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告白したい [クララの視点]

 ヘザーのお見舞いから戻った後、私はあまりに泣きすぎたために、目がポンポンになってしまった。


 メイドさんたちがよくよく氷で冷やしてくれたので、夜には幸いにも腫れは引いた。

 それでも、水分を失った目は疲労が激しいのか、いつもならまだ眠っていない時間なのに、目がとろとろとして、開けられなくなってしまった。


 湯浴みをして体がリラックスしたところで、もう睡魔に勝てなかった。

 そんな様子をみて、賢いメイドさんたちは、さっさと私の寝支度を整えて、早々と退出していった。


 いつもと違うことに気がついたのは、深夜を回ったくらいだったと思う。

 すでに数時間眠った後だったので、眠気のほうは少し落ち着いていた。


 それでも、一瞬、夢を見ているのかと思った。


 なぜって、殿下が私を後ろから抱き抱えたまま、静かな寝息を立てていたから。


 これは違う!いつもと違う!どういうこと?


 王女様の部屋から、殿下の主寝室に移されたときは、正直ショックで倒れそうだった。


 それだけでも結構なダメージだったのに、お風呂だ香油マッサージだ化粧だと、くたくたになるまで全身をピカピカに磨き込まれた。


 極めつけが、王女様が用意していったという夜着だ。


 どう考えても、普通じゃない布面積と透ける素材。誰が見ても、勝負下着としか言いようがない。


 寝室に入ったあと、侍女長様がやってきて初夜の心得の講義をされたときには、さすがに泣きたくなった。


 王女様のご命令で、すでに殿下の閨に侍ったというのに!

