正妃の条件 [クララの視点]
国王陛下との晩餐のために、マリエルを筆頭に、メイドさんや侍女様たちに、全身を磨き上げられた。
いくら同性とはいえ、多くの人に身体を見られるのには、全く慣れない。
特に今日は、殿下が私の体に、色々と印を残しているので尚更だった。
晩餐には、ローブ・デ・コルテという決まりがある。首元から背中や胸元まで、大きく見せるドレスを着なくてはならない。
それなのに、その辺りには鬱血痕がたくさんついている。とてもじゃないけれど、人目に晒すことはできない。
そう思っていると、侍女長様が聖女様を連れて来てくれた。鬱血痕は、魔法で消せるそうだ。
神殿に仕える聖女様たちは、18歳までの乙女と決まっている。
来てくれた若い聖女さまが、頬を真っ赤に染めて治療魔法を使うのには、もう、そのまま裸足で逃げたいほど恥ずかしかった。
怪我人に使う尊い力を、こんなことに使わせてしまった。もう死んでしまいたい。
それでも、殿下のために、この晩餐で失敗はできない。
国王陛下に直接会ったことなどないけれど、殿下のお父様なのだから、きっと優しい方だろう。
実際に、晩餐の席に案内されてみると、国王陛下は殿下によく面差しが似ていた。
歳は40代後半だったはずだけれど、とても若々しく見える。
それでも、十年前に最愛の王妃様を亡くしてからは、再婚もせずに国務に専念していると聞いた。
きっと、愛情が深い方なのだろう。
陛下は拙い私の挨拶にも、それほど気を悪くした様子も見せずに、淡々と晩餐と開始した。
未だ片付かない政務があるようで、晩餐は大臣様たちとの会議をしながらになった。
幼い頃から顔見知りの宰相様が、とても心配そうに、こちらの様子を気にしている。
きっと親友である父から、私のことを頼まれているのだろう。
殿下も申し訳なさそうに、私に視線を投げてくれた。私はそれに、笑顔で『大丈夫』と答えた。
本当は緊張で倒れそうだけど、そんなことではダメだから。
ここで挫けたら、努力すると約束して、プロポーズを受けてもらった、私の女が廃る!
「次は、王都に新設された、高度治療専門産婦人科病院に関してでございます」
厚生労働大臣から持ち出された案件は、王家が慈善事業として設立した、不妊治療病院に関してだった。
王室による無料治療の提供ということで、多くの妊娠を待つ女性に、広く支持されていたのを覚えている。
「そうか。夫婦間の魔力差や、出産年齢の上昇で、妊娠しづらい夫婦が患者か」
そういえば、私は全く魔力がないけれど、殿下はあのシャザードに匹敵するほどの魔力がある。
王女様も強い魔力を持っていたし、あの縁組は子宝に恵まれやすいものだったのかもしれない。
王女さまが子を望めないと言ったのは、もしかしたら魔力差のせいだったのかも。殿下とならお子を……。
いえ、そういう意味では、きっとレイ様のお子を授かる日は、そう遠くないだろう。
そんなことを考えていると、国王陛下が急にこちらを見て、言葉をかけてくれた。
それは嬉しかったのだけど、その内容は居合わせるもの皆の、度肝を抜くようなものだった。
「ところで、クララ嬢。あなたは王太子と契りを結んでいるそうだが、すでに身籠っているのか?」
は?い? いや、いや、いや、いや。そういうことはないと思う、たぶん、まだ。
昨日の今日では、判定不可能だけれど、だからといって、そうでないという確証もない。
陛下に嘘を言ってはいけないけれど、じゃあ、どう言えばいい?
