1.前世チートで無双?
―――異世界転生ですって?馬鹿馬鹿しいですわ!
公爵令嬢アリア・クイン・オブ=ナイト三歳、すべって転んで池ポチャした拍子に、前世の記憶が蘇りました。
「……ないわ」
大事を取って横たえられたベッドの上で、天蓋を仰ぎながらぼやく。
わたくしは前世、異世界の地球という星の日本という国で生まれ育った、平民の、日本人女子だった。享年二十五歳。書店員。死因は交通事故。劇的ないい話――子供や犬猫を庇った等――も何もなく、たまたま交差点を信号無視で突っ込んできたスピード違反の車が、たまたま運転席を直撃して、潰れた。運が悪かったとしか言いようがない。周囲は悲しんでくれただろうが、きっとニュースにも出ない、ありふれた事故だったろう。
そんな平凡を極めた一般女子は、これまたテンプレ通りに異世界転生。大好きな乙女ゲーム“星花”の、悪役令嬢アリアになっちゃった!
このままじゃ断罪されちゃう!がんばってシナリオを変えて、破滅フラグを折らなくっちゃ☆
『――なんて言う訳ないでしょーが!!アホらしいっ!!』
ぼふん、と、八つ当たりで枕を叩く。
まったく、あり得ませんわ!このわたくしの前世が地味で冴えないド庶民だなんて!
そこは女神か精霊王が筋でしょう!?伝説の大魔法使いとかでもいいわ!
いくら異世界人とは言え、高貴なわたくしの前世が、あんな惨めな女だなんて……。
まあ、いいでしょう。
きっと神様も、あまりに不遇な女を憐れんで、偉大なるわたくしに生まれ変わるという栄誉を与えてあげたのね。
前世のわたくし!感謝してもよくってよ!
――え?なあに?
前世が蘇ったのに、性格が変わっていない?断罪一直線(ガクブル)?
当ったり前でしょうが!!馬鹿も休み休み言ってちょうだい!!
前世は前世!現世は現世!わたくしはわたくし!
前世を思い出したからって、そっくり人格が入れ替わるですって?そんなのおかしいじゃない。それって転生じゃなくて、怨霊に乗り移られてるだけじゃないの?
人生経験の差?そんな事で、公爵令嬢であるわたくしが、庶民ごときに体を明け渡すとお思い?
見縊らないでくださいませ!!
前世のわたくしは好んで読み漁っていたようだけれど……悪役令嬢物の悪役令嬢って、同じ令嬢の立場から言わせていただくと、どうかと思いますわ。あなた達、簡単に体を奪われすぎです!高貴なる者としてのプライドはありませんの!?
ひどいものになると、“庶民の頃の感覚が戻ってそれまでみたいに振る舞えなくなった”とかぬかしてやがりますわね。
前世は庶民!現世は貴族!!
貴族が存在すらしない国の感覚なんて、引き摺る価値もないでしょうに。社会が違いますのよ!社会が!
庶民を自称するなら、貴族の前にひれ伏しなさい!
まぁったく。二股婚約者にまとわりつく卑しい小娘に、身の程を教えて差し上げていた方の言う事とは思えませんわぁ。婚約者の冷遇にも負けなかったメンタルはどこへ行きましたの?あなた達、貴族令嬢としての矜持を持ちなさい!!
わたくしは絶対!庶民に倣って使用人に媚び諂うだなんてみっともない真似、いたしませんからね!
……でも、そうね。
ろくでなし婚約者を捨てて、前世チートで無双?これは気に入りましたわ。
確かにわたくし、前世の知識を吸収して、とても三歳児とは思えない思考力を獲得しておりますものね?
これを活かさない手はありませんわ!
まあ、庶民の知恵が役に立つかはわかりませんけれど?このわたくしが天才となった事実は、きちんと知らしめておかないといけませんわね!
「オーッホッホッホッホ!」
*
……なんて思ってた時期が、わたくしにもありました。
『なんて事なの……っ』
わたくしは、床に手を衝き打ちひしがれる。
『何故……何故なの!?』
「あの、お嬢様?」
『何故、この世界では日本語が通じないの……!?』
「お嬢様、いかがなさいました?わたくし、何か至らぬ点でもございますでしょうか」
さっき話しかけてみたメイドがごちゃごちゃが言っているが、無視する。
日本のゲームのくせに。ゲーム内の台詞は全部日本語だったくせに!!
実は全部翻訳でした異世界だから日本語は誰にもわかりませんて、どういう事なの!?
いえ、あったわ。異世界物のラノベであったわよ?そういうの……。
転生者が複数いる話で、日本語で身バレとか、転生者同士で内緒話・前世トークとか。だけどね。前世の記憶は、すべて現世の言語でも語れる。これが常識よね?
それなのに。
「どうちて、わたくしは!わたくしの―――で、お話しでちないのぉ!?」
……何。この翻訳エラー。
違うのよ。わたくし、“何故わたくしは、わたくしの言葉で話す事ができませんの?”と言いたかったのよ。
舌足らずは仕方がないとして。微妙に意訳されているし、“言葉”に至っては音にもなっていない。
“言葉”って、そんなに難しい発音だったかしら?
確か……なんだったかしら。
……………。
……………。
……………。
…………………………。
え。待って。
待って待って待って。ちょっと待って。ホントに待って。
まさか、現世のわたくしが知っている単語しか話せないの!?
噓でしょ!?三歳児のボキャブラリーなんてたかが知れてるわよ!結局昨日までと変わらない喋りしかできない訳!?
え。わたくしの大人顔負けトーク、脳内限定?
日本の文化情報は死蔵されるの?
そんな!!前世チート無双はどうなるのよ!?
いえ、確かに、言語に関しては、現世のわたくしと前世のわたくしの知識の間で互換が行われていると考えるのが自然よ?現世のわたくしが知らない現世の言語表現を、前世のわたくしが知らないのは道理だわ。
あああっ!この思考をありのまま語れたら、天才として賞賛を浴びられるはずなのにぃ!!
もう、本当に、何なの。
『どうせファンタジーなんだから言語は日本語に設定しときなさいよ!!無駄なとこ作り込んでんじゃないわよ、運営ぃいいいい!!』
「だ、誰かーっ!!お嬢様が、お嬢様が奇声を――いえ、うわ言を叫ばれて……!!誰か!お医者様を呼んでくださいーっ!」
メイドが騒いだ所為で、お医者様とか、最終的に司祭様まで呼ばれました。
悪魔祓いの御祈祷をしてくださると言うので、わたくしも一生懸命お祈りいたしましたわ。
…………消え去れ!!無駄な前世の記憶!!!
無双は夢想。