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19.張り巡らされた策謀?



「――わたくし、お腹が空きましたわ」



 思ったよりも尖った声が出てしまいました。周りで立ち働いていたメイドに、緊張が走ります。

 そこで頼りになるのは、勿論ばあや。

 にこにこと傍らに膝をついて、わたくしの手を握ってくれます。


「はいはい、すぐに何か持ってこさせましょう。だから、ご機嫌を直してくださいませ、お嬢様。可愛いらしいお顔が台無しでございますよ?」

「だって……」


 わたくし、ご機嫌ナナメです。


 本日は、待ちに待った(誰が?)お披露目会です。

 一族、傘下の貴族が集まり、ちょっとした宴が開かれます。主役のわたくしは、新調したドレスに身を包み、朝から延々とおしゃれの最中なのですが……。


 コンコン、というノックが響き、メイドが一人、様子を伺いに出ます。


 気を利かせて、料理人が差し入れを寄越してくれたのかしら?

 そんな訳ありませんわね。


 珍しい押し問答の気配……微かに聞こえた相手の声に、わたくし状況を察しました。


 お兄様襲来です。


 わたくしがいるこのお部屋は、わたくしのメイクルーム。

 本来のお話をすれば、男子禁制です。家族であろうが立ち入れる場所ではありません。

 ですが、寝室だって、無許可で入るのは家族であろうと許されない事。許されるのは、部屋の主が許可を出せない、病身か赤子のうちだけ。

 相手は、そこにも押し入ってくる、お兄様。


 もう、今更ですわ。


「いいわ。お通しして」

「お嬢様?ですが……」


「はいはい、主人が許可したんだから、早くどきなよ。物分かりのいい妹がいて嬉しいなぁ」


 鼻歌を歌いそうなご様子で入っていらしたのは、案の定お兄様。

 ちなみに、渋っていたメイドは、扉ごと侍従に押しのけられております。


 だから言ったじゃあありあませんの。


 ――というか、庶民女。あなたイケメンに甘すぎません?

 攻略対象おにいさまならドSとか教育の所為とかで許される、使用人への態度。悪役令嬢わたくしがやると、性根が腐ってるって言われるの、心外ですわぁ。


 などと考えていたわたくし。

 お兄様の陰に隠れるようにして入ってきた、黒いフードの小さな人影に、気が付くのが遅れました。


「お……お前っ!それ!!」


 その声と、人を指差すお行儀の悪い態度に、正体が王太子である事を察して。

 わたくし、きょとんとしてしまいました。


 ……繰り返します。

 わたくしが現在いるお部屋は、メイクルーム。男子禁制。家族であろうと、男子禁制です。

 淑女にとって、化粧道具を紳士に見られるのは、恥です。


 前世で言えば、ランジェリーの引き出し、開けて見せちゃいました☆みたいな?


「っきゃぁああああああああああああああ!!!」


 悲鳴を上げたわたくしに、お兄様大爆笑。

 あ、あんまりですわぁ!!



   *



「わ、悪かった……わたしが悪かったから、泣かないでくれ……!」


 ばあやの胸に顔を埋めて、マジ泣き中のわたくし。

 傍でおろおろしているのは、王太子、一人。

 元凶を目で探せば、ソファで寛ぎ、お茶を飲んでいらっしゃいます。わたくしの為に用意された筈のお菓子をパクっとしていやがるのがムカつきます。

 悪いのは、ヤツ。それは議論の余地がありません。

 だ・け・ど!!


「本当ですわよ!い、いくら、わたくしが、許可したからって……メイクルームに、いらっしゃるなんて!!みそこないましたわ!」

「お、お嬢様」


 お陰で、わたくしが!

 婚約者にセクハラする、変態痴女に!!


