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21.悪夢のお披露目会?後編



 ―――昨日の、お披露目会。

 扇子こどうぐを使って、わたくしと王太子の婚約が、必要以上に順調である事のアピールに成功しました。

 これは我が一族、そして、傘下の貴族にとっても慶事の筈ですが、あまり嬉しそうでない表情もちらほら。



 理由は、出席者全員が一人ずつわたくしに挨拶に来る、そのイベントで判明しました。


 子供連れは、口を揃えて、子供をわたくしの“お友達”にと薦めてくるのですけれど。

 “王宮”とか“王太子”を絡めた自己紹介の多いこと!

 どうやら王太子との仲立ちをして、「私の家が取り持ったのですよ?」とか、手柄にしたかったみたいですわねぇ。


 ほほほ。御愁傷様。


 というかわたくし、王宮に日参し、王太子とも交流のある、実の兄がいるのですけれど。

 ……馬鹿じゃなくて?


 まあそれも、王太子と関わる事が許される立場の、高位貴族のお話。

 それが叶わない……寧ろわたくしが引き立ててやらなければならない下位貴族、そして、手頃な子供のいない家には、また別の思惑があるようでして。


 それを先陣切ってやらかしてくださったのが、挨拶もトップバッター。分家筆頭、シカネダア侯爵家の女侯爵でした。


「――それにしても、アリアお嬢様は、本当に、キリエ様によく似ていらっしゃいますこと。これ程のお方なら、お披露目は、謁見後すぐにでもよろしかったでしょうに」

 

 扇子の陰にふくよかなお顔を隠して、嫌な感じに目を光らせた侯爵が笑いました。

 全然似ておりませんが、お母様の実の従姉妹だそうです。まあ、お祖父様と大伯父様は、母親が違うらしいのですけれど。


「家庭教師の怠慢じゃあございません?残念ですわぁ、わたくし、侯爵領主の勤めさえなければ、お嬢様にお仕えしたものを」


 ちらりと侯爵が視線を流した先には、わたくしの家庭教師三名。

 ……ええ。来てましたわよ?わたくしの教師ですもの。


「そうですわ!よろしければ、わたくしの娘をお使いくださいませ」


 白々しくも、聞こえよがしに言い立てて、控えていた娘を前に押し出します。

 自信たっぷり、それなりに優美な礼をされましたけれど……二十歳前後の年頃が、気になり過ぎます。


 学園は卒業してるんですの?

 結婚はしませんの?

 今、自分の為にする事が山程あるんじゃなくて?人に教えている暇があるんですの!?


 この時ばかりは、わたくしも眉を顰めそうになりましたが、危ういところで、お母様が入ってくださいました。


「あらあら。面白い冗談ですわねぇ、()()()()()()()?まだ母の膝元で甘えている娘から、何を教わる事があるというのかしら?」


 従姉妹を敢えて肩書きで呼ぶ非情な攻撃に、侯爵の目元が、若干ひくひくしておりましたわね。


「まあキリエ様、そうおっしゃらず。わたくしの娘は、社交界でも随一の行儀作法との評判だと、娘の家庭教師が絶賛しておりますのよ?」

「あらあら、うふふ……」


 ゆったりと羽扇を揺らして笑うお母様は、はっきり言って、シカネダア侯爵令嬢の百倍美しい所作を見せつけていらしたのですけれど。

 すらりと繊手を上げて、とどめを刺されました。


「――アウエルンハンマー伯爵第二夫人」

「はい、キリエ様」


 歯切れのいい声を響かせて、滑るように進み出たのは、わたくしのマナー教師でした。

 本物の、社交界で指折りのマナーを誇る淑女です。


 ……スイッチが入ると、ですけれど。


 ――え?だってイライラするんですのよ!!

 スイッチオフふだんの喋り方が、とろくって、鈍臭くって、間延びして!そもそも、マナー教えに来といて、あんな気の抜けた態度を教え子に晒すって、どういう了見ですの!?


 ええ。珍しいマナー教師のフルパワー姿に、ちょっと真顔になってしまったかもしれません。


 ……でも、場の中心はそちらだったのだから、余裕でセーフですわよね?


