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恋人たちの時間

 私の腕の中で、クララはすやすやと眠っている。


 これはクララが、私のそばで安心できるという証拠だ。


 抱きしめてリラックスしてくれるのなら、これはかなりいい傾向だと思う。


 少なくとも、クララは私のことは嫌っていない。


 いや、好いてくれていると思う。


 昨夜、皆にさんざん諭された。女性を口説くのに、焦ってはいけないと。


 外堀を埋めるのが一つの手だというが、自分の円卓の騎士の婚約者だったクララを略奪し、想い人として寝室に囲っているというのは、次第点だった。


 もはや王宮中が、いや、話を聞くところによると国中が、クララを私の意中の女性として認めている。


 なぜかは、よく知らないが。


 そうなると、今度は内から攻めるべきだという。


 悪友の中にはまずは物理的な距離を詰める……というか、身体的な繋がりで女性を魅了する方法を主張する者もいた。


 なぜか、それについては、大多数が却下した。


 これは、もっと鍛錬が必要な方法だそうだ。閨教育ではなく、実践が重要だと。


 すでに共寝をした翌日という状況下で、求婚を断られているという事実から、私にはあまり有効ではない方法だと判断されたらしい。


 残念だが、そういうことなのだろう。


 そこで、私たちの場合は、精神的な距離を近づけるという正攻法が、一番いいということになった。


 好きな女性をデートに誘い、美味しいものを食べて、好きそうなものをプレゼントする。

 そして、容姿や内面の素晴らしさを褒め称え、歯が浮くまで愛の言葉をささやくべきだと。


 実際、クララには、いくらでも愛を伝えられる。だが、歯が浮くというのは、どういう状況なのだろうか。


 恋の手練とは、奥が深い。


 直射日光に当たるのはよくないだろうと、私は魔法で白いパラソルを差し掛けた。


 ここには、人はいない。だが、パラソルの影に入ったことで、なんとなくプライベートな空間にいる気分が増した。


 そうなると、私はクララのさくらんぼのようなピンクの唇に、キスをしたいという衝動を抑えられなくなった。


 何度もついばむような軽いキスをすると、クララは私の背に回した腕に少し力をこめ、私の胸に頬を擦り付けるようにして、嬉しそうに抱きついてきた。


 起きているのか、眠っているのか。


 どちらであっても、こんな可愛い生き物が存在するなんて、この世の奇跡だと思う。


 私はクララの長い髪をなでながら、かわいいつむじに口づけた。


「……殿下。昨日は、ごめんなさい」

「ごめん、起こしたかな?」

「いえ、いいんです。それより、聞いてもらいたいことがあるんです」

「うん。何?」


 クララは私の胸に顔をうずめたまま、さらに私をぎゅっと抱きしめた。


 顔は見えないけれど、耳は真っ赤だ。


 こんな風に横になって抱き合ったまま、そんなかわいい様子を見せるのは、反則だと思う。

 それがどんな話であっても、なんでも聞いてあげたいと思う。


 それでも、できれば別れ話はやめてほしい。耐えられる自信がない。


「私、アレクシス様が好きです。好きで好きで、どうしたらいいか分からないくらい、好きです。だから、ただ貴方の側にいられるなら、それだけで何でもよかったんです」


 クララの肩が震えているのに気がついて、私も腕に力を込めて、クララを抱きしめ返した。


 大丈夫、どんなことであっても、君の言葉はちゃんと聞いている。そう伝えたくて。


「正妃の責任が重いなんて思って、ごめんなさい。きちんと務める自信がないなんて言って、ごめんなさい。ちゃんと向き合わずに、逃げてしまってごめんなさい」


 私は、クララの頭をそっとなでた。


 彼女は貴族ではあるが、平民に近い男爵家の生まれだ。公人としてではなく、自由な個人として育ったはずだ。


 そして、その中で培われた、クララの健やかで伸びやかな気質こそ、私が惹かれて止まない魅力だ。

 クララの前でだけ、私は王族ではなくて、一人の男として感情を解放することができる。


 それが私にとって、どれほど貴重なことのか、クララ、君は知らなくていい。


「いいんだ。私が焦りすぎた。王族になるということは、簡単なことじゃない。君の気持ちを考えずに、一方的な結論を押し付けたのだから。あれは、断られて当然だと思う」

