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出会いは危機一髪

 ごぼりと肺から空気が押し出される。これ、完全に溺れかけてるよね。

 勢いよく飛び込んだは良いものの、川は想定以上に流れが急だった。勿論僕の体重が軽いっていうのもあるのだろうけど。

 流れにもみくちゃにされているうちに上下が分からなくなって、意識が薄れていく。


 だけど――ここで、まだ、死んでなるものか!


 必死の思いで伸ばした手が何かを掴む。そこが天か地かは分からないけど必死で身体をたぐりよせれば、そこは村からはまだ少ししか離れていない河原だった。だが幸いに、川を挟んだ対岸だ。


「ゲホッ 水だいぶのんだかな……」


 チラリと村を確認すると、松明が複数動いているのが見えた。探しているのかもしれない。銀貨30枚がどのくらいかってわからないけど、100円玉換算でも3,000円相当。あれ? 思ったより安い…… じゃなくて、それでも生活水準的にはきっと大金に違いない。目の色も変えるはずだ。あ、目の色が変わってるのが僕だけど。


「そんな……軽口考えてる場合じゃないっての。逃げ……ないと」


 草むらに入れば身を隠せる。そう考えて、痛む足を引きずりながらも道を外れて草むらに向けて走った。こんな時だけは粗末な服がありがたいね。水を吸っても邪魔にならない。


 遠くからは僕を探しているであろう声が響いてくる。


 死にたくない、捕まりたくない。


 今度こそ生きて――あの神様らしき光が言っていたように、神の末席につければ…… 世界を越えられる、元の世界がどうなったか見ることができるかもしれない。 残してきた家族がどうしているのか、知ることが出来るかもしれない。


 走って、走って、走る。削った足首からだけじゃなく、足の裏からも血が流れる。やがて地面を覆うのが短い草だけでなく、腰ほどの長さの草が混じりはじめた頃、嫌な音が聞こえた。遠吠えらしき鳴き声と、草音。


 やだなぁ……これ絶対に狼とかだよね。よもや触れ合いわんわんサーカス的な可能性は……あるわけないし。正直、嫌な予感しかしない。それでも、いやそれだからこそ尚更足を止めるわけにはいかない。


 草を掻き分け、石に躓き、転げて手や顔にも傷が走る。草音は次第に数を増やして、近づいてきていた。 誰だ、生まれたのが食われる側じゃなくて良かっただなんて考えてたの。自分だよチクショウ。だってよもや異世界転生! 狼に喰われて終了! だなんて誰が思うだろうか。


 陽の傾きは次第に強くなり、暗い足元が尚更見えにくくなる。でもそれ以上に、涙で目が霞む。


「嫌だ、嫌だよ…… こんな所で、食べられて、死にたく、ないよ……」


 息がどんどん荒くなり、少しでも気を抜けば足が止まりそうになる。そして――足がもつれて遂には倒れ込んでしまった。幸か不幸か転がった先は道のように草が短くなっているところ。だから、見えてしまった。先程までの草むらを割って出てくる、狼らしき一群が。


「嫌だ……何で、どうして……」


 唸り声と共に少しづつ僕を囲み出す狼、近づくにつれ、その大きさが実感できてしまう。

 ああ、僕の腕とか一噛みで食べられちゃいそうだ。


 もう一度気力を振り絞って、走る! けどそれよりも、牙と爪が届く方が早かった。


「あぐうっ!」


 傷口になっていた足首に食いつかれ、転ばされる。それと同時についてきていた一匹が腕にも齧り付く。


「嫌だ、やめて、やだぁ……」


 足と手からぎりぎりと骨の軋む音が伝わってくる。そして、残りの狼もまた徐々に集まり始めていた。


 痛い、苦しい――そんな思いが頭を支配する。


 だから僕は、一つの明かりが近づいてきているのに、気がつかなかった。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 近隣の街からの依頼で薬草を集めに行く帰り道だ。そんなに遠くない所から狼の遠吠えが聞こえてきた。街や村に近いこんな場所に狼がきてるなら、ギルドに一報しないとな。ま、行き先でかち合ったら討伐くらいはするだろうけど、そんな金にならない事、一々やってたら商売あがったりだ。


 こちとらろくな力もねぇ日銭稼ぎの身としては、いつも通りそんな考えてだったさ。だが、狼の鳴き声が、明らかに急速に移動を始めていた。つまり、何か獲物がいたってことだろう。しかも問題は街道沿い、こっちに向かってるってことだ。


 水を入れた腰袋を背中に回し、剣を抜く。そして松明を掲げて――見てしまった。


 ちくしょう、チクショウが! クソが! 見てしまった!


