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13.襲来?



「そーれ、高いたかーい☆」

「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」


 アリア・クイン・オブ=ナイト五歳。只今、宙を舞っております。

 比喩じゃありませんわよ!?


 ……それは、数分前の事。

 青空の下、優雅にお庭で花を愛でていたわたくしの元に、一週間ぶりにお暇ができたお兄様がやってきました。

 そして、高い高いをして遊ぼうと言うのです。

 おまけに、「僕はインドア派だから腕力はそんなに無いけど、魔法も使うから問題ないよ☆」とまでのたまいまして。


 わたくし、即座に逃げました。

 が、ドレスの五歳女児が、十歳の少年に敵う訳もなく……。

 現在、実行に移しやがっております。


 何を考えてるんですのぉおおおおおおおおおおおおおおっ!?


 持ち上げるだけの高い高いじゃあありません。

 風のアシストで放り上げたわたくしを、風をクッションにして受け止めるという、荒業ですわ。

 これって、プロ野球の優勝胴上げくらいの高さがあるんじゃありませんの!?

 しかも!受け止められたかと思えば、また投げられて!

 お手玉です。逆さドリブルです。


 いやぁああああああああ!!落ちるぅうううううううううううううううっ!!!


 ――え。お兄様を信じろ?


 あなた、設定をよく読みなさいよ!!

 オブ=ナイト公爵家は、別名、夜の公爵家。代々()()()に長けた一族ですのよ!?

 ――え?そのネーミングがわからない?

 光が引き立つのは、夜に決まってるでしょう。真昼に光を灯して何になるんですの?それに、光を退けて、闇を……仮初の夜を生み出せるのは、光魔法なんですのよ!

 それは知ってる?

 ゲームで、暗闇を使ってヒロインを泣かせたり転ばせたりしてた?


 そんな事はどうでもいいんですのよ!


 今、肝心なのは、生粋のオブ=ナイトであるお兄様が、風魔法の達人だなんてあり得ないという、事実!!

 あなた、ポールが外れてぶらぶらしてる観覧車に乗れますのぉ!?


 ――は!?攻略対象おにいさまならお姫様抱っこで受け止めてくれる!?


 あんなの、実際にできる訳がないでしょう!!?

 全体重が腕だけにかかるんですのよ!?しかも、落下の衝撃プラスで!

 前のめりにこけて頭突きコースですわ!!

 嘘だと思うのなら、十キロのお米、腕でそれぞれ一袋ずつ同時に受け止めてみなさい!それでやっと二十キロですのよ!?

 十歳のインドア派に、そんな芸当できる訳ないでしょうがぁ!!



  *



「あははははは……」


 わたくしが、ひぃひぃ言いながら、もう投げられまいとしがみ付いているのに。お兄様はご満悦です。


 この恐怖の息遣いが聞こえませんの!?

 心臓だってバクバクですわよ!?


 ――そうですわね。それを喜んでいやがるんですわね鬼畜ドSだものええ知ってますわ!!!


 使用人は何をやっているのよ、使用人は!

 たとえ相手が次期当主であろうと、お嬢様が怪我をしそうなんですのよ!?身を挺して守りなさいよ!


 ……あ。無理ですわ。

 ばあやもメイドも、揃って目を和めています。小さな子供同士のやんちゃとしか映っていません。

 いや、それでも止めなさいよ!!公爵家の兄妹でしてよ!?


 侍従は……もっと駄目ですわ。

 わたくしの侍従が、お兄様の侍従に組み伏せられています。あれって、柔道技の崩れ袈裟固めでは?

 お兄様。あなたの侍従は、何者ですの?

 ――え?従者が最強の護衛なのは、お馴染みの展開?

 何言ってるんですの。護衛なら他におりますわ。

 というか、あんな服が立ち回りに向く訳ないじゃあありませんの。見なさい、ワキの所がぱっくり破れてましてよ。みっともない。


 ……何故そこまでショックを受けるんですの!?

 もう!どいつもこいつも使えませんわね!


「お、おにいしゃま!!わたくし、かりにも、おうたいし殿下の、婚約者でしてよっ!?こんな事をして、いいと、思ってますの!?」


 しがみ付く力を一層強くしながら、どうにか顔を上げて、お兄様を睨みます。

 お兄様は平気なお顔で、心底不思議そうに小首を傾げました。


「うん?これで怪我をして破談になるなら、アリアも望むところだろう?」


 ……ないですわ。

 婚約者から逃げる系の転生悪役令嬢にもいませんわよ。そんな自傷主人公。

 命よりもお顔が大事!そういうものですわ。

 第一、どうしてわたくしが痛い目に遭わなければならないんですの?ろくでなし王太子なんかの為に!


「冗談だよ。信用ないなぁ」


 むくれるわたくしを地面に下ろして、お兄様は苦笑します。


「かわいい妹に、怪我なんてさせる訳ないだろう?この身に代えても、アリアは、僕が守るよ」

「それ。投げたちょうほんにんの、言う事じゃありませんわ」


 そしていちいち滾るな。庶民女。

 あなた、男なら誰でもいいんですの!?

 ――え?二次元のイケメン相手となれば不可抗力?

 現世いまがっつり三次元ですわよ。お馬鹿。


「本当に信用ないね。大丈夫だよ、ほら!」


 唐突に、わたくしのウエストを掴んだお兄様が、ひょいっと、わたくしを頭上に掲げました。


「……へ?」


 高い高いです。一般的な高い高いです。

 腕を伸ばして子供を持つ、あれです。

 子供は喜ぶけど、抱っこより腕にハードな、あれです。


 目を点にしているわたくしに、向き合う形のお兄様が、その姿勢を維持したまま笑います。


「お兄様は、これでも鍛えているんだよ。大事な妹を、落とすつもりで投げる訳ないだろう?」

「……お兄さま。腕力のないインドア派だって、おっしゃいましたわよね」

「うん☆」


 思わず脚を振り抜いてしまったわたくしは、悪くないと思います!!


