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10.国王陛下に気に入られました?



 ―――神様。神様。どうかわたくしに祝福を。

 邪悪なる運営の頭をかち割って、彼等にわたくしの幸せを考える素敵な脳みそをお与えください。


 え?恐い事を願うんじゃない?



   *



 神殿でのお祈りを済ませると、馬車は次に、王宮へと向かって走り出します。

 轍の音だけが、ひたすらに響きます。

 ――ええ。ひたすらに。


 き……気まずいですわ。

 ばあや、何か喋ってくれていいんですわよ……。


 本日は、お父様と二人でお出掛けです。

 勿論ばあやもいるのですが、使用人としてわきまえたばあやは、親子の邪魔をする事なく、口を噤んでいます。

 そして落ちる沈黙……。


 神殿行きは良かったんですのよ。神殿行きは。

 お父様がいつも通りわたくしを褒めちぎった後は、神殿や王宮の事をあれこれお話ししてくださって。神殿に着いたら、色々な所を指して、あれはこう、これはそう。馬車に戻る道行きでも、ご祈祷はどうだったかを聞いてくださって――。


 現在、話題が尽きました。


 せめて外の景色が見えたら、わたくしから何か言えますが、窓は分厚いカーテンでびっちり閉ざされています。

 ……仕方ないじゃない。

 この国の交通手段は、帆船・空式くうしき。荷馬車ならあるけど、箱馬車は、王族貴族を歩かせない為だけの物。徒歩の警備に囲まれた状態で、自転車よりもゆっくりと進むんですのよ。


 ――え?何が言いたいのかわからない?


 覗かれるんですの!!通行人に!!

 さすがに貴族の前を塞ぐ平民はいないけれど、両脇が人だかりになるらしいですわ。

 警備が押し止めても、最前列の後ろから後ろから人が寄ってくるから……人垣が崩れて動けなくなった事なんかもあるそうですわ。

 王族や国賓でしたら、国を挙げての警備になりますからね。そうはならないんですけれど。


 まあ、天皇陛下の行幸と、超有名アーティストの街頭ゲリラライブの差みたいなものかしら?


 まだしもお父様の年頃でしたら、通勤姿を見掛けなくもないのですけれど、今日一緒に乗っているのは、わたくし。

 屋敷から滅多に出ない、幼少の貴族令嬢。

 レア過ぎますわ!!

 見つかったら大騒ぎ。こっそり隙間から外を覗く事さえできませんの。


 お父様も、話題がないなら無いで、泰然と構えてくださってよろしいのよ!?お母様みたいにね!

 なんで気まずそうに目を泳がせてるんですの。

 お忙しいんでしょう?お仕事の事とか考えててくださいませ!!


 ああ、本当に余計ですわぁ。この空気読み能力。


 お陰で、王太子の巣おうきゅうに着いてほっとしてしまいましたわ。

 なんて事!


「――ようこそ。お待ちしておりました。オブ=ナイト公爵閣下、並びにご令嬢」

「うむ」


 馬車での一幕など無かったかのように、威厳たっぷり頷いたお父様が、出迎えの近衛に導かれて歩き出します。

 わたくしもそれに続いて、広間にしか見えない、巨大な廊下を奥へと進みました。


 歩きます。


 歩きます。


 まだ歩きます。


 ……ばあやに抱っこしてもらいました。


 誰よ!?王族貴族は歩かなくてもいいとか言ったの!

 めちゃくちゃ歩くじゃない!!

 ねえ、ちょっと。わたくし将来ここを自力で歩くんですの?それも動き難いドレス姿で?

 どんな筋トレよ!!?


 ……くっ、甘かったですわ。王宮が公爵邸より狭い訳ないじゃない。


 ようやく謁見の間に辿り着くと、ばあやはわたくしを下ろして、そこに控えます。

 立って歩けるようになった者が、謁見の場で乳母を伴う事は許されませんの。

 兵士が二人掛かりで開けた扉をくぐり、長い絨毯を踏んで、玉座の正面、お父様の少し後ろで、最敬礼を取ります。


「――よく来たな、夜の。そちらが夜の公爵の娘か」

「はい。尊き国王陛下への拝謁をお許しいただき、感謝いたします。ご紹介申し上げます。我が娘、アリア・クイン・オブ=ナイトです」


「お目にかかれて、こうえいです。偉大なる国王陛下に、ごあいさつ申し上げます。オブ=ナイトこうしゃく家が、第二子にして、ちょうじょ。アリア・クインにございます」


 わたくしが口上を述べると、陛下のお声で、感心した溜息がこぼれます。

 すごいでしょう?ちょっと棒読みなのは、ご愛敬ですわ。

 本当は、『拝謁の栄に浴すこと恐悦至極』とか言ってみたかったんですけど、いくら練習しても舌が回りませんでしたの。陛下の前で噛むよりマシですから、教師に仕込まれた定型文で我慢しましたのよ。


「ふむ、その年で大したものだ。面を上げよ」



 ……顔、怖ぁ!!!