「父上。お戯れが過ぎます。クララをからかわないでください」
乏しい脳みそをフル回転して、返答を考えていると、殿下が助け舟を出してくれた。
成り行きを見守っていた周囲から、ほっと安堵の息が漏れた。
「戯れごとではないぞ。聞けば、クララ嬢は男爵家の生まれで身分も低い、魔力量もないに等しいそうじゃないか。それでも王太子の正妃になりたいのなら、それ相応の対価を提示してもらわないとな。こちらも納得できないだろう」
「父上!クララを困らせないでください。この結婚は私が望んで……」
「そうは言うが、お前、閨でずいぶんと励んだ後に、クララ嬢に求婚を断られたそうじゃないか。身体の相性が悪ければ、子もできん。側室は持たないと公言している以上、後継問題が予期できるような結婚には賛成できぬ」
「父上、いい加減にしてください!」
「殿下、いいんです。あの、国王陛下のお考えを、聞かせてください」
席を立って国王陛下に詰め寄ろうとした殿下を、私は急いで止めようとそう言った。
国王陛下はふむふむと、豊かな髭をなでていた。
言っていることは厳しいけれど、なぜだろう、とても優しい目をされている。
きっと、何か考えがあるんだと思う。
「なかなかに賢い令嬢なようだ。クララ嬢、王太子に必要なのは、まずは後継者だ。王太子の子を身籠れたなら、すぐに結婚を認めよう。どうだ、できるか」
「父上、何を言い出すかと思えば! めちゃくちゃでしょう。どこの世界に、結婚前に子作りをしろと言う親がいますか?」
「そのくらいできるだろう。お前も経験不足なようだし、ああいうことは日々の修練と場数を踏むことで上達する。少しは彼女を喜ばせてみせろ」
「父上、いくらなんでも、それ以上は……」
「殿下!いいんです。私は大丈夫です。あの、承知いたしました。そのお役目、しっかりと全うさせていただきます!日々精進しますので、どうか殿下のお側にいさせてください」
「クララ……」
私がそう言うと、殿下はそこで押し黙った。逆に、国王陛下は上機嫌でこう言った。
「よい心がけだな、クララ嬢。ちょうどよい機会だ。王室代表として、この慈善病院の運営にも携わってもうおう。同じ妊活中のものとして、患者たちの理解も得やすかろう。王太子妃教育と並行して、こちらの仕事にも精をだすように。もちろん、閨のほうも、疎かにしてはならんぞ」
「心得ました。私に王室の重要な仕事を与えてくださったこと、心から感謝いたします」
私がそう奏上すると、国王陛下はとてもうれしそうな笑顔を見せた。
大丈夫。いつか陛下とは、とても仲良くなれる気がする。
そして、その話で会議はお開きになった。
大臣や側近たちは下がっていき、侍女様やメイドさんたちは寝間の支度をするために散っていった。
残されたのは、最低限の給仕と警備の者たち、そして、侍女長様だけだった。
晩餐が終わるまで、国王陛下は亡き王妃様の自慢話をされていた。たぶん、とても寂しいんだと思う。
早く孫の顔を見せてあげたいと、私は心からそう思った。
殿下は、国王陛下と少し話があるということなので、私は侍女長様と、先に部屋へ戻ることになった。
部屋に着くまで、侍女長様は、陛下に悪気はないのだと、何度も何度も、無茶な提案について謝っていた。
そして、実際の陛下は慈悲深く、人柄も素晴らしいと、延々と賛辞を聞かされた。
侍女長様はたぶん、密かに国王陛下に恋をしている。話を聞きながら、私はなぜかそんな気がした。
部屋では、マリエルやメイドさん、侍女様たちが待っていてくれた。
何がなんでも、国王陛下に私を認めさせてみせると、ものすごい固い結束ができていた。
国王陛下を、親の仇のように言うのは困ったことだった。その点はたしなめたけれど、みなが協力してくれるというのが嬉しかった。
もしかしたら、国王陛下はこういう効果を期待していたのかなと、ちょっと勘ぐってしまう。
王宮内の女性は、今やすべてが、私の味方のようだった。
もちろん、殿下の気持ちを盛り上げるためにと、寝間に余計な演出を加えたり、目を覆いたくなるような夜着を勧めてくるのは、かなり問題だったのだけれど。
いよいよ次話で完結です!
ここまでお読みいただきありがとうございました。
良かったら☆で評価いただけたら嬉しいです!