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大反省会 [クララの視点]

「あれは、良くなかったですね。どうしてだか、分かりますか」

「はい……」


 侍女長様の事務所で、私は小さくなって頭を下げていた。


 殿下に誘ってもらった室内庭園の朝食から、なんの考えもなしに逃げてきてしまった。

 でも、考えてみれば、私には行くところがない。


 まさか、あの状況で、殿下の部屋に戻るわけには行かない。そのくらい、いくら私でも分かる。


 庭園をとぼとぼ歩いているところを、侍女長の命を受けた侍女様たちに捕獲された。

 そして、あっという間に、ここへ連れて来られてしまった。


「どこが悪かったか、説明してごらんなさい」

「人前で、殿下に恥をかかせてしまいました。思慮が足りなかったです」


 私の答えを聞いて、侍女長様は大きくため息をついた。どうしよう、間違った返答だったのかな?


 朝食を中座したことが、だめだった?そもそも、殿下の朝食のお誘いを受けたことが、悪かった?

 いやいや、殿下の求婚を受けなかったことだよね。王族の命令を無視したから、不敬罪で投獄されてしまう?


 私がアレコレと、自分の失態について考えていると、侍女長様はコホンと軽く咳払いをされた。


 そして、私の手を取って、ペチペチと軽く叩いた。


「そういうことを言っているのではないのです。もちろん、殿下の手ひどく振ったり、公衆の面前で晒し者にしたことは、問題ですよ」


 侍女長様、かなりストレートな言い方するんですね……と思って見上げると、怒っていると思っていた侍女長様は、すごく優しい目をしていた。


「あの、侍女長様……」

「あなたの失敗は、殿下とよく話し合わずに、答えを口にしたことです。きちんと考えずに結論を出すと、選択を間違ってしまいますよ。自分の決断に後悔しないためには、時間をかけて問題と向き合う姿勢が大切です。殿下を、大切に思っているのでしょう?」  

「はい」

「それなら、殿下の気持ちに、もっと真摯に向き合って、自分の気持ちを時間をかけて考えなさい。それで出した答えが同じなら、私は何も言いませんよ」


 私は思わず、侍女長様の手をぎゅっと握った。痩せて骨ばった手だったけど、とてもあたたかかった。

 たぶん、母が生きていたらこんな感じかもしれない。


 そう思ったら、少しだけ涙が出た。


「今夜は、殿下はお戻りになりません。ですが、あなたには、別室を用意しましょう。一人でゆっくり考えてごらんなさい」

「はい」


 私はそのまま、別室に案内された。


 驚いたことに、それは後宮の中の一室で、以前に入ったことがあった部屋だった。

 王女様の命で殿下の閨を訪れることになった夜、私が身支度をした、正にその場所だった。


 後宮。多くの妃たちが住まう場所。


 何人もの側室や愛妾が寵を争い、夜な夜な殿下のお情けを待ち、子を授かるのを願う。


 殿下の側室になるというのは、つまりそういうことなのだ。


 殿下の部屋に続く通路を歩けるのは、その夜に呼ばれた女性だけ。

 呼ばれることのない妃の扉は閉じられたままで、いつかその扉が開けられることを祈る。

 または、通路を歩く殿下の足音が、自分の部屋の前で止まることを願う。


 それが、日常となる世界。


 私が側室となれば、否応もなく、たくさんの妃と殿下の寵愛を分け合う。

 そして、殿下には正妃がいて、公式の場にはいつも隣にその方を連れていく。


 いくら殿下を愛しているとはいえ、苦しい気持ちになると思う。


 殿下は、そういうハーレムは望んでなかった。後宮は持たないから側室は取らないと。

 だから、王女様の目論見は霧散して、私たち側室候補は誰も後宮には入らなかった。


 つまり、殿下は、側室を持つ気は初めからなかったということだ。


 あの雪の日、殿下は私を王宮から出した。私を側室にしないために。

 そして、カイルと婚約させてまで、自分と引き離そうとした。


 その殿下が、どうして今になって、私を側室にしようと寝室に囲ったりするだろうか。


 ……ない。絶対ない。


 殿下は、私を側室にしなくてよくなったので、ああして寝室に閉じ込めたんだ。

 殿下の部屋に、私を移動させたのは王女様だったけれど、殿下は前のようには、私を追い返したりはしなかった。


 あの時から、もう殿下の気持ちは決まっていたんだ。


 それなのに、私は殿下の側にいられるだけで幸せで、そういうことをきちんと考えてなかった。

 夜中、ほんのちょっとでも部屋に戻ってこられて、私の様子を確認してもらえるだけで嬉しくて。

 浮かれているだけで地に足がついていなかった。


 ……ばか。まぬけ。


 侍女長様が言った通り、その夜は殿下は現れなかった。


 ここは殿下の部屋ではないし、後宮といっても殿下の部屋に続く通路のドアは閉ざされている。


 それでも、今夜も殿下に来てほしかった。一緒に寝てくれなくてもいいので、ただ殿下の近くにいたかった。


 殿下の言ったことは、本当だと思った。


 殿下の温もりを知ったら、もう離れているのはつらい。ずっと一緒にいて、抱きしめてほしい。


 そして、殿下も今、同じ気持ちでいると思うと、ひどく胸が痛んだ。


 貧乏男爵令嬢である自分が、王太子妃や王妃や国母になるなんて、どう考えても無理だと思った。

 でも、その大役をこなせなければ、殿下と一緒にいることはできない。


 殿下だって、私のような身分のものを正妃に推すのは難しいと思う。それでも、結婚を望んでくれた。


 少なくとも、結婚に立ちはだかるだろう困難を、共に乗り越えたいという意志を示してくれた。


 それは、紛れもない殿下の愛情だ。


 殿下に会いたい。会って、私の気持ちを伝えたい。


 私は今日、殿下に告白しようと思っていたんだ。なのに、あんなひどいことをしてしまった。


 そう思うと、泣きそうになる。


 きっと、すごく怒っていると思う。もう愛想を尽かされてしまったかもしれない。


 あれから、いつも元気なメイドさんたちは暗く、もくもくと与えられた仕事をこなしていた。

 侍女様方も貧血で病欠が増えたということで、あまり姿が見えなかった。


 みんな、私のことを呆れて、見放してしまったのかもしれない。


 後宮は人気がなく、警備の騎士と宿直のメイドと侍女様がいるくらいだ。

 泣いても声は聞こえないと思ったけれど、なぜか泣くことはできなかった。


 誰かが繰り返し回すオルゴールの音を聞きながら、私は眠れない夜を過ごしていた。


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