永遠に光り輝く
「父上、あれは一体、なんだったんですか?」
クララたちが退室していった後、私は父のサロンでブランデーを飲みながら、先程の晩餐の顛末について文句を言った。
「まあ、いいだろ。これでお前の望み通りだ。婚約者とおおっぴらにイチャイチャするという仕事させてやるなんて、なかなか普通の親にはできない芸当だぞ」
私は、大きくため息をついた。
できないんじゃなく、そんなことはやらないんですよ、普通の親は。
「そうは言いますが、あれでは、クララに誤解されますよ。実際、あそこにいた人間はみな、父上が嫁いびりを始めたと思っていますから」
嫌味っぽくそう言ったが、父は愉快そうに笑っただけだった。
「ははは。結構じゃないか。舅にいじめられる嫁!みなが彼女を不憫に思って、王宮の中に敵はいなくなるだろう。あの娘には後見もいないし、父親も派閥に属してない。ここでは、人の心を拠り所にするしかないのだからな。むしろ、うまくいったと褒めてもらいたいくらいだ」
「父上、まさか、そのためだけに、あんな芝居を?」
「そうだったら、格好がいいのだが、それだけが目的だったというわけでもない。婚前交渉を悪しとするのは、時代の流れに逆行している。現に王太子であるお前だって、もちろん私だってアナリーゼと、結婚前にそういう関係があったのだからな。庶民の間では、授かり婚といって珍しくもないようだが、未だに身籠った未婚の娘を恥じて、修道院に送り込む親も多い。こういうことは、男女の両方に責任があることだ。女性の人権を守るという意味でも、古い考えは、王室から変えていくのがいいだろう」
「父上……」
「それに、あの慈善病院は、王室から責任者を出したかったところだ。王太子妃が、公務で運営に携わってくれれば、さらに市井での王室の支持も上がる。本人だとて、妊活の参考にもなろう。一石二鳥とは、正にこのことだ」
「本当に、敵いませんね、父上には。その政治手腕、私にはまだまだ、足元にも及びません」
「蛇の道は蛇と言うだろう。お前のように、正道ばかりを行くのもいいが、大事なのは、過程だけではなく結果もだ。私たち王族や貴族も含めて、国民みなが幸福になる道を選択することが、何より重要なのだからな」
「肝に銘じます。どうか、これからも私達をご指導ください」
私がそう言うと、父は私の頭をくしゃくしゃと撫でて、嬉しそうに目を細めた。
「よい娘を見つけたな。アナリーゼにも、会わせたかった。きっと大喜びしただろう。お前は見る目がある。あの子は早々に、私の芝居に気がついたぞ。彼女を侮るな。あれは簡単に人の真実を見極める。人の上に立つ器をもつ娘だ」
父に言われなくても、それは知っていた。
彼女の前では、誰でも自分を偽ることはできないだろう。クララはそんな不思議な力を持っている。
「さて、お前はもう下がれ。クララ嬢は、日々精進すると言っていたな。けなげじゃないか。お前も励めよ。閨の後に振られるなんて、王室の恥晒しだぞ」
「あれは誤解です!あのときは、私たちはまだ……」
そういって見上げると、父はニヤニヤと笑っている。私は、からかわれたことに気がついた。
全く、本当に食えない人だ。
だが、この父の子に生まれたことに感謝した。自慢の父だった。
そして、私も父の自慢の息子でいたいと、切に願った。
サロンを辞して部屋に戻ると、私はすぐに入浴を済ませた。
なんと言えばいいのか、戻ったときにはすべての支度が整っていた。
たぶん、今日の晩餐での出来事は、今夜中には王宮内に、明日の朝には新聞で、国中に広まるだろうと予測できた。
クララは身支度を整え、寝室のベッドに腰掛けて、私を待っていた。
こうして、私の部屋で改まって一緒に眠るのは、これが初めてだった。
お互いに、緊張していると思う。
私の姿を見て、クララは頬を上気させて、俯いた。私が髪をそっと撫でると、彼女はビクッと身体を震わせて、こちらを見上げた。
その瞳は熱で潤んで、とても艶めかしかった。
「今日から、ずっと一緒だ」
僕はそういうと、クララの頬に口づけた。彼女は僕の首に腕を回して、耳元でそっと囁いた。
「はい。末永く、よろしくお願いします」
私はそのままクララを押し倒すと、部屋全体に結界を張った。
これで朝までは、誰も入れないし、中の音も外にはもれない。