「違うんです。そうじゃないんです!」


 クララが半身を起こしたので、私もクララから腕を離して起き上がった。


 クララは目に涙をいっぱいためて、それでも真っ直ぐに、私の顔を見つめていた。


 涙を拭ってあげたいと思ったが、彼女の真剣な瞳があまりにも静謐な光を帯びていて、私は触れることをためらった。


「側にいたいんです。ずっと側に。貴方の覚悟を、私も一緒に生きたい。最初はうまくできないかもしれないけど、一生懸命努力します。だから、私にチャンスをください」

「クララ、君は……」

「貴方を愛しています。どうか、私と結婚してください!」


 クララの告白と求婚に、私は胸がいっぱいになり、彼女を強く抱き寄せた。

 こんなにも華奢な身体に宿る魂は、美しく清らかで強い。


 僕は、彼女に手練なんてものを使おうとした自分を恥じた。


 その真っ直ぐな気性に、私はずっと憧憬を抱いて、自分もそうありたいと願ってきたのに。

 私は、彼女のその正しい心を、ずっとずっと愛してきたのに。


「本当に、君には敵わないな。いつも、一歩先を行かれてしまう。悔しいくらいだ」

「あの、お返事は?プロポーズを受けていただけますか?」


 おずおずと身を引いて、心配そうに僕を見上げているクララに、僕は満面の笑みで答えた。


「もちろん。喜んで受けるよ」


 私の答えを聞いて、今度はクララが満面の笑みを浮かべて、私に抱きついてきた。

 私たちはちょっと泣き笑いをしたまま、しばらく二人で抱き合っていた。


 長い長い片思いが終わって、今ようやく両思いになった。

 私たちはやっと、愛し合う恋人同士になったのだ。


 それから、私たちは色々なことを話し合った。今までのこと、これからのこと、子供の頃のこと、将来の夢。

 言えなかった気持ちや、言いたかった思い、そういうものをなんでも思いついただけ、素直な言葉で伝えあった。


「君に市場で再会したとき、なんて強烈な子だなと思ったよ」

「だって、あれは。あのときは、先輩が王太子殿下だって、知らなかったから」

「そうだね。僕たちは王太子と男爵令嬢ではなくて、ただの先輩と後輩だった。でも、あれが僕たちの本来の姿だったね」

「殿下。私じゃなくて、僕って言ってる!」


 クララが楽しそうな声で、そう指摘した。


 そうだ。僕はずっと僕だった。クララと会ったときから。僕は本来の僕の魂で、ずっとクララと触れ合ってきたんだ。


「殿下じゃないよ。アレクだ。僕は王太子じゃなくて、ただの男子。まだ二十歳にもなってないんだから、それでいいだろう?」

「そうね。アレク先輩は、王太子のときはちょっと年寄りくさいもの。普通男子のほうがいいわ。じゃあ、私も普通女子でいい?」

「もちろん!クララが気取った令嬢なんて、見てて吹き出しそうになるよ」

「ひどい!」


 クララはそういいながら靴を脱いで、裸足になって草の上を歩いた。

 柔らかい風が、クララの髪をサラサラとなびかせて、柔らかい太陽の光に、キラキラと光を反射していた。


 僕はその眩しさに、思わず目を細めた。まるで天使がそこにいるみたいだった。


「気持ちいいね!素敵なところ。天国にいるみたい!」

「本当にそうだね。気に入ってくれて嬉しいよ。これからも、ちょくちょくに遊びに来よう。暑い日は、湖で泳げるんだ。向こうには、小さなコテージがある。いい隠れ家だよ。お昼を食べたら案内するよ」

「嬉しい!楽しみだわ。あー、おなかペコペコ」


 僕は、持ってきたバスケットから昼食を取り出した。そして、学園のランチでしたように、クララと仲良く分け合って食べた。

 クララと食べるランチは、いつも美味しかった。でも、今日が今までで一番美味しいと思った。


 これからは、どんな食事も美味しく食べられる。


 クララと一緒なら、きっとすべてが幸せで満ちていく。


 その日、僕たちは王宮へ戻らずに、コテージに泊まった。


 満天の星空の下で、僕たちは二人だけで、永遠の忠誠を誓い合った。

 もう、僕たちを引き離すものは何もない。これからはずっと一緒に、同じ人生を歩んでいく。


 それは、幸せな恋人たちの時間だった。


 そしてその夜、クララは僕の妻となった。

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