17.悪役令嬢は四面楚歌?
「あははははははは!」
……腹を抱えて、涙が出るほど笑ってらっしゃるのは、我が国の王太子殿下です。
「殿下!そこまでお笑いになるなんて、あんまりですわよ!?」
「だ、だって、おま……!魔力枯渇なんて、本当にしたやつ、初めて見たぞ……!!」
「だからって……!」
王太子じゃなかったら、引っ叩いてましてよ!?
「そんな事おっしゃって!ご自分も同じ目に遭われても知りませんわよ」
「残念だったな。わたしは大丈夫だったぞ!」
偉そうに胸を張った王太子が、片手を挙げます。
その手にひゅるんと渦巻いたのは、紛れもない、魔力のそよ風。
魔法、習得済み……。
つい頬を膨らませると、横から伸びてきた指に、ぷすっと潰されました。
「アリア?さすがに、殿下の生誕祭までには、お披露目を済ませなきゃいけないからね?」
大丈夫?と言わんばかりに小首を傾げるお兄様ですが……。
誰の所為だと思ってるんですの!
お兄様が、べらべらと人の恥をしゃべり倒すからでしょう!?
……また来てしまった王太子との定例会。同席者は、今日もお兄様です。
「お兄さま?わざわざお勉強を休んでまでお付き合いくださらなくてよろしいのよ?家族の同席でしたら、お母さまにおねがいしますから☆(訳・来んな、どっか行け)」
「あはは。かわいい妹の為なら、付き添いぐらいいくらでもするよ?それに、母上は淑女の鑑だからね。いかに年少、娘の婚約者であっても、男性の前に顔を出さないように気をつけてらっしゃるんだ。それくらいわからないと駄目だよ☆」
満面の笑顔に満面の笑顔で打ち返され、ぐっと詰まったところに、トドメの耳打ち。
「――父上のご意向だよ。ついでに次世代の親交を深めておけとさ」
お父様のちゃっかり者ぉ!
「……そなた達、仲が良いのだな」
わたくしとお兄様の熾烈な攻防を眺めて、王太子がぽつりと呟かれました。
「「…………」」
言葉の裏を理解できない、次期国王。
これ大丈夫ですかしら?
思わず国の将来を憂えてしまったわたくしですが、ご本人は何やら関係ない事を考えているご様子で、そわそわしていらっしゃいます。
「あー、ところで、その……わたしの生誕祭の話、だが」
「はい」
「婚約者どうし、衣装を合わせたらどうかという意見があってな。――そなたは、どんな色がいい?」
……何故に自ら黒歴史を創造に行かれるのでしょうか。この王太子は。
そんな意見、聞き流してくださる?
「殿下、そちらは――」
「やはり、殿下がお決めになった方がよろしいかと。ドレスでしたらまあ、どのような色でも、デザイン次第ですので」
「そうか?」
こらぁ!!兄ぃ!!
勝手に何言っちゃってくれてるんですの!!?
お兄様は知らないでしょうけどね!“星花”の王太子が好きな色は、白なんですのよ!?
……イタい。
わたくしのメンタルが痛いですわ……!
――え?どこに嫌がる要素があるのかって?
想像してみなさい。
婚約が決まった五歳の子供二人が、お揃いの白い衣装で登場。
まあ、なんて微笑ましい結婚式ごっこなんでしょう☆
絶対イヤぁああああああああああああああああああああああああっ!!!
生き恥ですわ!!「側室候補のくせに花嫁気取り(笑)」とか言ってる奴がいたら、刺しますわよ!?
「……赤、は、どうだろう」
「……え?」
心中のたうつわたくしの予想を裏切って、王太子が口にしたのは、別の色でした。
「ふまんか?」
「いえ、とてもすてきですわ」
この際、白でなければ何でもいいです。
「紺色でなくて、よろしいのですか?」
前言撤回!!
お兄様がぶっ込んできたのは、王太子の瞳の色!白以上にとんでもないですわ!!
「い、いや、それはまだ早――」
「あら、お兄さまったら。わたくし、紺とか灰色とか、地味なドレスはイヤだと、いつも言ってるじゃあありませんの?」
「…………」
――不敬罪?
灰色とかすっとぼけたから、ギリギリセーフですわよね?
「そうだったね。紺色はやっぱり、ドレスより宝石かな?」
このドS兄!!そんなにわたくしを笑い者にしたいんですの!?
「ふむ……。ならば、色は赤として、デザインの希望はあるか?いちおう、次までに、何パターンか用意させるつもりだが」
?
「もしや、殿下が贈ってくださるおつもりで?」
「もちろんだ」
わたくし、危うく口の中の紅茶を吹き出すところでした。
……いつぞやの繰り返しになりますが。
女性が男性から、身に付ける物を受け取る。これは即ち、“愛を受け入れる”というメッセージになります。
まあ、婚約者同士ですから、儀礼としてありですけどね……。
国を挙げて王太子を祝う祭典で、それをやれと?
内輪のパーティーならまだともかく、公の式典の場で?しかもその主役と?
どこのバカップルよ!!!
そういうのは二人の秘め事でしょうが!何故あからさまにしたがるんですの!?
まさか、これが攻略対象の通常運転?
恋に狂っていた所為じゃありませんでしたの!?
