2話 土下座
あまりの出来事に、グラっとよろめいて、倒れかかってソファに手をつけてもたれる。
ここは大統領官邸にある執務室。ロック共和国の<大統領>が椅子に座って、こちらをギロリと睨みつける。
落ち着いて、落ち着いて。
落ち着いて、落ち着いて。
「あ、あばば…」
だ、駄目だ。震える。言葉が出てこない。
身体が震える、身体の震えが止まらない。
「once moreだ。タカリナ」
肩書きだけで臆してはならない。相手は魔法すら使えない人間、魔物相手ならいざ知らず、相手は生身の人間。恐れる事はない。片腕が効かないとはいえ、貴方のいるソコは私の魔法の”射程範囲内”。理解っているのですか?どちらが生殺与奪の権を握っているのか!
しかし…、相手は一国の大統領。
落ち着け、落ち着くんです。鷹理奈。いかに強大な魔法力を持とうとも、個人が国家に勝てるはずもない。そんな馬鹿な事を考えている時点で負けなのです。落ち着くのです。
「だ、大統領閣下。申し訳ございませんでした。私の不快な発言を謹んで却下させていただきます。本当に申し訳ございませんでした」
絨毯のしかれた地面に片方の手をつける。もう片方の手もつけようとする。左肩の部分には包帯が巻かれて、無理な姿勢で土下座をしているため、ズキズキと痛む。まだ治っていないんだ。当たり前だ。しかし誠意だけは見せようと、片方の手だけで<土下座>をする。この際、不格好なのは仕方がない。
し、しかし…。
痛い!痛い!! 左腕が痛むぅ!!!
体勢を変えるだけで、左肩がズキズキ痛んで、目から涙がにじみでる。
鼻水をすすると、鼻水が口から喉に流れてくる。
あうう。無様だ。無様。
なんで、肩に怪我してるんだっけ?
本当は覚えているけど!ちくしょう!!
痛い!!
な…。何ですか?
みっともない土下座までして、一国の聖女ともあろう者が他国の大統領相手に!!恥ずかしくないのですか?鷹理奈!!
お母様が知ったらどう思うでしょう?
でもいいのです。背に腹は替えられませんから。
それを冷めた目線で見ている大統領。
「顔を上げてくれ。鷹理奈。少し、からかい過ぎたようだ。お前の魔法力に興味があるのは事実だ。お前には是非とも魔法研究所に通ってもらいたいと思っている。だが、これは強制ではない。任意だ。我がロック共和国は自由と平和を尊重する国家。すべての魔法属性を極めた、元聖女と言えども、それは同じだ。事実、俺も平民であり、肩書きこそ大統領だが実のところ、そのへんの町人と大差ないのだよ。役割が違うだけだ」
うずくまった姿勢のまま、私は涙と汗でぐっしょりとなった顔を、ゆっくりとあげていく。大統領の方を向く。
「ありがたき御言葉、私は閣下に忠誠を!魔法研究所の任、是非ともつとめさせていただきます」
大統領はコーヒーをティーポットに入れて余裕の様子で微笑んでいた。
「鷹理奈。これからお前は”魔法研究所の研究員”だ。気張って勤めに励んでくれよ。話は以上だ。詳細は騎士団長のユリエルに話を通してある。解散!」
大統領は手を上の方にかきあげる仕草をした。
私はおそるおそる立ち上がって、大統領の顔をうかがいながら、ドアノブに手をかけて、頭を下げつつ、ゆっくりドアを開けて出た。『にひひ』という愛想笑いもしておいた。
ドキドキ、ドキドキと心臓が早鐘のようになり、寿命が縮みあがる思いだ。
それにしても、左腕が痛い!!!
ゆっくりと執務室の方向を向きながらドアを閉めた。