 わたくし、目が合った瞬間、硬直してしまいました。

 いえ、国王陛下の面構えが凶悪とかいう話じゃありません。

 ちょっと眼光鋭いけれど、穏やかに微笑むお顔は、エレガントですわ。

 ただ、かなり厳めしいというか……。優男の、むしろ女性的な線の細いお父様とお兄様に慣れたわたくしにとって、男性的なお顔は、ちょっと衝撃というか……。

 ――え?前世の記憶?

 関係ありませんわ!生の迫力は違いますし……いえ、そうね。現実逃避していても仕方がありませんわ。


 オーラの圧がすごいんですの!!


 獅子とか鷹とか言いますけど、これは最早、野生の象!!ジャングルとかで赤土にまみれた象が、草木の陰からぬっと現れた感じ!!

 前世でも、海外の村が襲われたとかいうニュースで見ただけですけどね。

 でも、喰われるとか狙われているとかいうレベルじゃあありませんの!ちょっとした気紛れで、跡形もなく踏み潰されるレベル!!

 ど、どうしましょう。


「……ふむ。愛らしいな。成長すれば、さぞや美しくなるであろう」


 頭まっ白なわたくしを置いてきぼりに、陛下は満足そうに頷き、隣のお父様が誇らしげに胸を張ります。


「齢五つにして、これ程までに賢く、美しい。王家に迎えるにふさわしい娘だと思わぬか?王太子よ」


 陛下に水を向けられたのを見て、わたくしやっと、玉座の横に立つ、小さな男の子に気がつきました。

 父親譲りの鋭い眼でわたくしを見下ろす、幼い王太子は―――不本意を顔いっぱいに表して、唇をへの字に結んでおられました。


 ク・ソ・ガ・キ☆


 こんなに完璧な淑女であるわたくしのどこが不満なんですの珍獣でない所ですわよねええ知ってますわ!!!


 ……イヤですわ。幼少期なら、まだ可愛げがあるかと思いましたのに。


 わたくしの淑女ぶりに気圧されて狼狽えるようでしたら、そのまま心を折……いえ、トラウマを植え付け……じゃない、劣等感コンプレックス……でもなくて、そう!少々わたくしに苦手意識を持っていただいて、向こうから逃げ出すよう仕向ける作戦でしたのに!

 ふんぞり返ってやがりますわ。

 たった五歳で、もう人格が完成されてるじゃありませんの。

 ――え?お前が言うな?


「婚約してから久しいが、顔を合わせるのは初めてだな。あれが、そなたの婚約者だ。大切にするのだぞ」

「……はい」


 「嫌です」に聞こえましてよ、王太子。

 まったく。立場をわきまえるならわきまえる、逆らうなら逆らうで、はっきりなさい。

 こうなったら作戦B案、決行ですわ!


「――陛下、ちょくげんを、お許しいただけますでしょうか?」


「アリア!」

「よい、許そう。どうした?アリア嬢」

 わたくしが予定外に口を開いたため、お父様が叱責の声を上げますが、陛下が鷹揚に受けてくださいます。

 わたくしは深々と感謝の礼を見せてから、ゆっくりと進言いたしました。


「この婚約、しょうしょう、急ぎ過ぎてはいないでしょうか。せめて、十歳までは待つべきかとぞんじます」


 王太子が、目を丸くしてわたくしを見つめます。

 そんなにコロコロ感情を出して。安く見られますわよ?


 お父様も驚愕で絶句していますが、言ったもん勝ちですわ。許可したのは陛下ですからね。


 ――え?わたくしの脚がぷるぷるしてる?

 気の所為ですわ!


「……ふむ。何故そう思う?」

「おうたいし殿下が、二十八歳のとき、十八歳になられているひめぎみであれば、問題は、しょうじませんでしょう?」


 ええ。“星花”の語学教師とヒロインなんて、十二歳差ですものね?