……いえ、待って。
わたくし、オブ=ナイト家の公爵令嬢ですわよ?最高級のドレスを着ていても、別に贈り物だなんてバレないのでは……?
「アリア?どうしたの?」
……うん。バレますわね!
威張って答えそうなのと、ドS全開で宣伝しそうなのが揃ってますわ☆
「殿下、大変ありがたいお申し出ですけれど……。生誕祭で、というのは、わたくし困ってしまいますわ」
「なぜだ?」
「それは、当家にも出入りのしょうにんがおりますし、専属のデザイナーもおりますもの。おうたいし殿下の生誕祭といえば、国王陛下の生誕祭に次ぐ、おまつりですわ。みな、張り切っている事でしょう。ここで彼らを使わないとなれば、不ぎりをしてしまいます」
「そうなのか……」
チェシャ猫みたいな顔やめてください。お兄様。
庶民女も、爆笑するんじゃありません!!
猫なんか被ってませんわ!殊勝な顔もせずに済まされる訳がないでしょう!?
男性から身に付ける物を受け取るのは、愛を受け入れる事。
逆を言えば、贈られて拒むのは、“あなたはお断り”というメッセージになるのですわ。
王太子以前に、婚約者にやったらアウト!!
穏便に。穏便に。断られたと気付かれないよう、さり気なくご遠慮してご辞退申し上げるのですわ!
――え?政略結婚の相手なんだから、問題ないだろうって?
本当に、何なんですのそれ?
乙女ゲームの風潮、親が決めた政略結婚のための婚約者とは、愛がないから険悪でいい――。
謎過ぎますわ。
“政略”でしてよ?
自分の家にとって、将来にとって、繋がりが重視されるお家の人間ですのよ?
婚約していようがいまいが、雑に扱っていい相手ではありませんわ。
婚約者の家との関係が悪化するのは勿論、自分の見識のなさを、周囲に喧伝する愚行です。
まったく。思春期だかなんだか知りませんけど、反抗期は、親にだけしてほしいですわぁ。
――え?“星花”の氷点下?初対面のアレ?
……感情が先立つ事もありますわ。
ゲームは知りませんけど、この前の、アレはね……。
やるつもりはなかったんですのよ?
仕方ないじゃない!わたくし、まだ五歳ですのよ!
「……では、生誕祭はそちらで作るといい」
「はい。おきづかい感謝いたしますわ」
やりました!あちらから撤回しましたわよ!!
ほっとして微笑み掛けると、王太子は目を丸くし、何やら慌てたご様子でそっぽを向いて、紅茶を飲み干します。
……あら?ひょっとして、ご自分の提案が羞恥プレイな事に、今頃気付かれました?
そうね、あちらもまだ五歳ですもの。まだまだ世間知らずな所もありますわね。
攻略対象だからって、わたくしの決め付けが過ぎたかもしれませんわ。
ええ。悪いのは“星花”の王太子ですけども!!
……それにしても、止めれば止まるんじゃありませんの。
周りは何をしてたんですの?周りは!
王太子の付き人をチラ見しようとしましたら、巧みな動きで視線から逸れられました。
はっきり睨んでやると、ポーカーフェイスながらも、一瞬体を揺らします。
……へぇええ。あなたの差し金でしたの?
驚きましたわぁ。公共の場で王太子に恥をかかせようだなんて、そんな大胆な事を企む王家の使用人が…………。
いる訳ありませんわね。
裏に誰かが?と考えたところで脳裏を過ったのが、あのお方のお言葉。
他国の姫など「スパイに過ぎん」とか、わたくしが「影にして真なる王太子妃」だとか。
まさか、プロデュース by 国王陛下?
わたくしと王太子を、さも恋愛結婚であるかのように仕立て上げるおつもりでして!?
陛下!まだ生まれてもいない嫁をイビるのに、わたくしを使わないでくださいまし!!
……というかですね。
そんな仕込みをしてるから、攻略対象に育つんじゃありませんの!?
あら?でも、ゲームのわたくし、結婚には乗り気でしたわよね?
ええ。大変遺憾なお話ですが、知識不足が原因でお父様に乗せられたのか、「わたくし未来の王妃でしてよ!」なんてやってましたわ。
考え過ぎ……?
――ああ、そうでしたわね。王太子との不仲が学園中に広まるレベルでしたわ。それをどうにかしようとお考えになるのは、不思議な事ではありません。
つまり。ラスボスは、国王陛下。
……陛下ぁ!!どうか教育方針を見直してくださいませえ!!!
*
「そういえば、忘れてたけど――。今日のドレス、よく似合っているよ」
王太子のお見送りをしていると、お兄様が急に、そんな事を言い出しました。
「ありがとうございます?」
何ですの?突然。
「その赤いドレス、随分お気に入りだね。この前も着ていなかったかい?」
「なげかわしいですわね、お兄さま。色が同じだけですわ。デザインがぜんぜん違いますのよ」
「そうなんだ?」
くすくす笑うお兄様。ひょっとして、信じてませんの?
「何ですの?」
「いや?ただ、意外と頑張るなぁと思ってね」
イヤですわ。わたくし、可愛い過ぎまして?
王太子の為に特別おめかしなんて、してませんことよ!
誰のお陰で、何色で合わせる事になったのか。アリア様は当然忘れています。