表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/19

永遠の別れ [クララの視点]

 私とローランドは、屋敷から少し歩いたところにある果樹園に来ていた。


 元果樹園であった場所というべきなのか。


 シャザードとレイ様の魔法戦のために、りんごの木はなぎ倒されたり、引き裂かれたりしていた。


 あの日から約1ヶ月。その間に、いろんなことが変ってしまった。


「あのときは、守ってくれてありがとう」


 私は、あれからずっとローランドに会っていなくて、やっと言いたくても言えなかったお礼を言えた。


 それを聞いて、ローランドはすこし自嘲気味に笑った。


「守ったのはお前だろ?レイ殿を連れてきてくれなかったら、俺が死んでたよ」


 王宮に戻る前に、ここに寄っていかないかと誘ったのは、ローランドだった。


「不思議だね。シャザードはもういない。レイ様も王女様も、カイルも行ってしまった」

「そうだな」


 私は、カイルから預かっていた箱をバッグから取り出して、ローランドに差し出した。

 それを見て、ローランドは驚いたように目を瞠った。


「カイルから預かってたの。いつか会えたら、返そうと思って」


 ローランドは黙って箱を受け取ると、そっとその蓋を開けた。そこには公爵家の象徴であるエメラルドが、柔らかい日の光を受けて燦然と輝いていた。


「これはあの日、お前に渡そうと思ってたんだ」

「うん」


 それは知っていた。


 そして、もしもあの日に襲撃がなかったら、私がこの指輪をしていたかもしれないということも。


 でも、そうはならなかった。


「あの日の翌日、カイルがこれを王宮まで持ってきたんだ。お前が羽織っていた、俺の上着に入っていたって」


 ああ、そうか。茨にひっかけてしまった上着。あれに入っていたんだ。

 そういえば、あの日、カイルは王宮に出かけて……。


「クララに渡せって言われた。でもつっぱねた。そしたら殴られた」


 カイルがローランドを殴って、謹慎になった日だ。あれは、そういうことだったんだ。

 でも、なんで。なんで、カイルはローランドを殴ったんだろう。


「ヘザーとクララからの怒りの鉄拳だと。まあ当然だよな」

「え、それはどういう意味?」


 ローランドはちょうどあの日、私たちがピクニックをした辺りで足を止め、こちらを向いた。


 あまり見たことがなかった真剣な目を向けられ、私はローランドから目そらせなくなってしまった。


「俺はお前が好きだった。なのに、殿下との仲を誤解して、お前を諦めようと、ヘザーの好意を利用した。そんな婚約、カイルが怒って当然だろ」

「私と殿下は……」

「知ってる。殿下から聞いた。何もなかったんだろ」


 そう。私たちの間には、何もなかった。あのときも今も。


 そして、殿下は、それをローランドに言ったんだ。たぶん、私をローランドに託そうとして。


「じゃあ、なんで……」


 ヘザーと。そう聞こうとして、私は言葉を飲み込んだ。


 聞いてはいけないことだった。それはローランドとヘザーのことで、私があれこれ詮索するものではない。


 私の考えを読んだかのように、ローランドは前髪をぐしゃっと握った。

 これはいつもローランドが、キツいと思っているときにする癖だった。


「カイルには、何度も言われた。逃げずに、きちんと向き合えと。でも、俺にはできなかった。お前の口から、決定的なことを言われるのが怖かった。俺を愛していないという言葉を、聞く勇気がなかった」


 そういう気持ち、よく分かるよ。私もずっと同じだから。

 好きな相手の本当の気持ちを聞くのが、怖いと思っているから。


 そう言ってあげたかったけれど、私はただ黙っていた。それは、私がいうべきことじゃないと思った。


「ヘザーは、俺の気持ちを知っていた。当然だよな。それなのに、俺と婚約したいと。新しく好きな子ができるまでの仮でいいと。俺はそれを承諾した。ただ、お前を諦めるためだけに」


