愛の勝利
「来い!私が相手だ!」
私の挑発を合図に、シャザードから攻撃魔法が、こちらからは迎撃魔法が発動した。互いへ向かって、真っ直ぐに魔力の光が伸びる。
私は金色で、シャザードは赤。だが、魔力の差か、経験の差なのか、私には防御するだけしかできない。これでは、勝てない。
そのとき、少しだけシャザードの注意が逸れた。その理由は、私にも分かった。
ほんとうに微かだったが、粉塵の向こうから私の魔力を感じたのだ。
これは。この魔力は。この気配は……。
「殿下!」
それはクララだった。彼女は両手でナイフを構え、そのまま体ごとシャザードに突進した。
いや、違う。あれはナイフではなくて、髪に飾る簪だ。
そして、彼女の髪飾りには私が渡したペンダントが付けられていた。魔力はそこから感じられたもので、それがシャザードの判断を一瞬だけ遅らせた。
もちろん、素人の攻撃がシャザードに届くわけもない。クララは防御魔法にあたって跳ね飛ばされた。
僕の目に、彼女のペンダントが砕け散るのが映った。
それでも、シャザードは攻撃中に不意をつかれて、精神にわずかな乱れを生じた。
そして、その微細な動揺が、魔法の制御に一瞬の隙を作ったのだった。
「くそっ!身の程知らずが邪魔を」
シャザードがクララに気を取られた瞬間、私はセシルに向かって叫んだ。
「今だ!」
セシルから全魔力を込めた攻撃魔法が放たれ、シャザードの肩を貫いた。
心臓を狙ったはずだったが、シャザードはギリギリのところで急所を外すべく身を翻した。
だが、その衝撃で私への攻撃魔法が止まった。左肩から血を流すシャザードの目は怒りに燃えて、セシルを捉えていた。
「きさまら、女の分際で、よくも…」
セシルに向けて攻撃魔法が放たれた瞬間、私は彼女の前に立ちふさがってシールド魔法を張った。
なんとか直撃は防げたが、先程の攻撃よりも魔力が強化されている。
私の残り魔力は少なく、もう長くは持ちそうにない。魔力も体力も限界が近づいている。
「クララっ!逃げろっ!」
私の声に反応して、シャザードがクララを見た。クララは狙われた獲物のように、身動きができなくなっていた。
クララが攻撃される!間に合わない!
私がそう思った瞬間、後方から一直線のまばゆい閃光が走り、強力な攻撃魔法がシャザードに向けて発射された。
私たちとクララ、二方向への魔法を出すために、シャザードの注意力が一瞬散漫になった、その隙きを狙った攻撃だった。
稲妻のような鋭い光が、後方からシャザードの心臓を貫いた。シャザードは胸を抑えて膝をつき、口から血を吐いた。そして、不気味な笑みを浮かべて言った。
「きさま、生きていたのか」
「ああ。待たせたな」
シャザードは嬉しそうにくくっと笑うと、さらに血を吐いてそのままその場に倒れた。
後方から黒い魔道士のマントを来た人影が現れた。
「レイ!無事だったのね!」
私の後ろにいたセシルが駆け出した先には、確かにレイがいた。
衣服はボロボロで、体中に傷を負っていたが、それはレイに間違いなかった。
抱き合うセシルとレイを見て、私はクララへ駆け寄った。クララは目の前で起こったことへの恐怖で立ちすくんでいたが、私が抱き寄せるとふっと力を抜いて体を預けてきた。
「クララ。無事でよかった」
「殿下も」
胸にすがりついて震えるクララを、私は強く抱きしめた。腕の中に感じる体温に、クララが生きていることに、私は彼女を守ってくれたものすべてに感謝した。
「シャザードは、死んだのですか?」
私の腕を解くと、クララは倒れているジャザ―ドのほうを見て言った。
その周囲には血溜まりができていて、レイがシャザードの胸に手を置いて、瞼を閉じてやっているようだった。
少しだけ震えるその肩に、セシルがそっと寄り添っていた。
シャザードはレイの師で、共に西の賢者の弟子だった。かつては同じ志を持ったものだ。
