11.王太子との対決?
―――失敗しました。作戦選びを失敗しましたわ。
国王陛下のお言葉をあそこまでいただいてしまったら、もう逃げられませんわよねぇ……。
ああ、なんて事なの。
この、わたくしよ?
王家以外でしたら、どこに嫁いでも下にもおかぬ扱いで、優雅に暮らせるはずでしたのに。
もしかしてもしかしたら、わたくしの心を射止めるような素敵な紳士と巡り会って、一時の夢を楽しむ事もできたかもしれませんのに……。
――え?浮気?貞操観念どうした?
イヤですわ。一夜の恋は貴族のたしなみでしてよ?
――なあに?それで攻略対象を二股呼ばわりしていいのかって?
当ったり前でしょうが!!
貴族のたしなみはね、政略的パートナーを敬い、尊重するのが前提ですのよ!
それをあの怪奇生物ども!!婚約者を悪し様に言った挙句、ないがしろにしまくるって、どういう事ですの!?
ヒロインに乗り換えるなら乗り換えるで、けじめをつけるべきでしょう!?
それなのに、ヒロインが男爵令嬢のままなら婚約者と結婚ですって!!?
二股よ!!不誠実よ!!
特に許し難いのが、王太子!!! 王族の男は、側室も寵姫も持てますけどね!妃は、貴族の夫人と違って、即、姦通罪!!清い関係でも、相手もろとも処刑されますのよ!?
……いえ、道理があるのはわかってましてよ。
王族のスペアは多いに越した事はないですし、逆に、王族の血を引かない王族が誕生するリスクは犯せないですわね。
でもね!!
そんな男女不平等押し付けるんだったら、婚約者に配慮しなさいよ!!!
*
そんな怒りが内心に渦巻くわたくしの横に、王太子御本人(五歳)がいらっしゃいます。
ええ。謁見の後、婚約者同士で親睦を深めろと、中庭に出されたんですけどね。
一体、何を話せというのかしら。
王太子だって、同じ気持ちなのが丸わかりですわ。ぶっすりしたお顔で、こちらを振り返りもせずにずんずん歩いてらっしゃいます。
「――お前、わたしとの婚約が嫌なのか?」
……うわーお。どストレートに切り込みやがりますわね。
ハイそうです、なんて言える訳がないでしょう?
何ですの?嬉しいですとか言わせたいんですの、このロクデナシは。
「……ごしつもんにお答えする前に、一つよろしいですか?“お前”というのは使用人に対するお言葉でしてよ?他の者には“そなた”とお呼び掛けくださいませ」
「お前、生意気だぞっ!」
振り向いた王太子のお顔は、怒りで真っ赤です。
本当に、ほいほい感情を露わにする方ですわねぇ。みっともないですわ。
「殿下?おうきゅうには、他国からのお客さまがいらっしゃると、聞き及んでおりますわ。わが国の、品位に関わる問題でしてよ」
癇癪を起した王太子が足を踏み鳴らしますが、周りに待機している王宮の使用人たちが、目配せしていますのよ。
これは、マナー教師が罰せられますわね。
次回、気合の入りまくったマナー教師に、みっちりしごかれるがいいですわ!ぷー、くすくす。
「僕はお前と結婚なんて、嫌だからな!!」
あら、そうですの。知ってましたけど、何か?
「よろしいじゃありませんか。わたくしがいたって、殿下はいくらでも、お好きな方と結婚できましてよ?」
突き放すと、王太子は急に静かになりました。
「……なんで、そういう事を言うんだ」
「そういう事?」
「ちちうえにも言っていただろう。ぼ……わたしが、他の女と結婚すると」
「ええ、もうしましたわ」
キッと、王太子がこちらを睨みます。
「なんなんだ、お前。お前がわたしの妃だろう?結婚したくないのか」
…………だ・か・ら!
“お前”は使用人だっつってんでしょうが。
ねえ、やっていい?
後ろ向いて、その辺の使用人に「殿下があなたに言ってますわよ~」とかやっていい!?
こみ上げる怒りを抑えて、にっこり微笑みます。
「殿下、王子さまは、お姫さまと結婚するものですわよ。わたくしは、側室にきまっておりますわ」
「……わたしは、妃は一人でいい。しょうがい、一人の妻を愛し抜くんだ」
はあ?
何言ってるんですの?
ねえ、何を夢見る純情乙女みたいな事言っちゃってるんですの?この王太子は??
これ、本当に未来の為政者?
結婚は、王族貴族にとって百パー政治でしてよ?恋愛のゴールじゃありませんわ。だから、愛人が許されるんじゃない。
――え?一途?誠実??
冗談はやめてくださる?王族の誠実さというのはね、それぞれの妃を立てる事ですの!恋愛的にダメなら、財力で満足させるのが、夫王の甲斐性でしてよ。
いいこと?妃を娶るのはね、王族としてのお仕事ですのよ。
前世日本のどこかの会社で、他の会社との契約を取ったとして。その担当者が、別の会社との契約を取ってくるのが、浮気になりますの?まして、プライベートで全然別の誰かと恋愛しようが、結婚しようが、そんなの個人の自由でしょう?
まったく、いつまでも前世の感覚で物を言うのはやめてほしいですわ……ね……。
……あら?
待って。まさか……乙女ゲームの所為!?
攻略対象だから!?恋愛最優先・前世的誠実男な人格なの!!?
う、嘘でしょう?
和平の証に妃を贈られても、ヒロインがいるからとか言って、突っ返すかもしれない訳!?
それ、喧嘩売ってますの?戦争でもするつもり??