 ええ。勿論あっさり避けられて、下ろされましたけどね。

 今日という今日は許しませんわ!!

 あの扇子、本当に素敵だったから、お兄様のお誕生日に初めてのプレゼントをあげようかとか考えてましたけど……!

 もう絶対何もあげないんですからね!?


 わたくしが拳を握り締めていた、その時。

 不意に、辺りが暗くなりました。


「何!?」


 空一面が、濃霧に固められたように真っ白になっています。見渡す限り、まるで夕暮れの暗さです。


「――領空侵犯だ」


 低い低いお兄様の呟きを、わたくしの耳が拾いました。

 そうですわ。領地からここへ来る時に、見たじゃない。結界が閉ざされた状態では、下界は真っ白でしたわ。あの下は、こうなるんですのよ。

 でも……領空、侵犯?


「やれやれ。どなたかが、我が家へいらっしゃったようだ」


 聞こえよがしのお兄様の言葉に、侍従二人が姿を消します。

 メイドがさっと、わたくしの周りに集合いたします。


 ……何ですの?この緊迫感。


「お兄さま……帆船ふねが通りかかっただけでは、ありませんの?」

「もしそうなら、尚のこと厄介だね。公爵邸の上は、飛行禁止区域なんだよ、アリア。迷い込んだだけなら、まだ相手を罰すれば済むけれど、事故で流されているとしたら、墜落してくるかもしれない」

「でも、結界があるじゃありませんの!」

「飛行に使う風とはレベルが違うよ。多少、方向を変えるだけだ。飛行を乱す事は出来ても、落ちてくる帆船ふねを跳ね返せる程の力はない」


 見た事もないお兄様の厳しいお顔に、心細くなってきます。


 ……そうですわ。魔力でできた何でも防いで通さない壁とか、前世のファンタジーじゃありませんの。

 この世界の魔法は、飽くまで自然現象を起こすもの。ちゃんと勉強しましたわ!


 ぎゅっと唇を噛み締めるわたくしの前に、お兄様がひざまずきます。


「心配いらないよ。お兄様がついてる」


 ……ええっと。それはそれとして。

 わたくしのメイドは何故、この非常時に、わたくし達の身形を整えているのでしょうか。

 頼んでませんわよ!?

 まあ、さっきの空飛び高い高いで、髪ぐっしゃぐしゃでしたから、結い直してくれるのはいいんですけどね?

 今やる事?今やる事なの??なんなんですの、パニックなんですの!?


「――ああ。開いてしまったようだね」


 お兄様の溜息にはっと気が付くと、青空が戻り、お庭は再び、陽の光にあふれています。

 結界が、開門した?

 そのまま見上げていると、豪奢な帆船が一艘、完全に制御された状態で下りてきます。


「お客さま……?」

「アリアは、何か聞いている?」


 僅かな希望は、お兄様の問いに握り潰されました。

 令嬢のわたくしはともかく、次期当主のお兄様にも訪問が知らされない極秘のお客様が、帆船・空式くうしきなんかで来るでしょうか。

 陸路なら目眩ましは発生しません。馬車でこっそり入るに決まっています。


「仕方ないね。片付けてくるよ」


 どうしましょう……!


 カッコつけているけど、お兄様はかなりお疲れの筈です。

 ……あの、高い高いの所為で。

 イヤですわ。オブ=ナイト公爵家次期当主の敗因が、高い高いによる魔力の枯渇……。

 末代までの恥ですわ!!


 ――え?危機感がズレてる?

 まあ、庶民にはわからないかもしれませんわね。

 貴族にとって、体面は、何より重んじるべきものなのでしてよ。


 ……あら?

 ひょっとしてメイド達も、危機に際してこそ、わたくし達が美しく立つべきだと思っているのかしら?

 やりますわね。

 ならばわたくし、逃げも隠れもしませんわ!

 わたくしは、アリア・クイン。この国で最も高貴にして偉大な令嬢でしてよ!


「オーッホッホッホッホ!」



   *



 先を行くお兄様を追い掛けて、ヘリポートな草原へ走ります。

 ……わたくしを抱えた侍従が。

 いいタイミングで戻ってきたので不問にしておきますが、技を掛けられて土がついていた筈の服が、ぴしっと綺麗になっています。


 あなた着替えてきたの?ねえ、わたくしを放置して着替えてたんですの??


 釈然としませんが、行く手に現れた帆船の偉容に、全てが吹き飛びます。

 なんという立派な帆船ふねでしょう!

 これは、我が公爵家の物をも上回っているのではなくて?

 手に汗を握る暇もありません。着陸はとうに終わり、タラップが据えられています。今まさに、先導役が扉を押さえ、頭を下げたところです。

 タラップの下、ほつれ一つない制服姿の侍従(お前もか!)を連れたお兄様が、臣下の礼を取ります。


 ……臣下の礼?


 カツンと、靴音も高くタラップの上に姿を現したのは、小さな男の子です。

 吹き抜けた風に、マントが翻ります。

 まるでおとぎ話の王子様のような格好をしたその男の子は、威風堂々こちらを睥睨し、わたくしと目が合うと、腕組みをして、胸をそびやかします。


「――アリア・クイン!来てやったぞ!」


 ………………。



 ……オ゛イ゛。

 ろくでなし王太子じゃあありませんの……。

わかりきったオチ。

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