 それが全く不発に終わったことを、侍女長様はすべてお見通しだったらしい。


 侍女長様には、「押してだめなら引きなさい」なんて言われてしまった。


 もう、穴があったら、入りたい気分だった。


 とにかく、こうなったからには、覚悟を決めるしかない。


 寝室には、ほのかな香が炊かれ、雰囲気を高めるためか、灯りは蝋燭だけとなった。


 みなさんの多大な努力を無駄にしないため、今夜はなんとか殿下を、その気にさせなくてはいけない。


 できるだろうか。無理な気がする。いや、絶対無理だ。


 私に殿下を誘う色気なんて、全くないのだ。


 そして、案の定、明け方近くに寝室に入ってこられた殿下は、私に指一本触れることなく、別室に引き上げていかれた。


 殿下を寝台にお誘いするなんていう、超高等テクニックは持ち合わせていない。

 だから、私は寝たフリをしてやりすごした。


 完全に、ヘタレだ。


 翌朝、一人でグウスカ寝ている私を起こしてくれたメイドさんたちは、寵愛の痕跡が全くないシーツを見て、あからさまにガッカリしていた。


 期待に添えなくて、本当にごめんなさい。


 そんな日が一週間くらいが続いたあと、殿下はテロの事後処理でお忙しいからという理由で、毎日繰り返されていた「初夜の準備」は唐突に終わりを告げた。


 メイドさんたちも、いい加減疲れたのだろう。


 それはそれで、気が楽になったのは確かだけれど、女としての魅力がない自分には、かなり落ち込んだ。


 殿下は私を、愛してくれているとは思う。


 以前、ちゃんとそう言ってくれたし、もし今はそうじゃなかったなら、こうして私をここに置いておくはずはない。


 だから、殿下の気持ちを疑ったことはないのだけど、逆に私の側には決定的な失敗があった。


 私はまだ、殿下に自分の気持ちを伝えていない。


 ただ、側室にしてほしいと言っただけだった。それなら、権力目当てに近づいたと思われていても、別に不思議はない。


 何度もキスはしたけれど、事故チューだったり非常時だったりだった。

 殿下にしてみれば、あれは一時的な感情の高まりだったと取れるかもしれない。


 これは、最大の失態だった。


 愛の告白なんて、それなりに勢いがないとできないと思う。タイミングときっかけも。


 なんの脈略もなく、いきなり「好きです!」とか言い出すのは、物語のヒロインだけの特権だと思う。

 実際は、そんなことは恥ずかしくて簡単には言えないのだ。


 やはり、お酒の力を借りるしかないだろうか……。


 そんなことで、殿下との関係がはっきりしないまま、私はカイルと別れ、ローランドと別れた。


 別に、三股をかけていたわけじゃない。婚約者だったり許嫁だったりした過去に、きちんとけじめをつけただけ。


 そして、もはや何の憂いも枷もなく、いつでも殿下に告白できる状態になった。


 そうなった途端に、なぜかこうなってしまった。


 告白を飛び越して、いきなり殿下と添い寝をするというのは、恋愛順序的にどうなのだろうか。


 いや、ベッドに断りもなく潜り込んできたのは殿下ではある。

 でも、ここは殿下の寝室。他人様の寝所で据膳の痴女を演じているのは、まぎれもなく私のほうだった。


 目が覚めてすぐは、緊張でカチカチになった。


 殿下を起こそうと、何度か呼びかけてみたが、疲れているようで熟睡していた。


 もう少し寝かせてあげたいと思った私は、そのままの体勢で、少しの間だけ待つことにした。


 ところが、殿下の規則的な寝息や、背中から伝わる体温の暖かさ、逞しい体から漂ういい香り、それらに包まれるのは天国にいるように心地よく、私はまたあっさりと睡魔に負けた。


 そのまま、また寝てしまったのだった。


 そして案の定、起きたら殿下はいなかった。あれは欲求不満が見せた夢だったのかもしれない。

 夢で願望を満たすなんて、本当に我ながら情けない。


 そう思って、ベッドの上でうだうだしていたら、メイドさんがニコニコ顔で入ってきた。

 寝て起きたところだというのに、なぜか「お疲れでしょう」と労われ、お風呂に入れていただいた。


 みなさんが私の首筋を見て顔を赤らめるので、何ごとかと思ったら、なんと非常に目立つ真っ赤なキスマークが!


 いつ、誰が、なんのために?


 もちろん、これは殿下以外につける人がいない。つまり、その結果として、昨夜のことは夢ではなくて現実だと分かった。


 とはいえ、現実だと分かったところで、なにか現状が変わるわけでもない。

 私は相変わらず告白もしていない相手に、一方的にいろいろとされているだけなのだ。


「殿下から花束が届いています!室内庭園で、朝食を一緒にと、ご所望でいらっしゃいます!」


 メイドさんの一人が、お風呂場に駆け込んできた。周囲のみなさんから、歓声が上がった。


 メイドさんたちは一斉に活気づき、まるで着せ替え人形のように、あれやこれやと私の世話をしてくれた。


 そして、あっという間に『どこの国のお姫様か』というくらい、化粧プチ整形を施された完璧なご令嬢が作り上げられた。


 さすが、王宮のメイドさんの腕はすごい。


 お忙しい殿下を待たせてはいけないということで、私は室内庭園に急がされた。

 なぜなのか分からないけれど、今度はメイドさんではなくて、王宮の侍女様たちが付き添ってくれた。


 王宮侍女は爵位を持った令嬢たちなので、男爵家の私よりもずっと身分が高い方々だった。

 そういう方々を引き連れて歩くというのは、なんというか、公開処刑的な気まずさがある。


 それでも、侍女様方は流石にプロだった。


 そういうことはおくびにも出さず、髪のほつれなどを直してくれたりする。


 畏れ多くて、震えてしまう。


 それはさておき、とりあえず、ようやく日中に殿下とお会いできる。


 これはやはり、告白のチャンスだった。


 これからは、側室としてお仕えするのだから、やはり、そこははっきりさせておきたい。


 私が後宮に入ったところで、なんの政略にもならない。だからせめて、真心を込めてお慕いさせていただくのが筋だろう。

 それくらいしか、私が殿下の役に立つことはないのだから。


 殿下はすでに室内庭園にいて、私が来ると笑顔で迎えてくれた。


 ガラス張りの天井から降り注ぐ太陽の光で、殿下の金髪がキラキラを輝いている。

 まだ、朝という時間帯のため、白いシャツと紺のスラックスというシンプルな格好が逞しい体の線を強調して、さらに美貌を引き立てていた。


 私を含め、その場にいた女性はみんな、殿下を一目見た瞬間に赤くなったと思う。


 それほどに、今日の殿下は色気も凄まじい。


『一体どこのおとぎ話の王子様か』思ったけれど、実際に正真正銘、この国の王太子様なのだ。


 お側に寄るのも気後れする。


 やっぱり、私には 告白なんて無理かもしれない。


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