「夫人?シカネダア侯爵令嬢に、指導をして差し上げて?どうも、耳に心地良い言葉しか言わない教師が付いているようだから」

「畏まりました」


 お手本のような……いえ、完全にお手本としての礼を披露し、差を見せつけて。

 頭のてっぺんから、手足の爪先まで。

 ありとあらゆる部分の角度と力の入れ方の甘さを指摘した上に、その間、自分の姿勢によって「じゃあお前がやってみろよ」を封殺し続け。


 見事、押し売りを撃退しました☆


 アウエルンハンマー先生、すごい方だったんですのね……。


 その後は皆、大人しくなりまして。

 婉曲に、穏便に。特技やメリットを売りこみ、“仲良くしてください”アピールをしてくるに留まりました。

 ……まあ、それは良かったのですけれど。


 わたくし、途中で気が付きました。

 格の高い家から挨拶に来る為、順番が決まっているらしく、下位の貴族は宴の料理をつまみながら歓談し。わたくしへの挨拶を終えた高位貴族も、喉を潤し。


 その中でひたすらに挨拶を受け続けている、わたくし達一家。


 え!?宴のホストって、この席から動けませんの!?

 お料理は!?お飲み物は!?

 わたくしの今日のお食事、宴前のスコーンだけなんですけど!?


 ……早く挨拶行列が終わってほしいと、切実に願いながら、それでも頑張って微笑んでいましたわ。


 そう、あの男が、現れた時もです。


「――お初にお目にかかります、アリアお嬢様」


 末席も末席。一言挨拶をするのがやっとの、親戚ですらない、傘下の下位貴族の群れの中に、埋没して。


 ヒロイン、アイネ・クライネを学園に送り込む、その元凶。“星花”きってのクズキャラざまぁ要員が……。


 クライネ男爵が。

 妻子を伴って、わたくしの前に現れました。


 こいつがヒロインに引っ掛かり、ナハトムジーク公爵に目を付けられて、潰される羽目になったが為に、我が家も巻き添えで潰されるのです。

 どこをどう切り取っても、我が家にとって疫病神です。

 なんだったら、何かしら難癖つけて騒ぎ立て、さっさと縁を切らせてやろうかくらい、考えておりました。


 ……けれども、男爵が娘を伴って現れるというのは、完全に、わたくしの予想の外で。


 勿論、学園入学の直前に引き取られたヒロインではありません。

 その更に前に急逝した、クライネ男爵夫人の実の娘です。


 もう、八歳になってましたのね……。


 顔も、名前も、年齢も、何も知りませんでした。

 設定と、男爵の台詞などに数行出るだけの、文字だけの存在。


 クズ男爵が、ヒロインを引き取る。その灰かぶりシンデレラ演出の為だけに、“星花”の運営に殺された娘。


 可もなく不可もない、年相応のつまらない少女でしたが……十年以内に死ぬ人間が、血と肉を備えて目の前に現れた。

 その動揺は、わたくしの口をつぐませるには充分でした。


 ですからわたくし、型通りの挨拶を返して、クライネ一家をそのまま行かせましたの。

 ええ。誓って、何もしていません。


 そうしてようやく挨拶行列が終わり、待望のレモン水をいただいたところで!

 料理を選ぶ間もなく、宴はお開きとなりました。


 ……ぐすん。



   *



 ……ええ。どう思い返してみても、わたくし、頑張りました。

 恥をかいても、イラっとしても、ムカっとしても、お腹が空いても、うんざりしても、獅子身中の虫が出てきても、ご馳走のお預けを食っても!!

 ちゃんと大人しく淑女してましたわ!!

 シュタードラー先生に懸念される事なんて、何かありまして!?


「……先生。わたくし、昨日、ご心配おかけするような振る舞いをいたしましたかしら?」


 つい、不安になってお伺いを立てると、先生は少し驚かれた様子で、きっぱりと首を横に振ってくださいます。


「いいえ。ご立派でございました。しかしながら……アリアお嬢様がご不快になられそうな事が、数々ございましたもので。ご立派でいらしたからこそ、今頃、その反動が表れていらっしゃるのではないかと考えておりました」

「なぁんだ、そうでしたの!」


 眉間のしわが、“思った通りでした”とか語っていらっしゃいますが。

 わたくしの心配は、空の彼方に吹っ飛びました。


「わたくし、お兄さまをメイクルームに招き入れたのがバレたかと思いましたわ☆」


 安心して、にっこり笑った瞬間、空気が凍り付きます。


 ――え?口から出てる?声に出てる??


 何が?と思考を巡らせるまでもなく。

 答えが……鬼の形相となったシュタードラー先生が、重々しい声を轟かせます。


「アリアお嬢様…………今、どなたを、どこに招き入れたと、おっしゃいました?」



 お……お口が滑りましたわぁあああああああああああああああああああ!!!

家庭教師シュタードラー侯爵夫人。王太子までもがその場にいた事を知り、卒倒する未来を、彼女はまだ知らない。

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