 にっこり笑って言い切ると、陛下がちら、とお父様を見やります。

 お父様は焦った様子で首を振りまくりです。落ち着いてくださいませ。


「……であれば、女ごころを、しんしゃくしていただきたくぞんじますの」


 わたくしの言い分に、全員の視線が集まります。

「女心、とは?」

「きまっていた婚約者をしりぞけ、ひとの夫をうばった、あくじょと噂されるのは、苦痛でございますわ。未来の王妃さまに、いらぬざいあく感をあたえる事になります」

「ふむ……」

 陛下は戸惑いが勝っているご様子ですが、ここは押しの一手ですわ!

 時間を稼いでうやむや作戦、ゴールは目前ですの!!


 ――え?姫君との縁談が、十歳までに来る訳がない?


 あなた、おかしいと思いませんの?

 いくらナハトムジーク公爵令嬢になったとは言え、あのヒロイン、平民を母に持つ、卑しい娘ですのよ?そんな者を、王位継承者の母として、国が認めると思う?

 どこか他国から、縁談がきていたんじゃないかしら。それも、子作りに問題ない年齢差の――。

 だからこそ、完全に王太子の感情を優先したヒロインとの婚姻が許されたんじゃなくって?

 もちろん、姫君を正妃に迎え、王太子の後継者を正妃が産むのを交換条件にして、ですわよ?

 問題があるとすれば、国際情勢。

 その姫君の祖国との関係が、乙女ゲーム以前に、結婚を考えられる状況にあったのかどうか……。

 ここは賭けですわ。

 わたくし、再び最敬礼を取ります。


「陛下。このアリア・クイン、陛下の忠臣として、しょうがいを、国にささげるしょぞんです。“婚約内定者”として、十までを待つくらい、何ほどの事でもありませんわ。どうか今いちど、ご再考をお願いいたします」


 どうです、陛下?よくご覧になってくださいませ!

 側室なんて勿体ないと、思われませんこと?

 わたくし、正妃の陰に隠れていいような存在じゃあございませんわ。

 重鎮の夫人として、家を取り仕切り、盛り立て、社交界の華として咲き誇るべき人間でしてよ!

 さあ!さあ!


 ……この姿勢辛いんですけど。早く何とかおっしゃってくださらないかしら。


 突然の高らかな笑い声に、びくっとして陛下の顔を見上げてしまいました。

 大失態ですわ!!


「よいよい、楽にせよ」


 陛下が取り成してくださったので、ギリギリセーフですかしら。


「うむ。気に入ったぞ、アリア嬢。公爵、良い娘を持ったな」

「はあ……」


 煮え切らないお父様ですわね!

 いつものビジネスライク……いえ、美辞麗句はどうなさいましたの?


「だが、婚約は正式に発表する」


 …………うぇい?


 上げて落とされたわたくしが途方に暮れると、陛下はにこりと、人の悪い笑みを浮かべられました。


「そなたであればじきにわかる事であろうが、今、教えておこう。――我が国はまことに富み栄えた、豊かな国だ。軍事的にも一目置かれる、平和な国でもある」


 それは素晴らしい事ですわ。


「そなたの考える通り、他国に姫が生まれれば、こぞって王太子との縁を望む事であろう。それこそ、生まれたその日にもな」


 王族、えげつな……。


「故に、姫に対して正当な扱いはするが、厚遇する気は全くない。所詮は、祖国のために利を掠め取りにくる、スパイに過ぎん」


 ざっくり斬りました!?


「だから、私は欲しいのだよ。我が国に心から尽くし、王太子を支える、影にして真なる王太子妃が」



 ………………。



 しょ、庶民女!!庶民女!!

 何とかしなさい!!わたくしに大人の知恵を……社会人の処世術を寄越して!早く!!

 ――は?

 イケオジの魅力に悶絶?ニヒルな笑顔が刺さる?オジ専の気持ちがやっとわかった??


 どうしてそうなのよ!!あなたはぁ!!!



「アリア・クイン、我が義娘よ。――息子を頼むぞ。良いな?」

「……もったいないお言葉ですわ゛」


 ええもう、身に余り過ぎて返品したいぐらい勿体ないです。

 アリア五歳、側室に当確いただきました☆



 なんでこうなるんですのぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?

気に入られたには違いない(笑)

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