ヘザーの真心 [クララの視点]
あのテロで、ヘザーとローランドは重傷を負った。一時は命も危ぶまれたけれど、殿下の救命魔法のおかげで、一命をとりとめることができた。
集中治療のために、しばらくは面会謝絶だった。それでも、療術師たちの治療魔法と聖女様の治癒魔法のかいがあって、三週間目くらいに病宮から自宅療養へと切り替わっていた。
王宮には国王陛下も帰還され、国内の情勢もずいぶんと落ち着いていたので、私はこっそりとお忍びで公爵家を訪ねた。
ヘザーは実家の伯爵家ではなくて、ローランドの屋敷にいると聞いたからだった。
そうは言っても、この二人の領地は隣同士で、屋敷間にもたいした距離はない。そういう意味では、きっと公爵家での療養は二人の希望なのだと思われた。
公爵家には昔から何度も遊びに来ている。ヘザーのお見舞いに来たと告げると、顔見知りの使用人たちは喜んで案内をしてくれた。
そして、それは驚いたことにローランドの部屋だった。
これは、まさか、つまりそういうことなのだろうか?
案の定、通された部屋はローランドの寝室だった。
子供のころ見たものとは違い、天蓋つきの大きなキングサイズのベッドが据えられていた。
ヘザーはそのベッドに上半身を起こして座っていた。
「クララ!来てくれて嬉しい。こっちに来て、よく顔を見せて!」
ヘザーは涙で顔をぐちゃぐちゃにして、私に腕を伸ばした。私も元気なヘザーを見て涙がこみ上げ、二人して抱き合って互いの無事を喜んだ。
ひとしきり泣いたあと、私たちは離れていた三週間を取り戻すかのように、おしゃべりに興じた。
「ローランドに聞いたよ。クララが私を助けてくれたんですってね!」
「違うわ。ヘザーが私を助けてくれたのよ。落下物から庇ってくれた」
「あれは当たり前でしょ。じゃなきゃ、下敷きになってたわ」
「だから!私も同じのことをしただけよ。親友を助けるのは当たり前でしょ?」
私たちは、ふふふと笑い合った。あのテロの中を私たちは無事に生き抜いたのだ。
「具合はどうなの?まだベッドから出られないの?」
「具合はいいの。傷もすっかり治っているんだけど、神経が圧迫されたせいで、足に麻痺が残ってて。リハビリが必要なだけなのよ。杖を使って歩けるんだけど、今朝は筋肉痛で」
今朝はって、それは一体どういう意味なんだろう。
ふと見ると、ヘザーは顔を赤くしている。な、なるほど、女子会トークの定番の事情か。
「えーと、それはローランドの夜こと?」
「うん、まあ、つまりはそういうこと」
「あの男、怪我してる女性に。鬼畜だわ」
「あ、違うよ。怪我は本当に問題ないの。大事を取って長めに入院をしてたんだけど、そういうことになったので出されちゃったのよ。それだけ元気ならって。ローランドは私よりも回復が早かったから。あいつは普段から鍛えてるから、すごく元気じゃない?」
これは惚気だよね。……だよね?
つまり、病床での不適切な行為がバレて、追い出されたということ?
ないでしょ、ないない。普通ないよ!猿じゃないんだよ、人間だよ?
そうは思ったけれど、動物というのは生命の危機に直面したときに、子孫を残そうという本能が働くらしい。
うーん、ということは、やっぱり二人は猿なのかな?理性より本能って……。
「そ、そうなんだ。いや、私はローランドの鍛えた体とか見たことないし、ちょっとよく分からないけど。そっか、えーと、よ、よかったね?」
とりあえず、そう言ってみると。ヘザーはものすごく恥ずかしそうに、でも、よほど誰かに言いたかったのか、聞いてもいない非常にプライベートなことをペラペラと話しだした。
「ま、それでさ、式はリハビリ後にしようってことになったんだけど、届だけは先に済ませることにしたの。順序が逆になったら、恥ずかしいし」
ははは。それは赤ちゃんの話?
まあ、貴族社会にはあまり授かり婚は聞かないけどね。だって、それを予防する魔法薬とかもあるわけなので。
「ローランドは、すぐにでもほしいみたいなんだよね。前からそうだったじゃない? 癒やしになるって。だから急いでいるの。でも、式はやっぱり目立たないうちがいいと思って。もっとリハビリしたいんだけど、連日こうなのよ」
あー、もう勝手にして!その手の話は未経験者にはちょっとつらい。
それでも、ヘザーがすごく幸せそうなので、それでいいのかなって思う。
王女様のときも思ったけれど、女性ホルモンというのはすごい働きものなんだと思う。
ヘザーからも色気がダダ漏れだった。
それにしても、ローランドはがっつき過ぎだと思う。二人ともあんなに大怪我だったんだよ?いくらヘザーが好きだからって。
そのとき、急に胸にストンと、何かが落ちた気がした。
そうか、そうだよね。
ヘザーとローランドは愛し合う婚約者同士。二人がそれで幸せなら、外野がアレコレ言う筋合いはないし、それは公爵夫妻も伯爵様も同じ意見なんだろう。
結婚前から子作りに励んでいるというのは、かなり熱に浮かされている感はあるけれど、まあ若いし。
「とにかく、もうあんたは、ローランドのことは気しなくていいから。あいつのことは大丈夫だから、安心していいよ。それより……、そっちはどうなのよ? 殿下とは」
聞かれたくないことを、聞かれてしまった。
殿下は、テロの事後処理や外交で忙しく、姿をまともに見かけることさえ稀で、ましてや話をする時間なんてない。
つまり、放置されているというのだろうか。そう思うと、少し落ち込んできた。
それにしても、カイルじゃなくて殿下と聞いてきたということは、やはりもう私の婚約解消のことは知れ渡っているんだなと思った。
そして、その理由も。
ヘザーの質問を聞いたときに、うっと唸ってしまったせいか、ヘザーはそれ以上は何も聞かなかった。
そして、なぜか惚気もストップしてしまった。
なんでだろう。まるで『もう十分』って感じで、急に話をやめちゃうなんて。
私が殿下とうまく行ってないので、気を使ったのかな?
ごめん、ヘザー。でも、先に大人の階段を登ってしまったのは貴方なので、階下でうろうろしている私が、親友として役不足でも許してほしい。
本人は元気だというけれど、色々と疲れているだろうという大人の配慮で、私は一時間ほどで公爵邸を辞すことにした。
ヘザーは見送ると言い張ったが、それは固辞して、私は一人で玄関へ向かった。
そして、階段を降りたロビーで、よく知っている男性の姿を見かけた。
もちろん、それはローランドだった。