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愛と決別の旅立ち [クララの視点]

 あれからもうすぐ一ヶ月になる。


 この国にとっては悪夢のような一夜が開けてみれば、世界各国からの応援が駆けつけ、大量の救援物資が送られてきた。


 正式な宣戦布告をすることなく、テロという卑劣な手で、他国の王族暗殺を企てたこと。

 それは世界中から激しく非難され、経済制裁の対象となり、北方は出張っていた軍を辺境から引いた。


 司令塔であり最高幹部であったシャザードを失った軍は内部分裂し、彼の絶対的な魔力で抑圧されていた人民が、各地で反乱を起こした。


 北方は今や内政の危機に瀕し、外へ討って出るような余裕はなかった。

 まるで坂道を石が転がるように、破滅への道を走っていった。


 その間に、王宮には様々な変化があった。


 一番最初に行動を起こしたのは、やはり王女様だった。


 王女様はバイタリティがあり、一部ではワンマンすぎるという意見もあったけれど、こうと決めたら一途な方なのだ。


 会場から無事に保護された後、気が抜けると同時に恐怖に襲われ、私は気を失ってしまったらしい。


 次に目覚めたときは、王女様の部屋のベッドだった。


 臣下の身で、王女様のベッドで寝たなんて、古今東西、たぶん私くらいなものだと思う。


「クララ、ありがとう。あなたのおかげよ。なんてお礼を言ったらいいか」


 興奮で頬を真っ赤に染め、嬉し涙を浮かべて私に抱きつく王女様は、あまりに美しかった。

 同じ女性である私でも、思わずドキドキしてしまうぐらいに。


「そんな。私は何も」


 あのとき、怪我をしたヘザーたちを助けたくて、とにかく人の気配のする方へ歩いていった。


 そして、殿下とシャザードの魔法戦に出くわした。


 誰が見てもシャザードが優勢で、殿下の命が危ないと思ったとき、勝手に体が動いてしまっただけだった。


「クララの勇気のおかげよ。私は怖くて動けなかった。あなたは恩人よ!本当に命をかけるほどアレクを愛しているのね!素敵だったわ」


 王女様はいきなり直球で突っ込んできた。自分の婚約者を密かに愛している女に、こういうあけすけな賛辞というのは、いかがなものだろうか。


 返答に窮してしまった私に向かって、王女様はさらに爆弾宣言をした。


「なので、貴方へのお礼はアレクにしたわ!煮るなり焼くなり、好きにしていいわよ!」


 王女様は何を言っているんでしょうか。だって婚約は?同盟は?


「もう婚姻同盟はいいわ。反故にしたの。私はやっぱりレイ以外は無理だわ!私に触れていいのは、一生レイだけよ!」


 立場にそぐわないキワドイことを、いかにも嬉しそうに言う。王女様は、ドアの側に少し離れて控えているレイ様を振り返った。


 さすがのレイ様も気まずいのか、うつむいている。顔は見えないが、耳が赤いことを見れば、たぶん二人はそういう関係なのだろう。


 そのくらいは経験がない私にも察せられた。


 そして、王女様の肌がいつもに増してツヤツヤで、内側からにじみ出るような色気を醸し出している。やっぱりそういうことの効果に違いないと思う。


 でも、この感じからするに、王女さまがレイ様を強引に押し倒したのは、まず間違いないとは思うけど。


「私はレイと出奔するわ。アレクのことよろしくね!」


 出奔っていうのは、つまり駆け落ちですか?え?国はどうなるんですか。


「頭脳だったシャザードがいなければ、北方は遅かれ早かれ、破滅するわ。テロを避難されて、北方は人質だった義姉と姪を、父に返してきたの。こちらの要求をのむ代わりに、国際社会で庇護してほしいって。そうは簡単にはいかないわよ。愚かなことね」

「そうなんですか。じゃあ、戦争は回避できたってことなのでしょうか」

「ええ。だからもう大丈夫よ。私は父がアレコレ言ってくる前に逃げるわ。アレクもちゃんと知っているから、問題ないのよ。ただ、クララにだけは、挨拶をしておきたかったの。ヘザーやみんなに、よろしく伝えてね」