 王太子相手に噛みつくわたくしに、ばあやが狼狽えておりますが。

 当の王太子は、機嫌を損ねた様子もなく。


「……めいく、るーむ?」


 ぼんっ!と音がしそうな勢いで、王太子の顔面に赤が爆発します。


 あら?この反応は……。


「おいっ!!ジュピター!!どういう事だ!!?」


 ああ、知らなかったんですのね。

 すぐにこちらの部屋に移りましたし、ギリギリ、化粧道具は見られていない?

 それならセーフですかしら……。

 ――え?見ても何なのか分からなかった可能性?

 やめて。


「おや?申し訳ありません。私は、“妹は支度中だ”と申し上げておいたつもりでしたが、うっかり忘れておりましたね」

「それは聞いたが……」

「ああ!メイクルーム以外の場所で支度していると思われたのですね。それは至りませんでした。お許しください」

「~~~~っ!!」


 謝る言葉を使いながら、全然謝っていないお兄様。

 我が家、終わるんじゃなくて?


 割と深刻な事態に思えますが、王太子えらいひとが背中を向けた事で、ばあやはほっとした模様です。


「お嬢様、もう泣き止んでくださいませ。ほぉら、スコーンですよ」


 にっこり笑ったばあやが、一口サイズのスコーンを、わたくしの口に入れます。

 ……甘さが足りませんが、濃厚チョコチップがしっかりとろけるので、許すとしましょう。

 サクッと、ふわの、中間の歯ごたえが面白いのですが、口の中の水分持っていかれるんですのよねぇ。

 まあ、常識ですから?メイドが、すかさず牛乳のコップを差し出してきます。

 勿論、口元が汚れないよう、ストロー付きですわ。

 そう言えば、このストロー、紙なんですけど、この世界にもプラってありますのかしら?

 ――え?脱プラスチック?

 化石燃料使ってないのに、プラごときで環境問題になると思って?

 ――え?マイクロプラスチック?

 ああ、それは……。

 ――そもそも堀り当てたとして、どろどろの原油からどうプラスチックにするつもりかって?


 ええ。考えるのはやめましょう。


 気を取り直して、今や地団駄を踏んでいる王太子に、タオルを投げて差し上げる事にします。


「――殿下、たいへんに取り乱しまして、失礼いたしました。本日ご訪問とは伺っておりませんが、どのようなご用件でしょうか?」


 しれっと臣下の礼を取って、ご挨拶しました。

 すると、王太子も我に返られたようで、耳まで赤くしながら、咳払いなどなさいます。


「あ、ああ……すぐに帰る。ジュピターが、“はれすがた”だから一目見ておけというので、な。ちょっと抜け出してきた」


 抜け――いいえ、わたくし何も聞いておりませんわ。

 納得です。招待客に見られない為の、お忍びフード姿でしたのね。

 しかし、晴れ姿ですかそうですか。


「わたくしの趣味ではありませんわよ」


 きっぱりと主張しておきます。


「似合うと思うが……」


 ピキッ!


 堪忍袋の緒に、痛烈な一撃をいただきました☆


「……殿下?()()()()()()()()。わたくしの()()()()()()()()のですわ?」


 照れたご様子でそっぽを向いていらした、その姿勢のままで凍り付く王太子。


 ――は?可哀想?俺様王子の照れ顔からの誉め言葉をもらえたならば、萌えるのが人の道?

 知りませんわよ。

 ――なあに?そんなに嫌がる事ないのに?とっても可愛いですって??


 可愛いのはわかってますわよ!!


 本日のわたくしのドレス、なんと、ピンクです!

 前が割れて白いチュールが幅を利かせておりますが、ピンクのふんわりドレスです!!


 まあ、なんて可愛らしくて、子供っぽくて、お花畑感たっぷりなんでしょう☆


 何故!?

 わたくし、国王陛下に認められた貴族として、お披露目されるんですのよ!?


 まして、オブ=ナイト公爵家は、一族の最高位。

 トップに立つ令嬢として、ビビッドに大人に決めるつもりでしたのに!

 こんなんじゃあ、舐められますわ!!

 ただでさえ、出席者は謁見を済ませた、正式な貴族のみ。子供でも最低二歳は年上が集まるというのに……!


