬢と同じだとでも!?
いえまあ、わたくしだって素敵な紳士と恋愛してみたいとか、ちょっと思っちゃったりしてますけれど!
それはそれ!これはこれ!
将来、二股して婚約者を捨てるかもしれないのは、王太子の方ですわぁ!!!
わたくしが馬の骨との駆け落ちを疑われる理由なんかありません!
ただほんのちょっと、「わたくしだって駆け落ちできる」とか何とか、王太子に言ってやっただけですわ!!
――え?それが悪かったんじゃないかって?
わたくしは悪くありません!!
言い掛かりにも程がありますわ!
王太子がなんか面倒臭い事になってるのも、国王陛下の陰謀でぺあるっくで晒し者にされたのも!
全部、わたくしが駆け落ちの事を吹き込んだからだって言うんですの!?
そんな訳ありませんわ!!!
…………。
……そんな訳、ないのですけれど。
もしもそうであった場合。全ての元凶は、わたくし自身。何もかもが自業自得という事になるのでしょうか。
――え?そりゃそうに決まってる??
ゲームのわたくしだって同じような事言ってましたのにぃ!!
何故ですの!!?
言葉って、タイミングとシチュエーションで違って聞こえますよね。