船上にて
「やっ……た?」
光の爆発が収まった後、そこにはもう黒い化け物の跡形もなかった。
さっきまでの苦戦が嘘みたいにあっさりと消え去ったのだ。
「やったのですよ!」
リーナの声を聞きつつ、安堵のため息をつく。
「ふう……危なかったね」
とりあえず、周りに被害が出なくてよかったよかった。僕はホッとして胸をなでおろす。
「冒険者の人が乗っていて助かったよ」
僕たちを遠巻きに見ていた人の内の一人が僕に手を差し出してくる。身なりからして商人か何かだろうか。
「いえいえ、なんとか倒せて安心しました」
握手をかわし、愛想笑いで迎え入れる。まあ、本当にギリギリだったけどね……。
「いやぁー、それにしてもすごい魔法ですね! あんな強力な攻撃見たことない!!」
「あ、あはは。あれはちょっと特殊なもので……」
「しかもまだ子供だなんて信じられませんよ!」
「子供……」
うん、年齢的にはこの世界じゃ十分に大人と呼ばれる年なんだけどなぁ……
どこみて子供って判断したんだろ。
「そうだ、もしよろしければお名前を聞かせていただけますでしょうか? 私はギャレリア帝国で商人をしているフェリクスと申します」
そんなことを考えているといつの間にかその商人風の男は僕の目の前に来ていて、ペラペラと話し始めていた。……なんだこれ。
えっと……名前言えばいいのかな?
「あーっと、メルタって言います。こっちが仲間のアランとエヴェリーナです」
僕を心配してか、近寄ってきていた二人も手で指して紹介する。大事な仲間をないがしろにはできない。
「メルタさんですか。素敵な名まえですね」
「どうもありがとうございます」
社交辞令だけど、一応素直に受け取っておこう。スティーグに名づけられた名前が褒められるのがうれしいしね。
「機会がありましたらぜひ当店へおいでください。きっと良い商品をお売りできると思いますし、特別に割引も致しますので」
「はい、その時はよろしくお願いします」
そう言って彼は一枚の紙を渡して去っていく。この世界にも名刺に近い概念はあったらしい。その紙には彼のお店らしい場所の簡単な地図と名前が記載されている。
「さて、無事切り抜けられてよかった」
「つーかよ、海の上で船にピンポイントに出てくるあたり、確実にメルタが狙われてるんじゃね?」
「だよねぇ……」
うん、黒い化け物に関する最悪の予想は当たっているということだ。多分あれがこの世界に巣食っている病なんじゃないかと思っている。
それで僕たちの邪魔をしに現れているのだろう。
だとすればかなりまずいなぁ……徐々に強くなってる上に、いつ出てくるかわかったもんじゃない。正体もわからないし、対処も今のところ光の剣くらいしかないとなると、今後が不安だ。
「これで終わりならいいんですけどね……」
ポツリとつぶやくリーナの言葉。確かに彼女の言う通りである。だがそれはおそらくあり得ないだろう。
これが奴らのほんの一部だという可能性の方が高い。
そして僕らはこれから先何度もこういう戦いを強いられることになるはずだ。
できればこんな危険なことは避けたいところなんだけど…… でも、今ここで立ち止まれば、滅亡という名目で多くの人が犠牲になる。
それだけは何としても阻止しないとならない。神様にいわれた義務感というのもあるけども、僕を救ってくれた人たちのような良い人のいるこの世界をこのまま枯れさせたくない。
だから僕はこの道を進むことをためらうことはできない。
「とにかく無事に終わったし、部屋にもどろか」
「はいなのです」
未だ遠巻きにしている人の輪を抜け、船室に戻る。
扉を閉めて僕は装備を外してベッドに横になる。
「くわー、つかれたー!」
思わず声に出してしまうほど、今日は疲れてしまった。
「メルタ、大丈夫なのです?」
心配そうな顔で覗き込んでくるリーナ。
「ん? ああ、気にしないで」
ただこう、いきなり強くなってた黒い化け物との闘いにピリピリしすぎただけだ。
今回は盾も歪むことはなかったけど、代わりに少し左腕がしびれている。
アランは大丈夫だろうか。
彼は平然とした顔で、装備を解いているところだ。
「アランは怪我とかしてない?」
「おう、なんともねぇよ」
なんとも頑丈なことだ。アランもリーナも僕にないモノを持っていてうらやましいね。
まぁそれは隣の芝が青いといった思いに近いのかもしれないけど。
「それよりもメルタの方こそ大丈夫なのかよ」
「え? 何が?」
「お前、無理してないか?」
「うーん、左腕がちょっとしびれてるくらいで大丈夫だよ」
袖をめくってみるも、青痣にもなっていないから問題ないだろう。
「本当なのですよ?」
「うん、ホントだってば」
ジッと見つめてくる二人の視線。
そんなに見なくてもわかってるよ……二人が僕の事を気遣って言ってくれていることは。
本当に優しい仲間をもったものだ。
「ありがと」
「今のところ負傷率ダントツトップだからな、メルタは」
なんとも不名誉な第一位を獲得したもんだ。
好きで怪我してるわけじゃないんだけど。
「次からはもっと安全マージンを考えて動くことにするよ」
「それがいいのですよ。メルタには傷ついて欲しくないのです」
そういって僕の手を握ってくれるリーナの手はとても温かかった。
「んで次の島での停泊中どうするよ。なんか買いにでるか?」
「うーん、特にはいいかなぁ。もうなんかゆっくりしていたい」
「そうか……じゃあ俺は適当にぶらついとく」
「私も付き合うのですよ。アラン一人だと迷子になりそうですし」
「なるか! 俺をなんだと思ってんだよ!!」
いつも通りの二人を見て安心しつつ、その日は三人で一緒に寝ることにした。