なぜ、袂を分かつことになったのかは知らない。それでも、共に過ごした時間には、相手を偲ぶだけの価値はあったのだろう。
「クララ、見なくていい。君には、こんな血なまぐさい世界を見せたくないんだ」
私がそう言うと、クララは首を振ってこう答えた。
「殿下の見るものなら、私は何でも見たいんです。殿下の聞くものを聞いて、殿下が感じることを感じて。殿下と同じことを知りたいんです」
「クララ……」
「大丈夫です。私、案外図太いんですよ!先輩は、アレク先輩なら、知ってますよね? だから、多少のことではへこたれません!」
それは知っている。彼女が、いつでもどこでも頑張ってきたことを。
なかなか馴染めない学園でも、いつも無理をしながら、それでも前を向いて努力していたことを。
「そうだね。知ってる。君はずっと頑張っていたね」
「でしょう?だから、王宮暮らしにも、きっとすぐ慣れると思うんです」
君は王宮を出て、もう戻ってこないはずだろう。そう不思議に思うと、クララは笑ってこう言った。
「先輩は、心配性なんですよ!自分がぬくぬく育ったからって、私まで真綿に包むみたいに扱わなくてもいいんです。私は野生児ですからね!もし、王宮で誰かに意地悪されたら、ちゃんと顔パンチしますから!」
王宮で顔パンチ! 私は思わず笑ってしまった。そんな私を、クララは嬉しそうに見ていた。
クララは何があっても変わらない。ずっと太陽のように、明るく輝くだけだ。この子の伸びやかな気質は、きっと生涯、損なわれることはないだろう。
クララは私の手を取って、真っ直ぐにこちらを見つめた。その目は真剣そのものだった。
「だから、私を、殿下の後宮に入れてください。辛いことなんてないですよ。絶対に大丈夫!だって、殿下がそばにいるんでしょう? 手のかかるご主人さまのお世話は忙しくて面白くって、きっといつもいつも笑ってばかりいると思います」
「クララ、それは……」
「私を側室にしてください。絶対に殿下を、笑顔にして差し上げますから!」
そういって、クララは満面の笑みをうかべた。そして、私は、そんな彼女を抱きしめずにはいられなかった。
私が愚かだった。彼女を手放すことなんてできない。私の選択は間違っていた。
クララは、私の命だ。何があっても、彼女となら生き延びられる。生き残ることを諦めないでいられる。生きて戦い抜く力が持てる。
生きること。それが勝つこと。死んでしまえば、戦うこともできない。
彼女がいなかったら、私は自分の命に執着しなかった。命を惜しまないものが、命を守れるわけがない。
王族に必要なのは、命を捨てる覚悟ではなかった。愛するもののために生き延びたいという、命に対する執着だった。それが大事なものを守る力になるのだから。
私たちはそのまま口付けを交わした。それはお互いがお互いを求めることを確認するような、深い愛の証だった。もう誰にも、私たちを引き離すことはできない。
そして、それはセシルとレイも同じだったと思う。愛し合う者たちを別つのは、死のみ。それでいい。それでいいんだ。
そして、クララの案内で、私たちはヘザーとローランドの元へ急いだ。
しっかりと手を握り合う二人は、もう意識はなかったがまだ息があった。
私が救命魔法をかけ、カイルをかついできたレイが、出口を塞ぐ落下物を取り除いた。
出口の外側には私が魔伝で呼び寄せた救護員たちが待機していて、ローランドとヘザーを担架に乗せて運んでいった。
そして、その後から現場の救護と敵の身柄拘束のために、騎士や兵士が会場に入っていった。
けが人は多数出たが、死亡者は北方の魔術師シャザードのみ。
予定通りではなかったが、この夜をなんとか無事にやり遂げたと言っていいだろう。
そして、私はついに、王族の宿命に勝った。人として、幸福を望める人生を手に入れた。
そう実感したのは、あの夜から1ヶ月ほどが過ぎた頃、私の腕の中ですやすやと眠るクララの寝顔を見たときだった。