 私の頬を涙が伝った。ヘザーはどんな気持ちだったんだろう。


 私は王女様のお茶会まで、ヘザーのローランドへの気持ちに気がついていなかった。


 ずっと一緒にいたのに。一番の親友なのに。


 泣いている私を、ローランドは静かに抱き寄せた。ローランドも泣いていた。ヘザーのために泣いていた。


 どこまでも心優しい、私たちの大切な幼馴染を想って。


 しばらくして、私たちは少し落ち着きを取り戻した。

 そして、ローランドは私の涙を指で拭って、私の額を撫でてくれた。

 子供のころから、私が泣いているとそうしてくれたように。


「テロのとき、ヘザーを失えないと思った。あいつを、生きて幸せにしたいと思った。だから、死ねないと。だから、死なせないと」


 ヘザーは、私とローランドを庇ってくれた。愛する人と恋敵である私を。なんのためらいもなく。

 そして、私とローランドに、自分を置いて逃げてくれと言ったのだ。


「口には出さないが、ヘザーは不安がってる。だから、早く安心させたい」

「結婚するって、聞いたよ。おめでとう」

「ああ。子供ができれば、俺は家督を継ぐ。ヘザーを公爵夫人にできる」

「うん。そうだね」


 ヘザーの両親は亡くなっていて、実家には身の置き場がなかったと思う。兄の伯爵は優しい人だけれど、義姉の伯爵夫人とはずっと折り合いが悪かった。


 ローランドと結婚して公爵家に入れば、きっとそこが、ヘザーにとって一番落ち着ける場所となるだろう。


 ローランドは私の両肩をつかみ、自分から少し離した。そして、そのまま私の目をじっと見つめて、こう言った。


「俺は、ヘザーと生きることに決めた。だけど、今、お前にどうしても聞いてほしいことがあるんだ。俺が先に進むために。聞いてくれるか?」


 私は無言で頷いた。


 私がローランドのためにできることは何もない。してもいけない。


 それでも、この人は幼い頃から、私を自分の許婚として、密かに守り慈しんでくれた。

 そして、私もこの人がいる空気が好きだった。


 形は違うけれど、そこには確かに愛があった。


「俺は子供の頃から、ずっとお前が好きだった。その気持ちは、これからも永遠に変わらない。何があっても」


 ローランドの心が、泣いているのが分かる。そして私の心も。


 愛し合って結ばれるという運命ではなかったけれど、私たちは互いに強く惹かれていた。

 どこかで歯車が掛け違っていたら、たぶん互いの手を取っていたであろうくらいに。


「一度だけでいいから、ちゃんと伝えたかった。お前は俺のすべてだった。愛している。永遠に愛し続ける」


 私は黙って頷いた。


 これは愛の告白ではなくて、決別のための言葉だった。


 ローランドは、抱えきれない思いを私に伝えることで、それを昇華しようとしている。

 消えていく思いを手放すのが寂しくて、それを私に引き取ってほしいと請うている。


「ありがとう。ローランドの気持ち、一生忘れない」


 私がそう言うと、ローランドは私の肩に頭を乗せて、少しの間だけ泣いた。

 私はその頭をそっと撫でて、いつもそうしていたように「大丈夫だよ」と言った。


 それが、私たちの幼い頃からの許婚関係の終わりだった。


 果樹園の門の近くに、私は馬車を待たせてあった。


 私たちはとりとめのない話をしながら、笑い合って馬車まで歩いていった。

 今までいつもそうしていたように。


 そして、ローランドはいつものように「じゃあ、また」と言って、私の手を取って馬車に乗せてくれた。

 それは、パートナーとして私をエスコートしてくれるときに、いつも彼がしてくれたことだった。


 馬車が見えなくなるまで、ずっと門の前で見送ってくれるローランドを、私は馬車の後方の窓のカーテン越しに、こっそり見ていた。


 さまざまな彼との思い出が洪水のように溢れて、私は声を上げて泣いた。

 ローランドとヘザーが幸せになることだけを願って。


 王宮につくまで、私は泣き止むことができなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