「王女様とは、もうお会いできないんですか?」


 涙ぐむ私を、王女様は優しく抱きしめてくれた。王女様はいつもいつも、私をこうやって抱きしめてくれた。


 私は王女様が本当に好きだった。だから、殿下の正妃になる王女様に、嫉妬したことは一度もなかった。


「また会えるわよ。色々と辛い目に合せたり、わがままを言ってしまったりしたこと、どうか許してね。次に会うときは、主従関係じゃなくて友達よ」


 そう言って微笑む王女様に、私はただコクコクと頷いた。


 レイ様に先を促され、王女様は風のように颯爽と、新しい未来へと旅立っていかれた。

 風というか竜巻みたいだったと、私は不謹慎にもそう思った。


 翌日には事態は収まりつつあったけれど、私はシャザードの最期に立ち会った証人として、身の安全を確保する必要があった。

 だから、しばらく王宮にとどまることになった。でも、それはそれでありがたかった。


 世論は北方の横暴を糾弾し、ソースが不確かな情報が交錯した。こんなときに巷に出れば、取材取材で大変なことになる。


 もちろん、北方から口封じを警戒するという線もあったが、それは杞憂に終わりそうだ。

 いまや、北方が好き勝手をできるような世界じゃなかったから。


 カイルが私を訪ねてきたのは、事件から一週間が経ったくらいだったろうか。


 死亡者はシャザード一名だけと聞いていたけれど、カイルを含む騎士や魔法師たちは、かなりひどい怪我をしていた。

 それは刀傷であったり、魔法傷であったりした。それなりに動けるまでに回復するには、時間を要したようだった。


 聖女様たちが総出で癒やしを施したが、すべての傷を治せるわけではない。

 彼女たちができるのは、自然治癒力を高めることが主だった。


「危険な目に合わせてしまって、本当にすまなかった」


 開口一番、カイルは私に頭を下げた。私は慌てて頭を上げてくれるよう頼んだ。


 カイルに謝ってもらうようなことはない。むしろ、カイルの婚約者でありながら、殿下に心を寄せている私こそ、糾弾されるべき立場だと思う。


 カイルと私は、王宮のバラ園を散歩しながら、ぽつぽつと話をした。


 カイルは魔法を本格的に学ぶために、レイ様の師匠のいる西国に発つことに決めたという。


「僕は、騎士になりたかった。それは好きだった女の子と、約束したからなんだ。彼女だけの騎士になるって」

「前に、話してくれた子?」

「うん。騎士になって、彼女を守りたかった。でも、守りきれなかった」

「そう」


 カイルが愛した少女は、亡くなってしまったのだろうか。

 気になったけれど、それは聞かないことにした。カイルが辛いことを思い出す必要はない。


「やっと騎士になって、今度は君を守れると思った。でも、やはり守れなかった」

「そんなことないわ!カイルが逃してくれたから、私は……」


 カイルは、申し訳なさそうに首を振った。


 どう言えばカイルが納得してくれるのか、私は分からなくて口を噤んだ。


 もしかしたら、カイルは私に、話を聞いてもらいたいだけかもしれない。

 私は黙って、カイルが話し出すのを待った。


「僕は間違っていた。守るというのは、力で保護することじゃない。君には幸せになってほしいんだ、彼女の分も」


 それ以上言われなくても、私には分かってしまった。カイルは私を手放そうとしている。


 婚約を解消して、私を自由にするつもりだ。


 カイルから、愛を告げられたことはない。それでも、いつも優しく包まれていたことは知っていた。

 そして、それは不器用なカイルらしい愛し方だったということも。


「僕の魔法量を考えると、本来なら魔術師になるべきだった。きちんと修業を積んでいれば、シャザードにも対抗できたかもしれない。大切な人の未来を守ることができたんだ」


 私は目からあふれる涙をこらえて、カイルに小さな箱を差し出した。

 それは、カイルの求婚を受けた夜に、もらった指輪だった。


 カイルは黙ってそれを受け取り、蓋を開けた。中には可愛い薔薇を象った指輪が納まっていた。


「これは『チューダー・ローズ』と言うんだ。母が好きだったデザインだ。ほんの少しの間でも、君の指を飾れてよかった」


 それを聞いて、私は声を出さずに泣いた。そんな私をカイルは抱きしめ、泣き止むまで背中をさすってくれていた。


 カイルは本当に最後の最後まで、私に惜しみない愛を注ぎ、真心を尽くしてくれた。


 本物の私の騎士だった。


「十年か二十年か、僕が魔術師になるまで、どのくらいかかるか分からない。でも、いつか賢者と呼ばれるようになったら、この国に戻ってくるよ。君の子どもたちの未来を、守れるように」


 そして、カイルは思い出したように、ポケットから小さな箱取り出した。

 それは、私がカイルに返した箱と同じくらいの大きさで、たぶん中身は指輪であると見当がついた。


「これはローランドからだ。果樹園の襲撃のときから、ずっと預かっていた。いつか君に渡そうと思っていたけれど、どうしても渡せなかった。渡したら、何かが変ってしまうんじゃないかと。みっともない嫉妬だったな。許してほしい」


 蓋を開けると、公爵家の象徴であるエメラルドの婚約指輪だった。


 これは私が受け取るべきものではない。


 慌ててカイルに返そうとしたけれど、それは間違いだと気がついた。


 これを返す相手は、カイルじゃない。


「ありがとう。元気でね」

「君も。幸せを祈ってる」


 そう言って優しく微笑むと、カイルは魔道士のローブをかぶった。

 そして振り返ることなく私の元から去っていった。


 カイルが行ってしまった後、私は声をあげて泣いた。


 なぜかはよく分からないけれど、私の中のなにかが悲鳴を上げているようだった。


 私たちの人生は、ほんの一時期、交差しただけで、こうして離れていった。

 それは運命であって、私が選んだものだった。それでも心が痛かった。


 カイルが幸せになることを、私も祈り続けた。


 バラ園の薔薇は、今を盛りと咲き誇り、その甘い香りが私を包んだ。

 そこだけまるで別世界のようで、なぜか赤と白の薔薇に、とても懐かしい気持ちを抱いた。


 いつかまたカイルと笑って会える日が来ることを願いながら、私は長いことバラ園に佇んでいた。


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