もちろん、外部からは結界が張られたことは丸わかりなので、室内で何が起こっているかは、まあ、想像に難くはないと思うが。
私はクララのおでこに口づけると、彼女の目をまっすぐに見て、笑いながらこう言った。
「さあ、今夜も楽しい王族の仕事をしようか」
クララは私の言葉を聞いて、にっこりと微笑んだ。
「アレクシス様、愛しています」
翌日から、クララの過酷な王太子妃教育と王族の仕事人生が始まった。
それについては、いつか、王室付女流作家である宰相公爵夫人のノンフェクション小説を紹介しよう。
彼女の奮闘は、読む者みなの勇気を奮い起こすことだろう。
そして、その数年後に北方勢力は壊滅し、世界に真の平和が訪れた頃、私は父上の後を継いで即位した。
王太子の私が国王になったことで、王太子妃であるクララも王妃となった。
当時の彼女は、三人目の子供を身籠っていたが、相変わらず若く健康で、美しかった。
第一王子が王太子となり、クララに生き写しの第一王女は、宰相のたっての願いで、その息子の筆頭公爵家令息と婚約した。
幼いのでケンカ相手のようなものだが、クララとローランドの幼い頃を見ているようで、まだ少し妬けてしまう。
父は、身の回りの世話をする侍女長だけをつれて、『秘密の花園』に隠居用の邸宅を構えた。
毎日のように訪れる孫たちの相手で、いつも忙しそうだった。
父上と侍女長がどういう関係なのかは、実のところ定かではない。
だが、天国の母上もきっと許してくれるだろうと思うような、穏やかな日々を過ごしていた。
やがて、私の治世で王国は最盛期を迎え、私は後に賢帝と讃えられた。
そして、そんな私の側には、いつでも優しく美しい王妃クララと、子供たちがいた。
家族の大きな愛にささえられて、私の人生は光り輝くものとなったのだ。
そして、私たちの孫が生まれる頃には、西国から懐かしい友が戻ってきた。
私たちはみな再会を喜びあったが、元婚約者のよしみと彼がクララにべったりなのには閉口した。
その賢者が設立した魔法学校に、ひときわ魔力が強い孫たちが、揃って入学した。
孫たちと同期に、他国の農村出身だという天才魔術師も在籍していた。
その両親や祖父母について、詳しく聞いたことはない。だが、シルバーブロンドと灰色の瞳をした超絶美形の庶民男子は、学園のアイドルらしい。
毎日、女生徒から追いかけられていると、孫たちは不満をもらしていた。
だが、その素晴らしい才能と優れた気質から、やがては、この国のいい臣下になると目されているそうだ。
学園の緑の中で、彼らも人生の永遠の輝きを見つけるのだろうか
そして今、私たちは『秘密の花園』のにあるコテージで、余生を楽しんでいる。
長い人生の最後に、私たちはようやく王族の務めから離れて、二人きりで自由な時間を過ごしているのだ。
あの日、ここでクララが約束してくれたように、彼女はずっと私のそばにいた。そしてこれからもずっと一緒だ。
今日も彼女は、裸足で草原に立ってこう言うのだ。
「本当に素敵なところね。天国みたいだわ」
そう。ここは天国だ。そして君が私の天使だ。
いつまでも一緒にいよう。ずっと共に生きよう。決して離れることなく。
そして、彼女は何度でも、私に愛をささやく。
「アレクシス様、愛しています」
頬を撫でる風は暖かく、私たちはブランケットの上に寝転んだまま、のんびりと流れる雲を数えていた。
二人が出会った奇跡に、感謝しながら。
彼女が私を恋人に選んでくれた日から、私の人生には、幸せ以外は存在しなかったのだ。
そして、彼女のその選択を推してくれた貴方にも、たくさんの感謝を贈ろう。
貴方が選んだ人生は、必ず貴方に最高の幸せをもたらすだろう。
貴方の選択は正しかった。私たちの輝いた生涯がその証拠だ。
貴方の人生にも、この永遠の幸せが訪れることを。私はここからいつまでも、クララと一緒に願い続けるだろう。
ーーー 完 ーーーー
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「鈍感男爵令嬢と三人の運命の恋人たち」を楽しんでもらえたでしょうか。
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