「酷いなあ、我が妹は。殿下?濡れ衣ですよ?私はきちんと、両親の賛同の下、正式な手続きを踏んで、衣装の変更を求めておりますからね?」

「ん?ああ、うん……?」


 小難しい言い回しに丸め込まれないでくださいませ。王太子。

 要は、お父様とお母様まで抱き込んで、強制執行しやがったって事ですわ。

 そのお陰で。

 今日は縦ロールまで、巻きが甘くて、ふんわりです。

 わたくし「手を抜くな」と叱りましたが、お母様の指示だと返され、それまででしたの。

 わたくし自慢のツリ目が台無しです。

 モコモコの着ぐるみでも着せられた気分です。


 わたくしの予定、“才気煥発ぶりを見せつけて全員ひれ伏させる”計画の逆を行く、“まだ幼い子供です。目こぼしよろしく”アピール!!


 お父様!!そんなにわたくしの粗相が心配ですの!?


「――殿下、お時間が、そろそろ……」


 さすが、王家の付き人です。

 王太子に耳打ちしていると見せかけて、さり気なくこちらにも声を届かせ、配慮を求める、高等テクニックです。


「それでは、殿下。わたくし、準備がございますので、そろそろよろしいでしょうか?」


 見事に意を汲んで、正当な理由で下がろうとするわたくし。

 誉めてよろしくってよ!


「いや、待て。その……せっかくだから、渡そうと思っていた物があって……だな」


 あなたが食い下がってどうするんですの。王太子。


 というか、渡す物ぉ?

 イヤですわ。婚約者で王太子な人間の贈り物なんて、断れないじゃあありませんの。


「……やる」


 付き人が出してきた箱を握り、こちらへ突き出す王太子。


 どこのクソガキですか!

 王族のマナー的に、どうなんですの!?


 ……とか言うとまた面倒な事になりそうなので。とりあえず、淑女スマイルでごまかします。


「こうえいです」

「今日、使え」


 げ。

 

 身に付ける系でして?

 男性から身に付ける物を受け取るのは――いえ、今回は許容範囲内ですかしら。

 婚約者の儀礼の範疇ですし?今日は身内の集まりみたいなものです。それに、装飾品ならさり気なく隠せますわ!


 そんな考えで箱を開けたわたくし。

 現れたのは扇子でした…………。


 これを掲げて、人前に出ろと?


「あの……殿下?わたくし、扇子でしたら手持ちがございますが……」

「あれはダメだ」


 今度は一体、何を吹き込まれたんですの。

 わたくし悪くありませんのに。キッと睨まれて、一刀両断です。


 ――え。なあに?言わなきゃプレゼントだなんてバレないのに?


 それはそれで厄介でしょう!?


 蒔絵のように、銀で描かれた、典雅な紋様。しかし、その土台は黒漆ではありません。まるで前世日本の自動車のボディから切り取ったような、つややかで、なめらかな、紺色です。

 ……ええ。紺色です。

 これが、贈り物でないとしたら。

 わたくし自ら、王太子の瞳の色した持ち物などを作らせた事になるんじゃありませんの!?

 しかも、物は扇子!誰の目にも疑いようのない、婚約者アピール!!


 やっぱりバカップル。少なくとも、わたくしは、ベタ惚れ。


 だ・れ・の・入れ知恵だ!!?


 痛い!!わたくしのメンタルが、途轍もなく痛いです!!


 わかりましたわよ!!

 王太子にもらったって言いますわ!婚約者同士うまくいってるような顔しとけばいいんでしょう!?

 どうせ会うのは一族と傘下の貴族で……身内のような、もの…………あら?


 まさか、身内自慢で社交界に広まったりしませんわよね?



 ……“バカップルに見える化計画”はやめてぇええええええええええええ!!

ちなみに。王太子は授業を抜け出してきました。帰ってから、教師にめちゃくちゃ怒られて、泣きます。

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