なんなの、その不器用ロマンチスト!!
……いえ、大丈夫よ。国王陛下がおっしゃってたじゃない。この国は、平和な強国だって。そもそもそんな状況にはなりませんわ。
あ、これも乙女ゲームの為の設定ですかしら。頭が痛くなってきましたわ。
「――だから、お前みたいなやつは嫌だ!婚約者だなんて、みとめないぞ!!」
……あはっ☆
なあに?クァル様かわいい?ピュアな俺様最高?母性本能で胸キュン?
―――だまらっしゃい。
「ぜいたくな事、おっしゃいますのねぇ?」
口元を隠してくすくすと嗤ってみせると、王太子の眼差しの険がいや増します。
わたくしそれに構わず、流し目をくれてやりました。
「よろしいじゃありませんか?好かない妃の、一人や二人。けんりがあるのだから、他に、このみの女をお集めになれば、よろしいのですわ」
「何だと!?」
「うらやましいですわぁ、わたくし、殿下以外を好きになるなんて、許されませんのにねえ」
ふふふ、と笑うと、王太子が絶句します。
「あら。殿下のきょういく係は、かんつう罪について、教えてくださいませんの?」
「――そんな事はない!知ってる、知っているぞ!」
焦りながら、ちらちら周りに視線を遣る王太子ですが……十八禁になりかねないお話、咄嗟に耳打ちできる使用人なんて、おりませんわよねぇ?
ああ、おかしい。
わたくしが教えて差し上げますわ。
「わたくし、ころされますのよ?好きになった方と、いっしょにねぇ」
王太子が、ぽかんと口を開けます。
なんて間抜け面でしょう?ああ、おかしい。おかしいわ。
――魂の前世の部分が、止めようと騒いでいます。
そうね。今のわたくしは、“星花”の悪役令嬢そのもの。
なんであんなに楽しそうに笑っているのかと思っていたけれど……今、わかりましたわ。
わたくし、とても怒っていたの。
わたくし、とっても怒っているのよ?
「だから、わたくしは、しょうがい殿下をお慕いもうし上げますわ。どんなに殿下が、わたくしを嫌っても、わたくしをいらないとおっしゃっても、どこのどなたを愛されようと」
渾身の臣下の礼を披露すると、一瞬だけ距離を詰め、王太子だけに聞こえるよう囁きます。
「……わたくしに同情してくださいませ、おうたいし殿下。婚約者どうしなのに、とっても不公平でしょう?」
まあ、王太子と貴族令嬢ですからね。不公平で当然なんですけど。
幾分すっきりしたわたくしですが、王太子は意外にも、しゅんとしてしまっています。
「そう、だったのか……」
あら、やり過ぎました?怒ると思ってましたのに。
ゲームでは怒ってましたまよね?「罪もないアイネを傷付けておいて、厚顔甚だしい」とかなんとか。
……そう言えば、ヒロインがいないんでしたわ。
「あまり、お気になさらないでくださいまし。わたくしにだって、みぶんを捨てて、好いたお方と駆け落ちする道くらい、のこされておりますわ」
「いるのか!?好いたやつが!!」
「おりませんわ?」
わたくし、まだ五歳でしてよ?
過剰反応を見せる王太子に、きょとんとして答えると、何故だか頭を抱えられてしまいました。
「殿下こそ、どなたか、想われている方はいらっしゃいませんの?わたくしとの婚約がイヤになるくらい、すてきな方を、ごぞんじなのでしょう?」
嫌味半分投げ遣り半分に話を振ると、思い切り顔を背けて、空の彼方をご覧になります。
「ああ、いる!いるぞ!うん。お前なんかくらべものにならないくらい、すばらしい人だ!!」
……絶対おりませんわね。
嘘が下手過ぎませんかしら?ヘタレ太子。
「だ……だが、な。わたしの婚約者は、おま――そなた、なのだし」
あら?
「……わたしも、そなただけを愛してやる。それでいいだろう?」
「いや無理」
「なんでだ!!!」
思わず、秒で斬ってしまいましたわ。
なんでとか言われましても……。
「殿下が、わたくしを愛するとか、無理でございましょう?」
わたくしの「お慕い」も大概だったと思いますけどね?
そんな苦虫ぐちゃぐちゃに噛み潰したお顔で「愛」とか言われても、説得力皆無でしてよ?
「馬鹿にするな!わたしだって、恋くらいできる!!」
ええ、存じておりますわ。
ヒロインを前にすると、恋愛脳のお馬鹿になってしまうんですわよね?
でもね。
「相手によりますわ」
「よらない!」
「よります」
なんなんですの、ムキになっちゃって。
しつこいですわねぇ。
「好きになるったら、なるんだ!」
「なりませんわよ」
「なる!!」
「なりません!!」
……いつの間にやら、王太子と額を突き合わせて怒鳴り合っておりまして。
ヤバい事をやってしまったと、肝を冷やしたのですが。
お父様によると、この様子は、「お二人はかなり打ち解け、大変に話が弾んでおられた」と報告されたそうです。
それでいいんですの?
王宮使用人のオブラートは、飲み込めないほど厚い。
ちなみに。
「わたくし最初から知ってましたわよ?」てな顔をしているアリア様ですが、王族貴族の結婚観は、王太子との婚約後の教育で知った事です。6.逆ハーを目指せ?時点では知りませんでした。まだ四歳ですからね。
そこまでの、結婚、婚約、二股などは、前世知識に基づいた表現となっており、現代日本のそれと変わりません。貴族のたしなみなど考えもしなかったでしょう。
だが認めない(笑)それがアリア様です。