 そうしている間に狼どもはそれに食らい付き、引きずり始めた。


「させるかよ、俺の……目の前で……!」


 松明を狼どもに向けて投げる。怯んだ隙に手前の一匹を渾身の力で蹴り上げた。狼の注意がこちらに向くと同時に声を張り上げる。こういう手合いは気合大事だ。


「こいよ! クソ狼どもが!」


 近くの二匹が大口を開けて飛びかかってくる。バカめ、そんな見え見えの手が通じるかよ! 一匹は鼻っ面に鎧越しの文字通り鉄拳を、もう一匹にはその勢いに任せて剣を刺しこむ。悲鳴と断末魔、ざまぁみやがれ。

 刺し貫いた狼を投げ捨てると、地面に大量に血がばら撒かれ、連中の気勢が下がっる。そこをじろりと睨め付けてしばらくそうしていると、一際大きいボスらしき奴がくるりと背を向けた。


 残されたのは俺と、放り投げられた松明に照らされる――地面に横たわって血を流すガキだった。


「ああ、チクショウ。悉くついてねぇな……」


 良くも悪くも、荷物の中には傷薬がある。しかも万が一用のお高いやつだ。躊躇いはする、するがやらない選択肢はない。兎にも角にも無駄使いにならないよう、近寄って息を確かめる。


「おーい、生きてんのかクソガキ。」


「死に……たく、ないよぉ……」


 うっすらと空いている瞳にはまだ、光がある。


「ああクソっ! 薬やるから、もうちょっと頑張りやがれ!」


 言っている間に手足の力が少しづつ抜けていく。これで死なせちまったらそれこそ、夢見が悪い。


 背嚢を下ろし、急いで中身を地面にばら撒いて目当ての薬を引っ張りだす。万が一の一本、それこそ一本金貨5枚の一品の半分を口に含ませ、残りを傷口に振りかける。


 そして、ガキの喉が動いたのが確認できた。これで、死ぬ事は多分ないだろう、ないだろう。


「どうしたもんかね、見た目的にはどっかから逃げ出した奴隷って可能性もあるっちゃあるが……」


 脱走した奴隷を匿う事は罪だ。むしろ連れていけば、その奴隷の価格の一割を報酬に貰える。まぁ使った薬には到底足らんが。


「よっと、少しごめんよ」


 服……服というかズタ袋に近い物をめくって背中を確認する。


「おいおい、本っ当についてねぇな……」


 背中には奴隷に押される焼印はなかった。つまりこいつは奴隷でもないのにこんな見た目になるような扱いをされてた人間って事だ。ただ狼に襲われて逃げたっていうより、どっかから逃げてきたって所が正解か。


「ああ、クソっ、クソッタレが!」


 自分の運の悪さと、そのガキの状態に腹が立つ。こうなっちまったら後は仕方ない。自分のケツは自分で拭かなきゃなんねぇ。


「こっち向きに倒れてるって事ぁ、この先の村からか。そっちに行けねえってなると……」


 詰まる所来た道をもどるってわけで……この先の事を考えると、納品は出来そうにもない。てことは薬の出費の挙句、罰金まで支払わなきゃなんねぇ。


「此処までやっちまったからなぁ…… 後の事は後で考えるか」


 地面にばら撒いた荷物から包帯を出して目立つ傷跡に巻きつける。残りは片付けて、子供を背負う。せめてこの狼どもの血の辺りからは離れない事には、安全が確保しにくい。


 ……一体この軽さで何歳なのか、考えたくもねぇ。


 金稼ぎに出かけた筈が、稼ぐどころかこんな拾い物をするなんて、全くツイてない。ま、せめてこいつの目が覚めてからどうするか、ゆっくり考えよう。

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